閑話②
律さんの婚活談
「はあ……疲れましたね……」
十二月二十八日、その日の分の仕事が終わり、桂律と要愛は並んで歩いていた。
「これで今年の仕事は終わり……あの機械、年末年始は機能停止してちゃんと休みたいなんて、源甲斐修はやっぱり日本人なんですね」
「そうね。でも、年に一度の長期休暇をもらえて助かってるわ」
二人は、意外にも仲が良かった。職場には世界中から研究者が集まっているため同じ日本人が少なく、それに加えて同じ性別、同じ年代の彼女達が親密になるのは必然なのかもしれない。何を隠そう、要が処分の対象になった際、彼女を助けるように上と掛け合ってくれたのは律だった。
「でも、今年はあなた相当やらかしてるから、要には残って雑用をしてもらおうかしら?」
「ひぃ……お腹の子供に響いちゃいますよ……」
「あなた、最近そればっかり言ってるけど、まだ通用すると思ってるの?」
「ごめんなさい……でも、年末年始は家でダラダラしないといけないんです!」
「はぁ……なにも反省してないのね」
もちろん威圧的な上司とそれにビクビクする部下の関係はあり、例の一件からそれがより強固になった。
「ところで、あなた産休はいつからとるの?もうそろそろじゃない?」
「そうですね、そろそろ頂こうかと思ってます……てそれより!所長はどうなんですか?」
「え、私?そういうのは全然……暇もないし」
律は自分の話になると、急にあたふたしだした。
「所長今何歳ですか?」
「……三十三歳だけど」
「ちょっと!もうだいぶいい年じゃないですか!いや、その年齢でここの所長やってるのは若すぎるくらいなんですけど!もう結婚適齢期ギリギリですよ!早く子供産まないと、高齢出産は危険ですよ!」
「そんなこと言ったって……」
「所長は天道都市関連で最も権威のある桂家唯一の後継ぎなんですから、元気な赤ちゃんを産んでもらわないと困るんです!」
「親戚のおじさんみたいなこと言わないで!私も結構焦ってるのよ……」
二人の関係は、現状逆転していた。
「わかりました。なら、この六日間使って相手を見つけましょう。いいですか?」
「早すぎない?そんなんじゃ見つかるわけ……」
「見つけるんです。無理なら私みたいにここの人達と恋愛してください」
「そんなのできないに決まってるでしょ。はぁ……」
「なら、覚悟を決めてください。早速、明日から始めますよ」
「はい……」
次の日、要は集合場所にて律を待っていた。
——明日は格好のチェックしますからね。自分がバッチリだと思うファッションをしてきてください。
「お待たせ、要」
後ろから律の声が聞こえた。要は振り向いた。
「え!フ……ど、どうしたんですかそれ!」
要が噴き出そうとしたのも無理はない。律の格好は常軌を逸していた。上はドクロマークと謎の筆記体の英語が入ったシャツに、下は大きなふわふわがついた派手なスカートだった。
「なにって、今私が持ってる服の中で最大限努力してきたんだけど……ちょっと若すぎた?」
「若いどころか……それを通り越して小学生が初めて自分で買った服でコーデしてるみたいですよ」
「そんなぁ……」
律は明らかに肩を落としていたが、要は彼女に気を使うほどの余裕が残っていなかった。そんな要は周りを見渡していた。
「視線やば……勘弁してくださいよ。知り合いだと思われたくない」
律は顔を手で覆った。
「なにもそこまで言わなくても……もう要の給料半分にしてやる!」
「それも勘弁してください。とりあえず、そんな格好じゃ出歩けないんで、うちで化粧と服直して行きましょう」
律は化粧も上手とは言えず、ところどころムラができていた。
二人は近くの要の家まで行き、まずは要が律の化粧を始めた。
「所長って彼氏いたこととかあるんですか?」
要がファンデーションを広げながら聞いた。
「ないけど。そんなことさせてもらえるわけなかったもの」
「そっか。家が厳しかったんですよね」
「そうねぇ……学生時代は学校でも家でもほとんど勉強してたから。格好だってパジャマか制服って感じだったし。お化粧する機会なんてなかったわね。職場でもすっぴんだし」
「なんか……笑ってすんませんした」
「別にいいわ。それに、私勉強嫌いじゃなかったからそこまで苦じゃなかったわ。たくさん褒められて嬉しかったし」
「お、おお……なんか感動してきました!絶対成功させましょうね!」
要は気合いを入れて、化粧に勤しんだ。
「できました!ほら、めっちゃ美人ですよ!これならどんな男もイチコロです!」
「ありがとう」
「じゃあ、次は服です。本当に大事ですからね」
とりあえず、律は要の服を借りて、集合場所に戻った。そこにあるアパレルショップに入った。
「色はどうしよう……白?黒?うーん……」
律はスカートのコーナーを見ていた。
「所長、どうしてスカートばっかり見てるんですか?」
「いやだって、オシャレと言ったらスカートでしょ?」
「なんですかその固定観念。所長はスレンダーですから、ズボンでボディラインを見せるのが魅力的だと思います。ジーンズとかでもいいかも」
「えー、ジーンズ?」
「嫌なんですか?」
「嫌ではないけど、なんかぼんようというか……」
「所長が前衛的すぎるんです。お金余ってるんですから、色々買いましょうよ」
「はあい……」
律は要に言われるがままボトムスを買った後、次はトップスを見に行った。
「……所長、もしかして最初と同じコーデにしようとしてます?」
「え?」
律が見ていたのは、これまたドクロマークと筆記体がプリントされた服だった。
「なんでそんなにドクロと筆記体信仰してるんすか!それストリート系の人しか似合わないっすよ。しかも若い」
「これかっこいいじゃん」
「ダメだ。感性が中学生で止まってる……今夜大丈夫かな……」
要が頭を抱えた。
「今夜?」
「今日、早速合コンをセッティングしておいたんです」
「ええ?無理無理!そんな急に」
「なに言ってるんですか。六日間しか休みないんですよ?早く行動しないとあっという間に過ぎちゃいますよ!」
「うう、気が重いわ……」
「奇遇ですね。私もです。でも、やるしかないんですよ!あと、所長は口を出さないでください。私一人でやります!」
律は要に言われるがまま買い物をした。
「香水とかは?」
「ああ、今夜は居酒屋でやるから、ダメな場合とかもあるんでなしで行きましょう。匂い強めの柔軟剤でいいと思います」
「そう」
二人は再び要の家に帰り、要は律のコーディネートを始めた。着ていく服が決まると、急いでそれを洗濯し、アイロンをかけた。
「さあ、行きましょう!」
「うん……」
二人は意を決して居酒屋に入った。律は席に座ってコートを脱いだ。その格好は上はフリルのついた白いブラウス、下はジーンズだった。律は最後までスカートを履きたがっていたが、結局は要の押しに負けた。
要は律の声が聞こえる程度離れている別の席に一人で座って、律を見ていた。
——コンセプトはクールビューティー。ミステリアスに魅力的に。そもそもがそういう性格だから、とっても様になってるし、それが好みの人もいるはず。
次第に人は集まり、男女三対三で合コンが始まった。
まずはそれぞれの紹介タイムが始まった。
「じゃあ次、お願いします」
律の番が回ってきた。
「あ、あの……桂律って言いますぅ……よろしくお願いしますぅ……」
栗は小動物のように縮こまって、小さく震えた声で言った。
要は頭を抱えた。
——嘘だろ?怖いほど男慣れしてないじゃんか!職場の人間にはガンガン説教するくせに。そのギャップは良くない。いや、私からしたら最高なギャップなんだけど。今はそんなこと言ってる場合じゃない。
要が考えているうちに、話題は切り替わっていた。
「僕、一応——大学出身っす」
一人の男が誇らしげに言った。その大学はかなりレベルの高い大学だった。その発言に、律以外の女が歓声をあげる。そんな中、律が口を開いた。
「わ、私、——大学だけど?」
律の言った大学は日本で一番レベルが高いとされている大学だった。さっきまで鼻が高そうだった男は少し嫌そうに彼女を見た。
——しかもマウントはしっかり取る人じゃん。コミュ障なくせにマウントとってくる男受け最悪女になってるよどうするよまじで!
要は立ち上がった。
「ま、まあ結局は年収だから。俺なんて一千万超えてるから」
「わ、私はいち——」
「あれ?律じゃん、久しぶりー」
要はそう言って、強引に律の腕を引っ張った。
「ちょっと、え?」
二人はトイレに入った。
「なにすんのよ、せっかく私のアピールポイントだったのに。年収一億オーバーって言えたのに!」
「そう言って寄ってくる男の人と結ばれたいですか?というか、真面目に婚活する気あるんですか?」
「当たり前よ!だからこうやってアピールを……」
「いいですか?男女の付き合いってのはまずは相手に好感を持ってもらうことから始めるんです。自慢をすることとは違います」
「じゃあどうしろと?」
「男なんてのはプライド高くて単純なんですから、褒めておけばいいんですよ。まずはそこからです」
「わかったわ」
「あとそれから、いつも通りの自然体でいってください。その方が所長のいいところが出ると思います」
律は頷いた。
「すみません。旧友と会っちゃったみたいで」
律は席に戻りながら言った。話題はそれぞれの仕事の話になっていた。
「僕、最近かなり技術がついてきて、独立しようかとも考えてるんですよねー」
さっきの男が言った。
——よし、所長褒めるチャンスだ。
「……すごいですね。それから——大学ってところもすごいです」
律はとても冷たく言った。
——あーもう最悪な伝わり方してる!自分で皮肉言ってるってことになんで気づかないんだろううちの所長は。
その後も、律はひどい立ち回りを披露し、合コンはすぐに解散となった。要の体感では一時間も持たなかった気がした。
「想像以上にきついなこれ……」
要はかなり疲れた様子で居酒屋の前を出た。目の前には律を含めた六人がまとまっていた。
「じゃあお疲れ!」
律の他の四人がそそくさとさっていた。
——あ、二次会省かれた。まあ無理もないか。
要が律に歩み寄ろうとした。しかし、律は余っていた一人に話しかけようとした。
「あの……」
——お!自分から!
「いやー楽しかったですね!では!」
彼は素早く歩き去ってしまった。
——あ、逃げられた。
律は、悲しそうに佇んでいた。
「私、そんなにブスかな……」
——いやぁー、所長結構美人なんだけどなー、多分他なんだよなー。
「元気出しましょう。明日もありますから」
要は律の肩に手を置いた。
「え?明日も?」
「はい。明日は婚活パーティーです。勝手に登録しておきました」
「もうやなんだけど……」
「明日は一対一で話すので今日よりは大丈夫なはずです。まずは帰って作戦を練りましょう」
次の日、律はドレスアップをして、豪華なホテルのホールに身を置いていた。
——今回はセレブ達が集まる婚活パーティーです。ぜひ良い人を見つけましょう!
もちろん身籠っている要は中に入れないので、外から機器を使って音だけ聴いていた。
「よろしくお願いします」
パーティーが始まった。
——どうすれば話を盛り上げられたかしらね?
昨日の夜の会話である。
——はずはお互いが知ってる話題を探しましょう。出身地とか、よく聞く音楽とか、中高の時の部活とか、そういうのを聞き出してそこから話を広げていくんです。
——なるほど。
「出身地はどこですか?」
「神奈川県です」
「私は東京です」
——広げろって!
「音楽はなに聴きますか?」
「意外とロックとか聴きますね」
「そうなんですね」
——相槌だけじゃん!
「中高の部活はなにやってたんですか?」
「剣道やってました」
「そうなんですね」
「あなたは?」
「私は入ってなかったです」
——あちゃー、あの人には言っちゃダメな話題だったか。というか!自分で使えない質問かどうかくらいは判断して欲しいんだけど!
いつの間にか、相手が変わったようだった。
——まあまあ、さっきの人はコミュ障っぽいし、しょうがないか。
律は次の人と同じような会話をしたのち、早速会話がなくて困っているようだった。
——おい、ここはコミュ障しか参加してないんか?まあ、普通の人格があれば三十路コミュ障仕事人間メガネの所長がいる婚活パーティーなんて来てないか。でも大丈夫、話が途絶えた時の対処法は教えといた。
——話に困ったときは、身近なものの雑学とか話してみてください。興味を持ってくれるかもしれませんよ。
「あの、知ってますか?このワインには……」
——お、話し始めた。
「ホルムアルデヒドが……」
——そっちの方向はダメ!そっちの方向の人しか反応しないから!
だが、律を止められるものは誰もいなかった。
「リンゴ酸が……」
——どういう道筋でいけばリンゴ酸が登場するんだよ!
要は頭を抱えた。
——何回目だよ頭抱えるの。もういいや、あとは所長に任せて休憩しよう。
要は食事をとり、しばし睡眠をとることにした。
「——要、要起きなさい!」
「うん?ああ所長。お疲れ様でした」
——まあダメだったろうな。
しかし、見上げた先の律の顔は存外嬉しそうだった。
「明日一緒に年を越しませんかって言われちゃった!あなたのおかげよ!」
——嘘、あの感じで成功したんか。なに一つ私のアドバイスは活きてなかったけど。
「よかったじゃないですか。じゃあ明日が勝負ですね」
律はとても乗り気で、要と明日の作戦会議をしながら帰った。
翌日の昼下がり、律はモジモジしながら集合場所に立っていた。要は例によって、遠くから見守りながら盗聴をしていた。
「お待たせしました」
男が律に駆け寄った。
——あれが。背も高くてまあまあ良さげじゃないか。
「では、行きましょうか」
「はい……」
——所長大丈夫かな。昨日言ったことが守れれば大体うまくいくはずなんだけど。
——いいですか?誘われたってことは向こうには気があるってことです。つまり、何か変なことをしなければ、普通に振る舞っていれば大丈夫です。
今の所、律は黙って大人しく歩いていた。
——別に沈黙が続いても、雰囲気が悪くなければ全く問題ないです。こちらに視線を向けてきたら、愛おしく見つめ返してあげてください。
律はしっかりと覚えていたようで、二人は時々目を合わせていた。
——よしよし、出だしは順調。そんで最初の予定は……映画だったか。
二人は映画館に入った。要も続いて、同じ映画の席を取った。
——まあ映画は静かに見るもんだし、心配ないだろう。手とか繋いだら、すごいけど。
しかし、要が見た限り、映画が終わるまでそれはなかった。
二人は映画館を出た。その際、男が律に話しかけた。
「面白かったですね」
——うんうん、そうやって、ちょっとずつ話ができるように……。
「いいや、私はそうは思いませんでしたね。まず設定ですが、主人公とヒロインの性格を鑑みると相応しくなかったと思います。あれはもっと——」
——うわあーそうだ、所長人に合わせて嘘つくとかできない人だった。相手のこと真っ向から否定してるってわかってるの?相手が欲しいのは正直な感想じゃなくて相槌だってわかってる?わかってるわけないか。
要は心の中で叫んだ。
「じゃ、じゃあ、次は服を見に行きましょうか」
「あ、ああ、はい」
律は長々と映画の酷評をしていたが、痺れを切らしたのか男が話題を切り替えた。
——男の方も地雷踏んだってわかったみたい。ところで、次は服見にいくのか……なんか不安だな……。
「どうですか?」
律が試着室から出てきた。
「おお、すごい似合ってますよ!」
「ほんと?嬉しいです」
——あれ?意外と……?
要の予想は外れたのか、二人は楽しんでいた。
「次は、私が服を選びますね」
——おお、自分から行った!いいぞ、どんな服を持ってくるんだろう。
律が持ってきたのはドクロマークと筆記体の入ったシャツだった。
——またドクロと筆記体かよ!もういいってそれ!どんだけ愛してるんだよ。ほら、相手の人若干引いてんじゃん。
「い、いいですね。あれ?もうこんな時間だ。行きましょうか」
——あ、逃げた。てか誤魔化すの下手か。
しかし実際、外は暗くなっており、フィナーレに持ち込むにはいい時間だった。
——さて、最後は高級ホテルでディナーだ。ついでに私も予約しておいた。急な予約だったけど、年末だからか簡単に取れた。もちろん料金は全部経費にしておこう。
要はシャンパンを片手に、二人を遠目で見ていた。
「僕、家族に早く結婚しろって言われて渋々あそこに行ったんですけど……」
「そうなんですか……じつは私も、そんな感じなんです」
「でも、桂さんと出会えたのはすごくよかったです」
「わ、私もです……」
——お、いい感じじゃん。これはこのままゴールインか?
そのまま、良い雰囲気のまま食事は終わり、二人は暗い夜道を静かに歩いていた。
——流石にこれはいったんじゃないか?
「あ、あの!」
男が律を引き止めた。
「ぼ、僕と、結婚を前提にお付き合いしていただけませんか!」
男が手を伸ばした。
「は、はい……」
——おー。よかったよかった。所長、お幸せに。
「でも——」
——ん?
「私、仕事の関係で年に二、三回しか会えないんです。それでも、いいですか?」
——そういえばそうじゃん!てか、説明してなかったんかい!でも大丈夫、愛が本物なら……。
「え……」
——やばい、男の方困惑してるじゃん。どうすんだこれ。
「仕事を辞めるとか、できないんですか?もちろん、お金の心配は入りません。僕が全部払いますから」
「ごめんなさい。それだけはできないんです……」
「そうですか……じゃあ、ごめんなさい」
そう言って、男は早歩きで逃げていった。
律は手で顔を覆い、その場にへたり込んだ。
——所長が泣くところ初めて見たな。
「うぅ……」
「やっぱり、職場で恋愛しますか。ちゃんと申請すれば許してくれると思いますよ」
要はいつまでも、律の背中を優しくさすり続けた。