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自由な空の下  作者: 月陽
第一章 逃奔
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旅は道連れ


 馬車に揺られる事数日、一緒に乗っていた老夫婦と少しずつ打ち解けていった。

 彼等は隣国エクラタン出身の旅行者で帰国するというので道中同じだ。

 老夫婦といっても外見はそこまで年を取っていない様に思うが、年齢は分からない。

 アンシェラは今世屋敷の外に出るのが初めてで、本で得た知識と前世の記憶が頼りだったから彼等の話を聞くのが楽しみとなっていた。

 経験豊富な知識と人当たりのいい性格でまだ気が抜けないにも関わらず気が緩むのを自覚する。

 流石に夜はまだあまり眠れず、殆どの時間を起きている。

 やはり闇夜の中では不安が募る。

 もっと、もっと先へ、遠くへと逃げなければならないと、あの人達が追ってくるのでじゃないかとアンシェルは焦燥にかられる。

 夜になり一人起きていると余計にそう焦るのは昼間に少しばかり気を許せてしまう人達がいるせいかもしれない。

 侯爵家の者達が利用する為だけに彼女を探す事をするかどうかは分からないけれど。

 だけど、もし追ってきていたら⋯⋯、そう思うこの時間ももっと遠くへと歩いて行くのが賢明な判断じゃないかと、そう考えてしまう。

 徒歩ではたかが知れている。

 


「眠れないのかしら」



 焦っていたアンシェラにそう声を掛けたのはイリスだ。


 

「いつもあまり寝ていないでしょう? 子供はちゃんと眠らないといけないわ」

「大丈夫です」

「夜は、暗いのは苦手なの?」

「苦手、ではありません」



 アンシェラは嘘をついた。

 夜は、寝るのが怖い。

 この暗闇は心も暗く陥らせる。


 

「こちらへいらっしゃい」


 

 イリスはアンシェラを引き寄せ抱きしめる。

 そして背中をトントンッと優しくあやす。

 アンシェラは吃驚して硬直したけれど、彼女の優しい手つきと温もりにほっとして涙がすうっと流れた。

 泣いているのがイリスにバレない様、そっと拭う。

 気付いているのか分からないが、その手は止まることなくずっとアンシェラを慰めた。


 アンシェラは眩しさにはっとして起きると既に陽が昇り馬車も出発していた。



「起きたか?」



 頭上から聞こえた力強い声に上を向けばジュールがアンシェラを見下ろしていた。

 ふと我に返り今の状況を改めて確認すると、寝る時はイリスに抱かれていたのが今はジュールがアンシェラを抱えていた。



「す、すみません!」



 アンシェラは慌ててジュールの膝から降りようとするが力強い腕に抱かれている為、痩せた身のしかも子供のアンシェラにはびくともしなかった。



「落ち着け。今下ろしてやる」



 そう言うと彼の隣に座らされた。

 解放されほっとするも安定し心地よかったジュールから離れると少し寂しさを覚える。



「よく眠れたようで安心したぞ。これからは毎晩一緒に寝よう」

「え!? いえ、大丈夫です。あの、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

「迷惑なことは無い。アン、お前は子供のくせに遠慮しすぎだな」


 

 アン、というのはアンシェラの偽名だ。

 といっても愛称でも通るので危険と言えば危険だが、咄嗟にアンだと名乗ってしまったので、下手に違うとも言えずにそのままだ。


 

「アン、お腹空いたでしょう? お食べなさい」



 イリスは朝食にパンと干し肉を準備し、アンシェラに渡してくれる。

 それはアンシェラが貰ったパンと違い彼女達の食糧だ。

 アンシェラが遠慮しようとすると、子供は遠慮せず食べなさいと断れずに有難くいただく。

 干し肉なんて食べるの初めてでアンシェラは小さく一口食べる。

 少し硬いが噛み応えがあってじんわりと口の中に塩気の効いたお肉の味が広がる。

 決して美味しいとは言えないが栄養があるので旅人の間では常備している事が多い。

 前世でも食べたこと幾度となくあるが、アンシェラとしては初めてなので、その干し肉をアンシェラは夢中で食べきった。

 けれどよく噛んで食べせいかこれひとつでお腹いっぱいだ。



「本当に食が細いわね」

「確かにな」



 ジュールとイリスはアンシェラが心配だった。

 最初に見た時から奇怪しいと思っていた事だが、余りにも痩せ過ぎだ。

 栄養失調なのだと一目で分かり、抱いた時の軽さに驚いた。

 彼女は十歳だと話していたが、見た目はもっと幼い。

 隣国を目指しているというし彼等もエクラタンに帰るので国に帰ったとしても簡単に放り出せない。



「家に連れて帰るか」

「そうね。それに、どのような事情があろうと捨て置けないわ」

「あぁ。それと少々気になる事がある」



 ジュールはアンシェラの何が気になるのかそう話す。

 イリスには分からなかったが彼には引っかかる事があるらしい。

 その辺は長年連れ添ってきたので彼の判断に任せる。



「アン、果実水よ」



 イリスは少し咽ていたアンシェラに飲むようにコップを渡すとアンシェラはお礼を言って果実水を飲むと、今迄飲んだことのない美味しさに目を輝かせた。



「美味しい?」

「はい。ありがとうございます」



 アンシェラがお礼を伝えると嬉しそうにイリスが微笑んだ。


 道中は順調で首都を出発して十一日目でエクラタンとの国境がある街に着いた。

 此処がマラディ王国で過ごすのも最後だ。

 国境の街だけあって活気に溢れている。

 馬車を降り、これからどうやって国境を越えればいいかふと冷静に考えると、今のアンシェラには身分証が無いと思い至った。

 身分証があったとしてもそれを使えばあっさり侯爵家に気付かれてしまう。

 一度教会に身を寄せた方が良いのか、それともギルドに登録するか⋯⋯。

 だが、すんなりギルドに登録できるとも思えない。

 見た目が幼いとイリスにも言われてしまったので多分難しいだろう。

 途方に暮れるアンシェラを心配そうに見やるが二人は彼女に話かけた。



「アン、あなたは隣国を目指しているのだったわね」

「はい⋯⋯」



 その先を言い淀む。

 身分証がないなんて余計に怪しまれる。

 この道中で二人共とても優しいと分かっているが、果たして身分証が無いと知られればアンシェラの事をどう思う事か。

 身分証が無いという事は孤児か奴隷のどちらかだ。

 孤児でも里親に引き取られるか若しくはどこかに雇い入れられ、保証して身分証の作成をして貰うかだ。

 情けなくて俯きそうになるが、この場を何とか乗り切らないと、アンシェラは頭をフル回転させる。



「アン、あなたが何を恐れているのか分かっているわ」



 イリスのその言葉にはっと顔を上げると二人は分かっているとアンシェラを安心させるように微笑む。



「身分証がないのは私達に任せなさい。私達と共にエクラタンへ行きましょう」

「な、なんでそれを⋯⋯。それにどうしてそこまで⋯⋯」

「あなたの様子で直ぐに分かったわ」



 そんな直ぐにバレると思わなかったアンシェラは酷く動揺するが、イリスとジュールの態度は変わらない。


 

「子供が遠慮するなんていけないわ。兎に角、もう日が暮れるから宿へ行きましょう」



 そう言ってイリスとジュールはアンシェラを伴って宿屋に向かう。

 アンシェラはその少し強引ともとれる二人の行動に戸惑いながら付いて行く。

 付いて行くというよりイリスとジュールの二人に手を取られているので付いて行くしかない。

 宿屋に着くと更に呆気にとられる。

 下級層が止まる様な宿ではなく、中流階級から上流階級が泊まるような質のいい宿だ。

 中流階級は一から二階でそれより上が上流階級の宿となっているようだ。

 アンシェラは場違いだと逃げ出したいが二人に挟まれ逃げられない。

 慣れたようにささっと手続きを済ませて宿の者の案内で部屋へ向かう。

 向かった先は二階の角部屋だった。

 中流階級でもいい部屋みたいで中は広々としている。

 やっと放して貰えて二人を見上げる。



「あ、あの!」

「どうしたの?」

「わ、僕、お二人に迷惑を掛けたくありません。このような部屋も僕に相応しくないです。その、ここまで親切にして頂いてありがとうございました。この後は一人で行きます」

「子供が何を遠慮してるんだ。身分証や保証もない状態で隣国へ行ける程甘くはないぞ」



 ジュールは相手が子供だろうときっぱりと事実を突きつける。

 頭では分かっているが、そう他の人から言われてしまうと心に重くのしかかる。



「アンは私達と一緒にエクラタンへ行くのは不満かしら?」

「そんな! 不満なんて無いです。けど、僕は何もお返しできないです。何も⋯⋯何も持っていません」

「あのな、やせ細った子供から何かを取ろうとは思わん」

「ジュール! そんないい方しなくても良いでしょう」



 ジュールの遠慮のない言葉に吃驚するが直ぐにイリスが彼を諫める。



「事実だ。アン、子供は遠慮をするな。俺達はお前が心配で側にいるだけだ。お前の生い立ちが気にならないわけではない。だがそれを無理に聞こうとは思わん」

「ジュールの言葉は率直過ぎるけれど、私も彼と同じ考えよ。あなたが私達を信用できないのはあなたの生い立ちのせいであるのでしょうけれど、私達はただ心配をしているだけなの」

「アンの見た目で国境を超える事は不可能だ。賢いお前なら分かっているだろう?」



 アンシェラはジュールの言葉に頷く事しかできない。

 身分証がなければ国境は越えられない。

 だが直ぐに身分証が手に入る事も無い。

 手詰まりなのだ。

 考えなければならない。

 どうしたら早々に国境を越えられるか。

 翌日、一睡もできぬまま朝を迎えた。



「アン、昼食後私とジュールは少しばかり出掛けてくるからお留守番していてもらえるかしら」

「⋯⋯はい」

「いい子に待っていてね」



 チャンスかもしれない。

 昼食後二人は出掛けていった。

 アンシェラが大人しく待っていると思っているのか、それとも罠?

 いやアンシェラに対し罠を仕掛けても二人が得をする事なんてない。

 それともアンシェラを何処かに売るきなのか。

 それも無いだろう。

 やせ細っている彼女が売れることは無いだろう。

 二人を待つべきか、それとも出ていくべきか。

 アンシェラは迷う。

 二人の優しさを信じたい気持ちと出て行かないといけないと思う気持ちがぶつかり合う。

 そもそも二人にとってアンシェラを保護して何になるのだろう。

 こんな子供が役立つとも思えない。

 お金にもならない。

 だったら何故なのか、アンシェラは考え迷う。

 部屋の片隅に蹲りそうして悩んでいるとガチャッと部屋の開く音が聞こえばっと顔を上げると高かった陽は傾き始めていた。



「アン、帰ったわ。何処にいるの?」



 帰ってきてしまった。

 不安と時間と折角のチャンスを無駄にした自分自身への失望で目の前が真っ暗だ。



「あなた、こんな床の上で何をしているの!?」



 イリスに見つかりばっと抱き上げられる。



「はっ、離して!」



 急な事に驚いて暴れるアンシェラをイリスからジュールに変わり抱きしめられる。

 逃げられないと悟ったアンシェラは大人しくする。

 背中を摩るジュールの手つきが不器用ながらに私を落ち着かせようと慰める。

 いつの間にか彼女は声を殺して泣いていた。



「アン、大丈夫よ。一人にしてごめんなさい」



 イリスは彼女に謝るが、一人にされて泣いているわけではない。

 ただ、彼女自身の問題で泣いているのだ。

 そんな心内など分かる筈もなく二人はアンシェラをずっと慰める。

 いつの間に寝てしまったのか、当たりは真っ暗だ。

 すっかり夜も更けている。

 アンシェラはイリスとジュールに挟まれて寝ていたようだ。

 逃げられない様にしっかりと抱かれている。



(何故二人はこんな子供に、こんな風に接してくれるんだろう)



 不思議で仕方なかった。

 何も持っていない、見た目は孤児で奴隷のようでもある彼女を。

 出て行かないと、そう思うが体が動かない。

 この腕に縋りたいと弱い心が訴える。

 そうしてまた眠りに就いた。


 翌日、二人はアンシェラに一枚の用紙を手渡した。



「これは何ですか?」

「字は読めるんだろう? 読んでみろ」



 ジュールに促され、用紙に記載された文字を目で追う。



「こっ、これって!」



 驚いてぱっと顔を上げる。

 二人はアンシェラを慈しむようにその様子を見守っている。

 そこに書かれていたのは仮の身分証。

 そしてその内容がに驚く。



「あ、あの、此処に書いてある養子って⋯⋯」



 そう、そこに記載されていたのはアンシェラを二人の祖国であるエクラタンで養子縁組をする旨が明記してあった。



「お前に相談もなく勝手にして悪かったな。だが、隣国に渡るなら身分証は必要不可欠だ。だが、仮とはいえこれで難なく隣国へ行けるぞ」



 ジュールの言葉にどう反応して良いのか分からなかった。

 どうして彼女にここまで親切にするのか。

 たった一週間と少し一緒にいただけなのに。



「アン、私達と共にエクラタンに行きましよう」



 イリスは私を落ち着かせようと優しい声で手を差し出す。

 ここまでしてくれてこの手を取らないなんて、出来ない。

 もし、これで騙されたとしたら、それは見抜けなかった自分が悪い。

 そうなったらまた逃げ出すだけ。

 今は、この手を取ってエクラタンへ入る事だけを考えよう。

 アンシェラはイリスの手を取るとホッとしたように笑みを浮かべアンシェラを抱きしめる。

 その時初めて泣いていることに気がついた。



(私、二人に会って泣いてばかりだ)



 イリスはアンシェラが落ち着くまで静かに背を撫で続けた。


ご覧いただきありがとうございます。


初ブクマありがとうございます(ꈍᴗꈍ)

嬉しいです!


次回のお話しは⋯⋯

エクラタン皇国へ向かうのだが、アンシェラは無事に入国できるのか。


次話も読んで頂けると嬉しいです。

よろしくお願い致します。


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