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廻る縁の妖剣士  作者: 井田 いづ
壱話 無名の剣士と無銘の妖刀
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(陸)妖刀えんきり・壱

 見た目だけは可憐な少女である。


 横髪は綺麗に頬の辺りで切り揃え、前髪は朱色の紐で小さく丸く結えている。尻尾のように三本、編み込まれた艶やかな毛束が揺れていた。まん丸の双眸は複雑な色に輝き、蜂蜜色かと思えば鮮やかな赤になったりもする。血の気のない白い肌も合わさって、彼女を人間から遠いモノに見せていた。

 それがユキの真上に浮いて、じっと観察してくるのである。空を飛ぶ類の人間はいただろうかと考えるが、しかしいつか遠い日に父から聞いた異国の小人族ではなさそうである。彼女はユキとそう変わらない背丈で、自在に宙に居座っているのである。

 それがなおのこと、今この瞬間の現実感をなくしていた。


「だ、だれ、ですか」

「そいつはあたしのセリフだけど、まー名乗ってやらんこともない。あたしは妖刀()()()()──おまえの手の中にある、(それ)さ」

「妖刀? それ? えん?」


えんだよ、と少女の指が丸く宙をなぞる。


「円を斬る、縁を斬る、冤を斬る、怨を斬る、あたしはあらゆるエンを斬る妖刀なのさ。まーほとんど洒落みたいなモンだけど、そういう刀だヨ。ンで、そういうおまえは誰なんだ?」

「……僕は生天目(なばため)、ユキノスケ」


ユキは一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)してから、そう名乗った。妖物相手ならばかつて失った名前を名乗っても(ゆる)されるのではないかと、こぼれた思いだった。

 ずっと眠っていた妖物なら、父のことは知らないだろうと。知っていたとして、人間ではない彼女は気にしないでいてくれるのではないかと。


「ユキ」


 少女の口から溢れた音が(くす)んだ蔵の空気を揺らした。


「ユキノスケ、うん、いい名前だナ。だけど残念、あたしの記憶にその名前はない。つまりおまえとあたしは今日が初対面ってことだ、ユキ。はじめまして!」

「そんなのはじめっから分かりきってる、ますけど」


ユキは視線を彷徨(さまよ)わせた。


「まさか、きみは本当に妖刀なの?」

「マサカもサカナもあるもんか。第一、蔵ですやすや眠ってたあたしを、おまえが起こしてくれたってのに」

「女の子が出てくる妖刀なんて、聞いたことがない……です」


 悲しいかな、ユキの世界はこの屋敷内で完結している。

 しかし外の世界について知る術が少ないからこそ、人の噂話には注意してきたつもりだった。誰からも、それこそ御伽話でさえも、人に化ける妖刀の話なんて聞いたことがなかったのだ。芥間からも、そういったモノがあるなどとは一度も聞いた記憶がない。

 そういえば、彼女はふんと鼻を鳴らした。


「ふん、ヒトのちっぽけな目に映る世界なんて小さいもんさ。古今東西、理解に及ばないことは溢れてるモンだぜ、ユキ」


それもそうだ、とユキは頷いた。しかし芥間イヅミは果たしてこれを知っているのだろうか。人に化ける刀(そんなもの)が自宅にあることを──知っていたらきっと放置しないだろうが。


 妖刀とは文字通り、従来人には扱えないような妖しい力の宿った刀を指す。妖魔、あるいは妖物とは人ではない、未知の存在の総称である。あらゆる形で存在する、人智を超えた存在が、時折モノに宿ることがあるのだ。

 妖刀は一般に、持つ者の人生を狂わせる力を持つとされていた。良く狂う場合もあれば、悪く狂う場合もある────ひとつ博打のような代物ではあるが、これの蒐集家は相当に多い。人に化け(ているわけでは正確にはないが)、意思疎通をはかれる刀ともなれば、その切れ味は置いてもかなりの高値でやり取りされるはずだ。

 間違ってもガラクタとして眠るべきものではない。


「妖刀えんきり────きみは誰の刀なの?」

「打った人は知らんぞ、あたしは無銘の刀だもん」

「ううん、違う。きみの持ち主」

「それも知らんナ、誰もいない」

「芥間様じゃないの」

「芥間ァ?」


少女は顔を顰めた。


「誰だそれ」

「…………芥間イヅミ様。この屋敷の主人。多分、きみを買った人だと思うんだけど」

「んん…………アクタマアクタマ、ああッ! もしかしてアイツか、長い髪をこうやってだらーんと垂らした奴! あの黒っぽくてデッカい不気味な奴だろ、ナ!」


ユキは無言でこめかみを押さえた。妖刀だから仕方ないのかもしれないが、一領主を「アイツ」呼ばわりする上、形容の仕方もなんとも失礼だ。


「あれ? 違うのか?」

「……いや、うん、まあ、その方で合ってると思う」

「あたし、アイツは嫌いだ。頼まれたってアイツの刀になんてなってやるもんか」

「……芥間さまのこと、嫌いなんだ」


ユキは目を瞬かせた。

 万人に好かれる人はいないけれど、こうも露骨に嫌悪感を出されるとたじろいでしまう。少なくてもユキにとっては恩人なのだが、この少女には仇敵の如くらしい。


「当然だろ、アイツがあたしをこんな所に閉じ込めたンだぜ。おまえは他に知ってるか? こーんな暗くて、つまんねェ場所もないだろ! あたしは色んな奴の手に渡ったケドさ、家の中でだってもっとマシな所に置かれてたのに」

「閉じ込められた……旦那様は、きみのことを使わなかったの? ただの一度も?」

「ふん、するモンかヨ。アイツにあたしは抜けないし、第一好みのタイプでもねェしナ。だからってすぐに飽きやがって、こんな場所に閉じ込めるたぁないだろ! もっと部屋あるだろ!」


主人の興味が長続きしにくい性質であることはユキ自身察してはいたのだが、つと引っかかった。聞こえてきた単語に眉を顰める。


「……刀が抜けないって、どういうこと」

「言葉のまんま、アイツはあたしをただの刀としても使えないのさ。アイツにはあたしを起こすだけの力がない。あたしにだって好き嫌いはあるからナ」

「人を選ぶ妖刀──」

「妖刀なんてそんなもんだろ」


 少女は悪戯っぽく笑った。くるりと宙で回ってから、音もなくユキの隣に降り立つと、小さく首を傾げる。


「それより、いつまでこんな所でくっちゃべってるつもりだ? ナ、ユキ、早く外に出ようぜ! 外で続きの話をだナ」

「…………それは、ごめん」


ユキは目を逸らした。

 "解放してくれた"と言った。すなわちこの妖刀は自由を得られるから、わざわざ何者でもない少年(ユキ)()を抜くことを許したのだろう。そんな妖刀の気をへし折るような言葉を吐くことに躊躇(ためら)いながらも、結果は変わらない。今は無理だというほかない。


「なんか、ごめん。いや、でも明日中には出られるはずなんだ。だからその、悲観しないで」

「な、な、な、なんでだよッ⁈」


気まずそうなユキに、少女の声が跳ね上がる。いっそこの騒ぎで誰か来てくれれば良いのに。ユキの期待はいつも外れる。


「いやいや待て待て待て、だ、だっておまえは外から来たんだよナ? なら当然出られなきゃおかしいだろ! 人間は腹が空くと死んじまうって知ってるぞ! 死ににきたのか⁈」

「掃除に来たよ」

「おまえどうやってココに入ってきたンだよ!」

「普通にその扉から……でも、その後に鍵を外からかけられちゃって。その鍵、俺には解けないんだ」


物理的な鍵もあれば、妖術の鍵も掛けられているから厄介だった。こればかりは力業ではどうにかできるものでもない。

 少女は大袈裟に天を仰いだ。


「マジかようッ! よーやっと自由を手にできると思ったのに、蔵の秘蔵品が増えただけかようッ!」


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