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雪を解いて春を招(よ)べ  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
2時限目 田舎娘は試験で賭ける
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25_足りない力、手にした光

 サペシュの参戦により戦局は動いた。ギュークの攻撃はほとんどこちらに届かなくなり、逆に手痛いしっぺ返しを与えている。

 防御の必要がなくなったリェーチカは攻撃に集中できるようになった……が。


散焔(さんえん)の紋っ」

「と、岩壁の紋ッ! んで砕礫(さいれき)の紋!」


 火力が足りず、手袋を奪えそうな気配がないまま時間だけが過ぎていく。このままでは引き分けだ。

 いっそサペシュと役割を交代するべきではないかと何度も思った。しかしリェーチカの腕や速度では、彼を守ってあげられそうにない。

 それに攻防いずれも使える術がもとから少ないのもあって、向こうの対応もパターン化しつつあり、もはや何をしても冷静にあしらわれる。


 この膠着状態を変えるには、ギュークの予想を越える力が必要だ。

 強さでも奇想でもいい。あと一歩、何かで意表を突いて、彼の構えを崩すことができれば。


(まだ使ってない術とか……属性でもいいから、何かない……?)


 とりあえず隙を生まないために、しょぼくれた攻撃を続けつつ考える。


 水、火、雷、岩、樹、風、基本的なものはおおよそ出し尽くした。それ以外は練習不足で不発の恐れがある。

 失敗上等で打って出るか。しかし、その程度でギュークを驚かせられるとも思えないし、まずまともな威力を保てないだろう。

 あまり情けない結果を出すと、サペシュの戦意に響いて逆にこちらが不利な空気になりかねない。


 そう、威力。とにかくリェーチカとサペシュだけでは攻撃力が足りないのだ。

 必要なのは、決定打。


(なら……)


「サペシュ、ちょっと時間稼ぎお願い!」

『ん』


 ユキヒョウの咆哮が響き渡った。サペシュは前方にだけ音波が届くよう気をつけているから、リェーチカは彼の後ろにいれば、あまり影響を受けずに動ける。

 といっても少し頭はくらくらするけれど、紋唱ができないほどではない。


 急いで描き上げた紋章は前方の敵ではなく、逆……つまり後方へ放り投げる。その動きは予想外だったろう、身構えていたギュークが間の抜けた表情になった。


輝癒(きゆ)の紋!」


 真っ白な光が弾ける。雨のように降り注いだそれを浴びたのは、石の鎧――その中に丸くなって休んでいた小動物。

 学校で習う光属性の術は治癒紋唱が多い。戦闘に用いる予定はなかったけれど、そもそも練習中によく使っていたので発動に不安はなかった。


 勝つためには必要なものは何?

 燃え盛る高い闘志。場を読み、適切に立ち回る賢さ。それらを支えるだけの技術。

 考えるほど、どれもリェーチカには今ひとつ欠けている。


 だからこそ――獣()()がいるのだ。


『やれやれ……』

「ユーニ、休んでるとこごめんね! ちょっとだけ力を貸してほしいの」

『何言ってんだ、待ちくたびれたよッ』


 石の鎧と治癒の光を両方とも身にまとったまま、リスは地を蹴って避難場所を飛び出した。

 額に橙色の紋章が浮かぶ。長い尾を鞭のように振って勢いをつけると、そこに灼炎の印を引っ掛けて、遠心力に乗せてギュークへ投げつけた。

 彼は「また火属性かよ、もうてめぇの手の内は読めてんだっての」という顔で、すばやく岩属性の防御を展開するけれど。


「岩壁の紋――」

瞬風(しゅんぷう)の紋!」


 紋唱術の属性における『相性が悪い組み合わせ』には二種類ある。一つは同程度の攻撃同士をぶつけた場合に熱量比が均衡にならず、必ず自身は相殺されて、相手の攻撃のみを通してしまうもの。

 そしてもう一つは、同条件でむしろ相手の威力を増長させてしまうものだ。


 たとえば……火属性の攻撃に対し、風属性の攻撃を重ねることで、かまどに対する送風器(ふいご)の役割を果たす。


「クソ、援護しろナルバ!」

『任せなァ!』


 焚きつけられた炎が(いわお)の要塞を砕いた。

 すかさず白猿が躍る。礫が舞い上がり、壁の風穴を塞ぎ始めるが――


『させない……!』


 猫の鳴き声にいくぶん似た、ユキヒョウのそれが空気を揺るがす。今までで一番激しい響唱が結界内に響き渡った。

 わずかに外まで漏れたのか、周りの観客までもが一斉に顔を軽くしかめる。


 炎と風と音波とが三位一体となって岩壁を完全に突き崩した。ギュークは受け入れずにひっくり返って地面を転がり、より小さなサルはさらに結界の壁際まで吹き飛んでいく。

 低周波攻撃による眩暈や気持ち悪さで、どちらもすぐには立ち上がれない。リェーチカたちはこの隙を逃すまいと少年に駆け寄った。

 念のため、彼の肩を氷属性の術で軽く固定してから、手袋を脱がしていく。


「っクソが……、てめぇあとでブッ殺すぞ……」


 苦しそうにこちらを睨みつけて悪態をつくギュークに、リェーチカは思わずビクついて手を止めそうになったけれど。


『ハッ、やれるもんならやってみな』

『そんなこと俺たちがさせない』


 ユーニとサペシュが畳み掛けるように答えた。

 ごわついて縮こまった心がみるみる広がっていく。熱い空気を吹き込まれたように、胸の内側がぽかぽかと温まっていく。

 信じられる。怯える必要はない、リェーチカには強い味方がたくさんいるのだと。


 リスがユキヒョウに何かを耳打ちした。銀の獣は頷いて、リェーチカの手からギュークの手袋をもぎ取ると、それを空高く放り投げる。

 続く下からの咆哮で、手袋は宙でくるくると舞った。勝利の証が誰の目にもはっきり見えるように。


 試合終了を告げる鐘の音が、高らかに響き渡った。



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