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雪を解いて春を招(よ)べ  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
3時限目 学園祭ラプソディ
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01_唐突な白羽の矢

 試験期間が明け、学内は平常の空気を取り戻していた。みんなすっかり頬を緩めて雑談に花を咲かせている。

 とはいえリェーチカは暇さえあれば自主勉だ。試験前に比べたらかなり追いついてきたが、同級生と一緒に卒業するためには、まだまだ気を抜いていられない。


 さて、これはそんなある日の昼下がり。


「というわけで、我がクラスは『喫茶店』に決定よ」


 全校生徒の代表(ボス)といえばユーリィだが、クラスのまとめ役となると仕事が多いわりに地味だからか、これを務めるのはもっぱらマーニャだ。

 彼女の隣ではポランカが書記をしていた。黒板に癖のある丸文字でのろのろと投票結果を書いている。

 そう――学校生活における貴重なイベント、最終学年の自分たちにとっては最後のお楽しみとも言える、秋の学園祭が近づいていた。


 他の候補は演劇やジオラマ展示などで、そっちもいいなと思ったりした。けれどリェーチカのような弱小生徒に発言権などないから、こういう場では黙ってなりゆきを眺めているだけ。


 ちなみに春には体育祭もあった。が、当時は絶賛いじめられっ子だったし、運動神経にもそれほど自信はないので、……正直あまりよい思い出とは言いがたい。

 でも、学園祭なら話は別だ。

 なんといっても今年は嫌がらせを気にせずに、友人たちとのんびり回れる。それが一番だから、自分のクラスの出し物については、この際なんだっていい。


「楽しみだね」

「ね」


 ジェニンカと相槌を打ち合いながら議論を見守る。

 やれコンセプトはどうするか、紋唱術はどこに取り入れるか――何しろこういう学校だし、学園祭は一応『日々学んできた成果を世間に発表する機会』という名目で行われるので、その体裁を保たねばならない。


「遣獣を呼んで、動物ふれあい喫茶とかは?」

「衛生的にちょっと……」

「お客さんの眼の前で肉でも焼いたらどうかな。演出(パフォーマンス)になるし、焼き立ては喜ばれそうだろ」

「おー、楽しそうじゃん!」

「なら場所は外にして、野外喫茶(オープンカフェ)形式に……」


 そんな感じで、しばらく和やかな学級会議が続いたのだが。



「――ダメ。このままだと完全に予算超過(オーバー)よ」


 試算していた紙を教壇に軽く叩きつけて、マーニャが溜息を吐いた。彼女はけっこう美人だからか、その仕草が似合うというか、迫力のある画だなぁとリェーチカは呑気に思う。


「どんくらい足りねーんだ?」

「今の予定だと割り当ての倍かかるわ。いくら利益は求めないといっても、やる前から大赤字確定は不味いでしょう……そもそも先生に止められるでしょうし」

「んじゃ劇とかに変える〜?」

「いや、その前にどの程度削る余地があるのか考えるべきだろう。それを見せてくれ」


 マーニャから見積もり表を受け取ったユーリィは、淡々とした口調で続けた。


「ふむ。……まずは設備だな。『貸与(レンタル)』の項目を自前で用意できないか?

 たとえばテーブルだが、恐らく廃材を買って紋唱術で仕上げるほうが安上がりだろう」

「ええ、それだと見栄えの問題が……」

「そもそもの話だが」


 ――僕らは最終学年。つまり、下級生の手本となるべき出店が求められている。

 ただテーブルで肉を焼くだけなんて、初心者でもできるような程度の低い演出では、周囲に示しがつかない――。


 ユーリィの言葉は尤もだった。

 何より発言者が彼であったから『この提言を無視するのは、他ならぬワレンシュキ家の長男に恥をかかせることを意味する』とその場の全員が思った。


 彼がいる時点でこの教室は特別なのだ。少なくとも、周囲の目には「ユーリィのいるクラス」として映る。

 であれば学園祭の出し物ひとつとっても遊びではいけない。他と同程度でも足りない。全生徒の上に立ち、どこより優れていなければならないのだ。


 リェーチカはしばし呆然とした。彼が背負っている重圧を擬似的に感じられたというか……。

 同時にわかった気もする。ユーリィの生真面目な性格は、そうした周囲からの圧力によるものだろう、と。

 なんとなく、兄のことを思い出した。


 三人いるうちの一番上は、父の後を継いで部族長をしている。

 末っ子のリェーチカとはひと回り歳が離れているから、こちらが物心ついたころ、彼はすでに中等教育を終えようとしていた。

 比較的自由に育った次兄や三兄と違って、長兄はいつもきょうだいの輪から離れ、族長になるための勉強に励んでいた。彼が年ごろの子どもらしく遊んでいる姿など見たことがないし、幼い妹にかまってくれたこともない。

 リェーチカが初等教育を終えて家事担当になるまでは、兄妹なのにろくに話したこともなかったくらいだ。


 父は心労のために身体を壊し、息子に後を譲って母とともに首都へ移った。真ん中の兄たちもそれぞれ首都や外国に留学したあと、続けざまに旅に出てしまったので、しばらくリェーチカは長兄と二人きりで暮らした。

 それで初めてようやく家族らしい会話ができるようになったけれど、兄が話すのは政治や経済のことばかり。他のことに関心がないのではなく、それしか知らないのだ。

 族長の息子で、長男だから、生まれたときから跡継ぎの道が決まっていた。


 リェーチカもある意味そう。地元ではどこに行っても初対面の相手からも「族長家の娘」として扱われ、今は田舎者のいじめられっ子というレッテルを貼られている。


「次は食費か。これも仕出し(ケータリング)をやめて、自分たちで食材を買って調理すれば……」

「それはさすがに紋唱術でも無理よ」

「誰か経験ある人いない?」


 ぼんやり考え込んでいたリェーチカをよそに、議論は紛糾している。

 何しろ首都の国立校。生徒の多くは政治家や有力者の家柄で、家事は使用人任せだから、包丁を握ったこともない人も少なくない。

 うちは逆だなぁ、仕出しなんて頼んだことないよ〜、と呑気に思っていると。


「この子なんでも作れちゃうわよ」


 気づけば親友が爆弾発言とともにリェーチカを指さしていた。


 ……、えっ??



 →

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