二十五 作戦実行
レオ院長が、院内の自分の部屋に入った。
「こんにちは。レオ院長」
イタリア語はよくわからないので、英語で挨拶をした。
「だ、誰だ!アジア人?」
「日本から来ました。Kです」
何を考えているか悟られないように、言った。
私の名前はけい。仮名としてKというのはすぐに思い浮かんだ。
「ちょっと、誰か……」
レオ院長が部屋を出ようとした。
「誰も来ませんよ」
ちょうどそういう時間を狙ったんだ。
「どうやって入ったんだ」
その質問には答えなかった。
外から内からずっと観察して、どうやってドアを開けるか、周りに見つからない時間はいつか、監視カメラをどうしたら回避できるか、色々方法を模索して、見つかったら時間をリセットして、ようやくここに立っている。そんな努力を晒すわけにはいかない。
「なら、何をしに来たんだ」
「教えて欲しいことがあるんです。あなたは、裏社会と関わりがありますね?」
「……」
彼は答えなかったが、私は構わず続ける。
「私の父は、マフィアの汚い策略により、臓器がなくなりました」
「だったらなんだ?私に報復を?その前にもっと他に行くところがあるだろう。私は無関係だ」
「自分は何も罪がないって言うんですか。まあ、それでもいい。別のところへ行くために、あなたから知っていることを教えて欲しいんです」
「ふん……」
彼は携帯を持って、警察を呼ぼうとしていた。
「今を凌いでも無駄ですよ。私はまた現れます」
私は近くの窓から飛び降りた。ちょうどクッションを上に装着した車がやってきて、無事着地した。それからすぐにタイムトラベルを始めて、そこから消えた。
怖かったけど、映画みたいでドキドキしたな。
「これで、向こうは突然消えたように見えますね」
「うん。次は……今日の夜か」
「はい」
レオ院長が、自宅の自分の部屋に入った。
「こんばんは。レオ院長」
彼は悲鳴をあげて部屋を飛び出して行った。
その隙に、私は窓を開けて逃げた。
次の日、レオ院長は病院や家の警備を強化し、私のことを完全に警戒していた。
彼が仕事中、窓際に立った時、私は彼の視界に入るように立って、にんまりと笑った。彼は息を呑んだ様子で、周りに声をかけようとしたが、私はすかさず姿を消した。
同じようなことをして、一週間粘着した。
レオ院長が部屋へ入ってきた。
「だいぶ疲れた様子でしたね。レオ院長」
この一週間で、彼は見るからにやつれていた。
「ど、どこだ!」
「なあに、ただの通話ですよ」
私はあらかじめ、机の上に無線機を置いていた。
「そろそろ、話してくれてもいいんじゃないですか?」
「断る。警察に言ってさらに警備の範囲を広げることにした。お前はもう終わりだ」
「マフィアの次は警察と癒着ですか。ずいぶん顔が広いんですね。別に、何かしようって言っているわけじゃないのにな」
「だが、お前は間接的に私の邪魔をしようとしてるのだろう?」
「何か勘違いをしていませんか?私はテロを計画しているわけではないですよ?私はただ、知りたいだけです」
「し、しかしだな……」
「明日午後十時、再び病院を訪ねます。開けておいてくださいね」
そこまで話したところで、私は通話を切った。
「さて、そろそろ仕上げですね」
「うん。かなりはまっているみたいでよかった。さすがだよ」
「ありがとうございます」
「狂人を演じて、情報を引き出す。なかなか面白い案だ。しっかり君の強みを押し付けられているね」
「結構楽しいもんですね。タイムトラベルとタイムリープを使えば、ストーキングも楽ですし」
「大人になったら役に立つかな?」
「それって私が将来ストーカーになるかもってことですか?あいにく、あたしは真っ直ぐ行くタイプなんです」
「ええ?それは冗談だろう?君、佑さんには絶対自分から行かないって感じじゃなかったかい?」
「……この話はなかった事にしましょう」
軽口を少し挟んで、私は明日のために休憩をする事にした。
翌日、私はあるホテルへ入った。
レオ院長が病院にいないことは事前に確認済みだ。このホテルに入ったことも。
従業員の家を特定して、制服を一つ盗んだ。もう立派な犯罪者だ。一応、うまく行った後はタイムリープをして全て元に戻す予定だから許してほしい。
トイレで着替えて外に出た。すぐにエントランスを超えてエレベーターに飛び乗った。私は背が高めだから、客に見られてもそこまで疑われないが、従業員にはすぐにバレてしまう。もう三回タイムリープした。
レオ院長が泊まっている部屋の階層へ着いた。もちろん、彼を追跡して特定した。見つかってはタイムリープしてを繰り返して。それは、なかなかに時間のかかる作業だったが、同時にやりがいを感じた。張り込みよりは何倍も楽しかった。
今日は演技というより、どれだけスムーズに出来るかだ。失敗したら身の危険さえある。心してかからないと。なんだかワクワクしてきたな。本当に狂人になっちゃったのかも。
私はレオ院長の部屋をノックした。
「レオナルド様、お食事をお持ちしました」
いつもより清楚な声で、イタリア語で言った。発音に関しては、修の監修のもと、ほぼ完璧なものにした。
レオ院長がドアを開けた。私は今できる精一杯の不気味な笑顔をを浮かべた。彼の顔はすぐさま真っ青になった。
ああ、やっぱり私は演者に向いているらしい。
「ひ——」
彼が悲鳴を上げる前に口を塞いでスタンガンを押し当てた。日本にいた頃に一度やられたこと、それを思い出してこの行動を計画した。
思ったよりも声は漏れてしまったが、ここは高級ホテル。防音性能もバッチリだ。廊下には誰もいないので誰にもバレずに済んだ。
これで作戦は成功。あとは話を聞くだけだ。