14_最終日前日に起きたこと②
思いがけない第三者の声。
その場の全員がはっとそちらを見ると、いつもどおり四人の取り巻きを連れたユーリィが、廊下の先に佇んでいた。彼を先頭にゆっくり歩いてこられると迫力がある。
それは同級生たちも思ったのか、ドアの裏から室内にいた全員がおろおろと出てきて、それぞれがややひきつった笑顔で「や、やぁイェルレクくん……」と挨拶した。
「何をしてる?」
「見てのとおりよ。わたしたちの予約時間なのに、この人たちが退かないから抗議中」
「だ、ってさぁ、こいつらに練習の必要ある? ないだろ? 俺らが使ったほうが、ハーシの未来のためじゃん?」
そうだそうだ、とさざ波のように揺れながら主張する彼らに向かい、ユーリィはふっと軽く息を吐く。
たったそれだけの動作が画になる少年だ。
「君の言うことにも一理ある」
「はあっ!?」
「ほ、ほらな~! イェルレクくんもこう言ってるんだし、おまえらは帰……」
「話はまだ終わってない。……たしかに一理あるとは思うが、規則を破っていい理由にはならないだろう。白ハーシともあろう者がそんな理由で公共物を横領するな。
己の将来性を示したいなら、明日の模擬戦で堂々と戦って証明してくれ」
淡々と嗜めるように言うユーリィを、最初リェーチカはぽかんとして眺めていた。
そして正直思った。「それ貴方が言うんですか」と。
さんざんリェーチカをバカにしてナマズと罵って嘲笑ったのは、人としてマナー違反じゃないんですか、と。
……でも、そうした嫌がらせを止めてくれたのも事実。成り行きとはいえ彼らの命を救ったことに対しての義理は、たしかに通してきた。
きっと、そういう人なんだ。自分が正しいと思った道をまっすぐ進む。
だから今もきっと、彼からすれば、こちらを庇ったつもりなんて微塵もないのだろう。
さすがに全白ハーシの未来のボスに言われては同級生も立場がない。訓練室を占拠していた人たちはジェニンカに鍵を放り渡し、黙って全員のろのろと出ていった。
フンと鼻を鳴らしてそれを見送ったジェニンカの肩には、もう力は入っていない。
見上げると、彼女は優しい瞳でユーリィを見つめていた。それから、リェーチカの視線に気づくとにこりと笑って、鍵を振って見せる。
ユーリィたちはとくに何も言わず、恐らく彼らが予約している訓練室へと歩き出した。
その背に、少女は叫ぶ。
「……ありがとう!」
一瞬だけ振り返った氷の王子は、すぐ背を向けて「別に君のためじゃない」と言い捨てて行った。
*
「びっくりしたね……」
オーヨはまだ気分が優れないのか、口許に手を宛てたままだった。リェーチカも頷きを返す。
確かに、さっきはいろんな意味で驚いた。
「……大丈夫かな。おれたち、あとで何か言われるんじゃ……。だって、ありえないよね、あのワレンシュキくんが、その、あんな」
「だ、大丈夫だよオーヨ、落ち着いて。……それはそこまで意外でもないよ」
「えっ?」
「実はね、この前の……ほら、例の賭けをした日にね」
そういえばジェニンカとオーヨには、彼ととんでもない賭けをした話は伝えていたけれど、その前の経緯――つまり勉強を教えてもらったことについては話していなかった。何しろリェーチカ自身が忘れかけていたくらいだったから。
いや、というより信じがたすぎて、脳が拒否していたのかも。思い出すことを。
リェーチカの話を聞いたオーヨは眼を白黒させながら、信じられない、と呟いた。
「……でも、たしかにあれからリェーチカの理解力が上がった気はしてた。そうだったんだ」
「うん。私も未だに信じられないけど」
「リェーチカ、……もしかして彼のこと、けっこういい人だって思ってる?」
「えぇ?」
さすがにそんなわけはない。思わず眉をひそめて聞き返したリェーチカを見て、オーヨもちょっと安心したふうに肩を下げた。
たしかにここ数週間でユーリィに対する見方は少し変わったけれど、『いい人』はいくらなんでも言いすぎだ。……もしそうなら嫌がらせなんてするはずがない。
そしてむしろ、思う。ユーリィが理屈と正義の人ならば、リェーチカを排斥するのも彼にとっては「正しいこと」という認識なのだ、と。
ある意味それって、単に感情的に嫌われるよりも悲しい気がする。
でも、だとしたら、彼が田舎者を毛嫌いする論理的に「正しい」理由って、なんだろう。
ちょっと考え込んでみたリェーチカとは違い、オーヨはジェニンカを見ていた。彼女らしい堂々とした描画の紋章を前に、凛とした横顔で唱言詩を詠む姿を、どこか眩しそうに。
「……さっき、嬉しそうだった」
その小さな呟きは、独り言だったのかもしれない。かすれて震えた声はなんだか泣いているみたいだった。
ジェニンカにとってユーリィはなんだろう。
たしかにリェーチカも見た。嫌な人たちを言葉だけで帰らせた彼を、親友が未だかつてない穏やかな顔で見つめていたのを。
たぶんオーヨも同じことを思ったのだろう。あのときのジェニンカは、自分たちいじめられっ子の救世主ではなく――ただの女の子だった。
「オーヨ、……やっぱりジェニンカのこと好きだよね。友だちとしてじゃなくて」
「……っぅえ!?」
「その切ない瞳はさ、恋、してるよねぇ?」
「っおれ、あの、いやっ、えと、その……!」
「大丈夫だいじょぶ。私は応援してるし、ジェニンカはまだ気づいてないよっ」
「え、え、え……ッ」
リェーチカの言葉に、オーヨは顔どころか耳まで真っ赤にして慌てふためく。ちょっとかわいい。
そろそろ直接本人に確かめたかったから、いい機会だ。
とはいえ今日は、わたわたするオーヨに気づいたジェニンカが「何話してるのー?」と声をかけてきたから、続きはお預け。
「あーっと、さっきのことで励ましてもらってただけだよー」
「そう? ……あっそうだオーヨ、ちょっと聞きたいんだけど、この術のね……」
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