本日も張り切っていきましょう!
“熱射団対策課”。世間を騒がす熱射団を倒すために作られたその課は、普段から戦いに明け暮れているわけではない。自販機の操作訓練、体力作り、そして一般的な自販機としての仕事もしている。
一般的な、というのはどういうことかといえば――
「ほ、本日もお仕事頑張ってください! いってらっしゃい!」
マニュアル通りの台詞を言って、取り出し口に商品を落とした。手に取って歩いていくサラリーマンを見送りながら、俺は自販機の中で深くため息をつく。
そう。俺は道端に自販機のまま居座って、道行く人に飲料を販売していた。
今みたいなサラリーマン、通学途中の高校生、通りすがりのご老人。たまに野良犬におしっこをかけられそうにもなったが、そこは華麗によけて回避した。
「はぁ……。青田さんみたいに上手くやれないなぁ」
先日、青田さんもドリンキングに乗ることになったのだが、戦い以外は俺と同じようなことをしている。
だけども販売数は青田さんのが多くて、華さんから「さすが元営業課のエースですね」と褒められていたのを思い出す。別に褒めてほしいわけではないけど、俺のほうが先に乗っていたわけだし、やっぱりそこは少し悔しい。
「俺ももっと頑張らないと……っと、仕事仕事」
肩を落としている場合じゃない。
自販機の前に立ち止まった人影に向かって俺は「おはようございます」とマニュアル化された台詞を言った。
「……」
その女の子は、悩んでいるのだろうか、俺を、というより自販機をこれでもかと睨みつけている。
よく見れば、最近の子にしては珍しく和服を着ている。着物に関しては全く詳しくないが、桜模様の入った薄い色の着物だ。緑色の髪をまとめてお団子にしてあり、そこには簪が挿してある。
「……」
「お、おはようございまぁす」
空気に耐えきれず、ついもう一度挨拶をしてしまう。怪しさ満点だが、この重い空気から開放されるのならもうなんでもよかった。
「あんさんが」
「ん?」
「あんさんが限界突破したという搭乗者どすか?」
ん? 誰に話しかけているんだ? 周囲を確認するも、俺以外特に人影は見当たらない。そんな俺も今は自販機なんだけど。
「反応ありまへんなぁ。聞こえておらへんのやろか」
「……」
い、いやいや。華さんからも言われたけど、知られちゃマズイんだって。またあの冷たい視線に晒されるとか勘弁なんですけど。
反応せず黙ったままでいると、その着物の女の子は「あんさん、ドリンキングやろ」と確信めいた笑みを浮かべた。
「あ、あの……」
「あぁ、やっぱり聞こえとるやないどすか。無視するなんて、あんさんイケズやねぇ」
「いけず?」
何の単語かわからないが、話し方といいイントネーションといい、関西方面の人だろうか。でもそんな人がなんでここに?
「まぁ、ええわ。それでな、あて、あんさんに話があるんやけど」
「ママー! ジュース買ってよー!」
「しいっ。違うとこで買ってあげるから。あそこはやめようね」
着物少女の後ろを通る親子が、俺を、というよりこの子をさけるようにして行ってしまう。傍から見れば自販機に話しかけるヤバい子だ、そりゃ関わりたくはないだろう。
「……お昼ごろに社長はんとこ寄ります。そこでお話、しましょか」
「は、はい」
俺は小声で返事してから、せめてもと思い、ペットボトルのお茶を取り出し口に落とした。着物少女は気が進まないような顔をしたものの、勿体ないと思ったのか、一応は受け取ってくれたみたいだ。
カラン、カラン、と下駄の音が鳴る住宅街。不釣り合いなその後ろ姿を見送って、俺は自販機の中で肩をがっくりと落とした。
「昼休憩、潰れるかもしれないなぁ……」
今日の食堂、確か焼き鯖定食だったから楽しみにしていたのに。




