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そんなの子どもに見せられません!

「は、華さっ、はぁ、お待たせ、しましたっ」


 息切れしながら部署に駆け込んだ。既に自販機がセットされていて、俺が乗り込む、いや俺を取り込むのを今か今かと待っている。


「二分、遅かったですね」


 自分の机についてインカムを付けた華さんが、置き時計に目をやりながら呟いた。その言い方に多少むっとこなかったわけではないが、息切れしたこの状態では、言葉より先に息が出てきてそれどころじゃない。


「では赤川さん、中へ入ってください」

「でも、社員証が……っ」


 はぁ、と大きなため息が聞こえて俺はびくりと肩を震わせた。


「あのですね、なんのためにここまで来てもらったと思ってるんですか。準備なら出来ています。今開きますので、早く中へ」


 有無を言わせない強い口調に、俺は「はい」と素直に頷くしかない。

 自販機の前まで行くとパカリと開き、俺は渋々ながらも中へ入って扉を閉めた。折角買った酔い止めを飲むのを忘れたが、この状況で今さら言えるわけがない。


「座標設定、作戦開始します」


 前と同じように華さんの声が聞こえて、幾何学模様の空間に放り出される。ところどころで弾ける光に時折声を上げて驚いていると、光が強くなり、一気に視界が開けた。

 ガコンッ。


「っと。よし、今回は着地成功したぞ……!」


 ちゃんと足 (ないけど)から地面に降り立った俺は、早速辺りを見回してみる。逃げ回る一般人の先に、頭にズボンを被り、上は裸、下はトランクス一丁の半裸が「あっちぃよー!」と言いながら闊歩している。


「ま、待て!」


 ヒーローよろしく格好良く声を上げるが、悲しいかな、逃げ惑う一般人の声に掻き消されているのか、いまいちズボン頭には届いていないようだった。


『赤川さん、起動を忘れてますよ』

「あ、そうだった。えーと……あれ」


 起動ボタンを押そうとして気づく。位置が微妙に上になっていて、多少なりとも押しやすくなっている。


「前回と位置変わりました?」

『技術部門に相談して、変えてもらいました』

「本当ですか! ありがとうございます!」


 これなら腰を痛めずにすみそうだ。

 俺は右下に手を伸ばし起動ボタンに触れた。前回と同じようにウィーンと起動音がして、画面に緑の文字が配列されていく。それからすぐに俺は操縦桿を握ると、親指で青いボタンを押した。


「よし! 前回よりスムーズだ! 見てくださいよ、華さん!」


 自販機の側面から出たU字型の両手でバンザイをする。もちろん足はまだない。


『言ってる場合ではありません。早く追いかけてください』

「足の出し方は、えぇとえぇと……」

『前を見てください! 来ます!』

「へ?」


 言われて手元の操縦桿から視線を上げる。ズボン頭が「涼しくしてやるぅ」と左右にふらつきながらこっちに迫ってきていた。


「うわ、うわわ!」


 とにかく操縦桿を縦に動かしてU字型の手を上下に振ってみた。何も起こらない。前回のあれは、感覚的に格ゲーでガチャガチャしてたらたまたま技が出てしまったようなものだし、同じことをもう一度出来るわけがない。


「貴様もこのカイ・ホー様の手で開放的にしてやるよぉ!」


 ズボン頭、改めカイ・ホーが自販機を開こうと手を伸ばしてきた。それをU字型の手で掴んで止めるが、洗脳の力なのか少しずつ押されてしまっている。


「そんなもの暑いだろぅ? 暑いに決まっている! さぁ! 全てを脱ぎ捨て、今こそ開放的になろうじゃないかぁ!」

「街中でそれをしたら捕まるんですよ! 知らないんですか!」

「人類は皆、自由を望んでいる! 自由とは何か!? それは自然体で何者にも縛られないことだ!」

「ひとさまに迷惑をかける自由なんて、そんなの自由じゃないんですよ! 自由っていうのは、笑顔で過ごせる中にあるものなんです!」


 ガチャガチャと音が響き、互いに一歩も引くことなく押し問答を繰り返す。

 その時、カイ・ホーが被るズボンのポケットから何かが落ちてきた。

 定期入れだった。家族写真の入った。

 俺はそれを、つい最近見たことがあった。


「あ、あなた、もしかして……!」

「さぁ! 貴様の全部を見せてみろぉ!」

「……っ」


 少しだけ力が緩んだ隙に、俺は軽々と担がれ投げ飛ばされてしまった。ガシャン! とすごい音と衝撃が走り、全身を強く打ちつける。

 横になった視界。しまった早く立たなきゃと思うも、衝撃で両手がもげたのか取れたのか。俺の両手はどこにもなく、見た目にはただの自販機に成り下がっていた。


「そろそろいいかぁ? このカイ・ホー様の奥義で、ここら一帯を開放的にしてやるよぉ!」


 カイ・ホーが自身のトランクスに手をかける。奥義がどんなのかはわからないが、それをさせるわけにはいかなかった。

 あの写真。そう、あの写真に写る可愛らしい奥さんと男女の子供。あれを持っているのは――


「駄目だ! 青田さん!」


 青髪の、穏やかなあの人の名を、俺は必死に叫んだ。

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