予想外の試合
一瞬金属の鈍い音の後、一際高い、ガッ、キィーンッ! という音と令嬢のキャーっという悲鳴が会場内に響いた。
「リディ!!」
「お嬢様!!」
フェリシエンヌの焦った声と護衛として側に控えていたローランの声が重なった。
先程の音はガルニエがメルシエの剣を豪快に弾聞いた音だ。
だがそれだけでフェリシエンヌとローランが慌てることはない。
何故二人が慌てているか、それは弾かれメルシエの剣が彼女の手を離れて勢いよくリディアーヌへめがけて一直線に飛んできたからだった。
二人は慌てているが、リディアーヌは冷静にすっと手を前へと掲げた。
けれど目の前にふと影が出来た。
「え⋯⋯?」
キーン!! とまた甲高い音が間近くでなった。
一瞬会場内全ての時が止まったかのようにしーんと静まり返る。
目の前の影がゆっくりとこちらを振り向く。
「リディ、怪我はないかい?」
リディアーヌに向かって飛んできた剣を余裕で弾き返したのはリュシオルだった。
彼がなぜ此処にいるかは不明だが、いつもの笑顔でリディアーヌの頭をなでていた。
「シオルお兄様、ありがとうございます」
「うん。けどリディは自分で対処できたかな?」
「はい、けど嬉しいです」
護ってもらえたことが嬉しくて微笑んでお礼を伝えると、うんうんとリディにの頭をそっと撫でる。
そしてちらりと会場に向ける視線は凍えるように冷たかった。
「シオル、貴方どうしてここへ?」
「母上達が観戦にいらしていると耳にしましたので様子を見に来たのですよ。来て正解でしたね」
先程の表情とは裏腹にいつものにこやかな人好きのする笑顔でフェリシエンヌに応える。
急に現れたルヴェリエ大公に優雅に挨拶をするのはサジェス公爵夫人とリシェス伯爵夫人だ。
母親が挨拶するのを見て慌てて挨拶をするのはその娘二人だ。
「ルヴェリエ大公閣下!」
声が聞こえた方を向けば、今迄試合をしていた二人が焦ってこちらを見上げていた。
「何か用かい?」
いつも通りの声と表情答えたが、何故か背筋がひやりとする。
そう感じたのは両騎士で一瞬で顔を青褪めさせた。
「も、申し訳ございませんでした。閣下がいらっしゃらなかったら取り返しのつかないことになっていました。ありがとうございます」
二人が同時に頭を下げる。
それを冷めた目で一瞥するリュシオルは彼等の言葉に更に冷えていった。
「私がいなくともうちの護衛がちゃんと私の可愛い妹を護っているよ。うちの護衛は優秀だからね」
これだけ聞けば大公家の護衛が優秀だという自慢話に聞こえるだろう。
けれど、リュシオルは暗に騎士団が無能なのだと言っているのだ。
それが分かったであろう下の二人は悔しさからか羞恥心からなのかプルプルと拳がふるふると震えていた。
それは周囲で安全を期すために配置されている騎士も同様だった。
観戦するのはは自由だけど、今のように何かあってからでは遅いので観戦者がいる時には騎士達が安全護るのだが今回それが機能せず、観覧席にいた騎士達は動きが遅かった。
あろう事か欠伸をする者までいるのだから弛んでるの一言で済ませれる問題でもない。
いる意味もない騎士達にリュシオルは内心毒づく。
それをおくびにも出さずににこりと微笑む。
「さて、リディ行こうか」
(どこに?)
声に出さず心の中で問いかけたのだがリュシオルには通じたようでにこりと微笑んで「行けば分かるよ」と歩けるのだけどすっと流れるように抱き上げられた。
「え? えっ!? あ、あのシオルお兄様、私歩けます! どこも怪我をしていませんから下してください!」
「私の妹は可愛いね」
可愛いとかいう以前の問題だ。
リディアーヌは降ろしてほしいとリュシオルに抗議するが全くもってびくともしない。
流石にこれだけ注目された中で片腕に抱かれては恥ずかしいとリディアーヌは顔を赤くさせた。
そんなリディアーヌを愛でながらこの場を後にしようとしたリュシオルの前にフェリシエンヌが立ちはだかった。
「お待ちなさい」
「母上止めないでくださいよ」
「止める気はないわ。やるならば生ぬるい対応は許しませんよ」
「勿論ですよ」
鼻歌でも歌いそうな上機嫌でむ全くリディアーヌの言葉を聞く気はなく、周囲の驚きを無視してフェリシエンヌに軽く「行ってきます」と言い、抱き上げたまま観覧席を後にした。
どこへ向かっているのか分からず、けれどまだこの会場の何処かへ向かっている事だけは分かった。
「あの、お兄様。どこへ行くのですか?」
「行けば分かるよ」
そして着いた先はとある一室で中へ入るとエヴァが中で待機していた。
「お待ちしておりました」
「うん、あとは任せるよ」
「はい。お任せください」
エヴァがいる状況も分からないが、「可愛くなっておいで」と言い残して部屋を出て行ってしまった。
「エヴァ、何をするの?」
「お嬢様には今からこちらに着替えていただきます」
「え? これに?」
準備されている衣装を見て更に驚いた。
一体どうして、と疑問だらけだけど、お兄様が答えてくれないしエヴァもきっと教えてくれないだろう。
されるがままに着替え髪を結って貰ったらエヴァと共に部屋の外で待機していた騎士に今度はさほど離れていない部屋へと案内された。
中へ入るとそこにはリュシオルと、確か第一騎士団長のヴォルカン・レウスィット伯爵ともう一人知らない人が座っていた。
「リディ、いらっしゃい。私の妹は世界一可愛いね! ドレス姿もいいけど、密かに誂えて良かった。うん、よく似合っているよ」
どうやらこの服はリュシオルが注文したようで満足そうに微笑みながらリディアーヌを自然に抱き上げる。
リュシオルは本当に嬉しそうにしているが、リディアーヌの心境は真逆だった。
「お、お兄様! 下ろしてくださいっ」
「ははっ! ごめんね。つい可愛いから。あ、紹介するよ。あそこにいるのは第一騎士団長のヴォルカン・レウスィット伯爵とその隣は第二騎士団長のブラーヴ卿だよ」
「お初にお目にかかります。ヴォルカン・レウスィットです。先程は公女様に対し、騎士団の者が失礼を致しました。改めて謝罪致します」
「第二騎士団のブラーヴと申します。公女様にお怪我がなく安堵いたしました。この度は申し訳ございませんでした」
紹介された団長二人が揃って頭を下げる。
リディアーヌはこの状態にどうしていいかわからずリュシオルを見上げる。
「先程の件は本来騎士団が対処すべきことで、謝罪も行うべきなのだが、リディに対して一切の謝罪が無かったからね」
「私は気にしてません。それに対戦を行っていれば、あのような事は起こり得ることですから」
「リディは優しいね。けれど、観覧を許している時点で騎士団には観客の安全に関して責任が発生するんだよ。それが今回果たせなかった。飛んできた先がリディだったから自分で対処するだろうし近くには護衛がいたから何事もなかっただろうけど、一般的な令嬢だったらそうはいかない」
リュシオルの言っていることは最もだ。
責任を負う事が出来ないならば観客を入れる事をしなければいい話だ。
リディアーヌが気にしなくとも騎士団の責任は重大だ。
「お兄様、申し訳ありません。軽率でした」
リディアーヌがシュンと落ち込みリュシオルに謝るが、慰めるように頭をぽんぽんされる。
「リディは素直だよね。⋯⋯というわけで、私は怒っているんだよ」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって、リディに謝罪しなかっただろう? さっきの二人」
「そう、ですね?」
「だからね。本来なら団長が訓練を付けるという意味合いで勝者と対戦するんだが、それを私と変わってもらったんだよ。そして、リディも一緒だよ」
「⋯⋯え? 私もですか?」
リュシオルの言葉に驚き一瞬何を言っているのかと反応が遅れてしまった。
自分みたいな子供が騎士団の模擬戦に出場、それも勝利者と対戦するのにリュシオルと共に出るなんてなんていうか、馬鹿にされてると思わないだろうか。
「あぁ、因みに勝利者だけではなく、決勝戦で戦っていた二人と準決勝に出ていた二人も一緒だから四対二だね」
「四対二⋯⋯。私はお邪魔になりませんか? 相手の騎士の方々はきっと子供の私が相手だと嫌な気分になりませんか?」
「何故だい? 実際敵に遭遇した時、リディのような子供がいないとも限らない。その時子供だからと手を抜いて痛い目に合うかもしれないよ? それなのに対戦相手が子供だからと侮られたとか浅はかな事を思うならば、その様な軟弱者は騎士団に必要ないね」
リュシオルはいつもと同じように変わらない笑みと柔和な雰囲気だけど、放った言葉は違った。
騎士団長達が、団長という立場にあるにも関わらず青褪めていた。
「分かりました。お兄様と一緒に戦います」
「うん! リディと一緒だとやる気が出るね! 決まりだね」
最後の言葉は団長達に対してだった。
言われた当人達はリュシオルに対して頷いた。
部屋を後にして対戦まで十分の自由時間があり、その間にリュシオルから対戦するにあたり注意事項と連携をどうするかを話し合った。
そして十分まであともう少しというところで会場へと向かった。
ほんの数分時を遡る。
リュシオルとリディアーヌが退室してから団長二人は重いため息をついた。
「大公が新しくできた妹を溺愛しているとは噂で聞いていたが、まさかあれほどとは⋯⋯」
「まだ経験の浅い団員達とはいえ馬鹿な真似をしてくれましたね」
「全くだな。再度教育をし直す必要がある。それも早急に」
大公を敵に回していい事なんてひとつもない。
今はあの四人、いや二人はとばっちりだが原因となった二人には痛い目に遭ってもらおう。
流石に大公を相手にして無事では済まないのは目に見えている。
それに公女の実力だ。
皇子と皇女が避暑地へと向かった折、あちらで襲撃に遭い、皇女を助けたのがあのルヴェリエ公女だ。
それは本当らしいが、さてその実力は如何ほどか。
ヴォルカンはため息をつきながら従僕に四人を呼んでくるよう命じた。
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