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自由な空の下  作者: 月陽
第六章 決別
57/62

暗い部屋


 緑樹苑には散歩をしている人、仕事帰り、旅行者であろう者達が行き来している。

 時間が時間なので人もそれほど多くなくゆっくりと歩けそうだ。

 日中はやはり人が多いようで皇都でも人気の場所なのだ。



「お嬢様、あまり遠くまでは行けませんよ」

「少し散歩したら帰るから大丈夫」

「お嬢様は自然がお好きなのですね」

「うん、好き。けどどうして?」

「避暑地でも森へ行きたいと仰っておられましたのでお好きなのかと」

「自然が多い所だと、安らぐから」



 それきり口を閉ざす。

 周囲の人達の話声がするもののそれほど多くなく、心地のよい風に秋の虫の音もよく聞こえてくる。

 その音に耳を傾けながらリディアーヌはゆっくりと歩く。

 その姿を後ろからついて行くローランは心配そうに小さな背中を見つめる。

 それは隣を歩くエヴァも同じ表情だ。

 先程の言葉。普段、お嬢様は安らげていないのかと心を痛める。

 なんともないふりをして本当はどう思っているのか。

 ベルトランを始めルヴェリエ家の者達と一緒にいるときは心から楽しんでいるように見えるからなおさらだ。

 それとも皇女の事でやはり悩んでいるのだろうか。

 憂いがあるとしたらそこだろう。

 その件が無ければ、皇女がリディアーヌを受け入れていたら今頃は皇宮で本当の家族と一緒に暮らしている筈だ。

 


「お嬢様は我慢が過ぎますね」

「えぇ。時々物思いにふける時がありますから心配です」



 ぽつりとつぶやいた言葉にエヴァが答えた。

 彼女も仕える小さな主が心配なのだろう。

 子供らしくない冷静で、荒事にも顔色を変えることなく対処できる能力。

 過去の記憶を持っているからこそだろうが、もっと気兼ねなく頼ってほしい。

 それはベルトラン達こそ願っている事だろう。



「二人共、どうしたの?」



 いつの間にか振り返ったリディアーヌが二人の様子を心配そうに見つめていた。



「いえ。少し風が出てきましたので、お疲れではないですか?」

「大丈夫」

「そろそろ戻りましょうか」



 エヴァの言葉で緑樹苑の入口へと引き返した。

 


「楽しかったですか?」

「うん、一人で不安だったけど、エヴァとローランがいたから楽しめたよ。ありがとう」



 にこりと笑って二人にお礼を言うリディアーヌを見てローラントエヴァもつられて笑顔で答える。

 リディアーヌのこの笑顔が何時でも続いてほしいとローランは願うばかりだ。

 それは隣で歩くエヴァの願いでもあった。

 三人で笑いあっていると、ドンっと横手から誰かがぶつかってきてリディアーヌが避けきれずにぶつかってしまった。



「お嬢様!」

「だ、大丈夫。びっくりした⋯⋯。えっと、大丈夫?」



 リディアーヌにぶつかってきた相手は子供だった。

 彼女より少し年下位で彼もぶつかった衝撃で尻餅をついていたので怪我の有無を確認するが、少しばかり挙動が不審だった。



「だ、大丈夫! ぶつかってごめん! じゃあ!」



 そういってさっとこの場を走り去っていく。



「あれだけ走れるなら怪我はなさそう、かな」

「お嬢様、申し訳ありません。お怪我はございませんか?」

「大丈夫よ。ちょっとぶつかっただけだから⋯⋯あっ!」



 ローランの手を借りて立ち上がり、様子がおかしい事に気が付く。



「如何されましたか?」

「盗られちゃった⋯⋯、お母様にいただいたブローチ」

 

 

 先程まで胸元に着けていたブローチがなくなっていた。

 一瞬の事で呆気に取られた。

 


「直ぐに捕らえます! エヴァはお嬢様と共に護衛の四人の側から離れないようにしてください」

「分かりましたわ! さぁ、お嬢様参りましょう」



 ローランはさっきの子供を追いかけていくのを見送り、リディアーヌはエヴァと共に護衛の四人が待つ馬車へと戻った。



「もうお帰りですか?」

「どうかなさいましたか?」



 一応丁寧な言葉で問いかけられるも、その顔に浮かぶのは少しの不満だ。

 だが、ガルニエとメルシェの二人はリディアーヌの様子が少し違って見え、何かあったと直感的に思った。



「ローラン卿はどうされましたか?」

「お嬢様にぶつかってきた子供がブローチを盗みましたので追いかけましたわ。直ぐに戻るでしょう」



 リディアーヌに問うたが、答えたのは侍女のエヴァだ。

 ガルニエは子供にブローチを盗られたと聞き、大人と引けを取らない彼女が油断しすぎだと複雑な心境だった。

 他の二人も大したことじゃないと、人騒がせなと言わんばかりに定位置に戻った。

 


「お嬢様、馬車の中で待ちましょう」



 エヴァに促されリディアーヌは馬車へ乗ろうと馬車に近づくが、ふと何かを感じ取り視線を馬車から外し、周囲を見渡す。



「エヴァ⋯⋯!」



 何かを感じ取り隣にいたエヴァをばっと突き飛ばす。

 急なことに「きゃっ」と声を上げながら後ろを倒れると同時にリディアーヌは黒づくめに捕まってしまい、しかも動きが迅速でそのままその場から走り去っていく。

 一瞬の出来事だった。



「な、なにをしているのです!? 早くお嬢様を追ってください!!」

「は⋯⋯はっ!」



 エヴァが全てを言い終える前に動いたのはガルニエ卿で、それに次いでメルシェ卿が後を追った。

 それを見送り、エヴァの言葉を聞いて後を追ったのは残りの二人だ。

 残されたエヴァは御者に伝言を託して彼女はリディアーヌが攫われた方と反対側へと走っていった。



(どこへ向かってるんだろう)


 

 担がれたままリディアーヌは周囲を見渡す。

 路地へと入り、皇都の中心街よりも外れていっている。

 この間と同様の手の奴らなのだろうか。

 顔も布で覆い、目元だけが出ているが、どこか異様な色彩を放っているのを見てゾクッと背すじに嫌な汗が流れた。

 その瞳が異常だった。

 

 

(怪我しないようにしないと⋯⋯お父様にまた怒られるかも)

 

 

 怖がるどころか変な心配をするリディアーヌだが、もう行動を起こしてしまったので後の祭りだ。

 怪我だけしないように細心の注意を払おうと変な決意に満ちる。

 いくつかの角を曲がり皇都中心街から離れ郊外へと行くにつれ人が疎らでどちらかというと治安が悪そうな、寂れた場所だった。

 皇都中心街のような華やかなところがあれば、こうして郊外に、その一角にこうして人の少ない場所があり、人が少ないという事は治安もそれほど良くないだろう。

 こういう所にはよくない者達が集まりやすい。

 そうして着いた場所はその奥まった変哲もない平屋だった。

 無造作に扉を開けて中へと入っていく。

 部屋がいくつかあるようだけど、足音からして階段を下りて行っているようでカツンカツンッと小気味のいい音が聞こえる。

 この家に入る前に視界を奪われていたのでどのような造りなのかは分からない。

 今更だけど、リディアーヌを攫ってきた者も「あっ」と短い言葉を発した後に布で目を覆ったのだ。

 間抜けなのかただの小娘だと思って放置していたのか、だとすればリディアーヌを攫ってきた意味が分からない。

 ただ単にいいとこのお嬢様で身代金が目当てなのか⋯⋯。

 地下に入りようやくどさりと床に放り投げられた。

 地味に痛い、と心の中で呟く。



「追手はないな?」

「あぁ。大公家と言っても間抜けだな」

「どうせ偽物の公女だろ? 貴族って奴等は血統が大事だからなぁ」



 彼等の話からするとやはり狙いはリディアーヌで間違いないようだ。

 だが身代金目的、というわけでもなさそうな話しぶりだった。



「んで? その小娘は眠らせたのか?」

「いや。怯えて声も出ないだけじゃないか」

「それより、この後、こいつを使って奴等に一泡吹かせるんだろう。楽しみだなぁ」

 

 

 という事は、避暑地での出来事のやり返し?

 それとも他にも何かあるのか。

 あぁ、けどやり返しならリディアーヌが無事で済むわけない。

 

 

「さて、この小娘は大事な餌だ」

 

 

 そう言ってリディアーヌを頑丈な柱に鎖でつなぐ。

 

 

「養女だろうと世間体を気にして助けに来るか否か⋯⋯」

「どっちでもいいさ。用済みならこの小娘は売り飛ばせばいい。元々こうして攫われて売り飛ばされたんだ。今回もまた売り飛ばせばいい」

「物好きな変態阿呆共は多いからな」



 売り飛ばす⋯⋯やはり人身売買人で人攫いの実行役。

 リディアーヌはそっと周囲の気配を探るとギーが側にいるのと、もうひとつの気配はオードリックが付けた護衛だろう。

 この場にいる不届き者は三人。

 その三人はこの地下室から去っていった。



「ギー」

「姫様。お怪我は?」

「大丈夫」

「何故先程お止めになったのですか?」

「え? だって関係ない人達を巻き添えにするわけにはいかないでしょう?」

 

 

 そう、馬車で襲われたときにギーが助けるために動くと分かったから止めたのだ。

 周囲にいた人達を巻き込まないために。

 


「姫様はもう少しご自身のお立場をご理解いただきたく存じます」

「ギー、お説教は後でお願い。それよりさっきの人⋯⋯人? なんだけど⋯⋯」



 リディアーヌは先程自分をここまで担いできた人物が気になって仕方がなかった。

 あの目、あの気配、人間じゃないみたいだ。

 


「ねぇ。あの私を担いでた人? 人間じゃないよね」

「姫様、あれは」

「人間に魔獣の血肉を無理やり定着させる禁術で作り上げられた魔人⋯⋯」

 

 

 リディアーヌはギーが言い淀んだ後を引き継ぎ答えた後、ギーを見つめると彼は一瞬驚いたものの、リディアーヌの事情を知っている為か直ぐに「その通りです」と答えた。

 

 

過去(まえ)より平和な時代だと思っていたけど、違うのかな⋯⋯」

 

 

 独り言のように呟く小さな主に返事をすることなくじっと見つめる。

 リディアーヌにしてみれば今の世はとても平和に感じる。

 魔獣が少ない上に国の統率が取れていて、国同士の結びつきもあるので戦争も起きていないと習って驚いた。

 けれど、禁術を使う者達がいることに更に驚いた。

 現代ではもう使う者は、というよりも知っているものがいるとは思わなかったのだ。

 勿論禁術を禁術だと記した書物は残っているだろうが、人身売買が世界的に禁じられていると同じように、そういった危険な書物もきちんと管理されていると勝手に思っていた。

 


「姫様」

「もう少し様子をみる、かな。ギーは彼等を見張っていてくれる?」

「しかし⋯⋯」

「陛下の影の人が近くにいるから大丈夫。それに⋯⋯」



 いざとなれば自分も戦えるから、と暗に伝える。

 勿論護られることに慣れなければいけないのはベルトランやフェリシエンヌから注意されている事ではあるけれど時と場合による。

 じっとギーを見つめると、根負けしたように目を伏せた。

 


「いくら陛下の手の者がいるといえど、無理はなさいませんよう」

「うん。ギーも気を付けて」

 

 

 リディアーヌの言葉を最後まで聞いた後、ふっと姿が消えた。

 はぁっと息を吐き柱に背中を預ける。

 

 

(そういえば、あの四人はどうしたのかな⋯⋯)

 

 

 今日は大公家預かりとなった皇国騎士団の四人はリディアーヌが攫われてからどうしているのか、一息ついてから気になったけど、今彼等の事を考えても仕方ないかと周囲を改めてみると、古い棚に埃がたまった机。

 あまり使われていないような有様だった。

 じゃらり、と手を動かせば鎖がなる。

 じーっとその鎖を見てからほんの少し魔力を動かしてみるが、特に魔力を封じられているわけではなさそうだ。

 ここから逃げる事は出来ると分かって少し目を閉じる。

 この暗がりに埃の溜まった空間に机と本棚。

 この簡素な部屋に嫌な思い出が蘇り、少しばかり体が強張る。

 けれどその思い出を振り払うようにぎゅっと体を抱きしめる。

 逃げることは簡単だけど、情報が欲しいからもう暫く捕われたままでいいかと心を整える為にもふーっと息を吐いた。


ご覧頂きありがとうございます。


次回も楽しんでいだけたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします。



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