対面
夏も終盤になり段々と秋の訪れを感じるようになってきた。
暑さが和らぎ、虫の音も秋へと変わっていった。
世界会議から一か月余りが過ぎ、ようやくマラディから一報が届いた。
そして使者として新たに就任した外交官がエクラタンを訪れる事となった。
「調査に時間がかかりすぎですね」
「あぁ。まぁ然程期待はしていない」
アルシェは手紙を読みマラディがあまりにも無能だと呆れ果てるが、オードリックはそもそも期待などしていないと何の感想も抱いていないようだ。
「さて、新たに我が国を担当する外交官に就任したカルロ・リヴァ・フラミア伯爵とその補佐官のフェリオ・ヴォルペ子爵家嫡男。この二人はあの元侯爵の同僚でしたが、生真面目だと評判の伯爵とは折が合わず、部署内でも対立しているのは有名だったようですね。と言っても、あれが伯爵を敵視していたに過ぎず、相手にしていなかったようです」
「真面な人間が使者として来るならそれでいい。阿呆を相手にするのは疲れるからな」
オードリックは肩をすくめアルシェは苦笑した。
アルシェは報告を続ける。
元侯爵はどうやらかなりずる賢かったようで、外務省内で横領も行っていたのが発覚し、あの王太子は全部署の帳簿の見直しを行うよう命じた。
それにより、かなり宮廷内がすっきりしたようで今回横領にかかわった人間を一掃したようだ。
そして王太子自ら国内の調査の指揮をも行っているというのだからこちらが思ったよりもあの王太子は有能のようだ。
「王太子を積極的に補佐している側近は勿論ですが、二つ年下の第二王子も頭が切れるようですね。王太子が指揮し、第二王子が自分の足で調査を行っているようで、剣の腕も相当の実力者みたいです。自ら賊を捕らえたりしているようですよ」
「マラディの次代は期待できそうだが、その下に着く貴族達次第だろう。あれのような輩ばかりでないのを祈るしかないな」
「そうですね。隣国が騒がしいといらぬ仕事が増えますからね」
隣国が穏やかだと自国に集中できるが、今余計な手間を増やしてくれるなというのがオードリックの本音だ。
マラディがどうなろうと知って事ではないが、国内の民が、巻き込まれるのは避けたいし、マラディ国民がこちらに雪崩れてきたとしたらその対処も必要になるから穏やかに越したことはない。
「陛下、ルヴェリエ大公閣下がお見えです」
「通せ」
入ってきたのはリュシオルで普段と同様に柔和な笑みを浮かべていた。
「遅くなりました」
「急に呼びつけて悪かったな」
「いえ。それであちらからの報告は如何でしたか?」
どうやら自分が何故呼ばれたのか分かっているようで直ぐに本題に入った。
「一週間後にマラディから使者が来ることとなった」
「思ったより早かったですね」
「早いですか?」
「早いでしょう? マラディにしてはね。私の見積もりでは後一か月はかかると思っていたよ」
「それは流石に⋯⋯」
リュシオルの中ではそれだけ彼の国に大して期待していないという事だ。
だが、期待していないからと言って今回のように思ったよりも早くに使者が訪れる事となったとしても感心するでもなく、ただの事実として受け止めるだけ。
それ以上でも以下でもない。
「一週間後に来訪するから当初の予定通りシオルにも同席してもらう」
「畏まりました」
「それで?」
オードリックはリュシオル問いかけると、リュシオルは笑みを深めた。
「どうやら我が国にも根を下ろそうとしているみたいですよ」
そう言ってオードリックに一枚の書類を渡す。
そこにはエクラタンに蔓延していた組織、というにはお粗末だがその一覧が記載されていたが、その横には既バツ印が付けられていた。
「全部で十か所、全て潰したか」
「えぇ。全く手応えがなく面白くなかったですよ」
面白い面白くないの問題ではない、とアルシェは心の中で呟いた。
リュシオルの表情も言葉通り、つまらないと物語っている。
「他に拠点とされている場所はなかったのか?」
「ありますよ」
あっさりと他の拠点もあると言い切ったリュシオルにアルシェは「は?」と思わず声に出してしまった。
その声を聴いてリュシオルはアルシェに視線を満面の笑顔で向けた。
それが逆に不安を煽る。
オードリックも同様に口角をあげ微笑んでいる。
「先程全てと仰っておりませんでしたか?」
「十か所全て潰したのは間違いないよ」
「⋯⋯あぁ、成程。理解しました」
アルシェはリュシオルの言葉に頷いた。
紙面に記載されていた十か所は全て潰したが、それ以外の拠点があり、それらはまだ意図して残してあるというのだ。
「残してある箇所には監視させ、逐一私に情報が入ってきます。ちなみに現在は鳴りを潜めひっそりとしていますよ」
「それはそうだろうな。今動けばシオルに真っ先に始末されると戦々恐々としているだろう」
「彼等が賢ければ暫くは大人しくしているでしょう。けど、種をまいてきましたので、今後が楽しみですね」
それはもう楽しそうに笑顔で話すがその目は笑っていない。
普段はここまでではないけれど、今回は避暑地、そして会議の最中に起こった大公家公女の暗殺未遂事件もあり、妹を溺愛している大公は厳密にいえば大公だけではないがかなり怒っているのである。
暗殺未遂事件は避暑地の件と関係ないのでそれは彼の怒りのぶつけどころ⋯⋯早い話八つ当たりだ。
それだけ公女は大切にされているのだが、血の繋がりが無いにも関わらずここまで溺愛できることがアルシェには不思議でならなかった。
アルシェが不思議だと思っているとまさかの言葉をが聞こえてきた。
「勿論私も混ぜてくれるだろう?」
「⋯⋯え? 陛下もですか?」
リュシオルはオードリックが何故そう発言をするのか知っているがアルシェがは知らないのでかなり疑問に思った事だろう。
「陛下はルヴェリエ公女にお会いした事なかったですよね?」
「ないな」
不可解だとオードリックを見るアルシェとそんなアルシェを見るオードリック。
何か不思議な睨み合いが続く。
「まぁ、アルシェならいいだろう。⋯⋯というか忘れていた」
最後はぽつりと口の中だけで呟いたのでアルシェには届いてないがリュシオルにはお見通しだった。
(あれは本音だな)
最側近でありアルシェはリュシオル達より二歳下だけれど、オードリックに心酔してその忠誠心は疑いようがない。
それなのにリディアーヌの事を知らなかったのは、オードリックが本気で忘れていたからだろう。
たまに本気で抜けることがある彼を知るのは近しい者しか知らない。
「陛下、今のはどういう⋯⋯」
「シオルに聞け」
オードリックはこちらに丸投げしてきたが、いつもの事なので請け負う。
「アルシェ、その件はまた後日に」
「はい」
アルシェは簡単に引き下がる。
無駄にあれこれ聞こうとしないのは彼の良いところだ。
国内の事はリュシオルが目を光らせているし、彼が直接調べたのなら全て把握しているだろうが、さて、マラディはどうだろうか。
使者が訪れるのは一週間後だから、あの国に関しては使者の報告を聞いてからにしよう。
それから二日後。
アルシェはリュシオルに呼ばれて大公家を訪れた。
「待っていたよ。けど話すのは少し待ってほしい。まぁゆっくり休んでいて」
リュシオルはアルシェにソファを進めゆっくりするよう伝えるが、当のアルシェはいつもオードリックの側で忙しい日々を過ごしている分、こうしてゆっくりと言われてしまえば手持ち無沙汰で居心地の悪さを感じていた。
少し待つと書類仕事が一段落したのか、ようやくアルシェの待つソファへと掛けた。
「君はほんとに仕事中毒だよね」
「そんなことはありませんよ」
「そうかな? 今もこちらを羨ましそうに見ていたのを気づかないとでも?」
「うっ、失礼いたしました」
しゅんと子犬のようにする様はいつもの出来る側近の姿とかけ離れている。
リュシオルはくすくすと笑う。
仕事中毒者ではあるが、彼は家庭を大切にしているからこれでも家に帰った時だけ仕事から離れるというのだから不思議だ。
「そろそろお話を伺ってもよろしいですか?」
アルシェは揶揄われたくなくて自分から話を切り出したがリュシオルは「もう少し待って」とだけだった。
この間の話の内容に検討がつかず、目の前の大公が口を閉ざせば何も話さない事もわかっているのでそれ以上聴かずに待つしかない。
どのくらい待つかは分からないが、暫く他愛無い会話を、と言っても娘自慢をお互いするのだった。
その頃、リディアーヌはエルネストと共に家庭教師から学んでいたが、授業が終わるとリュシオルが呼んでいると侍女から聞き、何だろうと思いつつも彼女の案内でリュシオルの執務室へ向かった。
執務室へ着き侍女が「リディアーヌお嬢様をお連れしました」と声を掛けると扉が開きシャスールが顔を出した。
「お待ちしておりました」
いつものように慇懃に出迎えられる。
「若旦那様、妹君がお見えです」
シャスールが来訪を告げると直ぐにリディアーヌが執務室の中へと入ってきた。
今日も可愛らしい妹が来たことでリュシオルは顔が緩んだ。
「シオルお兄様、お呼びと伺いましたけど、お客様がいらっしゃるなら出直しましょうか?」
「問題ないよ。リディ、今日も可愛いね。勉強の後に呼び立てて悪かったね」
リュシオルに進められ隣へ座る。
シャスールはリディアーヌへお茶を出した後、部屋を下がったのでこの場には部屋の主であるリュシオルと呼ばれたリディアーヌ、そして客であるアルシェだけとなった。
「リディ、紹介するね。彼はアルシェ・エリー・ディディエ。皇帝陛下の最側近だよ。アルシェ、彼女が養女のリディアーヌ・エメ・ルヴェリエだ。可愛いでしょう?」
「お初にお目にかかります。アルシェ・エリー・ディディエと申します。噂の公女様にお会いでき光栄です」
「ご挨拶をありがとうございます。ルヴェリエ大公の妹のリディアーヌ・エメ・ルヴェリエと言います。皇帝陛下の側近の方とお会いできて光栄です」
彼が言う噂とはどのようなものなのかは気になったけれど、それよりも何故この場に呼ばれオードリックの側近に紹介されるのかが分からず、リディアーヌは混乱した。
だがそれはアルシェも同様で、この間話をしていた件で何故リュシオルの妹がこの場に呼ばれ紹介されたのかが気になったので考える。
「アルシェ、そんな怖い顔でリディを見ないでくれるかな?」
「怖い顔などしておりませんよ。それよりも、そろそろ説明願えますか?」
それは彼の前に座るリディアーヌも同様にリュシオルを見つめる。
アルシェはじっとその様子を観察するも、何故か既視感が拭えない。
(誰かに似ているけれど、誰かが分からないな。だが、この顔は⋯⋯)
その様子を見ていたリュシオルは一人楽しそうにしている。
「リディ、ごめんね?」
急にリュシオルに謝られて首をかしげるが、次の瞬間リディアーヌは焦った。
「シオルお兄様! 何をされるのですか!?」
焦った理由、それはリュシオルがリディアーヌの首元に手をやったからだ。
この行動には目の前のアルシェも何事だと驚いた。
リュシオルはリディアーヌが着けていたネックレスに手を掛け外そうとしているが、リディアーヌはそれを嫌がりリュシオルから逃げようとしているも彼に捕まっているから逃げ出せずにいた。
「閣下、一体何をなさっているのです、か⋯⋯」
アルシェは目を見開いた。
先程までミルクティーブラウンに緑の瞳をした公女がネックレスを外すと黒髪金眼に変化したのだ。
「お兄様! どうして⋯⋯」
この状況に分からず焦るリディアーヌにリュシオルは落ち着かせるように彼女の頭を撫でる。
「説明もなしにごめんね。けど口で説明するより早いしね。あぁ大丈夫だよ。今この部屋は遮像防音魔道具を発動させているから安心して。アルシェ、先日の陛下の言葉の意味は理解したかい?」
「え、えぇ⋯⋯十分に」
それだけ言うとアルシェはリディアーヌに対し今度は席を立ち膝をついて頭を下げた。
「失礼をいたしました。皇国の夜空に煌々と輝くひとつ星である皇女殿下に改めてご挨拶申し上げます。ご無事のお戻り喜ばしく、安堵いたしました」
リディアーヌは困った顔でちらりとリュシオルを見ると笑顔で頷かれたの目の前のアルシェに視線を戻す。
「顔を上げてください」
アルシェはすっと背筋を戻すと本当に安堵したというか穏やかに微笑んで、何故か少し涙ぐんていた。
「アルシェが泣くことじゃないだろう?」
「そ、それはそうですが⋯⋯今までの陛下の心情を思うと⋯⋯」
リュシオルは困った奴だと思いつつもハンカチを手渡す。
リディアーヌはどうしたらいいか分からず、そしてこの状況もよく分かっていないので、見守っている感じだ。
ようやく彼が落ち着き、「申し訳ありません」と一言謝罪したがリディアーヌはふるふると首を振る。
「さて、アルシェが落ち着いたからリディに事の説明をするね」
そう言ってリュシオルは説明を始めた。
リディアーヌの素性を知る者は今の所、皇帝一族とルヴェリエ大公家を除いて宰相のグラシアン・ジル・アルヴィエ侯爵で、最側近たるアルシェが知らないのは今後仕事上で支障をきたすからという事だった。
それだと何故今になってなのか、リュシオルは先程言った通りだというが、他に理由があるんじゃないかとリディアーヌは思ったが、リュシオルの視線を受けてそれ以上は何も言わずにいた。
避暑地での出来事とその前のルヴェリエ公女の暗殺未遂事件、これらを調査していくにあたり、流石に知らせておかないと、となったらしい。
「理由は分かりましたけれど、どうしてそこに⋯⋯陛下の娘? が絡むのですか? その問題に関してはルヴェリエ公女ですよ」
「そうだよ。けど、元はエレンの誘拐から始まっているからね。今ここにエレンがいることがその証拠だよ。あの件が無ければ、エレンは今頃皇宮で問題なく暮らし、私の妹として暮らしているはずないよ」
そう言ってリディアーヌを見るリュシオルの表情はいつものように優しい笑みではあるが、どことなくいつもとは違って見えた。
「あ、の⋯⋯」
「さて!」
リディアーヌの言葉を遮ってぱんっと小気味よく手を合わせる。
「アルシェ、理由は分かったね。陛下を敬愛している君なら分かっていると思うけど、口外禁止だよ。もし裏切れば私が直々に遊んであげるからね」
「承知しております。殿下もご安心ください。我が命にかけて口外いたしません」
「陛下とシオルお兄様が決めたことなら不安はないです」
リディアーヌの言葉にアルシェは一瞬驚くもすっと頭を下げた。
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