14_夜の女子会③
「そもそも、あいつらの性格がまともだったらこんなこと考えなくて済むのに。
……昼間だってそうだし。あー、思い出したらなんかムカついてきた、ほんッと大変な一日だったわ!」
「うん、でも良いこともあったよ。サペシュに逢えたし」
「あ、……そうよね! リェーチカ、次にあの子を呼ぶときはわたしにも撫でさせてねっ」
「あはは。うん、頼んでみるね」
ころころと表情の変わるジェニンカを見て、これも彼女の魅力だなぁ、と思った。
一緒にいると楽しい。憤っているときですら、その溢れ返るようなエネルギーの奔流が眩しいというか……それに彼女の怒りはいつだって、誰かのための闘いだ。
そういうところが眩しい。まるで夏の太陽みたいな女の子。
どうしたら彼女のようになれるんだろう。
どうして、……こんなすごい子が、はみだし者なんかと一緒にいてくれるんだろうか。
そういえば謎だ。ジェニンカはリェーチカのことをどう思っているんだろう?
「――あっ! 待って、今日の最大の収穫はあれじゃない、交換条件!!」
ふいにジェニンカがぱあっと表情を明るくして、閃いた、という具合に手を叩く。おかげで直前のふわふわした思考が意識の外へ消し飛んだ。
楽しげな親友とは反対に、リェーチカは笑顔をほんの少しだけ萎ませて、手にしていた湯呑みを静かに茶卓に戻す。
「なーにリェーチカ、その顔」
「その……、あんまり期待しないほうがいいかなって思ってたから」
「ああ、まあボス猿に直接言ったわけじゃないしね。大丈夫よ、帰ったら何がなんでも了承させるから。わたしに任せといて!」
「う、うん……」
どーんと胸を叩く姿が様になっていた。こういうときのジェニンカの強気っぷりはほんとうに尊敬に値する。
「もともと知り合いなんだっけ?」
「家が隣なの。だからまあ、いわゆる幼馴染みってやつね」
「へー……いいなぁ」
リェーチカの何気ない一言に、そこでジェニンカがぴしりと音を立てて固まった。
甘茶色の瞳を見開いてリェーチカを穴が空くほど見つめ、さらには手にしていたフィラッチをも握り潰してしまったようで、指の間から生地の破片がぱらぱらと零れ落ちる。
「あ……あいつと腐れ縁なことが!?」
その問いに、今度はリェーチカが白目をむく番だった。
「ち……違うよー! 私は歳の近い子が里内にいなくて、小さいときはぜんぜん遊び相手とかいなかったって意味で……!」
「な、なーんだ、びっくりした」
こっちもびっくりした。危うくとんでもない誤解が生まれるところだった。
安堵しつつ、ふと気づく。ユーリィ、つまり白ハーシの部族長家の隣ということは、ジェニンカの家も高級住宅地にあるということでは?
となれば彼女も実はけっこうなお嬢様、ということに。
もちろん、そもそも国立校に通っている時点で誰しもそれなりの家の子女ではある。
リェーチカだって一応は族長家だから編入できたようなものだ。むろん入学にあたっては試験だとか学費といった別の条件もあるので、家柄だけで入れるわけではないが。
身近なところの例外はオーヨで、彼の実家は商店だそうだ。しかもきょうだいがあと四人もいるらしいから、決して家計に余裕があるわけではないだろう。
彼の場合は優秀さが買われて推薦入学したのだという。
ちなみに奨学金制度というものもある。成績が良ければ学費を免除ないし控除してもらえるのだ。
ただし結果次第では卒業後に全額利子付きで返済することになるので、免除を勝ち取るにはかなり高い成績を維持しなければならない――と、首都内の別の学校を自力で卒業した三番目の兄が言っていた。
族長家でもお金がなければ奨学生になることもあるし、国立校に通えないこともある。
リェーチカは、今の成績ではとても奨学金なんでもらえないから、全額実費だ。当然、長く通えばその分だけお金がかかる。
だから入学ではなく編入の形を取った。同じ年齢のグループと同学級で、このまま一緒に卒業できれば、学費を支払っている長兄の負担が最小限で済む。
……問題は、現状だと卒業試験突破はかなり厳しい、ということで。
「幼馴染みなんて、そんな良いものでもないわよ」
「そうなの? でもよくあるじゃない、幼馴染みの二人が大きくなって恋人に、みたいな」
「あは、それは『お話』でしょ。……ほんとリェーチカってかわいい」
「……この流れで言われるとなんか嬉しくないんだけどっ」
「褒めてるのにぃ」
ふふふと笑って、ジェニンカは再びフィラッチをつまむ。これで何個目だろう。
ちょっとだけと言いながら、お茶もお菓子もどんどん減っていく。
「……昔はああじゃなかったのよ」
ぽそり、そんな呟きが聞こえた気がした。
けれどリェーチカが確かめるよりも先に、親友がずいっと顔を寄せてくる。間近に見ると瞳がけっこう大きくて迫力があるので、思わず呑まれて言葉を失った。
「リェーチカってさ」
「う、うん」
「好きな人いないの? もしかして、故郷に良い人がいたんじゃな~い?」
「え。いや、さっきも言ったけど里には同じ歳の人がいなかったし……だからお兄ちゃんたちとばっかり遊んでたくらいだよ」
今にして思えば、彼らの存在がいい虫よけだったのかもしれない。次兄はかなり穏やかな性格だが、三兄は少なくとも、妹に関してはいささか過保護だったというか。
幼いころの話だが、リェーチカが他の子にいじわるされて泣いていたら、ずいぶん腹を立てた兄が相手に仕返しをしたことがある。後にも先にも、それ以外で彼が他人に暴力を振るったことはない。
……三兄には今の状況を知られないほうが良さそう。
「わたしはそっちが羨ましいなー。お兄さん。弟なんか、ただ生意気なだけだし」
「あはは……お姉ちゃんも大変だねぇ。でも、一番下って寂しいよ。いつも追いかけてばっかりだもん」
「うちの弟はわたしを追いかけたりしないけどねーっ」
その後もあれこれと話し続けて、二人のお腹がお茶でいっぱいになるころには、夜はすっかり更けていた。
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