俺がヒーロー? そんなの無理だよ
自販機、もとい虹山社長は「これ、社員証」とお札口から一枚のカードを出してきた。それもまた恐る恐る受け取り確認すると、いつ取られたのかわからない顔写真に“赤川シュン”と名前、それから部署名っぽい何かが書かれてあった。
「“熱射団対策室”? あの、熱射団というのは?」
「あ、それはね」
ビーッ、ビーッ、ビーッ。
途端に部屋中が赤く染まり、耳を塞ぎたくなるほどの警告音が鳴り響いた。つか塞いだ。
「華ちゃん、早速で悪いんだけど」
「はい、社長。赤川さん、現場に向かいますよ」
「二人で何話してるの!?」
警告音が煩くて何を言ってるのかよくわからない。それでも今から俺が、ロクでもないことに巻き込まれかかっているのはなんとなく理解出来た。
社長が座る、いや立つ隣の床がウイーンと開き、何かがせり上がってくる。
赤いフォルムの自販機だった。
「何? なんで自販機?」
「赤川さん、お仕事です。詳しいことは現場で説明しますので、とりあえず、社員証をお札口に入れてください」
「い、嫌です! 怖いです!」
警告音が響く室内で、俺と華さん(怖いからさん付けにする)の押し問答が続く、かと思いきや。
「はぁ……、赤川さん。借金、してるんですよね?」
「うっ」
「住む場所もないのに一体どうするおつもりで?」
「それは……あぁ、はい、やります……」
華さんの圧力に負けて、俺は渋々社員証をお札口に突っ込んだ。ビーと呑まれていく社員証、それから鳴り止む警告音。
壊したかな? なんて思って、そうっと自販機を下から伺い見ていると、突然自販機の側面からU字型の手が出てきて、さらに正面がパカリと開いたかと思えば、俺を自販機の中へと押し込んだのだ。
「うわぁ!? ふぇ!? 何これ! 何これ!?」
自販機の中なんて、係の人が補充する時しか見たことないが、間違っても人が入る構造にはなってなかったはずだ。
視界が暗い中、俺は「ちょっと! おいー!」とガンガンと自販機の中 (たぶん)を力任せに叩きまくった。するとウィーンと起動音が鳴り、自販機の中が一気に明るくなっていったのだ。
急に開けた視界に戸惑いつつ、とりあえず中を確認するために見回してみる。コクピットにありがちな、何かのメーター、手元にはゲーセンであるような握るタイプの操縦桿、緑色に光るパネルボタン。
「適正は十分のようですね。では赤川さん、現場へ向かいましょう」
華さんの声に視界を向ければ、右手にあったテーブルにPCを広げた華さんが、インカムをつけた状態で座っていた。
「げ、現場って、俺、一体どうなって……」
「では転送します。座標設定完了、作戦開始です」
「え! ちょ、ちょっと!」
華さんがPCの、おそらくはエンターであろうキーをターンと力強く叩く。途端、自販機内に小難しい英文が並び、目の前に、アニメや漫画でしか見たことない電子空間っぽい何かが広がった。
緑の細い線、ところどころで弾け合う光、幾何学模様で造られた世界。その中を漂うようにして進む俺。綺麗だなぁなんて思っていると、今度は目の前が明るくなり、俺はその空間から放り出された。
「ぁぎゃっ!」
ガシャンと鉄がぶつかるような音と共に、どうやら俺は地面に着地したようだった。
「ここは……」
いや、よく見れば視界が横になっている気がする。どうやら着地を失敗して、自販機が横に倒れてしまったようだ。
「うーん、うぅん……」
起きようとするものの、さすがは自販機。俺っぽっちの力じゃビクともしない。
『赤川さん、赤川さん、聞こえますか?』
「は、華、さん! これどういうことですか! 俺どうなってるんですか!?」
『落ち着いてください。そこに私たちの敵、熱射団の下っ端がいるはずです。まずはその下っ端を探して』
「熱射団ってなんすか!」
手元の操縦桿をガチャガチャ揺らしてみるが、これっぽっちも動きやしない。
小さい時に見たロボットアニメの主人公たちは、よくも初見で、こんなもの乗りこなせたななんて場違いな感想をいだく。
「貴様、今、熱射団と口にしたか……?」
「ぇ」
視線を手元から上げる。横になったままの視界の先、頭が太陽みたいな人間が、手から炎を揺らめかせて立っていた。
「貴様、もう一度問おう。熱射団と、口にしたか?」
「してません! 聞き間違いです!」
『あれは熱射団の下っ端、“太陽コー”です! さぁ、戦ってください!』
「嫌だ! 戦いたくない! 怖い!」
華さんとやり取りしながらも、俺は手元をガチャガチャ揺すり続ける。太陽コーが「クックックッ」とテンプレじみた笑い声を響かせ、頭の太陽に手をやった。
「我と戦うのか? いいだろう、かかってくるがよ……あっつ! しまった、火が燃え移って、あっつ!」
しばらく熱さに悶えててくれと思った。せめて俺が逃げ出すまで。




