03_お嬢様たちのお料理会②
「リェーチカ! ちょっと来て!」
お料理体験(?)が始まって五秒もしないうちに未経験組からお声がかかった。声を出したのはジェニンカ一人だが、他の全員が彼女の後ろに控えていて、実質の代表という感じだ。
驚くことにマーニャとポランカすら一緒になって待機している。
「えっと、どうしたの?」
「したというか……」
「意味がわからないんだけど。カップ一杯って何? 茶器なんて形も大きさもバラバラじゃないの、こんな曖昧な表現おかしいわ」
「あとさー大さじってどれー? とりあえずこの一番デカいスプーン使えばよさげ?」
「……というわけだから、まずはリェーチカに実演してほしいのよ」
そこからかぁ。
マーニャが非難ごうごうなのは正直予想がついたけれど、ジェニンカもちょっと恥ずかしげにえへへと苦笑いしている。右も左もわからないのは彼女も同じなのだ。
さすが白ハーシの頂点に並ぶお嬢様たち、台所に立たないのは当然として、料理本を読んだことすらないらしい。
ちなみに経験者組をチラ見したところ、彼女たちは恐るおそるという雰囲気で作業を始めていたものの、こちらの会話を耳にして手を止めていた。
あまり自信はなかったようだ。
「わかった。そうだよね、不親切な導入でごめんなさい」
と、いうわけで――リェーチカ、いきます。
まず、かまどに火を入れる。紋唱式の点火装置があるので簡単だ。
ジャガイモを茹でるときは皮付きのまま、水から。バターが柔らかくなるのを待ちつつ他の材料を量っておく。
次に果物を刻んでソースを作る。みじん切りにしたものを砂糖や香辛料と一緒に火にかけて、焦げつかないようにかき混ぜつつ、合間にジャガイモの皮を剥いて潰す。
フルーツソースが煮立ってとろとろになったら火から下ろす。代わりに別の鍋を温めて油を引き、潰したジャガイモと溶けたバターを生地に加えて練ったら、あとは順次焼いていくだけ。
ヴァニの厚さに決まりはない。実家では三兄がもちもち食感を好んだので、少し厚めに作ることが多かった。
ヘラを使って円形に拡げていく。なるべく厚みは均一になるように、かつ薄く。
(今日はお兄ちゃん用じゃないし、思いっきりパリパリの薄焼きにしちゃおうかな)
火が通るにつれて芳ばしい香りがふわぁっと広がり、周りから感嘆の声が聞こえてきた。この匂いはリェーチカも大好きだ。
無意識に鼻歌まじりになりながら、手際よく焼き上げたヴァニをどんどんお皿に盛っていく。
超薄焼きにしたのでかなりの枚数になったが、一枚も焦がさなかった。この量でノーミスは自己新記録かもしれない。ちょっと達成感。
「できたよー。
……あ、えっと……こんな感じです」
一瞬ここが学校だということを忘れて、兄たちに対するような気分で振り向いてしまった。が、大勢の眼に迎えられて現実に引き戻され、一緒に声の調子も下がる。
みんなは何を思ったか、誰一人として何も言わなかった……が、痛々しい沈黙を破ってくれたのは、やはり。
「リェーチカ、味見していい?」
「うん、どうぞ」
「いただきまーす。……ン、んん〜! 焼き立ておいしぃいい〜っ♡」
先陣を切ったジェニンカの絶賛を受け、他の子たちも一人また一人「いい?」と尋ねては一枚ずつ減っていく。
いじめっ子コンビは最後まで躊躇っていたが、そのうちポランカがひょいと一枚摘み上げた。
「よく考えたらさー、これから教わろうって相手の腕前を確かめてなかったもんねぇ? てわけでちょーだい」
「ど、どうぞ……」
マーニャからの視線が怖い。ポランカに対しては「どうして水ハーシの子が作ったものなんか食べるの」ってな感じだし、リェーチカに対しても「調子に乗らないでよ」という気配を感じる。
パリ、パリ……という生地を噛み砕く音が、家庭科室の中で妙に響いた。一緒にリェーチカの中の何かも奥歯に押し潰されるような気がした。
思わずスカートの端を握りしめながら、判定を待つ。
「……、はわ~! ちょちょ、ちょ、マーニャ、マーニャも食べてみ! これやばい!」
どうやらお気に召したのか、ポランカはその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
前から思っていたけれど、彼女の仕草はあまりお嬢様然としていないというか、親しみやすい部類だ。まあお互い立場的に仲良くできそうにないけれど。
友人の反応に、マーニャは訝しげな表情のまま手を伸ばした。……顔のわりにちょっと妙に素早かった気もするけど言及はするまい。
「仕方ないわね」
「……ど、どっ、どうぞっ……」
ザ・お嬢様のほうは無言で食べ終えて、お上品に口元をハンカチで拭ってから、例によってロングヘアをかき上げた。癖なのだろうか。
「合格よ」
「……あんた教わる立場なの忘れてない?」
「だから指南役として不足はないと言ってるのよ、一応褒めてるんだから突っかからないでちょうだい」
「言い方が腹立つ……。
まあいいか。ところでリェーチカ、ぶっちゃけるとね……作るところを見ても、あなたがすごく手際がいいってことしかわかんなかった」
あらら。
ジェニンカのうしろで、みんなも頷いている。
よく考えたらリェーチカも普段どおりに作業していただけ。それも時間に追われる朝の主婦モードで、効率重視の同時並行作業。
教える相手はまったく未経験の人たちなのだから、もっとこう……みんなから見えるようにゆっくり動いて、途中で解説を挟んだりするべきだったのだろう。
反省を込めて、リェーチカは粉ふるいを手に取った。
「それじゃあ、今度はみんなで一緒にやろう。
まずは道具の説明から」
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