22_“ナマズちゃん”の悪あがき②
予め考えておいた作戦はすでに崩壊している。
本当は一番最初にサペシュを召喚したかったのに、焦って間違えてユーニの紋章を描いてしまったから、仕方なく先に彼女を呼び出した。
冷静に考えたら、紋章はすぐに消えるわけではないのだから一旦取っておいても良かったのに。
とにかく、なるようになるしかない。臨機応変に立ち回るしか。
……そんなことできるのかな、なんて、考えるのはやめよう。無意味だから。
もちろんユーニも『なんか聞いてた話と違うじゃないか』と想定外の状況に困惑してはいたものの、とりあえず相手を攻め立ててほしいと頼んだら了承してくれた。
とにかく一方的にやられるのだけは避けなくては。少しずつ隙を作って、なんとかこの状況を打開するしかない。
具体的に何をどうするかは、その場で考える。
とりあえず大量の水を出し、それを素材にしてひとまずの隠れ場所を確保した。丸見えだろうけれど、攻撃が直に当たらなければ、なんとか紋唱はできる。
とはいえユーニの属性は火だから、彼女が暴れるとその余波で氷壁も壊れてしまう。もともと時間も技量もなくてそんなに頑丈じゃないし、長持ちもしない、使い捨ての避難場所だ。
「えーと」
壁を補強する?
この間にサペシュを呼ぶ?
自分も飛び出して攻撃してみる?
――もちろん、何をおいてもサペシュ。あの子さえ呼び出せたら勝ちが決まったようなもの。
きっとギュークもそれがわかっているから、初手から高速で攻撃してきたのだろう。普通に考えたら対人戦で助っ人を呼ばない手はないし、採点のことを考えても、自分だって遣獣を呼び出したいだろうに。
「――雪銀の……っ!?」
長い詩を唱えきる前に氷の壕が揺れた。とっさに紋章をかばい、自分は壁でしたたかに頭を打ってしまって一瞬星が飛ぶ。
痛みに呻く暇もろくにないまま第二波が来て、真横に砕けた氷塊が落ちた。溶けかけで小さくなっているのはユーニが戦っているからだろうが、それを壊した張本人は、彼女ではない。
キイィッと甲高い鳴き声がしたけれど、リスのそれとはまったく違った。
「よーしナルバ、引きずり出せ!」
『おうよォ!』
『そうはさせな……ぎゃっ』
火花が散るように、ユーニの小さな身体は軽々と吹き飛んで、結界の内壁にぶつかる。そのまま地面に落ちてぴくりとも動かなくなった彼女を見て、心臓が凍りつくような心地がした。
ギュークの遣獣はキツネザルの仲間と思われる、尾と鼻面の長い白毛のサルだ。
いつ呼び出したのだろう。……いつからユーニは二対一で無理をしていたのだろう、リェーチカがぐずぐずしていたばっかりに。
あんなふうに叩きつけられて、きっとひどい怪我をさせてしまった。いや……華奢な小動物なのだ、下手をしたら、……怪我では済まない可能性だって、ないわけでは……。
「ッ……!」
愕然としている間に、リェーチカの足元から岩が隆起して持ち上げられた。このサルは岩属性らしい。
抵抗しなくちゃ――そう思っても、今この場を脱するには何を描けばいいか、見当もつかない。
「なー、なんであのユキヒョウを呼ばねぇんだよ? まあオレは助かるけどさぁ。
やっぱ持て余してんの? なら譲ってくれよ」
「え……」
「最初にあいつを見つけたのはオレたちだぜ。そりゃあ、あんときゃ歯が立たなかったけど……今ならいける。
オレが契約するはずだったんだ。横取りしといてろくに運用もできねーとか、そういうの、宝の持ち腐れっつーんだろーが」
ぶつぶつ言いながら、ギュークの手元は絶えずくるくる紋章を描き続けている。そういうのも才能だろう、頭で考えるより先に、身体が紋唱術に馴染んでいるのだ。
横取り。たしかにそうかもしれない。
あの時はたまたま、みんな怪我だったり妨害を受けてサペシュに近づけなかった。だからユーリィも仕方なくリェーチカに指示を出しただけ。
でも、契約できたのはそれが理由じゃない。
サペシュはきっと、あの場の誰にでも頷いたわけじゃ、なかったはずだ。だってあの子は、
「物みたいに、言わないでよ……。それに……あの時あなたがサペシュと契約できなかったのは、弱かったからじゃないと思う」
「……あ?」
「動物にだって気持ちがあるんだよ。あの子は、あなたたちを怖がってたの……!」
なんだか無性に腹が立って、気づいたら叫んでいた。
そして自分でも、ああそうか、と思った。
ギュークの言うとおり、リェーチカとサペシュでは力量に差がありすぎる。だからなぜ契約が成立したのか、正直今までずっとわからなかったけれど、強さの問題ではなかったのだろう。
自分たちは「わかりあえた」から繋がれた。
今だってそう。ユーニを甚振られ、自分も追い詰められて、痛いし怖い。
それだけじゃない。田舎者のナマズと罵られ、つい先日までやることなすことすべてを嘲笑された痛みが、このわずかな期間で癒えたはずもなかった。
虐げた側は忘れても、虐げられた者は決して忘れない。残っている傷が忘れさせてくれない。
それがどんなに悲しいことかすら、この少年にはわからないのだ。
リェーチカはだから、悔しかった。
「なあ……今どさくさで『弱い』っつったか? おいおいおい、手加減してやってんのがわかんねぇのかよ、ナマズ女」
ギュークは苛立ちながら指先で紋章を選択した。五、六個がまとめて燐光を放ち、その力を開放する招言詩を待っている。
こちらには防御の用意なんてないが、それを一度にすべてくらったら無事では済まないだろう。
それでも。……怖くても。痛い思いをするとしても。
――逃げちゃダメだ。ここで退いたら、ユーニとサペシュに合わせる顔がないもの。
「雷錐の紋!」
「――っ石衣……」
詠みきる前に、細長く尖った雷光がリェーチカにまっすぐ振り下ろされた。
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