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雪を解いて春を招(よ)べ  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
5時限目 冬の始まり
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15_戦《そよ》ぐ想い、見えぬ春

 骨にひびが入っていると言われた。保健の先生による治療紋唱がしっかり効いたので痛みはすぐ薄らいだけれど、しばらくは安静にするようにと念押しされて、リェーチカは静かに頷く。

 隣で足をやや所在なさげにしていたポランカも、これにはさすがに驚いたふうだった。


「……ゴメン、ちょっちやりすぎたわ」

「う……ん、まあ、私もちゃんと防御できなかったから……それより、すごいね。あれって複属性融合系の術でしょ? 難しいのに」

「あ~ね、あれくらい使えないと卒試ヤバいってマーニャに言われてさぁ、ここんとこ超真面目に練習してんの。まぁフォンノの補佐ありきだから鋼系しか手持ちないけどね〜」


 戦闘前の剣幕はどこへやら、あっけらかんとしてそう言う彼女は、どこかすっきりした面持ちだった。

 ヤマアラシはすでに手当てを終えて紋章の中に帰っている。彼女は都会の人、つまり遣獣屋で購入したのだろうから、獣の行方は飼育施設か自宅のいずれかだろう。


 今はユーニもそうだ。野生のリスは当然ながら冬眠するが、餌が豊富にあればその必要もないので、冬の間は首都宅で暮らしてもらっている。

 こちらの都合で野生と違う暮らしをさせるのはなんだか不自然な気もするけれど。

 一応、ユーニが言うには冬眠するのもいろいろ大変なんだそうで、寝ないで済むほうがずっと楽なのだとか。


 とにかく今日はお詫びも兼ねて、彼女の好きな木の実を買って帰ろう。

 ……怒ってるかな。そのほうが気が楽だ。


 荷物は持ってきていたので、保健室を出てそのまま帰路につく。

 漆喰仕立ての真っ白な校門の前で先生と別れ、雪が除けられて土色をした石畳の路上で、改めてポランカと向き合った。

 向かう先は正反対だから、話し合うならここが最後。


「今日はこのくらいにしといてあげる」


 含みのある表現に、リェーチカはぐっと奥歯を噛み締めた。――それを見たポランカはくすりと笑う。


「ってか、試合(ケンカ)は当分いいや。なんかちょっとスッキリしちゃったしね〜」

「そ、そう……」

「ムカつくのはムカついてるけどね、まだ。でもさぁ、……あんたの言うとおり、ここで殴ったってあんま意味ないしね、実際」


 ――だから他の方法考えるわ。

 そう告げる少女はやはり、本来の愛らしい部類の顔立ちを歪めて、ひどく卑しい微笑みを浮かべていた。どうにもならないとリェーチカに悟らせるには充分なほど悪辣に。


 この娘とは、わかり合えない。

 少なくとも今は立つ場所や、向いている方角があまりにも違いすぎて、互いに指先すら届かないのだと感じた。うかつに手を伸ばせば、こちらが向こうに落とされるだろう。

 彼女の心はユーリィと同じか、あるいは彼より深くまで凍りつき、ひび割れている。


 ……。

 そのままポランカとは別れたけれど、今日の帰り道は木枯らしが冷たかった。砕かれた腕がじりじり痛んだ。


 これからどうなるのか、さっぱり予想がつかなかった。




 *




 気鬱な季節は淡々と進む。

 このごろは毎日雪が降るので、埋もれかけている家を紋唱術で救出するのが朝の日課だ。すっかり早起きが板についた。


 全館暖房を取り入れている大きな建物は煉瓦造りだが、こういう小さな民家は木造だ。炎では傷つけてしまうおそれがある。

 火力を調節するのもいいが、思いきって複属性の術に挑戦することにした。炎と水を組み合わせて熱湯を呼び出し、雪やつららを融かして、流れ出したものは余さず排水溝へ。

 最初は覚束なかったが、毎日やれば上達するのが自分でもわかる。


 ポランカとの不意の戦闘は、リェーチカの心にも新たな決意を生んでいた。


 今の自分は弱すぎる。遣獣たちに頼りきりで、ほとんど守られてさえいたから、彼らがいなくなった途端に何もできなくなると思い知った。

 獣ありきの戦いしかできないのでは、卒業試験なんてとても超えられない。

 強くならなくては。鍛えなくては。


 もう一つ、リェーチカに足りないのは戦略性だとも気付いた。

 ポランカとヤマアラシが見せたような汎用性の高い連携技術(コンビネーション)がほしい。ユーニとも、サペシュとも。

 それにはリェーチカ自身の地力をもっと高めなくては、現状では獣たちの負担になってしまう。


(……練習相手がほしいな。一人で壁打ちじゃ、限界があるし)


 もちろんオーヨには声をかけてある。彼としても対人練習はしたいので、二つ返事で受け入れてくれた。

 しかし――誤解がないよう念押しさせていただくと、友人として彼のことは大好きなのだけれど――戦闘訓練の相手としては、オーヨはいささか優しすぎる。リェーチカが負傷中だと知っているから余計に攻撃の手が()()()


 わがままを言うと、もっと戦意を高く、いっそ敵意をもって向かってきてほしい。気を抜いたらまた痛い目に遭うぞ、という緊張感を持たせてくれる相手が。


 だから――リェーチカは、敢えて保持していた壁を一つ壊してみることにした。


「おはよう、ジェニンカ」

「おはよう。……どうかした?」

「うん……ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 未だに復縁未満の元親友は、リェーチカのただならないようすに不思議そうな顔だ。

 ここ最近こちらから話しかけるときは、涙目ですがりつくか、反応を窺いながら恐るおそる、のいずれかだった。今はそのどちらとも違う。


 挑むような目つき。もともと眼尻はつり上がっているから、無表情になると案外怖い、とは昔からたまに言われてきた。

 母譲りの眼力で、べつにジェニンカを威圧したいわけではもちろんないけれども。

 今は自然と力が入ってしまう。両手を膝の横でぐっと握りしめながら、昨夜から温めてきた言葉を口に出すのに。


「ライバルになってください」

「……、えっ?」


 前のような関係には戻れなくても。

 繋がり方はいろいろある。友人でも救世主でもなくていいから、ジェニンカの助けがほしい。


 リェーチカは弱いのだ。オーヨがなんと言おうと、どうしょうもなく弱い。

 すぐには強くなれない。何かを変えようとするにしても、それが自分自身のことであっても、人の力を借りねば進めない。

 だから今は恥を忍んで、自分勝手なお願いをするしかないのだ。



 →

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