表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

休日の過ごし方と牛丼屋

 土曜日。

 昨日の予定通り、近所のドラッグストアで酔い止めを買った俺は、そのまま適当な店でお昼ご飯をとることにした。といっても、洒落た店など一軒も知らないので、適当に牛丼屋での淋しいお昼になるのだが。


「次の給料日まで……、あと五万……」


 あの夜、社長からもらった餞別は既に半分。給料日まではあと二週間。


「っらしゃいませー、空いてるお席どーぞー」


 マニュアル通りの接客に導かれるまま、適当なカウンター席へ座る。さすがに一人で来ているというのに、テーブル席を独占する勇気はどこにもなかった。


「はいっ、ごちゅーもんはー?」


 ごとっと水の入ったコップを置かれ、少しいかついおじさんが伝票片手に聞いてくる。


「あ、えっと、牛丼と卵ください」

「へい! 今ならサラダと豚汁のセットもあるよ」

「じゃ、じゃあ、それもください」

「まいどー」


 それほど時間もかからずしてサラダと豚汁、少し遅れて牛丼と卵がお盆に乗って運ばれてきた。伝票をそっと置かれるのを見てから、俺は小さく「いただきます」と手を合わせた。

 まだお昼時には少し早いためか、俺以外にそれほど客はいない。カウンターに座る客もまばらだ。

 だからこそ、いやそうでなくとも、俺は隣に座ってきた自販機に驚いた。


「や、赤川くん」

「しゃ、社長? いや、それ脱ぎましょうよ」

「赤川くん……、セクハラになっちゃうけどいいの?」


 セクハラ? セクハラってなんだ? セクシュアルハラスメントの略、そんなもん知ってるわ。今社長、セクハラって言ったんだよな? ということは、これは服なのか? それとも中身は真っ裸なのか?

 混乱する俺を横目に、さっきのいかついおじさんが「お、社長さん」と慣れた様子で水を置いた。


「牛すき鍋膳ひとつ、頼むよ」

「ははっ。いいかげん、いつものやつって言えやいいのによぅ」

「それはよろしくないからね。ちゃんと伝えないと伝わらないから」

「ちげぇねぇ。じゃ、待ってな」


 おじさんは歯を見せて笑うと、厨房へと消えていった。


「さて赤川くん」

「は、はい」


 牛丼に卵を割り入れただけの状態で、俺はそれ以上食べ進めることも出来ず、割り箸をお盆の隅に置いてから社長のほうへ顔を向けた。


「最近どう? 身体大丈夫?」

「いえ全然。まぁ、幸いなのは、あれから熱射団が来てないことくらいすかね」

「素直でいいね。でも勘違いしちゃいけないのは、別に熱射団が来てないわけじゃあないんだよ」


 社長が「食べて食べて」と勧めてくれたので「ども」と小さく呟いてから割り箸をパキンと割る。卵を混ぜてから牛丼の上にぶっかけた。


「最初言ったでしょ? 君以外にもドリンキングはいるって。交代制、というわけではないけれど、君が操作に慣れるまでは彼らに頑張ってもらってるんだよ」

「ほへ」

「だから赤川くんも、早く操作を覚えて頑張ろうね」

「はぁ……」


 適当に頷きながら牛丼をかきこんでいく。正直、その彼らでこと済んでるなら俺はいらないんじゃないだろうか。そう思いながら豚汁をずずずとすする。


「あっつ」

「ははは。お、きたきた」


 笑い声に連動させてパネルを点灯させた社長が、自販機の側面からU字型の手をにょっきりと出してくる。器用に割り箸をひとつ取ると、慣れた様子でふたつに割った。


「へい、お待ち」

「ありがとう。いやぁ、やっぱり牛すき鍋膳がいいねぇ」


 そう言うと、社長は商品取り出し口にうどんや肉を入れていく。精密機械にそんなことをしても大丈夫かと思ったが、よく考えれば普通の自販機ではないのだ。丈夫なのかもしれない。


「では社長、俺はこれで」

「うん、また会社でね。あ、伝票ちょうだい。払っておくよ」

「え、あ、その、じゃ、じゃあ、お願いします」

「はいはーい」


 折角払うと言ってくれたのだ。少し申し訳ない気もしたが、そこは好意に甘えることにした。

 若干混んできた店内を改めて見回すが、社長、もとい自販機がいることを気に留める客は誰ひとりとしていない。この辺りでは案外見慣れているのかもしれないな、なんて思いながら外へ出た時、ズボンに突っ込んでいたスマフォが震えた。

 画面には“華さん”とある。俺は若干緊張しながらも、画面をスワイプした。


「は、はい」

『私です。赤川さん、今どこにいますか?』

「今はあの、牛丼屋に……」

『熱射団が現れました。本日、皆さん出払っておりまして、誠に遺憾ではありますが、赤川さんしか出れる人がいません』

「遺憾呼ばわりされるなら出なくても……」

『借金』

「あ、はい、出ます。出動します」


 悪魔の単語だと思う。その一言でこんなにも簡単に人を動かしてしまうのだから。

 俺が暗い気分なのを知ってか知らずか。いや、華さん的にはどちらでもいいんだろうけど『では』と淡々と話を続けている。


『社員証を持っていますね?』

「も、持ってません、けど」

『ではそれを掲げて……って、今なんて言いました?』

「休みなんで、持ってない、です」

『……はぁ』


 呆れたような、怒ったような華さんのため息。俺は反射で「すすすすみません!」と半ば叫ぶようにして謝った。


『なら今すぐ、会社に来てください。そこからなら走れば五分で着くでしょう』

「五分!? せめてもうちょっと」

『準備してますので、急いでくださいね』


 ブツッ。

 ……立ち尽くしていても仕方ない。応答のなくなったスマフォを握りしめて、俺は半泣きで走り出した。食べ終わったばかりの牛丼がせり上がってくる気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ