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雪を解いて春を招(よ)べ  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
2時限目 田舎娘は試験で賭ける
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01_扉を開けたら

 休み明け。

 無事に仕上がったレポートを携え、リェーチカは家を出た。


 登校時間はけっこう鬼門だ。ジェニンカとは住んでいる地区が違うし、オーヨは寮生なので、教室に辿り着くまでは自分一人。

 幸いあの白ハーシのグループとも通学路は違うが、だからといって安泰というわけでもなかった。


 嫌がらせと呼ぶほどの事態は起こらなくても周囲の視線が痛い。

 ユーリィは生徒全体の頂点に立っている。公的な権力を持っているわけではないにしろ、なんとなく彼の意向こそが正義である、みたいな空気はある。

 その彼が率いる一派に「バカにして嘲笑う対象である」と認定されたリェーチカのような下層の生徒は、みんなの憐れみの対象となっていた。


 つまり言葉はなくとも、


「ああ、今日も虐げられるとわかってて登校してるのね。可哀想〜」

「自分はこいつみたいな扱いじゃなくてよかった……」

「つーかまだ学校辞めてないんだ。必死かよ」

「髪型ダッサ」


 ……そんな感じの視線が四方八方からビシバシ飛んでくるのだ。ひどい場合はひそひそ話で直接そういう声が聞こえることもある。

 悲しいし鬱陶しいし、髪型に関しては失礼千万ってものである。

 とはいえ、それらに対して何もやり返せないので、リェーチカにできるのは無視と早歩きくらいなものだった。なるべくさっさと通り過ぎるしかない。


 まあ急いだところで、辿り着いた教室こそがもっとも恐ろしい集団に支配されているのだけど……。


 正直なところ、今も不安しかない。ジェニンカは力強く約束してくれたし、彼女のことを疑ったりは微塵もないが、ユーリィや彼の取り巻きたちが条件を飲んでくれるとは思えなかった。

 それくらいひどい扱いを受けてきた。リェーチカの努力や行動のすべては、彼らにとっては嘲笑の対象でしかない。


 しかし――。


 教室の扉を開け「おはようございまーす」と本来の明るさを八割がた失った、むしろ今までよりも小さな声で挨拶をした。返って意識してしまっている。


 いつもならここで、ギュークあたりがやたらに大声で「おっはよーナマズちゃん!」とふざけて返し、教室じゅうにくすくすという乾いた笑い声がこだまする。

 みんながリェーチカを遠巻きに眺める。通学時より何倍も容赦のない視線や言葉で、場違いな田舎者を蔑む。


 ……はずだった。


 今日は、しんと静まり返っていた。何人かがリェーチカと、それからユーリィのグループとを交互にちらちらと見ているが、当のギュークはむっつり黙ったまま。

 いつもと同じなのは不気味くん……じゃない、セーチャだったっけ、ひょろっとした陰気な男子がリェーチカをじとーっと見つめていることだけだ。その彼もつまらなさそうな表情になってさっさと眼を逸らしてしまった。


 あれれぇ、とリェーチカが困惑していると、うしろからぽんと肩を叩かれる。


「おっはよーリェーチカ!」

「ジェニンカ! おはよう……」

「どしたの、ぽかんとしちゃって。あ、オーヨおはよ~」


 名前を呼ばれて立ち上がったオーヨもまた、リェーチカと同じように眼を丸くしている。


「おはよう、ジェニンカ、リェーチカ……あの……なんか今日、いつもと違うんだよね……」

「あら。……そっか、ちゃんと約束守ってくれたんだ。それは良かった!」


 約束。

 その言葉に思わずジェニンカを見たリェーチカに、ばっちりとウインクが返される。

 つまり……ジェニンカは本当に、ユーリィに交換条件を呑ませたのか。彼らを助ける代わりに、嫌がらせを止める、という。


 ――じゃあ……今日からは、彼らに怯えなくてもいいってこと?


 そう思った瞬間、胸の中で何かがどさりと落ちた。今までリェーチカを押し潰していたものが退いたのだ。

 抑えがなくなって、それまで塞がれていた感情が途端に溢れそうになる。


 思わず眼頭を抑えたリェーチカを見て、オーヨが肩に触れた。その手も震えていた。

 そんな二人を、ジェニンカが笑いながら抱き締めた。


 結局、我慢しきれなくて、ぽろぽろと零れ落ちていく。まだサペシュに噛まれた左腕がかすかに痛んでいるけれど、それをつらいとは思わない。

 それよりもっと苦しいことがたくさんあった。もっと悲しい思いをした。

 だけど、もう終わったんだ。


 ……本当に? とても信じられない。

 けれど今は疑っている余裕なんかなくって、先生が来るまでジェニンカにずっとしがみついていた。やっぱり彼女は英雄だ、救世主なのだと、心から思いながら。



**



 夢を見ているような気分のまま、その日の授業がすべて終わった。本当に一度も嫌がらせらしいことをされなかった。

 まだ信じられない気持ちで足許がふわふわしている。こんなに嬉しいことが今まであっただろうか、もしかしたら、これは別の何かもっと大変なことの前触れなんじゃないかしら、とさえ思う。

 ――実際、その憂慮は間違いでもなく。


「今度の試験、出題範囲が広すぎない? 学期末でもないのに」

「しかも実技の比重(ウエイト)が大きいよね。うーん……学内の訓練場はもう予約で埋まってるだろうなぁ」

「寮って訓練場ないの?」

「あるけど学校よりもっと予約が取れないから、みんな中庭でやってるよ。……おれはあの中に混ざる勇気ないけどね……それとも、今なら大丈夫かな」


 オーヨの口ぶりからは、寮でも嫌がらせ行為があったらしいと感じられた。優秀な彼が実技の成績だけは揮わない原因もそれかもしれない。

 練習は大事だ。どれだけ座学で知識を詰め込んでも、やっぱり身につけるには実践が一番。

 しかし術によっては炎やら水やらが噴き出るので、練習場所はどこでもいいわけではない。もちろん、さすがに首都なので市営の施設もあるにはあるが、この時期は学校のと似たような混み具合だろう。


「じゃあうちに来る?」


 さらりとそう仰るジェニンカに、リェーチカとオーヨは顔を見合わせる。


「家に訓練場があるの……?」

「ないわよ。さすがにそんなの個人の家にあるわけないじゃない! あははは、庭よ、もちろん」

「だ、だよね……あはは」


 練習ができる広さの庭だけで充分すごいよ、とリェーチカは思った。

 それも地価の高い首都内で。



 →

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