試合
少し早く会場の入り口で待機していると、観客席から聞こえる人々の声が先程までよりかなり多い気がした。
「お兄様」
「どうしたの?」
「観客席の人、増えていますか?」
「うーん、そうだねぇ。もしかして緊張しているの?」
「いいえ。それはないですけど⋯⋯」
ちらりと背の高いリュシオルを見上げると楽しそうにニコニコと笑っている。
「リディ、先程話したことを覚えているね?」
「勿論です」
「うん、頼もしいね。ふふ。うんと楽しもうね!」
いい笑顔で楽しそうに笑うリュシオルにリディアーヌも同じく楽しそうに返事をした。
時間となり、先ずは相手四人が会場へと進み出た。
観客席ではいつもと違う様子にどういうことだと言わんばかりにざわめきが大きくなった。
それはそうだろう。
本来なら勝者対団長のはずが上位四人が進み出てきたのだ。
「さぁ、行くよ!」
「はい、お兄様」
リュシオルが先に会場内へと姿を現すと、打って変わりきゃーっという令嬢達の黄色い悲鳴が響いた。
予想外の人物の登場に会場内の令嬢達の興奮がすごいことになっているが、当の本人はどこ吹く風だ。
その一歩遅れてリディアーヌが会場へと入ると、今度は打って変わって一瞬戸惑ったようにしーんと静まり返る。
とても忙しい様子の観客にリディアーヌは「面白いなぁ」と呟き、リュシオルはその言葉に笑いが漏れた。
二人のその様子とは裏腹にどういう事だと今度はリディアーヌを凝視し先程よりも困惑に満ちた空気が漂った。
観客席で見ていたフェリシエンヌは「ふふふ」と楽しそうに笑っている。
「リディ様がどうして?」
エミリアがそう呟くのも無理はないが対照的だったのはフロランスだ。
「まぁ!! あれはルヴェリエ大公家の騎士団の制服ですわよね!? リディ様によくお似合いで格好いいですわぁ!! それに髪を縫い上げたお姿もまた素敵です! あぁ、リディ様はどうしてこうも凛々しいのでしょう」
大興奮しうっとりとしているフロランスは先程のリュシオルが姿を見せた時の周囲の令嬢と同じ反応だった。
フロランスとエミリア達の反応は正反対でそれもそのはず、まだ子供であり令嬢が騎士団の模擬戦に参加するなどありえないからだ。
今回はリュシオルが一緒にいるので何か理由があるからだろうが、それでも大の大人に混じって会場に姿を現したリディアーヌを心配で、けれどその表情は怯えた様子もなく堂々としているものだから困惑が大きい。
「サジェス嬢。娘なら問題ないわ」
「しかし、どうして会場に?」
「ふふっ。それは騎士達のせいね。リュシオルの怒りに触れてしまったのよ」
「大公閣下のですか?」
「えぇ。そうよ。かくいう私も少々穏やかではないもの」
嫋やかに微笑んでいるフェリシエンヌはそんな風には見えないが、きっと先程の出来事がきっかけだろう。
エミリアはそっと会場に視線を戻す。
「ふふん。皆驚いているね」
「お兄様は楽しそうですね」
「楽しいよ。ほら相手の四人を見てみなさい。あの驚きよう! サプライズ成功だね」
驚いている人もいるけれど、一瞬驚き、その後なんで子供が? という表情はやはり侮られていると感じていると騎士もいるようだ。
双方中央で対峙する。
審判役の第一騎士団の団長、ヴォルカンは「揃ったな」と一言いい、それに対し相手側の四人がヴォルカンに食って掛かる。
「団長! これは一体どういうことですか!?」
「何故子供がここに⋯⋯」
「子供と対戦など出来ません!!」
口々に言葉を発する。
彼らの言葉を聞きリュリシオルの笑顔が深まる。
「大公閣下が相手をしてくださるのは嬉しいですが、子供には危険というよりも無謀ですよ」
「我々に子供と戦えと仰るのですか!?」
「ふーん? 子供、ね⋯⋯」
小さく呟くリュシオルの言葉は近くにいるリディアーヌにしか届かない。
そのつぶやきを聞いた彼女は流石にまずいと思った。
リディアーヌを公女ではなくただの子供だと侮ったのだ。
これには団長も冷や汗ものだ。
「黙れ。これは決定事項だ。どのような対戦になろうとも不満は聞かぬと先程伝えたはずだぞ」
内心焦っているだろうが、それをおくびにも出さずに冷静に言葉を返す。
「対戦を始める前にいくつかルールを説明しよう」
そう言ってリュシオルが後を引き継ぐ。
今回の対戦は自分が提案した事、リディアーヌが一緒に対戦するので今回は魔術を使用してもよい事、ただしリュシオルは魔術を使わず剣一本のみで試合をする事。
この試合でお互い傷を負っても責任を負う必要がない事が伝えられた。
「質問はあるかな?」
リュシオルの言葉に決勝戦で対戦したメルシエ卿が手を上げた。
「それでは流石にハンデが大きすぎないでしょうか? 大公閣下がお強いと言えど戦うことに全くの不向きな公女様がいらっしゃるのですよ。護るべき方がいらっしゃるのに、流石に我々を軽視し過ぎではありませんか?」
「全くの不向き、ねぇ。リディ、問題あるかな?」
「ありません」
前半の言葉は口の中だけでの呟きで、その後は何時も通りに半歩後ろにいるリディアーヌへ問いかけるが、本人は特に気にする事なく即答すると相手が動揺した。
「はぁ!? 公女様、強がっていらっしゃいますがこれはお遊びではないのですよ」
「勿論承知しております」
呆れたように、少し馬鹿にしたような言い草には一切怖がる事無く答えるリディアーヌを馬鹿にしたような声を上げるも彼女はそれもまた一切気にせず逆にふわりと微笑んだ。
「笑っていられるのも今の内ですよ」
「たとえ閣下がお強くても貴女という足手纏いがいる以上、貴女のせいで閣下が傷を負うかもしれないのですよ?」
これは完全に舐め切っているな、とリディアーヌはすーっと心が冷めていく。
自分の事どう言われようが気にしないけれど、リュシオルを馬鹿にするのは許せるものではない。
リュシオルはちらりとリディアーヌを見ると彼女の様子に口角を上げる。
「さて、言いたいことはそれだけかな?」
「なっ! ほ、本当によろしいのですか!?」
「勿論。本人もやる気だしね。手加減なしで向かってきていいよ」
この言葉に火が付いたのか騎士達の目に殺気がともった。
「リディ。分かっているね?」
「はい、お兄様」
こそっと確認されるリディアーヌはにこりと笑って答える。
その様子がまた癇に障ったのか騎士達が苛立たしそうにしている。
「では、そろそろ始めるぞ」
団長の言葉に騎士達は剣を一斉に抜く。
対してリュシオルとリディアーヌは余裕の表情で剣すら抜かずに対峙すると、それを挑発と受け取ったのか四人は殺気立つ。
団長は双方を見て「始め!!」と開始の号令を出した。
気合と共に踏み込んできたのは準決勝で戦っていた騎士だ。
魔術の使用許可が下り、彼は剣に炎を纏わせリュシオルの一歩後ろにいるリディアーヌへ向かってその剣を振り下ろす!
どんっ! という鈍い音と爆炎が起こり周囲に砂埃が舞う。
後ろに距離をとった騎士は余裕の笑みを浮かべている。
そこへしゅんっという鋭い音と同時にパキンッ! という何かが折れる小気味いい音が響いた。
「⋯⋯え、な、なんだ!?」
先程リディアーヌに攻撃を繰り出した騎士は一瞬何が起きたのか分からずに呆然とするも、軽くなった手元から剣先に視線を移せばあり得ないとばかりに驚き目を見開く。
視線を向けた先は自身の持っていた剣が中ほどから先が折れて地面に転がっていた。
彼の驚愕の声に事態を見守っていた騎士達も驚き声を上げた。
「どういうことだ!?」
「大公閣下は⋯⋯動いていらっしゃらないぞ」
「魔術は使わないはずでは!?」
「⋯⋯閣下は魔術をお使いではなかった」
折れた剣を見た後、視線をリュシオル達へと戻したガルニエ卿はぐっと口に力を入れた。
目の前では砂埃が落ち着き相手の様子が鮮明に見える。
リュシオルは一歩も動かずいつも通りの微笑みを浮かべている。
剣に手すらつけていない。
どういう事なのか⋯⋯。
ちらりと視線をリュシオルの後ろへやれば先程騎士に攻撃されたリディアーヌは前に出していた手を下げたところだった。
それを見て悟り、それと同時にまさかと驚愕し目を見開く。
「⋯⋯魔術を使ったのは公女だ」
「はぁ!? ま、まさか⋯⋯」
折られた剣を手に持つ騎士は呆然とリディアーヌに視線を向ける。
「それだけじゃなく、公女様は無傷みたいよ」
「信じがたいだろうが、認識を改める必要がありそうだ」
先程の剣を折った魔術の精度を見る限り、公女は侮れないと騎士の勘とでもいうのだろうか、甘く見てはこちらが危ないと悟った。
「新しい剣を取りに行っていいですよ」
騎士達が動揺を見せている中、リディアーヌはまさかの言葉を放った。
折角一人を再起不能にしたというのに、折れた剣の代わりを取ってきてもいいという。
「馬鹿にしているのか!?」
「いいえ。けれど、それでは戦えないでしょう? 試合はまだ始まったばかりですから」
リディアーヌの言う通り、試合は始まったばかりで、一人脱落したと言っては騎士の名折れ。
そもそも剣を折られ、代わりを取ってきていいと言われた時点で既に手遅れだ。
目の前の幼いながら余裕の笑みを浮かべる公女を見てガルニエは悟った。
(俺達は最初から間違っていた!)
そう思うが時すでに遅し、だ。
「おい、剣を取りに行ってこい」
「はぁ!? そんな事したら相手の思う壺じゃないか! あんな小娘に慈悲を貰うわけにはいかない! 魔術だけで事足りる!」
小娘呼ばわりされた当の本人は涼しい顔だが、隣のリュシオルからは不穏な空気が漂っていた。
それを感じ取った団長は内心「やばっ!」と焦っているが、騎士達全く気が付いていない。
「お前は気付いていないんだな」
「何をだよ」
「気づいていないならいい。で、武器はどうする? 本当に魔術だけで行くのか?」
「ちっ!」
彼は舌打ちをして剣を取りに行った。
強がりをせずに素直に取りに行けばいいものをとガルニエは思った。
その間双方攻撃をすることはなく、直ぐに戻ってきたので試合再開だ。
「リディ、今からあのガルニエという騎士は本気で来るよ。残りはまだ半信半疑、といった感じかな。一応油断は禁物だよ」
「はい、お兄様」
リュシオルの忠告を素直に聞き相手の出方に備える。
ガルニエの纏う雰囲気は先程とは打って変わり真剣そのもので、他の者達はまだリディアーヌを侮っている風が見て取れるが、勝者の彼が真剣になったのを見て残りの三人も気を引き締めたようだ。
それからは連携してリュシオルとリディアーヌに攻撃を仕掛けてきた。
ガルニエがリュシオルを、他の三人が状況を見つつ、ガルニエの補佐をしたりリディアーヌへと攻撃を仕掛ける。
連携を始めた騎士達の動きは悪くなく、だそれなりに連携が取れていた。
あれだけ我が強くバラバラだったのが嘘のようだ。
リディアーヌは彼等をあしらいつつ、リュシオルの手助けをする。
と言っても、リュシオルは魔術で攻撃されたとしても剣でぶった切ってしまうのでほとんどやることがない。
それに、リュシオルは余裕綽々で相手にしている為、ガルニエは段々と苛立ち攻撃が雑になっていっている。
その様子を見つつ、リディアーヌも目の前の騎士に集中する。
こちらに対峙するのは魔術を使える騎士でその使い方がうまい。
体力がない分動きを最小限に、相手の動きをよく見て魔術を繰り出す。
暫く攻防が続いていたが、リディアーヌは体力がそろそろつきそうなのを感じていた。
そう思っているとリュシオルがこちらを意味ありげに見つめてくる。
その視線を受け頷くと満足そうににこりと微笑んだ。
それからリディアーヌは相手を翻弄しつつリュシオルに近寄り、一瞬背中合わせとなり、騎士達からみれば前後からの挟み撃ちで一網打尽の絶好のチャンスだった。
リディアーヌは見るからに体力が付きかけているのでそれも相まって笑みを浮かべる騎士が目の前に迫った⋯⋯が、騎士は驚愕に目を見開いた。
「残念だったね」
目の前にリディアーヌがいたはずが一瞬でリュシオルに変わっていた。
「なっ!? ど、やっ⋯⋯ぐはっ!」
「そっそんな! ぐっ!」
目の前に迫っていた騎士二人はリュシオルが一瞬で片付けてしまった。
もう一人は後方で魔術で支援しようとしていたのだろうが間に合わずに目の前で二人が倒されたのを見るだけだった。
一方、入れ替わったリディアーヌは目の前に迫るガルニエ卿の驚愕した表情を目にしたが、お構いなしに今迄抜かなかった剣を抜き放った。
まさか公女が剣を使うとは思わず、僅かに隙が出来たがそれも一瞬でそのまま弾こうとしたとき⋯⋯
「⋯⋯な!? ぐぅ! ⋯⋯かはっ」
まさか小娘の剣を受けただけが思いっきり後方に吹き飛ばされ壁へ激突しそのまま地面に衝撃で血を吐いて倒れた。
それを見ていた観衆たちはどよめきの声を上げる。
だが、それだけでは終わらなかった。
もう一人リュシオルと距離を取っていた騎士がはっと気づいた時には上空から鋭い氷の刃が降り注ぎ、それを防ぎきることが出来ず、ちらっと視界に入った先に、リュシオルより後方にいたリディアーヌが自分に向けて剣を振り下ろした姿が目に入ったのを最後に倒れた。
「勝者! ルヴェリエ閣下、ルヴェリエ公女!!」
団長の宣言でわぁっと観客席がわく。
その意味は様々だ。
リュシオルの強さに、リディアーヌの魔術操作に、騎士団があっさり負けたことに対して人々は驚き、又はうっとりと色んな表情をしている。
「リディ、よく私の考えが分かったね」
「確信は出来なかったですけど、多分そうかなと思って。合っていてよかったです」
「私の妹は強くて賢いね。自慢の妹だよ。⋯⋯体力は、まだまだだけどね」
そう、リディアーヌはリュシオルの言った通り、肩で息をしていた。
これ以上長引けばリディアーヌが倒れていただろう。
「お二人共、お怪我は?」
「私は何も。リディも怪我はないね?」
「はい。お兄様に言われて防御は徹底していましたので怪我はありません」
「上出来だよ。さて、リディは先に上へお戻り。母上達が待っているよ」
「僭越ながら私がご案内いたします」
そう言ったのは第二騎士団長のブラーヴ卿だった。
流石に団長自ら案内されるのは気が引けて遠慮しようとしたが、無理だった。
リュシオルのいい笑顔に押し負けてしまい、そのまま案内される。
「あの、団長様に案内させてしまい、申し訳ありません」
「公女様が謝られることはありませんよ。それよりも、先程はお見事でした」
「いえ⋯⋯ありがとうございます」
いつものように見事と言われるような事ではないと否定しようとしたが、一瞬ベルトランの顔が浮かんで直ぐにお礼を伝えた。
「それにしても公女様は魔術の扱いが素晴らしいですね。この間の一件で剣術の方が得意かと思っておりました」
「剣術は魔術程ではないです。体力と筋力が追いついていないのでまだまだです」
あの時は敵の裏をかいただけだから剣術とは程遠い。
それに、剣に風を纏わせていたのでいとも簡単に切ったように見えるだけだ。
ブラーヴ卿はそれ以上聞いてこず、フェリシエンヌ達の所に着いた。
「公女様をお連れしました」
「ブラーヴ卿、久しいな」
「ご無沙汰をしております、ルヴェリエ殿下」
ブラーヴ卿が挨拶をしたのでそこで初めてベルトランがいることを知った。
何となく怒っている、ような気がする。
(シオルお兄様より怖い⋯⋯)
「話は聞いたが、やらかしたな」
「申しわけございません」
慌てることなく言い訳もせずにさっと深く頭を下げる。
「リュシオルが話を付けているようだから私からはとやかく言うつもりはないが、それ相応の誠意を見せてもらうぞ」
「御意」
「リディ、こちらへ」
「はい、お父様」
呼ばれてベルトランの側によると側に寄ると先程の怖い雰囲気は霧散していた。
「では、失礼致します」
「あぁ、ご苦労だった」
ブラーヴ卿が戻ろうとしたところをリディアーヌが引き留めた。
「案内していただいて、ありがとうございました」
礼を言うと静かに一礼して去っていった。
ご覧頂きありがとうございます。
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よろしくお願いいたしますm(_ _)m




