ハブアナイスデイなどと言う外人なんて信用するな
アイムファインセンキュー。
あ、これ、ハウアーユー、に対する返事だったわ。
などと思いながら、私は目の前の外人の巨体に気圧されていた。平均身長よりやや低めな自分より、頭三つ分はでかい。肌は浅黒く鼻は高く、なかなか端正な顔立ちをしている中年男性。
彼は的はずれな(んだっけ?)私の返答に戸惑うこともなく、また何か言おうとしたので「ここは日本だぜ? 日本語で喋ってくれないか?」と先に言葉を投げ掛ける。
「オウ…」
彼は尤もな話だ、と肩を竦め(このボディーランゲージに対する見解としてそれがあっているのかは知らんが)、「私、日本語に不馴れですが、それでも宜しいですか?」と外人特有のアクセントで返してきた。
「大丈夫だ。部屋から一歩も出ない実家の粗大ゴミよりはあんたの方が日本語が堪能だよ」
「粗大ゴミ?」
彼は怪訝そうな顔をする。どうやら、粗大ゴミと言うのは日本特有の表現らしい。
「若いのに言い訳ばかりして働きもせず、インターネットで遊んでばかりいるくせして、それが自分に与えられた当然の権利だとでも思っている人間のことだよ」
「それでどうやって生きてるんです?」
「その状態を生きているなんて表現するのは間違っているよ。存在するだけで迷惑になってるんだから。だから、粗大ゴミ」
「なるほど。しかし、それでは、粗大ゴミに失礼では?」
彼は深刻な顔をする。馬が合いそうだ。本当に、外人であることが悔やまれる。
「まあ、同意するよ。ところで、君は誰なんだい?」
「実は、私は遙々アフリカ大陸からこの極東の地にやってきた宣教師でして」
「宗教の勧誘はお断りだよ」
「まあ、話だけでも聞いてくださいよ」
手を振り振り言ってくる外人宣教師。うさんくさいことこの上ないが、面白そうではある。
「ところで」
彼は周囲を見回した。まばらに車が並ぶアパートの駐車場。
「部屋の中に案内は出来ないぞ」
「おお、あなたひどい人。私のことが信用できないのですか?」
「出来るわけがあるか」
きっぱりと答えると、彼は十字を切って天を仰いだ。
「キリスト教なの?」
私は顔をしかめた。私はキリスト教が大嫌いである。この世の戦争と名の付くものの後ろにはこれが引っ付いているように思えてならないからだ。ーーまあ、宗教なんて大概ろくでもないとしか思えないので、他も似たり寄ったりだが。
彼は頭を振った。
「いえ、わらび餅教ですね」
「アフリカにもあるんだ、わらび餅…」
十字を切る仕草の意味がわからない。きな粉でも振ったのだろうか。
「2000年代初頭に日本より伝来しまして、そこから急速に広まりました。今や、アフリカ大陸の住人のほぼ全員がわらび餅教徒です」
「すげえな、わらび餅。やっぱ美味しくて可愛いもんな。何かほのぼのするのが受けたんかなあ」
「わらび餅戦争でアフリカ大陸の住人の七割が亡くなるか難民になりましたが?」
「お前らマジでふざけんなよ」
いつになったらお前らは内戦をしない国を作れるんだ。
「しかし、わらび餅教徒であるアイデンティティーが民族の垣根を越え、今、アフリカは一つになろうとしています。必要な犠牲だったのです」
「民族浄化してんじゃねーか。犠牲者多すぎるだろ」
「ちゃんと一割残りましたから」
「結局二割も難民になってんじゃねーか!」
てか、ちゃんと、って何だ。
私の中で嫌いな宗教ランキングの堂々3位にわらび餅教が入った。new! とか、横について良い感じである。
「しかし、そうなるとだな」
私は目の前にいる外人が、実はとんでもなく頭のおかしなやつなのではないか、と疑わずにいられなくなった。そもそも、私と馬が合う時点でイカレているのはお察しであるからして、
「ごめん、ちょっと用事ができたわ。話はまた今度ということで」
「それは残念です。では、お近づきの印にこちらをどうぞ」
そそくさと話を打ちきり、その場を去ろうとする私に、彼は小包を差し出した。白い紙に包まれた何か。
「なにこれ?」
「わらび餅です」
「ごめん、わらび餅アレルギーだからいらない」
「飾っておくだけでも」
「日本にそんな風習はない!」
いらん、もってけ、の押し問答の末、結局受け取って私は自室に入った。
手提げタイプのビニール袋。本気で開封するのが嫌でそのまま捨てようかとも思ったが、食べ物を粗末にはしない主義である。何かをくるんだ白い紙をほどくとーー。
そこには、わらび餅があった。
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「それが、私とお父さんの出会いだったの」
「聞きたくなかった!」
狂った話を書きたかった。