08_いわゆるひとつのOB来訪
どうやら我がクラスの喫茶店は好評らしい。リェーチカ率いる料理班一同は、ひっきりなしに入る注文をせっせと捌いていく。
メニューは簡単なものばかりで数も少なくしたし、みんな今日までしっかり練習してきたから、とくに見ていて不安になるような場面はない。
なお「味に明白な差が出るのは良くない」という、わかるようなわからないような理由によって、リェーチカは監督役に任命されていた。つまり調理自体には直接手を出さずに指示だけする立場だ。
見てるだけって暇なんじゃないかな……と最初は思ったのだけれど、意外とみんなが離してくれないのでそうでもなかった。
「注文入りまーす! 包み焼一つ、もちもちヴァニが三つ! ソースは……」
「はーい、用意はできてるから、ここから持って行って。あ、手の空いた人は種の準備と仕込みをしてね」
「アレクトリアさん、ちょっとこれ焼き加減を見てもらえませんか~!?」
「はいはーい。……うん、火力は大丈夫。ここもうちょっと焼き色が着いたら止めていいよ」
と、まあこんな感じでわいわいやっているところに、洗い物担当のオーヨが洗い上がった食器を抱えてやってくる。彼は石窯の管理と兼任らしいから大変そうだ。
お互いにお疲れさまーと労いあいつつ、お皿の山を受け取っていると。
「――リェーチカ~ッ!!」
なぜかジェニンカが血相を変えて飛び込んできた。
彼女は接客・パフォーマンスの担当だ。それがこんなに慌てているなんて、一体どんな恐ろしい注文が入ったのかとその場の全員が震えあがった。
……いや、そんな無茶が起こりえるようなメニュー表は作った覚えがないのだけれども。
空気につられてか、直接関係のないオーヨまでビクついている。
とりあえずどうしたのと尋ねかけたリェーチカの肩を、親友はガシッ! と重めの効果音がつきそうな勢いで鷲掴みにした。
「……てないんだけど……!」
「え?」
「聞いて! ないんだけど! お……お兄さんが!!」
「えっ? ……あ、もしかして来た?」
「そうよ来てるのよお兄さんが、ッ……あ……あんなすごい人だなんて、わたし聞いてなかったんだけど、どういうことなの!?」
周り全員がぽかんとした。リェーチカはきょとんとした。そして二秒くらい置いて、ああ、と手をポンと叩いた。
そうなのである。
あまり吹聴したくなくて黙っていた。この学校の卒業生で、リェーチカが編入するにあたって口を利いてくれた二番目の兄のことを。
かつて水ハーシの里を訪れた旅人を仰天させて即座にここに入学させた、神童とまで呼ばれた男である。その才能は学校でもいかんなく発揮されて首席の成績を残し、果ては大陸最高の学術機関である、東の大国マヌルドの帝国立紋唱学術院に留学までしたのだ。
……まあ、言えないよね。自分は赤点スレスレの落第生なのに、実は兄はめちゃくちゃ優秀だったんですよ、だなんてとても。
だから親友にすら、兄の一人がここの卒業生だったことしか教えていなかったのだ。
言わなきゃバレないよね、と思いたかったのだけれども……。
「リェーチカ、久しぶり。元気そうだね」
「ジーニャ! それにシーニャも来てくれたんだ~! あっ校長先生こんにちは!」
「やあどうも、ハハハ」
とりあえずジェニンカに連れられて店内に入ると、まず懐かしい次兄が目に入る。彼の隣にはリェーチカと同齢の少女がいるが、さらにその反対側には誰あろう、当校の学校長その人の姿がある。
そう……このたび兄を学園祭に招待したのは妹ではなく、この恰幅のいい中年男性である。
次兄は二年前に結婚しているが、それからずっと世界中を旅していて長らく住所不定だった。このたびめでたく第一子に恵まれ、そろそろ出産が近いというので、先月から奥さんの実家がある東ハーシに逗留していたのだ。
それをどうやってか聞きつけた校長先生が、ぜひ後輩たちに会いに来てほしいと連絡してきたのだそうな。マヌルド、それも帝国学院に留学した生徒なんてそうそういないので、卒業して何年経っても兄はこの学校の自慢とか誉れなのだろう。
いやぁ……返すがえす、恥ずかしい。その妹なのに不出来で申し訳ないです……。
「いやぁ、こうして並ぶと君たちそっくりだねぇ! 妹さんにも期待しているよ!」
「あっ……はい、が、がんばります」
「おっと、もうこんな時間だ、戻らないと。ではロディルくん、楽しんでいってくれ。
みんなもいい機会だから、先輩にいろいろ聞かせてもらいなさい!」
校長先生、私の成績表見たら残念がるんだろうなぁ……と思いつつ、なんとか苦笑を押し殺して見送った。
リェーチカの無理のある編入をすんなり受け入れてもらった恩があるし、そうでなくともすごく感じのいい人で、それだけに失望させてしまいそうなのがしのびない。なんとか卒業までに鍛えなくては。
ちなみにロディルというのが次兄の本名。ロディル・スロヴィリーク。
ジーニャというのは愛称だ。
で、その彼と一緒にいる、さっきリェーチカが「シーニャ」と呼んだ少女はというと。
「ところでリェーチカ、こちらは?」
「ああ、彼女は次兄の奥さんの妹、つまり義理の妹で……」
「セヴィニア・コワチです。シーニャって呼んでね」
ちなみに彼女は三姉妹の末っ子なので、奥さんとは別に義姉がもう一人いるが、そちらは今日は来ていないようす。まあそれほど親しいわけでもないし。
シーニャとは同い年で、ちょくちょく手紙をやりとりする仲だ。住まいが東西でかなり離れていて普段はなかなか会えないから、この機会に足を運んでくれたのだろう、嬉しい。
ちなみに彼女は花ハーシという、水ハーシに次ぐ少数部族である。
でも通っているのは東部の地方都市にある学校で、すなわち周りも白ハーシだらけではないので、たぶんここでのリェーチカのような扱いを受けてはいないだろう。
「あ〜っ、もっとお喋りしたいけど行かなきゃ。今夜はうちに泊まってくよね?」
「うん、だから焦らなくていいよ」
「がんばってね」
「ん。それじゃ二人とも、楽しんでいってね!」
兄たちとの久しぶりの再会にほくほくしながら調理場に戻っていくリェーチカを、周りのクラスメイトたちが呆然と見送っていた。
→




