三十五 デート
「それでは皆さん、召し上がれ!」
あの一件から何日か経って、私は改めて日本食を振る舞った。
「うん。なかなかいけるな。このソースがうまい」
「あはは、ありがとうございます」
それは市販のやつなんだよなぁ……。
「それにしてもK、この前は災難だったね。結構大きなニュースになってるよ。赤いリボンの女だって。なんでも、容疑者はエイズの患者らしい」
「なるほど、だから赤いリボンをしているんだな。狂人は変なところにこだわりを入れる。本物のイメージを下げてるってことに気づかないもんかな」
「え……」
二人の会話の隣で、私は絶句していた。
「じゃあ、あの時の質問って……」
血ぃ……飲みますか?
私を感染させようとしたってこと?それで、断ったらあんな風に……。
私は鳥肌が止まらなかった。
「どうした?K」
「い、いえ。思い出したら怖くなってしまって……」
「無理もないね。まだ捕まっていないみたいだし、これから外に出る時はしばらく警戒を強めた方が良さそうだ」
「大丈夫だ。私がぶっ飛ばしてやるから!」
「皆、本当に遭遇したらジャンヌを止めるんだよ?僕達がやるべきは警察を呼ぶことだ」
「おい!」
皆が笑った。この二人の掛け合いはいつも通りだ。
食事が終わって、皆それぞれに散りばり始めた。その中に、俯いたまま座っている人がいた。レオンである。
「レオン、今日はあれだから」
「はい……」
ガブリエルのその言葉は、今日手術があるという合図である。いつもは元気よく返事をしているレオンだったが、今日はあからさまに元気がなかった。
やっぱり、きついんだろうなぁ。毎度元気良くってわけにもいかないよなぁ
私は皿を片付けながら思った。
「ええ?レオンがいない?」
「ああ、心当たりはないか?」
ガブリエルが困り顔で言った。
まあ、予兆あったし。逆にこの人気づかなかったの?
「全く、一人での行動は慎むように言ったばかりなのに……」
「探しに行きますか?」
「うん。ついてきてくれるかい?」
「もちろんです」
「助かるよ。なるべく早く見つけ出さないと」
私達は街へ向かった。がしかし、広い広い街で簡単に見つかるはずもなく、あっという間に夜になってしまった。
「もう予定の時間が過ぎてしまったよ……困ったな……」
私達は少しだけ期待を込めて、一度病院に戻った。しかし、レオンは帰ってきていなかった。
「しょうがないな……あの手か」
私は外に出て、タイムマシンの到着を待った。
到着したタイムマシンに乗って、私は今日の昼食後に戻った。
私は入り口近くの目立たないところに隠れて、レオンが病院から出ていくのを待った。
レオンが出てきた。昼食の時と変わらず、元気がなさそうだ。
「レオン。どこ行くの?一人で動いちゃいけないって言われなかった?」
彼の背中に話しかけた。
「ああ、そうだったっけ?じゃあK、俺と一緒に来てデートしてくれよ」
「ええ!デート?」
デートという耳慣れのない単語に、私は怯んでしまった。
デートってしたことない……ん?いや待てよ。前に佑と過ごした何日かって、あれってもはやデートだったような……よし、じゃあいける!
「い、いいよ」
謎の理論で自信が湧いてきた私は、レオンの提案を飲むことにした。
身構えて臨んだレオンとのデートだったが、向こうにはそんな気が一切感じられず、ただ歩くだけだった。おそらく、レオンとしてはついてきてほしい、と言うのを脚色しただけだったのだろう。
「俺さ、この前平気だ、みたいなこと言ったじゃん」
石造りで出来た広場のベンチに座って、レオンが話し始めた。
「でさ、その後考えたんだけど……やっぱり辛えわ」
それが理由で気分が落ち込んだんだ。じゃあ、私がきっかけを与えちゃったのかな。
「そ、そうだよね。めっちゃ痛そうだもんね……もし良かったら私も協力しよっか?」
怖いもの見たさと勢いだけで言ってしまった。もしかしたら身を滅ぼすことになるかもしれない
「いいや、そう言うことじゃないんだ。この前も言った通り、俺にとっては、物理的な痛みよりも精神的な痛みの方が辛いんだよ」
「ってことは精神的な痛みがあるの?でも私が見た感じ、皆レオンのこと労ってるし、感謝してると思うよ?」
「それなんだよ」
「皆の優しさが辛いってこと?そういう事もあるよね」
「ま、まあそうなんだけど、なんというか、俺のは劣等感なんだよ」
「劣等感……?誰かより劣ってるってこと?そんな相手いる?」
「エマだよ」
「は……?」
私は目を見開いた。
「え、じゃあエマもレオンと同じことしてるの……?」
「知らなかったんだ。まあ無理もないか。だってエマは叫ばないもん」
「じゃあ、ジャンヌはエマに手術をすることを許したってこと……?」
設定を忘れて、手術と言ってしまった。
「いや、エマが言い始めたんだ。もちろんジャンヌは止めたさ。だけど、どうしてもって言って聞かなくて、すごく揉めたんだ。結局、エマは三日間も部屋に篭って、エマも加わるようになったんだ」
どうしてそこまでして……父親の事が関係してるのかな。
「で、エマは思った以上に頑張ってるんだ。回数こそ俺より少ないけど、毎回静かに耐えてるし、弱音をこぼす事だってない。自分よりも年下の人間にそんな姿を見せられて、俺もそんなことはできなくなった。でも正直、俺はめっちゃ叫んでるし、ほんとは弱音もいっぱい吐きたいし、皆にもっと甘えたい。そんな自分が嫌になるんだ……」
私は少し考えてから、口を開いた。
「レオンはかっこいいよ。後ろめたさがあるのに、それを一切周りに見せてない。しかも限界が来たって周りに当たったりしてないじゃん。あたしはさ、昔後ろめたさがあってさ、誰かを見下してそれを発散させてたら痛い目にあったんだ。レオンはあたしよりずっと強いしかっこいいよ」
「K……」
「あたしだったらさ、いくらでも弱音とか聞くからさ、いつでも言ってよ。さ、帰ろ!」
私はベンチをたった。
「ありがとな!」
レオンもベンチを立った。
「このことは……誰にも言わないでくれよ?」
レオンがいつもの調子で行った。
「もちろん!」
私達は病院に戻った。
「二人とも、どこに行っていたんだい?心配したよ」
「ええと……デートかな?ね、レオン?」
「だな!」
私達は目を合わせて笑い合った。