06_あらぬところで胸騒ぎ①
あっという間に学園祭当日。
刺繍地獄も無事に完遂したが、当日ギリギリの仕上がりになってしまった。というのも途中で何度か柄の追加要請が入り、ジェニンカにはやらなくていいと言われたけれど、結局全部引き受けたから。
こんなふうにみんなから頼られる機会はもうないかもしれない、と思うと断われなかった。それに作業自体は楽しくて苦にならない。
とはいえ時間との戦いになったので、少しだけ母にも助けてもらったけれど。
「お母さん、ありがと」
「どういたしまして。父さんのお仕事が午前中に済んだら、母さんたちも見に行くから」
「絶対終わらせるからなぁ~!!!」
「あらまぁ、あなたったら……ご近所迷惑よ」
「ふふふ。いってきまーす」
父の無駄に悲壮感溢れる叫びに見送られて、うきうきしながら家を出る。
こんな時でも自分の仕事を休まないのだから、父もたいがい真面目というか、お人好しだ。なんとなく「私のお父さんって感じするなぁ……」と思うリェーチカだった。
さて、いざ教室に着いてみんなにエプロンを配ると、それぞれ好意的な反応が返ってくる。「おおっ」とか「ありがとう」とか「かわいい~!」とか。
やっぱり喜んでもらえると嬉しいし、苦労した甲斐があったと思える。あと単純に、今まではこんなふうにクラスの人たちと平和的に関われるとすら思っていなかったから、ちょっと感動してしまう。
……とはいえ。
やっぱりあの、白ハーシ金持ち軍団にお渡しするのは、今もやっぱり緊張するし怖いのだ。
「ど、どうぞ」
「おつー。あー、そだ、他のもちょーだい。こっちで渡しとくからー」
「えっ、あの、ありがとう」
たまたま一番最初に目について、とりあえず他の人よりは話しかけられそうなのでポランカから渡すことにした。ら、彼女が残り四人の分を預かってくれるという。
リェーチカとしては願ったり叶ったり、なのでお礼を言ったのだけれど、
「は? ……別に善意じゃないけど。まいっか。
能天気でうらやま~」
黙っていれば可愛らしい部類に入る顔立ちを、ぐにゃっと歪めて薄笑いを浮かべながらそう言うと、そのまま彼女は去っていった。
……何なんだろう? 正直よく意味がわからないけれど、あんまり良い雰囲気じゃなかった。
朝からモヤモヤするなぁと思いつつ、配るものは配ったのでリェーチカも着替えなくては。
***
全員共通の内衣と羽織は刺繍ではなく押し染めで薄く装飾が施されている。どことなく図柄が角張っている感じがするし、位置がズレていたり色が滲んだりしているあたりが安物らしい。
が、それすら身にまとえば高級感を漂わせてしまうのがイェルレク・ワレンシュキという男である。
その上に合わせた下衣はブラウスの四、五十倍はするだろう。平たく言って学生が学校行事に着る代物ではない。
そもそも彼の担当が接客だというところが大いなる過ちではなかろうか。まずもってどこの誰が、氷の王子などとあだ名されるヤツなんぞに応対されて楽し……いや。
女子には受けんのか。わかんねーな。
――と、ギュークは思っていた。
準備期間中のことだ。当初、ユーリィの役職は『経営者』だった(学園祭の出し物に経営もクソもあるかよ、というこちらのツッコミはマーニャに即却下された)のだが、そのオーナー様がこうのたまった。
――利益は追求しないとはいえ、他の生徒の模範になるにはやはり相応の結果が必要だろうか。
つまり売り上げも全クラス中トップを記録するべきではないか。そのためには何をすべきか、との問いかけに、ポランカが答えた。
『そんなのユーリィが顔出せば余裕っしょ』
まあ泣く子も黙るワレンシュキ家の長男に接客させる機会など今後二度と生じえないであろうから、貴重っちゃ貴重だよな、とはギュークも思う。
……裏方としてこき使う機会も同じかそれ以上に貴重だし、彼としてはそっちのほうが好ましいのだが。それはそれでマーニャが許すまい。
ちなみにギュークは実技の腕を買われて接客とパフォーマンス担当。マーニャは会計係、セーチャは石窯の管理。
ポランカは営業と称して外でビラ配りついでに持ち帰りの菓子袋を売り歩くらしい。絶対サボる気だ。
「ユーリィ~♡ お届け物だよー!」
噂をすればなんとやらではないが、ちょうどそのポランカがひょっこり顔を出した。ここは男子用の着替えスペースなんだが、とお目当てのユーリィにすらツッコまれているが、本人はへらへら笑って受け流している。
「接客係の首帯か、ありがとう。……この刺繍は手仕事か? 見事だ」
「ああ、それナマズちゃん作だってなー」
「……そうなのか?」
「聞いてねぇの? せっかくだから全員分縫わせてやったってマーニャが言っ……で!」
なんで説明してたら横脛を蹴り飛ばされる羽目になるのか微塵も理解できない。が、その犯人たるポランカに温度のない眼で睨まれて、咄嗟に何も言い返せなかった。
そのまま彼女に「ちょっとちょっと」と裾を引っ張られ、少しユーリィから離れたところで。
「余計なこと言うなし。それよりこれ、マーニャのエプロン。渡してきて」
「あ? んなもん自分で持ってけよ」
「空気読んでくださーい?」
視線でユーリィを示すポランカは、軽い声音に反して目が笑っていない。
なるほど彼と二人きりにしろと。たしかにマーニャは絶対ここに来ないから、今なら彼女に邪魔されない。
仲が良さそうに見えても、二人はあくまでユーリィを巡る好敵手同士、いつだって抜け駆けする機を伺っているのだ。正直変な交友関係だよな、とギュークは思う。
別にポランカなど怖くない。むしろ、彼女に手を貸したりしてあとでマーニャに知れたら、そのほうがよほど面倒だ。
無視しようと思ったが、ポランカがまた裾を引っ張った。安物なんだからそう何度もぐいぐいやらないでほしい。糸がほつれる。
「てかさぁ。前から思ってたんだけど、うちら協力しあったほうが良くない?」
「あ? 何の話――」
「マーニャ。好きなんでしょ。協力したげるから、とっととアンタの彼女にしな」
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