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雪を解いて春を招(よ)べ  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
2時限目 田舎娘は試験で賭ける
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06_特訓の時間です①

 流れで、とんでもない約束をしてしまった。


 良い面もある。たった一科目勝てたらユーリィを地元にご案内して、水ハーシが誇る湖水地帯を思うさま観光してもらえるのだ。

 そうしたらきっと偏見をやめてくれる。全生徒の頂点である彼と和解さえできれば、他の人たちも芋づる式ってなもの。


 ……悪い面は。

 当のユーリィの学業成績は、いつも赤点すれすれのリェーチカなど及ぶべくもない程度には優秀である。

 つまり大幅なハンデをいただいてなお勝ち目は薄い。少なくとも現時点では、ほとんど退学に決まったようなもの……。


「と、とりあえず、おれもできるかぎり協力するよ。がんばろう」

「オーヨ……! ありがとうごめんねオーヨだって忙しいのに……!!」

「気にしないで、人に教えるのって復習になるから」


 神のごとく慈悲深い微笑みを浮かべてのたまうオーヨに、リェーチカは涙ちょちょぎれる思いだった。

 隣ではジェニンカが頭を抱えている。もし自分がその場にいたら、絶対にそんな無茶な賭けなんてさせなかったのに、と言いたげだ。


 とにかく、退学回避のためには今まで以上に必死で取り組まねばならない。


 今日は三人で実技の特訓。ちなみにジェニンカの家はやはり高級住宅街にあって、しかも大きさは見たところ田舎の水ハーシ族長(スロヴィリーク)邸と首都の別宅を足したくらいはあった。

 聞いてないけどたぶん彼女の親は官僚だ。でなきゃ大きな企業の上役以上。


 ともかく、どれか一科目でも勝てばいいという条件を鑑みると、得点しやすい科目に定めて集中的に練習するのが効率的だろう。

 とはいえリェーチカに得意教科はない。それにオーヨ曰く、どんな学問も根底で繋がっているので一つだけ修めるほうが難しいよ、とのこと――それは正直よく意味がわからないけれども。


 でもってジェニンカ曰く。


「今度の実技試験はまさかの模擬戦形式。ということは、遣獣を二匹持ってるリェーチカは有利なのよ。これを使わない手はないでしょ!」

「うん。座学より条件がいいよね」

「……条件だけはねぇ。でも、遣獣がいてもどうにかなる自信ないなぁ……。どうしよ」


 学生のうちから複数の獣と契約することはあまりない。とくに都会っ子の場合は遣獣屋で購入しているため、単純にお金がかかる。

 購入代だけでなく契約後の継続費用(ランニングコスト)もばかにならない。遣獣業者に捕獲された個体はたいてい外国産のため、国内に運ばれてからは業者が所有ないし提携している施設で、専門のスタッフに世話をしてもらうことになる。

 当然それは有料なので、管理費を節約したければ自分の家に引き取ることもできる。まあ小動物ならまだしも、大型動物だとかハーシの気候の合わない変温動物は難しいが。


 リェーチカは二匹とも野生動物と契約しているため普段は無料(ノーコスト)。もちろん施設にいるより怪我や病気になるリスクが高く、自然環境に左右されるため獣の体調(コンディション)も一定ではなくなるが。


『嬢ちゃん、作戦なんかは後でイィんだよ。まずアンタのツレに挨拶さしてくんな』


 独特の口調でリェーチカを励ましたのは、もこもこの真っ白な大型犬。東ハーシ原産で、長いむく毛で目許が隠れて見えるのが特徴の、もともとは(そり)曳きをしていたという犬種だ。

 彼はジェニンカの遣獣・ジュール。野生ではなく遣獣屋の子で、普段からこの庭で飼われているらしい。


「そうだよね。まずは確実にサッと呼べるようにしなくちゃ。ありがと。

 ……えーと――灼焔の(かわごろも)を装いし者よ。汝の名は栄華。真なる影は陽炎の精霊にして、天焦がす太陽の端女。

 顕現すべし、(あか)栗鼠ユーニ!」


 火や炎に関する図形には三角形や星型などがある。しかしもっと代表的なのは、太陽を模したギザギザの円形。

 この「炎輪紋」の派生形はなんとなく花に見えるような形が多い。少し描きづらいけど、ちょっとかわいい、とリェーチカは思っている。


 そんな橙色に輝く紋章の花からは、似つかわしい風情の愛くるしい獣が飛び出した。

 文字どおり栗色の尾長ネズミ、背中に縞模様の入ったちっちゃなリスだ。彼女はうまいことジュールの頭に着地したあと、あたりをくるりと見回して、……よく通る声で一喝した。


(わっぱ)ども、アタシにガン飛ばしてんじゃあないよッ!』


 ふんッ、と荒い鼻息を放つのに合わせて尻尾がモフッと膨れている。


「相変わらず好戦的ね……」

「あはは、そだね。おはようユーニ」

『おはようリェーチカ。で、アタシを呼んだってことは決闘なんだろ? どっちをぶっ飛ばしゃいいんだい』

「あー、えと、今日はまだ練習。模擬戦の対戦相手はまだ決まってないよ」


 シマリスは小さな腕を組んで「ん〜?」と訝しげに目を細めた。真下からは温厚なジュールのハッハッハッ……という呼吸音が続く。


 彼女はユーニ。リェーチカの初めての遣獣で、出身地は水ハーシの里だ。性格はご覧のとおり。

 口調は苛烈だが、可愛らしい外見のおかげで正直そんなに迫力はない。

 とはいえ契約するのはかなり大変だった。小さくすばしっこいうえに炎を自在に操ってくるし、好戦的だし……かなりズタボロにされたが、逆にその姿を見て「見ちゃいられない、アタシが鍛えてやるよ!」とのことでした。


『おおいユーニさんよ、いつまであっしの頭の上にいる気なんでェ?』

『代わりの()が出てくるまでさ。図体がデカいからって調子に乗るんじゃあないよワン公が』

『明らかにおめぇさんのが態度デケぇだろ……ま、軽いから構わねェけどよ。それよか新顔を早く拝みてえなァ、ジェニンカが言うにゃ男前なんだろ?』

「え、そんなこと言ったの?」

「すごくふわふわそうで触りたかったって言ったらそう解釈したみたい」


 うーむ、人間に愛でられる外見、くらいの意味合いだろうか。犬の感覚はわからない。



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