02_試験に備えよ!
ジェニンカも言っていたとおり、試験の範囲はかなり広い。今まででさえ赤点前後をふらふらしているリェーチカにはつらいものがある。
けれども、最終目的はみんなと一緒に卒業することだ。当然ながら卒業試験こそが最難関なのであるから、その手前……の前の前のさらに前くらいの地点で転ぶわけにはいかない。
この壁、絶対に越えなければ。
「というわけで……オーヨ、今回もよろしくお願いしますっ」
「あ、うん、こちらこそ。おれで良ければ」
良ければ、どころではない。どう考えても最適任である。
うしろでジェニンカもうんうん頷いている。
嫌がらせがきっかけだったとはいえ、学年トップの秀才に助けてもらえることだけは本当に運がよかった。
でも忘れてはいけない。彼からすれば、周りより遅れているリェーチカの面倒を見たって、何の得もないのだ。
つまるところオーヨには負担をかけている。
リェーチカがよく手製のお菓子を提供しているのは、その埋め合わせをしたいという気持ちからだ。
あとは単に自分が食べたいし、お菓子作りは気晴らしになるので、ということもあるが。
そもそもお菓子で喜ばせられるのは主にジェニンカのほうだったりするが、一応、彼女の機嫌がいいとオーヨも嬉しそうだから、無意味ではない……はず。
ともかく予定は決まった。
座学はいつもどおりオーヨに指導してもらい、実技の練習はジェニンカの家にお邪魔させていただく。うん、完璧。
……だったのに。
「特別講習?」
普段から成績が揮わないリェーチカを気にかけてくれた教師陣からお声がかかった。一定以下の成績の者は、放課後や休日に補習授業を受けられるのだという。
られる、といっても受講はやんわり強制というか、リェーチカは任意でお断りできるほどの成績を保持していないと悲しくも自負している……。
「うん……だから週末の勉強会、私は行けないです……」
「そっか。えっと……どうする?」
「あー、あの、オーヨ。わたしも今回は厳しいから、勉強会自体は予定どおりやってほしいんだけど……いい?」
「……! う、うん」
ちょっと頬を赤らめて頷くオーヨを見て、彼にはラッキーな状況かも、とひっそり思った。ジェニンカと二人きりで過ごせるまたとないチャンスではないか。
ここは友人の恋路(仮)のためにも、涙を呑んで引き下がるしかあるまい。
勉強以外のことにかまける余裕のない今は、友人たちの関係観察は最高の癒やしだ。そのための犠牲なら痛くない。
今のところオーヨの片想い……というのも半ばリェーチカの期待と希望的観測に基づく思い込みだが、まあそれが事実だと仮定して。ほとんど彼を応援するのが趣味といっていいだろう。
(傍で見守れないのだけが悔しい……あとでどうだったか報告してもらおう!)
勝手にこっそり拳をぐっとしておく。
それに補習もすべての放課後や休日が潰されるわけではないので、彼らとの勉強会も完全にできなくなるわけではない。ちょっと予定より頻度が減るだけで。
とにかくリェーチカはやる気いっぱいだ。
幸い、最大の問題であった嫌がらせもあれからすっかりなりを潜めている。おかげでここ数日は穏やかな学校生活を送っていた。
やっぱり心が乱れていないほうが勉強にも集中しやすいと感じる。
……ジェニンカたちと離れて教室に残るのは寂しいけれど。
それに厳密には、絡まなくなったのはユーリィのグループだけ。他にもリェーチカをよく思わないらしい人がいないわけじゃないのだ。
まず今までに固められた「バカにして排除すべき対象」の烙印がそう簡単には払拭できない。だから嫌がらせほどではなくても、ちょっと見下されているっぽい……と感じる程度のことなら今もある。
通りすがりに鼻で笑われたりとか、嫌な雰囲気の視線を感じたりだとか。
が、ユーリィたちのあれに比べたら全然まったく大したことがない。なんだか変に耐性がついてしまったらしい。
まあ悪いことではないし、ちょっとは強くなれたのかもしれないなぁと思いながら、リェーチカはせっせと特別講習に通った。
が。
「……あれぇ?」
ある日、補習を行っている教室を覗いたところ誰もいなかった。受講の予定を間違えた? いやそんなはずは。
とりあえず座って自習しつつ待ったが、予定時間になっても先生は来ない。
どうやら本当に間違えたか、あるいは何かあって今日の補習は中止になったかしたらしい。気軽に話せる相手を作れていなかったので連絡が回ってこなかったのだろう。
ふーむ。
リェーチカはしばし悩んだ。静かな環境で自習するのも悪くないが、いかんせん自力でテキストとにらめっこするのでは限界がある。
躓くたび「後で調べるかオーヨに聞こう」と貼っていた付箋がノートの外周で森のように茂っているのだ。そろそろこのジャングルを伐採せねば先に進めない。
とはいえ、今からジェニンカとオーヨのところに乱入するのはどうだろう。二人は別に嫌がったりなんてしないと思うけれど。
もしかしたらもしかすると良い雰囲気かもしれない、というかそうであってほしいから、邪魔はしたくない。
***
というわけで。
先にできるだけ自力でなんとかしよう、と図書館に来てみたが、さすがに試験前である。席などない。
どこもかしこもすでに埋まっていて、見渡すかぎり人の頭がひしめいている。
あまりの大盛況ぶりに、この学校ってこんなにたくさん生徒がいるんだぁ……と思わず呆けてしまったリェーチカだった。
とはいえ家に帰っても、いるのは紋唱術を知らない両親だけ。あとは兄たちが残した勉強道具も少し。
せめて資料だけでも借りようと歩いていたら――端にぽつりと空いている席を見つけた。
四人掛けの机なのに男子生徒が一人座っているだけ。たまたま離席中なのかと思ったけれど、見たところそれらしい荷物もないし、周りから話しかけられているようすもない。
こちらから顔は見えないが、その背はどこか哀愁を帯びている。リェーチカのように周りから遠巻きにされている人なのだろうか。
それなら。
「あの、ここ座ってもい……」
彼の向かいに回り込んで相席を頼もうとしたところで、リェーチカの笑顔と声は途中でしぼんだ。
というのも。
顔を上げたその少年は、誰あろうユーリィだったからだ。
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