お茶会の準備
リディアーヌがエクラタンに来て更に一年が過ぎ、リディアーヌは九歳になった。
漸く九歳らしくふっくらと肉付き、背は同年代の子達よりもまだ低いものの、健康的な体となっていた。
今年の誕生日は昨年と同じ顔触れで、そこにオードリックとノルベールが参加した。
母であるカサンドラは、第二皇女の目くらましとして皇宮に残っているが代わりに贈り物と手紙をオードリックから手渡してくれた。
兄であるノルベールとはまだぎこちなくはあるが、少しずつ言葉を交わすようになり、少しは仲良くなったように感じる。
リディアーヌは変わらず勉学と剣術に魔術と幅広く学んでいる。
その中にはマナーに加えダンスと芸術も含まれている。
たまにフェリシエンヌと共にお茶会に参加して、少しずつだが貴族間の関係を広げつつあった。
その中で年齢が近いという事もあり、特にランヴェール侯爵家のフロランスとは手紙のやり取りをするまでとなった。
「リディ」
「はい、お母様」
フェリシエンヌにお茶の誘いを受け、良い気候なので庭園で彼女とお茶を楽しんでいる最中なのだけれど、良い事を思いついたと言わんばかりに手を打ち合わせにこりと微笑んだ。
「お茶会に慣れてきた事だし、一度この屋敷でお茶会を開催してみない?」
「えと、それはお母様主催、ですよね?」
「いいえ」
(いいえ⋯⋯?)
フェリシエンヌが開催しないとなると、義姉であるアリアーヌが主催するのかと思ったらそれも違うみたい。
「ふふ。疑問に思ているわね」
「お母様とお義姉様でないとしたら誰が主催するのですか?」
「あら、私とアリーでなければ、残るはリディ、貴女でしょう?」
「え? 私、ですか? けど私はまだ⋯⋯」
「子供だから、と言いたいのかしら?」
「はい」
社交界デビューの年までまだ数年。
漸くこの間九歳になったばかりの子供でお茶会を開くって聞いた事ない。
「リディ、社交界デビューを果たしていないからと言ってお茶会を開いたらいけない、という事ではないのよ。デビュー前に同年代の子達を招き、開く事は多々ある事。将来を見据え、良き練習にもなるでしょう。それに今後の人脈を広げる為にも開いた方が良いわ」
これは決定事項なのかと、リディアーヌは肩を落とした。
同年代と言われても、交際が広がったとはいえ親しいのはフロランスだけで、他の令嬢達とは親しいと言える程ではない。
「貴女があまり好きではないのは知っているけれど、やはり心を許せる友人は必要よ」
「お母様の仰っている事も分かるのですが、フロランス様だけではいけませんか?」
「そうねぇ。彼女程ではなくても、誘っても不快にならないような令嬢はいないのかしら」
フェリシエンヌに言われて考える。
考える時点でおかしいのだけど。
「カリーヌ・サリエット伯爵令嬢でしょうか⋯⋯」
「サリエット伯爵令嬢ね。まぁ、悪くないわ。サリエット伯爵家は皇家派で当代の伯爵は領地経営を始め、宮廷では魔術省の副団長。両方そつなく勤めているから付き合うのに反対はないけれど、カリーヌ嬢は確か次女で、少しばかり内気な性格だったかしら」
「はい。人と接するのが苦手なようですけど、彼女との会話は苦になりません」
「それは良い事ね。だけど、まだフロランス嬢の様に会話を楽しむまでもいかない、という事かしら」
それもあるので頷いた。
リディアーヌもどちらかというと口下手だ。
気の利いた会話は出来ない。
だから会話がそれ程続かないのだが、彼女との会話は他の令嬢と話すようにしんどいと思うことはないし、スロランスと話すように落ち着いて話せることはないけれど、彼女の話すことに興味がある。
「では、その二人とそうね、エルとフロランス嬢の兄であるランヴェール卿を招待したらいいわ」
「え? エルお兄様は分かりますけど、フロランス様のお兄様もですか?」
「えぇ。今の話を聞くと、もう少し人数を揃えた方が良いわ。エルにとっても勉強になります。それと、一番の年長者である彼ならば上手く場を和ませられるでしょう」
(これはもう決定事項、ってこと?)
今の話を聞くに、開催しない、という選択肢はなさそうだ。
嫌だなぁと思いつつも母の期待に応えたいという思いがあり、結局素直に頷いた。
善は急げとフェリシエンヌに習った書き方を実践してみる。
初めて招待状を書くので、書き終わった後、フェリシエンヌに確認してもらい、合格を貰えば残りの招待状を作成する。
エルネストへは直接会った時に⋯⋯、と思ったけれど、フェリシエンヌの無言の笑顔を圧力を受けてエルネストへの招待状も作成し、彼には直接渡す為、エルネストの暮している本邸へと足を向けた。
今日は自習をしているという事で本邸の迫力のある図書館へと向かう。
リディアーヌが暮している別邸には本邸の図書館と言えるほどの規模はなく、その半分ほどだけど内容は置いている書物の種類は多岐にわたり充実している。
本邸に入ると執事のシャスールが出迎えてくれた。
「お嬢様、お待ちしておりました」
「いつもありがとうございます」
「お嬢様、そろそろ敬語をお止めいただければと」
シャスールはリュシオルの乳兄弟でベルトランがまだ皇族として皇城で暮らしていた時の執事の息子で、現在ベルトランの側にいるオスカーは彼の兄だ。
二人の父親は数年前に病気で亡くなった為、オスカーはベルトランに、シャスールはリュシオルに誠心誠意仕えるようにとの遺言があったのと、ベルトランの采配で其々仕えている。
オスカーは優しく見守り、リディアーヌのペースで指摘してくれるが、シャスールはオスカーと真逆だ。
笑顔で圧力をかけてくる。
仕える主人の妹だからと甘やかす事無く、大公家の令嬢としての振舞を身に付けさせようと指摘するのを止めない。
二人のやり方は全く違うが私の為を思っての事だから嫌な気はしない。
だけど、シャスールは容赦がないのでいつもどきどきと緊張してしまう。
「お嬢様」
「次から気を付けるから、お母様には言わないで」
注意された事は全てリュシオルを通じてフェリシエンヌに報告される。
だからと言って特にお説教をされたり矯正されたりという事は無いけれど、やはり心情的に申し訳なく思うが、中々慣れないのだ。
常に一緒にいるエヴァや護衛のローラン、オスカーに対しても時間はかかったが大分慣れてきた、はず⋯⋯。
けれど、本邸を訪れた時に会うだけのシャスールに対してはまだ慣れないのでいつも指摘されてしまう。
「次回より直して頂けるのでしたら今回は内緒にしましょう」
「ありがとう!」
珍しく内緒にしてくれるという事でリディアーヌは喜んでお礼を言った。
そうしたらこれもまた珍しくシャスールの表情が崩れたのでリディアーヌは驚いた。
「お嬢様、どうされました?」
「あの、シャスールが笑ったところ、初めて見たから」
「おや? 私は結構笑いますよ。旦那様に聞いて頂いて問題ありません」
「あ、疑った訳じゃなくて、いつも冷静だし、驚いただけだから⋯⋯ごめ」
「お嬢様」
「な、何でもない⋯⋯」
純粋に驚いただけなのだが、いつも冷静沈着なシャスールに言われてしまったら何だか怖く感じ、つい謝ってしまう所だったけど、彼にすっと視線を向けられて慌てて否定する。
ぎりぎり、いや、殆ど報告されるであろう失態だけど、今回は見逃してくれるみたい。
気を取り直して図書館へと案内される。
中へ入ると圧巻の蔵書数だ。
奥へ行くとその場で勉強できるようテーブルがあり、くつろげる様にソファまで置いてあるのでゆったりと読書を楽しむことが出来る。
エルネストはそのソファで読書をしていた。
「お坊ちゃま。リディアーヌお嬢様がお見えです」
「リディ! 待っていたよ。僕の隣に座って」
笑顔のエルネストに迎えられ言われた通り隣へ座る。
シャスールは「失礼します」と直ぐに下がった。
エルネストは此処で勉強をしていたようで、が卓上に分厚い本広げられている。
「それで、今日はどうしたの?」
「お兄様にこれをお渡ししたくて」
そう言ってリディアーヌは招待状を渡すとそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせた。
「リディからの招待状! 嬉しいな。是非出席させてもらうね!」
「え? 中も見ずにいいのですか? お兄様のご予定とかは⋯⋯」
「予定が入っていても問題ないよ。リディのお茶会より大切な事なんてないからね」
(流石にそれはないと思う)
盛大に心の中で突っ込むリディアーヌは目の前で嬉しそうに、そして招待状を大事に扱うエルネストに直接言う事は無かった。
どちらにしてもエルネストなら何が何でも出席しそうだ。
「今日はこれを渡す為にここに来ただけかな? これからの予定は?」
「この後はお母様と一緒にお茶会の準備を勉強しますので、そろそろ帰ります」
「そっかぁ。もう帰っちゃうんだね」
「お兄様もお勉強の最中ですよね? お邪魔をしてごめんなさい」
「リディ、全く邪魔じゃないからね。だから謝るのは禁止」
めっと可愛らしく注意するエルネスト。
その姿が可愛らしい、というのは本人には言わない。
言えば怒られるのは目に見えている。
「お兄様、お勉強がんばってくださいね」
「ありがとう。リディのお茶会楽しみにしているよ」
招待状を渡し終え、別邸へ戻るとその足でフェリシエンヌの執務室へと向かった。
部屋へ通されると、ソファに掛けるよう言われ座ると、卓上には既に資料が用意されていた。
「エルに招待状は渡せたようね」
「はい。中を見ずに出席すると言ってくれました」
「あらあら。困った子ね。中はちゃんと確認しなければ礼儀に反するわ。時と場合があるけれどね」
確かに。
フェリシエンヌ、ベルトランもたまに中身を確認せずに捨てている事があるが、それが時と場合、という事だろうか。
難しい。
「さぁ、お勉強の時間よ。今日はお茶会に向けて主催者側を学びましょう」
以前にマナーを学んだ時に、さらっと習っているけれど、今日は更に深く学んでいく。
階級が高い程、お茶会の準備に手は抜けない。
領地を持つ貴族にとっては領内の特産品を出す事でアピールが出来る。
領地を持たない貴族はその階級にもよるが、新たな流行を広め、他国から取り寄せたりとその貴族ならではの手段手法で茶会を一層華やかに、そして話題を作るのが夫人方の腕の見せ所。
まだ成人前の子供達がお茶会を開催する際も子供だからといえ階級に合ったセッティングが求められる。
あまりに稚拙だと、そのまま親の評価にも繋がり、子供同士と言えど侮られるからだ。
何とも面倒な貴族社会だが、こればかりは仕方がない。
という事で、フェリシエンヌからは今回の課題としてお茶会に出す茶葉から茶菓子、食器や彩る花々までも考える様にと一週間の猶予を与えられた。
ベルトランが爵位を頂いた際、皇家直轄地のひとつを下賜され、いまはそこが大公領となっているので、大公家も領地持ちの為に、リディアーヌも既に大公領の勉強は済んでいる。
大公領は国内随一の葡萄の産地。
葡萄と言えばワインが有名だが、紅茶にしても美味しく子供が飲んでも体に悪影響が無いので今回は葡萄の紅茶を出そうと思う。
他には紅茶に合う茶菓子だが、食べやすい一口サイズのフルーツを乗せたプチケーキに定番のクッキーやマドレーヌにしよう。
菓子やスイーツを乗せる食器類はこの間の誕生日に頂いた茶器が可愛くて、それと同じ工房で注文をする事にした。
ただ、他国の為に間に合うか心配でフェリシエンヌに相談すると、エクラタンの大公家からの注文とあり、最速で届けてくれるようだとフェリシエンヌから教えて貰った。
大公家の無茶ぶりだと思われたらどうしようかと不安に思ったが、あちらからの好意だとにこやかな顔で仰った。
本当なのかは分からないけれど。
兎も角、リディアーヌの考え抜いたお茶会の構想はフェリシエンヌからの合格点を貰い、お茶会に向け本格的に準備を行い、そして当日を迎えた。
ご覧いただきありがとうございます。
お待たせしてしまいましたが、第五章のスタートです。
第五章終わりまで二日おきに更新しますので、
楽しんでいただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




