25_足りない力、手にした光
サペシュの参戦により戦局は動いた。ギュークの攻撃はほとんどこちらに届かなくなり、逆に手痛いしっぺ返しを与えている。
防御の必要がなくなったリェーチカは攻撃に集中できるようになった……が。
「散焔の紋っ」
「と、岩壁の紋ッ! んで砕礫の紋!」
火力が足りず、手袋を奪えそうな気配がないまま時間だけが過ぎていく。このままでは引き分けだ。
いっそサペシュと役割を交代するべきではないかと何度も思った。しかしリェーチカの腕や速度では、彼を守ってあげられそうにない。
それに攻防いずれも使える術がもとから少ないのもあって、向こうの対応もパターン化しつつあり、もはや何をしても冷静にあしらわれる。
この膠着状態を変えるには、ギュークの予想を越える力が必要だ。
強さでも奇想でもいい。あと一歩、何かで意表を突いて、彼の構えを崩すことができれば。
(まだ使ってない術とか……属性でもいいから、何かない……?)
とりあえず隙を生まないために、しょぼくれた攻撃を続けつつ考える。
水、火、雷、岩、樹、風、基本的なものはおおよそ出し尽くした。それ以外は練習不足で不発の恐れがある。
失敗上等で打って出るか。しかし、その程度でギュークを驚かせられるとも思えないし、まずまともな威力を保てないだろう。
あまり情けない結果を出すと、サペシュの戦意に響いて逆にこちらが不利な空気になりかねない。
そう、威力。とにかくリェーチカとサペシュだけでは攻撃力が足りないのだ。
必要なのは、決定打。
(なら……)
「サペシュ、ちょっと時間稼ぎお願い!」
『ん』
ユキヒョウの咆哮が響き渡った。サペシュは前方にだけ音波が届くよう気をつけているから、リェーチカは彼の後ろにいれば、あまり影響を受けずに動ける。
といっても少し頭はくらくらするけれど、紋唱ができないほどではない。
急いで描き上げた紋章は前方の敵ではなく、逆……つまり後方へ放り投げる。その動きは予想外だったろう、身構えていたギュークが間の抜けた表情になった。
「輝癒の紋!」
真っ白な光が弾ける。雨のように降り注いだそれを浴びたのは、石の鎧――その中に丸くなって休んでいた小動物。
学校で習う光属性の術は治癒紋唱が多い。戦闘に用いる予定はなかったけれど、そもそも練習中によく使っていたので発動に不安はなかった。
勝つためには必要なものは何?
燃え盛る高い闘志。場を読み、適切に立ち回る賢さ。それらを支えるだけの技術。
考えるほど、どれもリェーチカには今ひとつ欠けている。
だからこそ――獣たちがいるのだ。
『やれやれ……』
「ユーニ、休んでるとこごめんね! ちょっとだけ力を貸してほしいの」
『何言ってんだ、待ちくたびれたよッ』
石の鎧と治癒の光を両方とも身にまとったまま、リスは地を蹴って避難場所を飛び出した。
額に橙色の紋章が浮かぶ。長い尾を鞭のように振って勢いをつけると、そこに灼炎の印を引っ掛けて、遠心力に乗せてギュークへ投げつけた。
彼は「また火属性かよ、もうてめぇの手の内は読めてんだっての」という顔で、すばやく岩属性の防御を展開するけれど。
「岩壁の紋――」
「瞬風の紋!」
紋唱術の属性における『相性が悪い組み合わせ』には二種類ある。一つは同程度の攻撃同士をぶつけた場合に熱量比が均衡にならず、必ず自身は相殺されて、相手の攻撃のみを通してしまうもの。
そしてもう一つは、同条件でむしろ相手の威力を増長させてしまうものだ。
たとえば……火属性の攻撃に対し、風属性の攻撃を重ねることで、かまどに対する送風器の役割を果たす。
「クソ、援護しろナルバ!」
『任せなァ!』
焚きつけられた炎が巌の要塞を砕いた。
すかさず白猿が躍る。礫が舞い上がり、壁の風穴を塞ぎ始めるが――
『させない……!』
猫の鳴き声にいくぶん似た、ユキヒョウのそれが空気を揺るがす。今までで一番激しい響唱が結界内に響き渡った。
わずかに外まで漏れたのか、周りの観客までもが一斉に顔を軽くしかめる。
炎と風と音波とが三位一体となって岩壁を完全に突き崩した。ギュークは受け入れずにひっくり返って地面を転がり、より小さなサルはさらに結界の壁際まで吹き飛んでいく。
低周波攻撃による眩暈や気持ち悪さで、どちらもすぐには立ち上がれない。リェーチカたちはこの隙を逃すまいと少年に駆け寄った。
念のため、彼の肩を氷属性の術で軽く固定してから、手袋を脱がしていく。
「っクソが……、てめぇあとでブッ殺すぞ……」
苦しそうにこちらを睨みつけて悪態をつくギュークに、リェーチカは思わずビクついて手を止めそうになったけれど。
『ハッ、やれるもんならやってみな』
『そんなこと俺たちがさせない』
ユーニとサペシュが畳み掛けるように答えた。
ごわついて縮こまった心がみるみる広がっていく。熱い空気を吹き込まれたように、胸の内側がぽかぽかと温まっていく。
信じられる。怯える必要はない、リェーチカには強い味方がたくさんいるのだと。
リスがユキヒョウに何かを耳打ちした。銀の獣は頷いて、リェーチカの手からギュークの手袋をもぎ取ると、それを空高く放り投げる。
続く下からの咆哮で、手袋は宙でくるくると舞った。勝利の証が誰の目にもはっきり見えるように。
試合終了を告げる鐘の音が、高らかに響き渡った。
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