13_夜の女子会②
経済的な問題があった。
リェーチカの実家、スロヴィリーク家は部族長とはいえど、暮らしむきは他の部族の中流家庭と同程度。あまつさえ上に三人も兄がいるものだから、末娘の教育費など用意できなかった。
そもそも水ハーシが暮らす西部の僻地自体が、国内でもとくに貧しい地域だ。
そんな田舎の貧乏族長家の末っ子で、しかも女に生まれたリェーチカは、十歳で初等教育を終えてからずっと実家で家事をしていた。
長兄が族長を継いだあと、母は父について首都の別宅に移ったからだ。家政婦を雇う余裕がないのだから、地元に残った兄弟、とくに忙しい長男の身の回りを世話してやれるのは妹しかいない。
時代錯誤? いや、これが現実。
最近になって少し状況が変わった。
去年の暮れに、長兄が突然こう言い出した――進学する気はあるか?
どういう風の吹き回しかしらとは思ったけれど、またとない機会だ。
リェーチカだって自分が世間知らずだということは知っていた。それに紋唱術師になった下の兄たちから旅の話を聞くたび、自分も遣獣を連れて外の世界を歩く夢想にふけったものだ。
家を出るには相応の理由とお金が要る。それをどうにかしてもらえるなら、乗らない手はない。
まあ首都に出てみた結果、水ハーシが他の部族からどんな眼で見られているのか、というやるせない事実に直面したけれど。
ともかく家事に関しては、同世代の中流以上の女の子たちよりは長くやっている。お菓子だけでなく家庭料理もあらかた作れるし、掃除、洗濯に裁縫も得意だ。
どれも学校では役に立たないけれど、こうして友人を喜ばせられるなら充分。
「ん〜、美味し、手が止まんないッ」
「ふふふ、それはよかった。ところでー……今日オーヨとふたりで資料を集めてきたんだよね? どうだったの?」
「んむ、なにゅが?」
にやにやを抑えきれないリェーチカの問いに、ジェニンカはフィラッチを咀嚼しながら首を傾げる。
「何がじゃないよぉ。オーヨと、ふたりっきり、だったんでしょー? なんかないのー?」
「……んぎゅっ。や……やだもぉリェーチカってば、わたしとオーヨにそんな雰囲気ないから! だいたい、わたしみたいなのが相手にされるわけないじゃない……」
「えっ……なんで? ジェニンカはかわいいし強いし、謙遜すること何にもないよ?」
「違うちがーう。かわいいっていうのはね、リェーチカみたいな子よ!」
ばちーん。
そこでふたりの眼差しがかちあって、火花を飛ばした。
だってそうだろう、少なくともリェーチカはまったく納得がいかない。ジェニンカには魅力がいっぱいある。
それに何より、肝心のオーヨは絶対きっと間違いなくたぶん恐らく希望的観測に基づく調査によりジェニンカのことが好きに決まっている気がしてならないのであるからして。
二人は昼間の疲れも忘れて、そこから熱い討論になだれ込んだ。
先攻ジェニンカ曰く、リェーチカは家庭的で、とくに料理上手であるのが高得点。今日の一件からも明らかなように優しくて思いやりがある。
しかも穏やかな性格に反して目尻がキリッと上がっているところが素敵。
後攻リェーチカ曰く、ジェニンカこそ優しくて思いやりがある。
何より強い。いつも自分やオーヨを守ってくれるけれど、それはなかなかできることではない。
あとはスタイルが良いのも羨ましい。脚がすらっと長くて、実技など身体を動かす場面では、いつも目立っている。
「……目立ってるの? やだ、気をつけよ」
「え、なんで? いい意味でだよ? なんかこう、輝いてるっていうか、惹きつけられるっていうか」
「や、やめてよ恥ずかしいじゃない……」
褒めちぎられると照れて赤くなるところもかわいいポイントだと思うよ、と喉元まで出かかったけれど、あまり言いすぎると嫌がりそうな気がしたので一旦黙った。
しかし事実だ。普段は気が強くてきびきびしているから、そういう落差にグッとくる人は少なくないはず。
それにしても、ジェニンカがこんなに謙遜するとは意外だった。
たぶん「恰好いい」なら言われ慣れていても「かわいい」は不慣れなんだろう。そこもリェーチカとは真逆だ。
(私はジェニンカみたいに恰好よくなりたいんだけどなぁ)
人の悩みは人それぞれ、ってことか。
「……ま、まぁとにかく! わたしが思うに、オーヨは穏やかな人だからリェーチカみたいな癒し系が好みよ、きっと」
「え〜逆じゃない〜? ……っふ……ふふ、あははは。だめだ笑えてきちゃった、私たちがこんな話で勝手に盛り上がってるなんて絶対オーヨは思ってないよね」
「んふふ、ほんとそれ。ごめんねオーヨ!
……あー、彼はどう思ってるのかしら、わたしたちのこと。っていっても、恋愛とかの意味じゃないんだけど」
そこでジェニンカは少なくなってきた互いのお茶を継ぎ足して、さらに続ける。
「わたしが無理やりこっちに引き込んだようなものだし、おかげでユーリィたちに余計目つけられたでしょ。迷惑してないかしら」
「えー、それは心配しすぎだって。嫌だったらこうして一緒に旅行なんかしないよ」
「そうかなぁ、ならいいけど」
とはいえジェニンカの憂慮も尤もで。
はみだし者が集まったことではみだし感が増してしまい、ますます他の生徒からは遠巻きにされている。リェーチカに関わるとユーリィたちの嫌がらせが飛び火する危険があるからだ。
そのうえオーヨは男の子だから今だって部屋が別、つまりどうしても孤立する場面がある。せめてそれを本人が苦にしていなければいいのだけれど。
しかし今さら袂を分かっても遅すぎるし、ジェニンカの庇護があったほうがはるかにマシなのは間違いないので、このまま一緒にいたほうがいい気がする。
それに……ものすごく個人的な理由でオーヨには申し訳ないけれど、リェーチカに勉強を教えてくれる人がいなくなるのはとてもかなり切実に困るので。
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