守りたい、その気持ち
自分で格好良く言ったつもりだけど、大丈夫かな、滑ってないかな。
ポーズを決めたままで、俺はおそるおそるカイ・ホーを覗き見る。といっても、中の様子が見れるわけでもないので、カイ・ホーから見ればポーズを決めたままなわけだけど。
「それはなんだ、貴様! 地域って、なんかこう、狭いな! 世界とか言えなかったのか!」
「そんなスケールのデカいこと、無理に決まってるじゃないですか!」
何度も言っているが、俺は喧嘩なんてしたことないし。地域の治安ですら結構広いのではと思っているのに。
カイ・ホーから「この小心者が!」と喝が飛んでくるが、そもそもとして悪者に言われたくはない。「にしても」とカイ・ホーが俺を舐め回すように見てくる。俺はいつまでポーズを決めていればいいんだろう。
「その姿、まさか、戦いの中で進化しているとでもいうのかッ!?」
「進化、かどうかはわからないけど」
「くっ。だが我は諦めぬ! いいか、追うなよ! 絶対に追ってくるなよ! これは戦略的撤退だからな!」
逃げていくカイ・ホー。何が戦略的撤退だ、ただの敵前逃亡じゃないか。俺はすぐに追いかけようとするけど、そこではたと気づく。
足ってどう操作すんの、これ。
「ま、待て! 何か、何か足止めしないと……」
『ボトルローラー、決行』
「へ!?」
またあの音声が響き“ボトルローラー”と緑文字が現れたかと思うと、ガタンと内部に振動が伝わってきた。
何が起こったのかわからず、逃げていくカイ・ホーを見送る俺。そしてそれを追いかける――
「ペットボトル!?」
俺は、というより機体の取り出し口から大量のペットボトルを次々に射出した。それはあっという間に逃げるカイ・ホーの足元まで転がっていくと、工場のローラーよろしくカイ・ホーを乗せてこっちに戻ってきたのだ。
「なんだァ、このボトルどもはァ! やめろ! やめろォ!」
あっという間に俺の元へと戻ってきたカイ・ホー。
「貴様ァ、何をした!」
「俺にもよくわかりません!」
よくわかってはいないが、これだけはわかる。この自販機が、俺の気持ちに応えて反応しているってことが。なら。
「青田さんを、元に戻す力を!」
『承認。ビンカー、発動』
ガコン、と胴体部分の取り出し口に何かが出てきた。
瓶コオラだ。
「耐えてくれよ、青田さん!」
手が動く。
俺は右手で瓶コオラを取り出し、左手でカイ・ホーの襟首を持って持ち上げた。
「コオラ・ビンカー!」
持ち上げたカイ・ホーの鳩尾に瓶コオラの口を当てる。俺の言葉に呼応するように、蓋がポンと勢いよく外れ、中のコオラが勢いよく射出された。
「元に戻れえええ!」
「ギャアアア!」
その強い炭酸は、カイ・ホーのズボンを引き剥がし、中から出てきた疲れ顔の青田さんが倒れ込む。
「青田さん!」
俺は自販機から飛び出すと、半裸状態の青田さんに駆け寄った。うめき声を上げた後、青田さんの意識が戻り、その空みたいな色の目と視線が合う。
「き、君は、赤川くん……?」
「あぁよかった。青田さん、元に戻ったんですね!」
「元に……? 一体どういうことだい? それにこの状態は」
「それはですね」
説明しようとし、俺が最初に発生させた霧が晴れかかっていることに気づいた。青田さんを半裸のまま置いていけば、社会的に終わってしまうことくらいわかる。
「と、とりあえず一緒に来てください!」
「……わかった。君を信じよう」
俺は青田さんに肩を貸し、自販機の中に詰め込むと、なんとか俺も入って扉を閉めた。
「華さん、聞こえますか? 会社に戻してください!」
『――ガガッ、言いたいことは――すが、了解しまし――』
華さんからの返事はよく聞こえなかったけど、すぐに緑色の空間に取り込まれたので、一応は会社まで転移をしてくれるようだ。声色は今までで一番低かったけど。
転移が完了して、画面に社長室が映される。俺は自販機を開いて最初に出ると、ふらつく青田さんに肩を貸して自販機から出した。
「……よくぞ、ご無事で」
冷たい華さんの声に「ひっ」と肩を震わせてから、ギギギと首を後ろに回した。
インカムをPCの横に放り投げた状態で、ソファに足を組んで座っている。どう見ても、誰から見ても、明らかに怒っている。
「あ、あの、その、華さん……」
「最初に言いましたよね? 身バレ厳禁だと」
「それはそう、なんですけど」
その静かな怒りに俺は何も言うことが出来ず、もごもごしながら「すみません……」と小さく呟いた。華さんが呆れたようにため息をついた。
「……すみません。高嶺華さん、ですね。“熱射団対策課”の」
それまで黙っていた青田さんが、俺を華さんの視線から庇うように前に出た。
「とりあえず貴方は、そのトランクス一丁をなんとかしたらどうですか」
「自分は“営業課”の青田ナツキです。赤川くんのお陰で自分は助かりました。どうか赤川くんを罰するのはやめて頂けませんか?」
「話聞いてました? 服着てください」
確かに。青田さんはカイ・ホーから解放された状態のまま、つまり下着以外何も身に着けていない。だけど青田さんは構わずに「お願いします!」と頭を下げている。
「だから服を……」
「まぁまぁ、華ちゃん。いいじゃないか」
お互い引かない状況の中、ふと湧いてきたような声に、俺は「社長!?」と飛び跳ねながら振り向いた。
「や。お疲れ様、赤川くん」
相変わらず自販機姿の社長は、取り出した缶コーヒーを俺たちに差し出してから、
「つまるところ、これの問題点は外部に知られちゃマズいってことなんだよ」
「は、はぁ」
「だからさ、青田くんも“熱射団対策課”に異動すればいいわけ。ちょうど“ムーントリー社”から新しいドリンキングが出来たって連絡もきたしね」
と自分の分の缶コーヒーをプシュッと開けた。
「で、どう? 青田くん。うちに来る?」
「もちろんです! 彼が罰せられないのなら。赤川くん、一緒に頑張っていこう!」
そう言って青田さんは、話についていけず放心状態の俺の手を取って、しっかりと握手を交わしたのだった。




