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自由な空の下  作者: 月陽
第二章 決断
21/79

本当の始まり


 あれから一週間。

 養子縁組の書類が整い、承認された事でエレオノールは正式にベルトランとフェリシエンヌの養女(むすめ)となった。

 そしてその夜、大公邸別邸を皇帝オードリックが訪れていた。



「エレン、これで公に大公邸で暮らせるようになるけれど、一人で行動をしない様に気を付けなさい。叔父上の養女(むすめ)としてこれからは皆に認識されるが、魔術具を手放す事のないよう、何か問題があれば直ぐに対処するので早めに言いなさい」

「分かりました」

「エレン、これからは⋯⋯これからも公以外、私達だけの時はどうか変わらず父と呼んで欲しい。他の家族のことも。だが無理にとは言わない。エレンさえ良ければそう呼んでくれると嬉しい」



 皇帝は何処か懇願しているように思う。

 エレオノールはそんな皇帝を不思議に見ていた。



「陛下をお父様と呼ぶのは嫌ではありませんから。けれど、その、お父様⋯⋯以外の人はまだ無理、です」



 エレオノールが皇帝オードリックを父と呼んだことで、それだけで彼は幸せだと言わんばかりに笑顔になった。


 

「父と呼んでくれてありがとう。エレン、無理強いをするつもりはないよ。ほんの少しずつでもいいから私達の事を知って行って欲しい」

「はい。お約束は出来ませんが、それでも良ければ」

「あぁ、今はそれでいいよ」



 皇帝とは頻繁ではないけれど、会って話をしているので、他の人達よりもまだ身近に感じているので父として親しみは感じている。

 忙しい身なのに森まで自ら迎えに来たこと、沢山お話しした中でエレオノールは彼に対して気を許していった。

 だが、まだ一度しかあって事のない他の皇妃や皇子皇女に対してはまだ何も感じないのは仕方が無いだろう。



「エレン、書類の中に記載してあるが、補足しておこう」



 表情を引き締めた皇帝は書類の説明してくれるようだ。



「まず、一枚目、これは普通の養子縁組の書類で普通ならこれ一枚あれば終わる。で、これが二枚目の書類で今回は此方の方が大事な部分だ。特に貴族間では少なからずある事だが、細かく決めておきたい時に使われるものだ」



 そこの詳細説明は省かれたが、何となく予想は付く。



「今回はこれを使用している。この紙自体が魔力で造られているので特殊なものだ。この内容を見る事が出来るのは、限られた者だけ。今回は私と叔父上、エレン、そして第三者として宰相のグラシアン・ジル・アルヴィエ侯爵の四人だけとしている」

「グラシアンなら安心ですね」



 リュシオルがそう言ったけれど、そこに彼の名前が無かった。

 何故なら皇帝一族に偏ってしまわない為、後々の事を思えばこそ、名を連ねるのは当事者のエレオノール、実の父である皇帝と父となるベルトラン、そして第三者のグラシアン宰相となったようだ。

 エレオノールにしてみれば、その宰相とは面識はなく、今初めてその名を知ったのでどのような人物か気になった。


 

「エレン、安心していいよ。私と陛下、そしてグランの三人は幼い頃からの悪縁でね。信用していい。いくら私が安心していいと言ったところで難しいよね。今度会ってみるかい?」

「宰相様だったらお忙しいでしょう?」

「あぁ、少しくらい平気だ。会ってみるか?」



 皇帝に提案され、少し考える。

 自分の事でお世話を掛けるのだし挨拶はしておいた方が良いと思う一方、少し怖いとも思う。

 いつまでも怖がっていてはいけないことは分かっているのだけれど、そう簡単な問題ではない。

 エレオノールは迷い、けれど、少しでも前向きに生きていくならこれもいいきっかけかも知れないと勇気を振り絞り顔を上げた。



「私、会ってみます」



 まさかエレオノールからその言葉が聞けるとは思わず、皇帝とリュシオルは驚いた。

 ベルトランだけは満足そうに口角を上げた。


 

「良いのか?」

「はい。私の事でお騒がせしているのですから、会った方が良いかなって」

「そうだな」

「あっ」



 急に声を上げたエレオノールにどうしたのかとベルトランが問いかけた。



「あ、すみません」

「謝らなくていい。気になる事があれば何でも聞きなさい」



 皇帝は優しくエレオノールに話しかける。

 まだ何処となく気を使われているような感じだ。


 

「大したことではないのですけ。その、私がルーセルの記憶があるというのは⋯⋯」

「あぁ、その件か。文献には多くはないが過去の記憶を持って生まれる者はいるにはいる。ただそれを確かめる事ははっきり言って難しい。それを確認できる方法がないからな」

「それは、私もそうですね⋯⋯」



 皇帝が話している事は尤もだ。

 けれど、此処にいる皆は彼女がルーセルの記憶を持っている事を信じているのは何故なのか。



「エレンがルーセルの記憶を持っている事に対して私達が信じているのは、エレンがちゃんと話してくれたという事、後は私の娘だからだ」

「え? それだけで、ですか?」

「それで十分だ」

「私が、嘘をついていたらどうするのですか?」

「それはない。これでも父である前に一国の長だ。それなりに人を見る目は持っているから、エレンが嘘ついていたら分かるよ」



 それは確かにそうだろう。

 だけど、ちゃんと信じてくれたことが嬉しくて顔がほころぶ。



「可愛いな」



 ぽつりとつぶやきが聞こえた。

 皇帝を見るとあの夜に見た優しい父親の姿。

 嬉しくて皇帝を見て恥ずかしそうに微笑むエレオノールの姿を見てベルトランとリュシオルは心からほっとしていた。

 二人は親子である皇帝とエレオノールの関係を憂いていたが、今の様子を見る限り、この二人は大丈夫そうだ。



「グランにはルーセルの話しはしなくてよい。というか今知っている者達以外には内密だ」

「分かりました」



 話したところで皇帝が先程言ったように信じられるわけがないんで、もし話したら頭がおかしいと思われて終わりだろう。

 皇帝の言葉に頷く。

 宰相と会うのは彼方の予定もあるだろうから、決まったら連絡をくれる事となった。

 

 なったのだが⋯⋯。


 

「おい。何故ここにいる?」

「皇女殿下が私にお会いしたいとお伺いしましたので、こうして参った次第です」

「いや、日程決めた上で先ずは訪問の手紙を送ってこい。陛下には伝えてないのか?」

「こちらのお伺いする前にお伝えしてきましたよ」

「お前な⋯⋯」


 

 ベルトランは呆れたように大きなため息をついた。


 その頃のエレオノールはお客様が訪問しているので同席するように言われ、急ぎ会う準備をしていた。



「あの、エヴァ。この姿のままで良いの?」



 この姿というのは本来の姿だ。


 

「はい。エレオノール様のお姿でとの事でしたので、問題ありませんよ」



(誰だろう)



 エレオノールは疑問に思っていたが、この姿で会うなら皇帝かリュシオル⋯⋯。

 だけど、態々こんな格好をしなくてもいいだろう。

 そうなれば一体誰なのか。

 準備が整い応接室へと向かう。



「大旦那様。エレオノール様をお連れしました」

『入れ』



 エヴァが扉を開けてくれたのでエレオノールは失礼します、と一言言って中へ入る。

 そこには会った事のない人がソファから立ち上がりこちらに体を向けていた。



「急にすまんな。約束も無いのに勝手に来た阿呆な奴がいてな」



 ベルトランの言葉にどう反応して良いか分からずに固まっていると、彼女の目の前に来た人物は躊躇いなく膝を付いた。



「皇国の夜空に煌々と輝くひとつ星である皇女殿下にご挨拶致します。私はアルヴィエ侯爵家が当主、グラシアン・ジル・アルヴィエと申します。皇女殿下よりお会いしたい旨を伺い参上いたしました。以後、お見知りおきを」

「は、初めまして。エレオノール・ソフィ・エクラタンです。あの、私の事でお手数をかけてすみません」



 ここまで丁寧な挨拶をされるとは思わず、更に驚いて声が上擦ってしまった。

 

 

「エレン、下の者に謝る必要はないぞ」


 

 フェリシエンヌからマナーを習ってはいるけれど、ちゃんと出来なくて内心慌てるが、ベルトランから注意されるところが後半の謝罪の部分だった。

 


「で、ですが⋯⋯」

「皇女殿下はお優しいのですね。ですが、ルヴェリエ殿下の仰る通り、私共に謝罪は必要はございません。今はまだいいとしても、今後侮られる事の無いように毅然とした態度を身に付けてください」

「それを言うならお前は先ず、面会の手紙をよこせ。本来なら門前払いだ」

「それもそうですね」



 悪びれも無く笑う宰相こと、グラシアンは不思議な人たった。

 謎めいていると言うかなんというか⋯⋯。

 笑いを収めたグラシアンはふと表情を柔らかくしてエレオノールに再度向き直った。



「本当に、ご無事にお戻りになられましたこと、嬉しく思います」



 まさかそんな風に言われるとは思わず、驚いたが、小さくお礼を伝えると私に手を差し伸べた。

 彼の奥でベルトランが頷くのを見て、その手に自身の手を置くとソファまでエスコートされた。

 


「陛下からお話しを伺っておりましたが、ご体調がいい様で安堵いたしました」

「あぁ、漸く年相応の体力を取り戻したが、背が同年代よりも低いのは気になるな」

「まだまだこれからでしょう。陛下は勿論の事、皇妃様も女性の中では背は高い方ですからね。皇女殿下もこれから更に伸びますよ」

「そうだな」



 二人はエレオノールを余所に話しをしているが、此処にいても良いのかとそわそわする。



「殿下は陛下によく似ていらっしゃいますね」

「え?」

「何を驚く。顔立ちや目元は母親に似ているが、その他は全て父親似だ」



 言われてみればそうなのかなと首を傾げる。

 顔立ちとか目元が似ているならばそれは母親似なのだと、父親にはあまり似ていないのかと思っていた。



「ちなみにに笑った顔はそっくりだぞ」

「それは確かに貴重ですね」

「貴重なのですか?」

「はい、それはもう」

「エレン、彼奴は仕事中は滅多に笑わん。笑わんどころか表情が変わらん」

「それは、想像がつきません」



 彼女の前では、というか普通にベルトランと話している時等、その表情は豊かだ。



「前に言っただろう。彼奴は心を許した者の前でしか表情は崩さんと」

「そういえば⋯⋯」

「だからエレンの前であのような様子を見せるのは娘だからだ」



(そっか。お父様、あんなに怒ったり笑ったりするのは家族の前だからなんだ)



 またひとつ、嬉しい発見だ。



「⋯⋯本当にそっくりですね。というか、これは将来が怖いですね」

「あぁ。だがそれは暫く後になるだろう。この姿はこの邸内だけだ」

「殿下がお決めになられ、陛下が承認されたなら。残念なことです」

「第一皇女があの調子ではな」

「少々甘やかされて育ってしまったが故でしょう。根は真面目な方ですので、それも相まっての事でしょうか」

「さぁな」



 さっきまで嬉しかった気持ちが少し萎んでしまった。

 今はまだ、その話を自分の前でして欲しくない。

 暗い感情が顔を出す。

 ベルトランはそれを感じ取り、直ぐに話題を変えようとした時、部屋の外が騒がしかった。



「あぁ、やはり来たか」



 誰が? と思った瞬間、バンッと大きな音を立てた扉が開いた。



「何故ここにいる。私は未だ許可を出していないぞ」



 そう低い声と冷ややかな表情、初めて見るその顔をした人は皇帝その人だった。

 


「許可は頂いておりませんが、殿下は快く会って下さいましたよ」

「エレンは優しいからな、お前を追い出したりしないだろうな」

「陛下、そのような顔をしていたら当のエレンに嫌われますよ」



 ベルトランの言葉ではっとなり慌ててエレオノールを見ると、そこにはもういつも彼女の前で見せる顔だった。



「嫌いませんよ」



 嫌われたらどうしようと不安な様子を見せる皇帝にきっぱりと伝えるエレオノール。

 それを聞いて明らかにほっとした皇帝は彼女の横に座った。



「エレン、彼奴に嫌な事を言われてないか?」

「何もありません。ちゃんとご挨拶してくださいました」

「それは当たり前だからそんなに嬉しそうにしなくていい」

「あの、お父様」

「どうした?」

「お仕事はよろしいのですか?」



 エレオノールは何の悪気も無くそう聞くと、皇帝は動きを止めた。

 彼は今とても忙しいのだ。

 それもそのはず、約一ヵ月もの間皇城を離れていたのだから仕方がない事。



「少しぐらいなら平気だ。私もだが、宰相であるグランも多忙なんだぞ」

「あ、そうですね。急にこちらに来ても大丈夫なのですか?」



 今度はグラシアンに問いかける。



「うーん、そうですね。多忙ですが、それは⋯⋯」

「おい、それ以上言葉を発するなら今すぐに屋敷から放り出すぞ」



 珍しく低い声でグラシアンへ言い放つベルトランにエレオノールは驚いた。

 あんなにヒヤリとするベルトランは初めてで、彼は何か言い掛けたのだが口を噤んだ。



「申し訳ございません」



 直ぐに謝罪するグラシアンは頭を下げた。

 こうしてみると、ベルトランもやはり皇帝一族なのだと認識させられる。

 普段は全くそのような素振りを見せないだけに余計だ。



「エレンに会ったのだからもういいだろう」



 暗にそろそろ帰れと言うベルトランに素直に従う二人に、やはりそれだけ忙しいのだろうと思った。



「あの、忙しい中来て下さってありがとうございました」

「いえ、殿下にお会い出来て良かったです。今後何か不測の事態がございましたら何なりと仰ってください」

「エレン、グランに言う必要はない。何かあれば身近にいる叔父上、若しくは父である私に言いなさい」

「はい、お父様。そうします」



 エレオノールは父である皇帝に素直に頷く。

 彼女自身も頼るなら先ず二人を頼りたい。

 だからと言ってグラシアンの言葉を蔑ろにするわけでもなく、その時があれば、とお願いをした。

 ベルトランと共に二人を見送った後、部屋に戻ろうとしたが、ベルトランに引き留められ、応接室ではなく、彼の執務室へと向かった。



「少し話をしようか」

「はい」



 どのような内容なのか、改めて言われると少しばかり緊張する。



「エレンは初めて私達家族以外と出会った訳だが、奴はどうだった?」

「そうですね、何だか不思議な人でした」

「不思議とは?」

「掴みどころがないというか、お父様達とはまた違った緊張するような人です。表面上だけ笑顔というか、探られているような感じがしました」

「そうか。まぁ間違ってはないな」



 そう言って一口お茶を飲む。



「宰相なんてものは皇帝の次に忙しい地位だ。そして古狸共の相手をするのもな。陛下は笑わない皇帝として周知されているが、侯爵は反対に常に笑顔で接しやすいと評判だ。だが、それらは全て笑顔の奥に隠された奴の本性を知らんからだな。本来の奴はエレンの評した通りだ」



 という事は、宰相に対して抱いた印象は間違っていなかったとほっとした。

 たまにベルトランに試されていると感じる事があるが、今回もそうだ。

 多分、エレオノールの教育の一環でそうしているのだろうと思う。



「エレンは人を見る目があるな」

「いえ、そんな事ないです」

「その謙虚過ぎるのも直さんとな」

「き、気を付けます」



 これはフェリシエンヌにも指摘されていた事で、だけど難しい。

 そう簡単に直らないのだ。



「エレンよ」

「はい」

「俺達の養女(むすめ)として認められたからには、今後はリディアーヌとして貴族達に知れ渡る。今日がその第一歩だ」



 エレオノールはベルトランの言葉に気を引き締める。

 自分が決めた事なので、適当な事は出来ない。



「二週間後に簡単にお披露目会を行う。大公家の新しい公女としてな。招待するのは大公家と所縁のある者、皇族側の貴族達が主だが、エレンにとっては初めての公の行事となる」



 初めて披露目をするのだと知り、緊張感が増したがベルトランの視線に更に緊張して固くなる。



「そう緊張するな。フェリシエンヌが褒めていたぞ。覚えるのが早いとな」

「そう、だったらいいのですけど。自分ではまだまだだと思います」

「自信が無いのもどうかと思うが、今はそれでいい。そう感じてるのならそれこそまだまだ上達するだろう」



 その言葉を聞いて、まだまだ頑張ろうとやる気がでる。



「エレンにとってはこれからが始まりだ。先ずは披露目を無事に成功させる事。それを機に一気に周囲の環境が変わるだろう。そうすれば嫌でも成長せざるを得なくなる」

「緊張はしますが、皆様に迷惑を掛けない様に頑張ります」

「エレン、親に迷惑を掛けるのを恐れるな。間違った事は俺達がちゃんと指摘する。後はお前の成長次第だ」

「はい、おじ様」

「こら、違うだろう?」



 早速ベルトランから指摘されが、彼の表情は叱る者の顔ではなく慈しむものの顔だ。



「ごめんなさい、お父様。これからよろしくお願い致します」



 父と言い直し、二人で笑いあった。


 

ご覧いただきありがとうございます。

ブクマありがとうございます(ꈍᴗꈍ)


これで第2章終わりとなります。

第3章は1ヶ月半後を予定していますので、

再開したらよろしくお願い致します。




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