第一部
「よって、国際連合の常任理事国はアメリカ、ロシア、イギリス、中国の四カ国からなります。では、今日の授業はここまで。このまま帰りの会をしますね」
先生が板書を消した。
「明日は転校生が来ますね。なんでもリメイトのお嬢さんなんだとか。楽しみですね。みなさん仲良くしてあげましょう。では、さようなら」
下校のチャイムが鳴った。
クラスの皆が次々に立ち上がり、それぞれ集まっていく。僕の元にも帰り道が同じの幼馴染で親友の務が話しかけてきた。
「帰ろうぜ、佑」
「そうだね」
僕達は帰路についた。
「明日の転校生、楽しみだね」
僕は呟いた。
「だな。一体どんな子なんだろう」
「リメイトのお嬢さんっていうからには礼儀正しい、清楚な子なんじゃない?」
「どうだろうな」
務は顎に手を当てた。
「そういえばさ、佑は進学?就職?」
「進学かな。親がさせたがっててさ」
「そっか。俺は多分就職かなー。逆にウチは親が就職させたがってるんだよな」
務は小石を蹴飛ばした。
「でも早いよなー、もう中三で今年卒業なんて。俺来年から働くなんて想像できないよ。どんな仕事が割り振られるんだろ」
「務は体が大きいからきっと身体をよく動かす仕事だよ。いい職場だといいね」
そう言った後、挨拶をして務と別れた。
「ただいまー」
家のドアを開ける。
「おかえりー」
お母さんはテレビの前に座っていた。それを見て、僕も急いでバックを下ろし、テレビに向かった。
今日は国の報告番組があるのだ。報告番組とは、国が新しい商品やサービスなどの情報を発表してくれる、月の真ん中に放送されるテレビ番組だ。僕は毎月これが楽しみで仕方がなかった。
番組開始のお決まりの音楽が流れる。
「こんにちは。今月の報告番組のお時間です。早速最初のトピックに参りましょう」
僕とお母さんはそれから約一時間、熱中してそれを見た。今回僕の中で注目だったのは、再来月新しく発売されるゲームの情報だった。
番組が終わると、僕は宿題を始め、お母さんは夕飯の支度を始めた。
夕飯の時間になると、僕、お母さん、おばあちゃん、おじいちゃんの四人で夕飯を食べ始めた。お父さんは帰るのが遅いのでいつも先に食べている。
「おばあちゃん、天道都市まであと一週間だね」
僕はおかずをつつきながら言った。
「そうだねぇ」
おばあちゃんは少し俯いて、暗い顔をする。
天道都市とは、皆が七十歳を超えると暮らすことになる場所だ。そこにはなんでも揃っていて、全てのものが無料で手に入る、理想郷のようなところだと聞く。そして、おばあちゃんは天道都市への移住を一週間後に控えているのだった。
普通の人は天道都市に行けるとなるととても喜ぶのだが、おばあちゃんは僕達との別れが惜しいのか、この頃元気がない。ただ、それだけ僕達が愛されていることかもしれない。何はともあれ、元気に旅立って欲しいものだ。
「ほら、新しい出会いもあるだろうし、きっと楽しいよ。来年俺だって行くし」
そう言うおじいちゃんはおばあちゃんの一歳下で、おばあちゃんをいつも励ましている。
「そうだよ。僕達が恋しくなったらいつでも手紙を送ってよ。必ず返すからさ」
僕もおじいちゃんに続く。
「それができればいいんだけどねぇ」
おばあちゃんはため息をついた。まるで、それができないと知っているかのような言い振りだった。
その日はそのまま特に何もなく終わった。おばあちゃんは暗い顔をしたままだった。
次の日、僕は学校を休んだ。朝起きたらとてつもない頭痛がしたのだ。
しかし、薬を飲んで横になっていたら、午後にはすっかり良くなっていた。
体調も良くなり、特にやることも無かったので僕はテレビをつけた。その時に放送されていたのは『学校探偵タケル』というアニメで、僕が一番好きなアニメだった。
「あら、テレビなんか見て、頭痛はもう大丈夫なの?」
寝転がっている僕にお母さんが話しかけてきた。
「うん、もう大丈夫」
「そう、よかった。それにしても懐かしいわねー、学校探偵タケル」
お母さんが僕の隣に座る。アニメの内容は、みどり中という中学校で白石タケルという主人公が学校の悪者達を色々な方法で正していく、というものだ。その内容の面白さから、お母さんが子供の頃から何度も再放送されてきており、僕もこの回を見るのは三回目だった。
物語の終末に、主人公のタケルが決め台詞を放つ。犯人に向かって指を差すその姿はいつみてもかっこよかった。
「いつ見てもかっこいいわねー、タケル。お母さんが子供の頃は、流行りすぎてタケルって名前の人がたくさんいたのよ。なんなら苗字の白石って苗字になりたいって人もいたくらい」
「そうなんだ、今はそんなに見かけないかなあ。そういえば、僕達家族の苗字もかっこいいよね」
「ああ、源甲斐ね。なんでも、ずっと昔から続いている苗字らしいわ。お母さんは嫁いできたからよくわからないけど」
そう言って、お母さんは家事のために部屋を出ていった。
源甲斐佑、僕はこの名前が気に入っていた。なんだかかっこよくて。
「佑、今ちょっといいかしら」
おばあちゃんが部屋に入ってきた。
「どうしたの? おばあちゃん」
「今から、大事な話をしたいんだけど、聞いてくれるかい?」
「え?う、うん」
おばあちゃんの真剣な表情に、僕は困惑しながら頷いた。
「いい?佑、あなたはこれから大きな目的を果たすことになるの。頑張ってね」
「わ、わかった……だけど、なんでそんなことを?」
頭の中はハテナマークでいっぱいだった。
「それはおばあちゃんの口から言うべきじゃないわ。きっとすぐにわかるだろうし。あまりピンとこないだろうけど、ちゃんと覚えていてね」
「ま、まあ、おばあちゃんがそう言うなら……」
「よかった。それから、二十年前の私によろしくね」
「え……?」
おばあちゃんは明るい顔でそう言い残し、部屋を出ていった。
おばあちゃんのあんな顔、久しぶりに見たな。
僕はおばあちゃんの言ったことを頭の中でリピートした。今一度確認してみても、見当ひとつつかなかった。おばあちゃんは天道都市のせいでおかしくなってしまったのだろうか。そんなに嫌ならば行かなければいいのに。だけど、天道都市へ行くのは強制だって言ってたな。どうしてだろう。
そんなことを頭の中でぼんやりと考えながらテレビを見ていると、次第に窓の外は暗くなっていき、あっという間に夕飯の時間になった。昨日の夕飯からすぐに訪れた気がする。
夕飯中も、おばあちゃんはしきりに顔をこちらに向けてきた。
そんな中、お母さんが話しかけてきた。
「佑、そろそろ進路先決めなきゃね。前も言った通り、お母さんは進学がいいと思ってるんだけど、どう?」
「僕もお母さんの言う通り進学でいいと思うけど、一つ聞きたいことがあって、高校を卒業していることで具体的にどんな差があるの?」
「うーんとね、中学校卒業の場合だと与えられた仕事をひたすらこなすって感じなんだけど、高校を卒業するとね、もうちょっと仕事に深く携わることができてね、その場に応じて指示を出したり、ルールを作ったりするのよ。お母さんそっちの方がいいと思って」
「うーん、別にあんまり興味ないなあ。務は就職するって言ってるし」
「ああ、確かに務ママもそう言ってたわね」
務の家と僕の家は家族ぐるみで関係があり、母親同士も仲が良い。
「でも、お母さんがいいって言うならやっぱり進学のの方がいいかな」
「きっとそれがいいわ。それじゃ、そろそろ準備しないとね。ほら、進学する高校を決めたり、進学用の課外を受けたり。高校に行ったら英語の勉強なんかも始まるのよ。だから忙しくなって、これからあんまり部活とかにも行けなくなっちゃうけど、我慢してね」
「うん。部活に行けなくなるのは少し悲しいけど、頑張るよ」
やっぱり僕は進学することに決めた。正直あまり興味はないが、僕の判断よりもお母さんの判断の方がいいに決まってるだろうから。
「でも、部活に行けなくなるのはそんなにすぐじゃないわ。ほら、明日もいってらっしゃい」
僕は頷いた。明日は部活がある。今日行けなかった分、思い切り楽しもう。
そのために、僕は夕飯を素早く片付けて風呂に入り、すぐに寝た。
翌日、僕は昨日休んだ分を取り返そうと思い、いつもより早く起床して家を出た。
いつも一緒に帰っている務とは、朝起きる時間が違うので登校は別々だ。
道を歩いている途中、転校生のことを思い出した。
おととい先生が言っていたリメイトのお嬢さん——一体どんな子なんだろう。
考えると、勝手に歩調を速めていた。
学校に着くと、早く到着したせいか教室の中の生徒は少なかった。その中に転校生の姿はなかった。
僕は荷物を下ろし、授業の準備をしてからクラスメイトの一人に話しかけた。
「おはよう。昨日の転校生、どんな感じだった?」
「ああおはよう。そっか、佑くん昨日休んでたもんね。転校生は……なんかすごかったよ。だいぶ予想を裏切ってきたね」
「どういうこと?」
「なんか、私達とはかなり異質って感じなんだけど、あんまりいい方向ではないというか……」
「つまり、悪い子ってこと?」
「まあ簡単に言うとそうかな」
「なんの話してんの?」
今来たであろう務が話しかけてきた。
「転校生の話だよ」
「あー、転校生か」
「務くんさ、昨日唯一転校生と喋ってたよね。私達が話しかけてもだんまりだったのに」
「そうなの?」
僕は務に顔を寄せながら聞く。
「そうだけど、ただわかんないこと聞かれただけだよ。トイレはどこだとか次は何があるんだとか」
「他には?どのくらいの身長だった?どんな顔だった?」
僕は転校生のことがとても気になっていたので、次々と質問してしまった。
「えっと……あ」
務が何か言おうとした時、彼は教室のドアを見た。
「あの子だよ」
僕も務の向いている方を向くと、ちょうど教室に入ってくる人影があった。
それを見た途端、僕は目を見開いた。
大きくも鋭い瞳、スッと通った鼻筋の、可憐でかっこよくもある顔つきをした少女が、そこには立っていた。彼女はクラスの女子達よりも少し背が高く、それでいて腰くらいにまで差し掛かる長い髪を下ろしており、耳には左に赤色、右に青色の玉が輝く耳飾りがついていた。
あれが転校生か。
悪い子とは聞いていたが、見た目でここまで想像を超えてくるとは思わなかった。
「確かにすごいね、あの子」
僕は話をしていたクラスメイトに囁いた。
「でしょ?校則ガン無視してるのよ?髪は肩より長いのに結んでないし、装飾品なんてもちろんダメなのに、しかもあんな派手なイヤリングなんて」
彼女は囁き声で僕に言い返した。
そうしていると、転校生がこちらを見てきた。僕はどきりとした。もしかして聞こえていたのだろうか。一応、僕達と転校生とは教室の対角線上にいるのだが。
転校生は鞄を下ろすと、こちらに向かってきた。
クラスメイトはいつの間にか僕達から離れていた。それでも転校生はどんどん近づいてくる。
そして、堂々とした様子で僕達の目の前に立つと
「ふーん、あなたが。全然そんな風には見えないけどね」
そう言い残し、転校生は自分の席に戻っていった。
クラス中が騒然とする。
「え、どういうこと?」
僕は困惑した。
「さあ、なんだろうね。昨日唯一休んでたからかな?」
「僕だけ見られなかったからってこと?そんな些細なこと?」
僕は疑問を胸に残したまま、授業を受け始めた。
一時間目は数学だった。あまり得意ではないので、しっかりやらなくてはならない。
しかし、転校生の言った言葉が頭を離れない。なぜこちらにわざわざやってきてあんなことを言ったのだろう。僕と彼女は初対面なのに。
そうして、彼女に目をやると僕はまた驚くこととなった。
寝てる。
授業が開始してまだ五分も経っていない。そんな中で寝ている人なんて初めて見た。
僕だって給食の後の授業で止むを得ず寝てしまったことはあるが、あんなに堂々と寝ているなんて信じられない。授業はしっかり受けなくてはならないだろう。
周りも彼女が寝ていることに気づいているようで、たまに彼女に視線を向けている。ただ、皆驚いてはいないようだった。その様子から察するに、昨日も同じような様子だったのだろう。
もちろん先生もそのことには気づいており、彼女をかなり気にしていた。
授業が開始して二十分程経った頃、ついに先生が痺れを切らし、彼女に問題を当てた。
「ではこの問題を……寝ているあなた。授業中に寝ているなんて、なんて常識外れなんでしょう」
先生が出した問題は、僕では解けないような難しい問題だった。
転校生はむくりと起き上がると「……ん、なに、あたしがその問題解くの?はいはい」と周りの生徒に確認し、黒板に向かった。
彼女はほとんど問題を見ずに、スラスラと丸っこく整った文字で黒板に答えを書いて行った。その文字に迷いはなかった。
答えを書き終えると、彼女はすぐに机に戻っていった。
「……正解です。ですが授業は聞いてくださいね」
先生は悔しそうに言った。
「なんで?」
「——え」
転校生の言葉に先生は耳を疑っているようだった。それと同時に教室中の空気が凍る。僕はひどく息苦しかった。
「だからなんで理解してる内容の授業を聞かなくちゃいけないの?しかもこんなに低レベルな」
彼女は凍っている空気をさらに凍てつかせた。
「ルールは守らなくてはならないものなんです。昨日から言っていますが真面目に授業に取り組んでください!」
先生が強気な口調で言った。
「どうして?」
「そういうものなんです」
「そういうものなんです、か。納得させる言い訳が思いつかないで説明を放棄した頭の悪い言葉ね。それで言うこと聞くと思ってんの?」
先生は完全に言葉に詰まっていた。
クラスはとても混乱していた。先生に口答えなんて見たことなかったからだ。
「それじゃあ、もう邪魔しないで」
そう言って、転校生はさっきと同じように机に突っ伏した。
それから、授業は二時間目三時間目と進んでいったが、彼女はどの授業も寝ているままだった。
「ねえ、転校生ってずっとあんな感じなの?」
給食の時間、同じグループの務に話しかけた。
「うん、そうだね。授業中ずっと寝てるの。しかも、皆が話しかけても無視するし。だから皆怖がっちゃって。でも、先生に反発したのはびっくりしちゃった。昨日はしてなかったし」
「ふーん、あの格好は先生何も言わなかったの?」
「もちろん言ったよ。でもそんなことは全く気にしてませんって感じでさ」
「そっかぁ」
僕にはあんなことをする意味がまるでわからなかった。
給食と五時間目が終わり、トイレを済ませて帰ってくると、務が転校生と話していた。
転校生は座って、務のことを冷たく見上げている。反対に、務は手でジェスチャーを交えながら、慣れた仕草で微笑みながら話していた。
昨日唯一話していたのが務と聞いていたが、彼とはうまくいっているようだ。
何の話をしているのか気になったので、帰りの支度をしながら二人が話し終わるのを待った。
「なんの話してたの?」
僕は話が終わって席に座っている務に話しかけた。
「ああ、俺が今日部活来ないかって誘ったんだよ。あんまり皆とは馴染めてなさそうだったから、少しでも親睦を深められたらなって」
それを聞いて、僕は務に対して驚いた。あんな迫力の子と普通に話せるのもすごいのに、部活に誘うなんてこともしてしまった。彼はそこまでコミュニケーションが得意ではないと思っていたけれど。
「なるほど。どの部活に行くの?」
「今日はバスケかな。ほら、か……あの子にもバスケ部に行こうって言いっちゃったし」
「か……?」
「おい、反応しなくていいって。ただ噛んだだけだよ」
「そっか。ごめんごめん」
僕達は帰りの会を終えた後、体育館履きを持って体育館へ向かった。後ろには転校生がついてきた。
体育館に着くと、僕達は準備運動でバスケットボールをつき始めた。
転校生は、最初は立っているだけだったが、次第にボールを取り、ドリブルをしたり、シュートを打ったりしていた。
時間になったので、先生が生徒達を集めた。これから準備体操をして試合をするのだ。
最初の試合、僕は見学になった。だから出ている子達の応援をすることにする。
コートの中に転校生がいることに気づいた。バスケ部に来ているのだから当たり前だが、目を奪われてしまった。
彼女がボールを持った。ディフェンスがつく。その瞬間、彼女は勢いよくドリブルをつき一人、また一人とディフェンスを抜き、いとも簡単にレイアップシュートを決めてしまった。
転校生はその調子で、二点、四点、六点と点を決め、相手チームに大差をつけ勝ってしまった。
試合が終わった後も、転校生の顔はクールなままだった。
——しかもこんな低レベルな。
転校生の言葉を思い出す。きっと彼女にとってはこの運動もつまらないのだろう。
彼女はどうしてここに転校してきたのだろう。頭の良さだって、運動能力だってここでは他の子より頭一つ出ているのに。両親の都合で引っ越しとかだろうか。だけど、ここはそれなりの田舎で、リメイトの人々が来るようなところではないだろうし。
そんなことを考えていると、あまりバスケットボールに集中できなかった。
何気なくコートの外に目をやると、転校生と目があった。その目はさっきとは違い、好奇心があるようなまっすぐな目だった。
「佑!」
誰かが名前を読んだのに気づく。その瞬間、僕の肩にボールが当たった。
「あ、ごめん」
転校生に気を取られ、今試合をしていることを完全に忘れていた。
僕はデフェンスに戻った。
再び、ちらりとコート外に目をやると転校生と目があった。おそらくずっとこちらを見てきている。
転校生は、僕に何の用があるんだろうか。
朝一番に意味のわからないことを言ったり、今執拗に見てきたり、他の人にはしないようなことをしてきて、一体何のつもりだろう。
しかし、今の段階では、何もわからないし、自わから聞きに行く勇気もない。
試合が終わり、皆で試合の振り返りをしながら帰りの支度をする。今日はシュートが入ったとか、今日は一回も負けなかったとか、あとは僕が集中してなかったこととか、そんな会話をしていた。
いつの間にか、転校生が後ろに立っていて、靴紐を解いている僕を見下ろしていた。
「ど、どうしたの?」
僕はおどおどしながら言った。
「あなた、明日朝一番に来なさい」
朝と同じようにそれだけ言い残し、転校生は去ってしまった。
「何なんだろうな、転校生。もしかしたら佑に一目惚れしたのかもよ?」
帰り道、務がからかい口調で言ってくる。
「それはないと思うけど……どうしようかな。全く心当たりがないんだけど」
「行った方がいいって!なんか面白いし」
「面白いのは務でしょ。もう」
「でも、思い当たりがなさすぎるのも、逆に気になるっしょ?」
「まあ確かに、言われてみればそうか……」
なんだか、務がいつもより必死に見えた。
「よし。行ってみよう」
「うん。その意気だ」
そんな話をしながら、家に帰り、彼女のことを考えていると、いつの間にかベットに入っていた。
一体何があるんだろう。朝に言われたことは、何か僕を大物と言ってるかのような言葉だった。
じつは僕がリメイトの一人で、それを呼びにきているとか?はたまた、本当に僕に一目惚れしたとか? いや、そもそもそんな様子ではなかったし。何はともあれ、明日になればわかることだ。早く寝よう。
朝、僕は昨日よりもさらに早く起きた。そして手早く支度を済ませ、家を飛び出していった。
通学路には、まだ誰も歩いていなかった。
そして、学校についてもそれは同じだった。誰もいない下駄箱は、冷たく、重苦しい空気が流れていた。
そわそわしながら廊下を歩き、ドアの前に着いた。
ガラガラと教室のドアを開けると、そこには転校生が一人で座っていた。
頬杖をつきながら、イヤリングを光らせている彼女。その光景は、とても様になっていて、綺麗だった。
「お、きたわね」
彼女がこちらに気づく。
「お、おはよう」
緊張しているせいか、詰まったような声が出た。
「なに固まってんの?変なの」
「ご、ごめん。それで……何の用?」
「そうね、あなたを呼んだ理由だけど……」
そこまで言ったところで、彼女はキョロキョロと周りを見渡した。
「他の人に聞かれたくないから、二人きりになれるところに移動しましょう」
「う、うん。どこに行こう?」
「人がいなければ、どこでも」
「えーっと……じゃあ校舎裏なんてどう?滅多に人が来ないよ」
「そう。良く知らないからそこでいいわ」
僕達は靴を履き替え、校舎裏に向かった。
「ここだよ」
「うん。確かに人がこなさそうな場所だけど、じめじめして居心地の悪い場所ね。あら、あんなところにいい場所があるじゃない」
彼女が指差したのは学校のフェンスを超えた先にある、日当たりの良い公園だった。
「確かに良さそうだけど、学校から出ちゃダメだよ」
「どうして?」
「だから、まだ学校にいるからだよ」
彼女はため息をついた。
「はあ……ここって本当にこんな奴らしかいないのね、先生も生徒も」
「こんな奴らって、どういうこと?」
少し語気を強めていった。
「うーん、簡単にいうと、馬鹿な人?」
「ま、まあ確かに僕達は一般人だから君より馬鹿かもしれないけど、そんなこと言わなくたっていいじゃん」
「あー、もういいわ、そういうの。あっちに行きましょ。向こうのほうがいいわ」
「だから——」
だめ、と言おうとした時、彼女が腕を引っ張ってきた。
「いちいち面倒くさいわ。あなたはあたしの言うこと聞いてればいいのよ」
僕は、彼女に圧倒されるまま、フェンスを乗り越えた。
公園に入ると、彼女は少し盛り上がった小山に立った。
そよかぜが小さな草花と彼女の髪を揺らす。それはまるで、公園が彼女を祝福しているようだった。
「いい気持ちね。街も見渡せてなかなかいい景色じゃない」
僕達の学校は少し高いところに建っていて、その隣にあるこの公園は街を一望できるのだった。
彼女がこちらを向く。
「それで、あなたをここに呼んだ理由だけど……これからある目的を果たすのに、あなたの協力を得るためよ」
「え?」
——あなたは、これから大きな目的を果たすことになるわ。
その言葉を聞いて、おばあちゃんの言葉を思い出した。僕はかなり驚いた。もしかしてこれのことだろうか。そうだとしても、なぜおばあちゃんが知っていたのか、なぜ僕なのだろうか、大きな目標とは一体なんなのだろうか、わからないことだらけだ。
「もしかして僕のおばあちゃんのこと知ってる?」
「いいや?あなたの家族構成くらいは知ってるけど、存在だけで顔も名前も知らないわ。どうして?」
「僕のおばあちゃんも同じようなこと言ってたからさ」
「いや、あなた達家族とはコンタクトをとっていないはず。きっと何かの偶然よ。そんなことより話を戻していい?」
僕としては、おばあちゃんと彼女の話のタイミングが良過ぎてあまり納得がいかなかった。
「う、うん。それで、ある目的って?」
まず、目の前の疑問から解消していくことにした。
「世界を救うのよ。あたしと一緒に」
彼女の目は真剣だった。
僕はさらに困惑した。彼女の様子から冗談で言っているとは思えない。疑問がもっと深まってしまった。
「世界の何を救うの?」
「この世界にはなくさなければいけないものがあるの。それが、天道都市」
「天道都市?」
「ええ。なぜ七十歳になると天道都市への移住が強制なのか知ってる?」
「さあ。でも僕も気になってたんだ。なんでなの?」
「それはね、天道都市っていうのはあなた達が思っているようなものではないのよ。そもそも、疑問に思わないの?たかだか七十年生きたくらいで理想郷へ行けるなんて、都合のいい話だと思わない?」
「特に意識してなかったな」
「はぁ……何にも考えてなさそうね。でも大丈夫、あなたは元は良いはずだから」
「僕の何を知ってるの?」
「あなたを誘いに来たんだもの。それなりには知ってるわ。もしかしたら、あなたよりあなたを知ってるかも」
僕は首を傾げた。そんなわけがない。僕を一番知っているのは僕のはずなのに。
「というか、そもそもなんで僕なの?」
「源甲斐佑、この名前がヒントよ」
僕の好きな名前、源甲斐佑。その名前が彼女の口から言われると、とても特別感を感じた。
「これを頼めるのはあなたしかいないの。やってくれるかしら」
彼女が僕の少し上から手を伸ばす。彼女の後ろから射す陽光が、イヤリングを輝かせていた。
彼女はめちゃくちゃなことを言っているようにしか思えなかったが、それと同時に僕はかなりの興味をそそられた。そして、僕はとても非日常を感じていた。いきなりとてもインパクトのある転校生が来て、世界を救おうと誘ってくるなんて。だが、おばあちゃんの話もあり、なんだか信用できて、僕だけ、というのはとても魅力的に感じた。
「わかった。なんだか面白そうだもの」
彼女の手を取る。そして、彼女は微笑んだ。
「よかった。まあ、断っても無理やり連れて行くけれどね」
その言葉に僕も微笑む。彼女のことが少しだけわかったような気がした。
「そういえば、君の名前をまだ聞けてなかったね」
「あたしの名前は——」