詳しく話してほしいのですが?
飛ばされた時と同じように社長室に戻された俺は、楽しそうに笑っている社長(自販機)を横目に、華さんが座るソファの反対側に座った。
ちなみにあの自販機はここへ着いた瞬間、複数のツナギを着た人たちによってどこかへ運ばれてしまった。メンテかなんかするんだろう、たぶん。
「あ、あの、それで、話なんですが……」
しどろもどろになりながら話を二人に振るも、華さんは黙ってPCを叩いているし、社長は「飲む?」と自身から缶コーヒーを出してきた。それに「は、はぁ」となんとも言えない返事をしてから、
「そ、そうじゃなくて、あの、あれはなんなんですか?」
と改めて社長を見る。ちなみに缶コーヒーは受け取らなかった。
社長が「あぁ、あれね、あれ」と受け取らなかった缶コーヒーをプシュッと開けて、それを机に置いてから、
「近年ねぇ、段々暑くなってるでしょ?」
「はぁ、まぁ」
「お偉いさんがたの調べでね、どうやらそれは“熱射団”と呼ばれる未知の存在が原因であることがわかってね」
と現実味の全くない話を口にしだした。
「“熱射団”自体はそれほど大きなモノではないんだけど、問題はその洗脳力の高さにあるんだ。暑さで頭をやられた人類は、さっき赤川くんが戦ってくれたような、ちょっと危ない存在になっちゃうんだよね。それで」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
社長の話を途中でぶった斬るなぞ、普通の会社ならクビが飛びそうなことだが、ここは引くわけにはいかない。
熱射団? 洗脳? 戦う? 俺が?
「冗談じゃないですよ! 俺は、いや僕は、ただの一般人で……」
「冗談じゃない。いいかい、赤川くん。乗ってしまえば、知ってしまえば、君はもう一般人ではないのだよ」
「事後でそれ言われても!」
働き口欲しさに、ワラにもすがる思いでやって来たが、まさかこんな危ない仕事なんて。知ってたらやらなかったのに。
頭を抱えて呻き声を出す俺に、PCを叩いていた華さんがターンとキーを高々に押した。隅の印刷機がウィーンと動き出し、数枚の紙を床へと吐き出していく。
「どうぞ、拾ってください」
「雑だなぁ……」
「何か問題でも?」
「あ、いや、なんでもありません」
華さんの鋭い眼光に押し負けて、俺は吐き出される紙を一枚ずつ拾っていく。もはや順番なぞわからないが、とりあえず拾った紙に目を通す。
「“雇用契約書”、“熱射団について”、“社宅”、“給料引き落とし日”……」
さっと見る限りだが、これ以上ないくらいの高待遇だ。色々言いたいことが霞んでしまうくらいには。いやいや、自分の命をかける価値がそこにあるか?
「い、いやぁ、やっぱり、この話はなかったことに……」
苦笑いをしながら、集めた書類を整えて、華さんのPCの横に置いた。一瞬睨まれた気がした。
「そっかぁ、残念だよ、赤川くん。じゃ、君の身柄を引き渡さないとね」
「へ? 身柄?」
「うん、そうだよ? 華ちゃん」
社長に言われるがまま、華さんがPCの画面を指差した。俺は華さんの威圧に押し負けそうになりながらも、横歩きで近づいていき、そっと画面を覗き込んだ。
そこには金融会社らしきリストがあり、そこには俺が載っている。写真、名前、住所、血液型、誕生日から、さらには両親のことまで。
「ノオオオ!?」
「はっはっはっ、可哀相にねぇ。親友くんと元恋人に情報まで売られちゃったんだね」
「そんな呑気なこと言ってられませんよ! どうしよう、どうしよう……」
俺は力なくその場に崩れ落ちた。個人情報を掴まれているんじゃ、借金が払えないとわかった瞬間、何をされるかわかったもんじゃない。人のいい両親(定年間近)が思い浮かんで、俺はさらに絶望に呑まれた。
「まぁまぁ。話は最後まで聞くものだよ。別に危ないことじゃあない。それに、自走型自動販売機は君だけじゃないんだ」
「あれ、それあいつも言ってたような……」
なんだっけ。飲料メーカーが極秘に作ってたって言っていたような。
「全国的に暑いからね、飲料メーカー合同で極秘に開発していたんだよ。赤川くんの他にもドリンキングに乗ってる子はいるよ?」
「そ、その人たちの顔と名前ってわかりますか!?」
「それはこちらからは教えられないなぁ。素顔を知られたら、熱射団に狙われるかもしれないからね。変身ヒーローよろしく、その場で変身して身バレしないなんて芸当は出来ないから」
「……そっすか」
やけに現実的な解答だ。やっていることは全然現実的ではないというのに。
俺は華さんの近くに置いた書類に目をやる。
本当は嫌だ。喧嘩も、言い合いも、体育祭の徒競走ですら勝てなかった俺が、ヒーローになって皆を守るなんて。そんなの、もっと適した人がいるはずなのに。
PCに映ったままのリストをまた見る。俺の名前が、やけに霞んで見えた。
「……頑張ります」
「お?」
「赤川シュン、二十五歳、独身! 貴社で是非働かせて頂きたいです!」
「うんうん、歓迎するよ。これからもよろしくね、赤川くん」
パチパチと華さんの拍手が鳴り響く。リストに載る俺の写真は、社員証の写真、そのままだった。