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自由な空の下  作者: 月陽
第二章 決断
13/93

ルーセルの一生


 ルーセルの生活はジャグリーンと暮らし始めて一変した。

 今迄は遠目で見るだけだった買い物、そして新しく可愛い服に何よりも美味しいごはん、更には勉強まで!

 そして何よりも規則正しく清潔な生活。

 何もかもが初めての事で浮かれていたが、本格的に魔術の指導が始まるとそれどころではなくなった。

 毎日へとへとになるまで訓練をして夜は死んだように眠る。

 ジャグリーンの指導は厳しく容赦がなかったが、ルーセルは泣き言言わずに食らいついていた。

 そんなルーセルをジャグリーンは好ましく、彼女の真剣に取り組む姿を見て調子に乗ってやり過ぎる面もあった。

 それをいつも夜になりルーセルが死んだように眠った後、一人酒をしている時に反省する、を繰り返している。

 彼女の悪い癖だ。


 ルーセルがジャグリーンの元で暮らし始め早くも三ヵ月が過ぎ、彼女は大分健康的な姿に戻りつつあった。

 と言っても漸く肉がつき、少し丸みを帯びてきた程度だが、持久力も無いために基礎体力作りを行っているのもあり、筋肉もつきはじめた。

 毎日の訓練、一般教養に忙しく過ごしていると時間は刻々と過ぎ、気がつけばジャグリーンと住み始めて一年が経った。

 この一年の間にルーセルはジャグリーンが目を見張るほどの成長を遂げた。

 それは当初予定していた事よりも多くを覚え、応用まで出来る柔軟な思考を持ち、彼女の弟子の中では断トツにトップだろう。

 本人はまだまだだと思っているようだが、ジャグリーンは思っているよりも大物になるだろうと予測していた。

 そしてその予測は正しかった。

 ルーセルがジャグリーンの元で修業を始め二年が過ぎた頃、彼女は一人で魔術の訓練を行っていた。

 今ジャグリーンは王都に行っているので此処にはいない。

 二週間程一人なのだ。

 彼女から課題は出されているが、それも三日で終わらせた。


 

 (そういえば、この頃だったかな)



 ふとエレオノールは我に返り、止まっていた本に目を遣る。

 やっぱりだ。

 あの時のルーセルの発想は本当に子供だったなと振り返る。



 四日目朝から外で訓練もせずにぼうっとしていた。



「暇だなぁ」



 ルーセルは草の上に寝ころび空を見上げていた。

 木々の間から見える雲ひとつない青い空。

 心地いい風が吹いている。

 鳥たちが自由に羽ばたいているのを目で追う。



「良いなぁ。飛ぶってどんな感じなんだろう。楽しそう」



 鳥を見ながら呟く。

 呟きながら彼女はどうやったら飛べるのか、そればかり考えていた。

 ルーセルの悪い癖だ。

 考え出したら解決するまで考える。

 これはジャグリーンの修業を受け、勉強は始めた後から分かった事。

 はっと気づいた時にはすっかりと辺りは真っ暗だ。



「帰っても一人だけど、お腹空いたなぁ」



 流石にお腹が空くと考えも纏まらないので家に帰る。

 すっかりと三食食べる生活に慣れてしまった。

 前の様に一日一食食べる事さえ難しい生活だったのに、あの頃に戻れと言われても戻れないだろう。

 ルーセルはパパっと簡単に料理する。

 これもジャグリーンから教わったひとつだ。

 夕食を簡単に済ませ、早くに寝る。

 そして次の日、朝から外に出てまた鳥を目で追う。

 


「やっぱり飛んでみたい!」



 その一言で浮遊の魔術を思いついたのだ。

 直ぐには出来なかったが、改良に改良を重ね、その間に出来た傷は沢山ある。

 だがその甲斐あってジャグリーンが戻って来る頃には飛べていた。



(そうそう、師匠が帰って来た時の驚きようったら!)



 エレオノールはその時を思い出してくすくすと笑う。



「ルーセル帰ったぞ」



 家の中に入いり声を掛けるも返事がなく、外かとジャグリーンは荷物を置いて外へ出る。

 辺りに気配はなく、奥の開けた場所かとそちらに進むもいない。



「何処まで行ったんだ⋯⋯」

「此処にいますよ」

「いるなら返事し、ろ⋯⋯は?」



 言いながら声のする後ろを振り向く。

 目の前には確かにルーセルがいた、いたが⋯⋯。



「お、お、な、何で逆さまなんだ!? はぁ⁉」



 驚いて上へ顔を上げると普通は下に足があるはずなのだが、今は上に足がある。

 ばっと後方へ大きく飛びのき警戒するジャグリーン。



「な、な⋯⋯にがどうなってる!? なんで浮いている?! そんな事可能なのか⁉」



 驚いている師匠に悪戯が成功したとばかりに笑うルーセル。



「お帰りなさい、師匠」

「あ、あぁ、ただいま、って! 状況を説明しなさい」



 すたっと地面に着地してお帰りの挨拶をする余裕のあるルーセルにジャグリーンは疲れたように説明を求めた。



「鳥を見てたら自分も飛んでみたいって思ったんです。それで試してみました」

「いや、飛んでみたかったって⋯⋯あのなぁ。そもそも飛んでみたいって言ってそう易々と飛べるものではないぞ」

「けど、飛べましたよ?」

「あ、あぁ、そうだな。見たけどな、うん。ちゃんとこの目で見たな」

「ほら!」



 頭が痛いと頭を押える彼女を尻目にルーセルは嬉々として宙に浮いた。



「見てください! 飛べますよ!」



 ジャグリーンはルーセルを見て、疲れたように飛んでるな、と一言だけ呟いた。

 だが頭を振って、驚き疲れた表情から一転、今度は研究者のような顔で楽しそうにしているルーセルに声を掛ける。



「どうやって飛べた? ただ単に風を使っただけではないだろう?」

「そうですね。師匠から教えて貰った通り、魔術の構成をイメージして挑戦したど、最初はさっぱり駄目でした。何度か魔力や風の強さを調整しながらしている内に、自分の体の重さを考えないといけないのかなって。調整しながらですけど、飛べる様になりました」



 私が説明するとまたもや疲れた様なジャグリーンは大きなため息をついた。



「お前の説明は説明になっていないな。だが、まぁ、何となくわかる」

「師匠なら直ぐに出来そうですけど」

「言ってくれるな」



 ルーセルはジャグリーンを信じてそう言ったが、当の本人はやる気に火が付いたように考える。

 ジャグリーンは構成を考えて魔術を使うようだ。

 ルーセルみたいに試して失敗してではなく、理路整然と行うらしい。

 そうして何度か試すうちにふわりと浮いた。



「師匠、凄い。けど、こんなに簡単にできるなんて!」

「何を言う。お前の助言のお陰だ。でなければ宙を舞うなんて発想にはいかなかった。これは凄い進歩だぞ! 新しい魔術を生み出したんだ。登録しないとな」

「登録?」

「そうだ。一概には言えんが、魔術師は研究好きな連中が多い。魔術具を編み出すのも魔術師だ。ルーセルの様に新しい魔術を編み出すのもな。誰が編み出したのか登録するのは要らぬ争いを避ける為だ」

「争い?」

「あぁ。例えばこの浮遊魔術を編み出したのはルーセルが最初だ。登録せずに浸透して全く関係のない奴が造ったものだと言えば、それが事実として伝わるだろう。勿論色んな奴が名乗り上げれば信憑性は無くなるが、まぁ、自分の有益になるように嘘を重ねる連中もい多いという事だ。研究成果なら横取りされたくないだろう。それこそ争いの種だ。それを避けるための登録だ。浮遊魔術と、他の者が使える様に文章で残す。これを管理するのも魔塔の仕事の内だ」

「魔塔?」

「まだ話していなかったな。魔塔は魔術師達の総本山とも言えるば場所だ。魔術師ならそこへ行けるが先ず登録が必要だ。ルーセルも十歳になったら行くぞ」

 


 (十歳の年に?)



 ふと自分の年齢を数えるルーセル。

 今幾つだったか⋯⋯。


 

「あっ。私、多分十歳です」

「⋯⋯⋯⋯何だって?」

「多分、十歳になったと思います」

「いつ?」

「日にちは分からないです。けど、寒い時期が過ぎて温かくなってきた時がそうだと、私を拾った廃墟の人がそう言ってました」



 その言葉にジャグリーンは愕然とした。

 すっかり忘れていた、誕生日という存在を。

 年齢を聞かなたっか自分が悪い。

 今迄誕生日を祝って貰った事も無いだろう。

 それなのにそれをすっかり忘れるなんてあり得ないとジャグリーンは自分を責める。



「悪かった」

「え? 何がですか?」



 ルーセルはそもそも誕生日を祝うものだとは知らないので何の謝罪か全く分からなかった。



「本来子供の誕生日は祝うものだ。生まれてきてくれてありがとう、健やかに成長して嬉しいと家族が祝うもの。家族ではなくても友人達に祝われるものだんだ」

「そうなんですか? けど、今初めて知ったし、別にいいですよ」



 あっさりと返すルーセルに駄目だとジャグリーンは怒る。



「十歳と言ったな。いつ誕生日がはっきりしないんだな?」

「そうですね。知らないです」

「だったらルーセル、お前が此処に来た日を誕生日にしよう」

「それって⋯⋯今日?」



 そうだ。

 今日でルーセルがここに来て三年になる。

 だからこの日を誕生日にしようとジャグリーンは提案するが、ルーセルは戸惑う。

 家族はいない。友達もいない。いるのは師匠のジャグリーンだけ。

 師匠は家族とも友達でもない。

 それなのに誕生日を祝うという。

 よく分からなかった。



「師匠は、どうして私の誕生日を作って祝うのですか?」



 彼女の悪気のない言葉にジャグリーンははっとなる。



「ルーセル。私は確かに血の繋がった家族ではないだろう。だが、お前の師匠として、保護者として私は家族だと思っている。何も血が繋がっているから家族で繋がっていないから家族ではないとは限らない。私にとってはお前は可愛い弟子で家族だ。だから大切な者の誕生日は祝う」

「家族? 私と師匠が?」

「そうだ。ルーセルは私と家族は嫌か?」

「そんな事ないです! とっても、とっても嬉しいです!」



 初めて自分を家族だと、大切だと言ってくれた師匠が好きでとても嬉しくて心がぽかぽかと温まる。



「あぁ! 泣くな⋯⋯」



 ジャグリーンに言われて初めて泣いている事に気が付く。

 


「あれ? 涙、何で? と、止まらない⋯⋯」

「目をこするな! 泣きたければ泣いていい」

「悲しくないのに、なんで⋯⋯」

「嬉しい時も涙が出るんだ。何も不思議じゃない」



 ジャグリーンに抱き寄せられたルーセルはまた沢山の涙が溢れた。

 温かくて嬉しくて⋯⋯。

 泣きじゃくるルーセルをジャグリーンは泣き止むまで背中を撫で続けた。


 ルーセルは十歳で魔塔に足を踏み入れた。

 そこで浮遊魔術の登録とどのように扱うかを詳細に記した書類を収めた。

 十歳という若さで浮遊魔術を編み出した事で魔塔は浮足立っていた。

 そこから一気にルーセルの名が広まる。

 それも師匠が現在する魔術師の中でも指折りの大魔術師で彼女の最後の愛弟子という事もあり、ルーセルは有名になった。

 だが、彼女はまだジャグリーンの家で修業に明け暮れた。

 その間にも魔術だけでなく、魔道具の開発にも携わった。

 携わったというよりも提案をしてそれがまた広まったのだ。

 遠方とのやり取りに水晶を使用しているが、中々希少の為に安価ではなく、誰でも使えるものではないと知り効率が悪いからと通信具の魔術具を開発、ジャグリーンが食材をダメにするのが勿体無いと日持ちしないものを直ぐに使うと話た時に思いついたのが食材を冷やすための魔術具。

 柔軟な考えであらゆるものを世に広めた彼女は働かなくても食べて行けるようになっていた。

 十三歳でジャグリーンの修業は終わった。

 既に多くを学び且つ有名になっていたので、殆どをジャグリーンと魔術具開発を行っていたと言っても過言ではない。

 それを修行の終わりと称し、ルーセルいはもっと広い世界を見せてやりたいと、そうすればもっと多くの功績を残し、彼女を廃墟に捨てた親も彼女の姿を見て後悔するだろう。

 ジャグリーンはそう思うがルーセルは親を何とも思っていないようだ。

 それとは別にしてもこのような狭い世界ではなくて広い世界へ羽ばたき、多くの者達と触れ合うべきだと、それが嫌なら戻って来るのもありだと伝えた。


 

 (あの時、私は外の世界に興味があったから師匠は送り出してくれた)



 それよりルーセルにとっては新しいものを作って喜んでくれるのが嬉しくて、楽しくてそうして頂けなのに、こんなに大事になっていたのだと初めて知った。

 というか、あの時は有名になったと言われても無頓着でどうでもよかった。

 ただジャグリーンの喜ぶ顔が見たかっただけなのだ。



(だから、師匠のあの顔が忘れられない)



 十三歳でギルドに登録し、冒険者になった。

 魔術師は重宝されたので、ルーセルを自分達のグループに引き込もうと誰もかれもが躍起だったが、ルーセルは中々他人を信用できなかった。

 ある事がきっかけで知り合った冒険者グループ、ルーセルより少し年上の子と、もっと大人が二人いた、彼等と知り合い意気投合した。

 そこから他人と関わるようになり人脈も広がった。

 世界を見るのは楽しかった。

 ジャグリーン以外の人達とこれ程仲良くなるとは思わなかった。

 知らない事を教えて貰い、助け合い、そうして過ごす事一年、また一年と過ぎ十六歳になった。

 その合間に何度かジャグリーン元に帰り、冒険で見聞きした出来事を楽しく話していたのを彼女は喜んでいた。

 だから仲間から祝って貰った後にジャグリーンの元に帰ろうと思っていた。

 だが、それは元気な姿ではなく、変わり果てた姿になるとは知る由もない。

 まさか仲間からそのような仕打ちを打ちるとは思わず、相手は同じ魔術師で彼女を妬んでいたと最後に話していた。

 魔力が枯渇し、刺され、反撃する力より最後の力でジャグリーンの元に戻る事を選んだ。

 ルーセルは彼の事を心を許していたし仲間だと、友人だと思っていた。

 それなのに裏切られ刺され、悲しかった。

 だが本当に悲しかったのは元気な姿でジャグリーンの元に帰る筈がこんな血塗られた虫の息ともいえる変わり果てた姿で彼女の元に帰らなくてはいけなくなったことが、ジャグリーンをあの様に泣かせてしまった事が悲しくて心が痛かった。

 だから、最後の力を振り絞って、全ての意味を込めて「師匠に会えて幸せだった」と伝えた。

 その先の事は分からない。

 ルーセルはそこで命が尽きたからだ。

 本にはルーセルが息を引き取った後の事は記載されていない。



(師匠はあの後どうしたのだろう)



 気になったが、この本には書かれていない。

 ただ、ルーセルの死から十年後に亡くなったのだとそれだけだ。


 読み終わりエレンははぁと息を付く。

 気分が沈む。

 あの時の事を思い返したからだ。

 最後は、あんな別れ方はしたくなかったし、ジャグリーンにあんな顔をさせたくなかった。

 ルーセルの生きた時代に未練があるとしたら、その一点だ。

 いつまでも引き摺っても仕方がないと再度溜息をつくと声を掛けられびくっとして後ろを振り返る。

 

ご覧いただきありがとうございます。


ブクマ、いいね、評価を頂けるととても励みになります。

よろしくお願い致します。


次回は初めて屋敷の外へのお出掛けするお話しです。

次話も楽しんでいただけたらとても嬉しいです(ꈍᴗꈍ)

よろしくお願い致します。


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