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廻る縁の妖剣士  作者: 井田 いづ
参話 断ち切る因縁
33/50

(漆)下準備・参

 そう言われれば気になってくる。ユキは


「そんなに珍しいものなの」


と小さく尋ねた。音を聞けばなんとなくどういうものかの想像はつくが、だからと言って明確に理解できたわけではない。遠距離を移動する妖具について、昔聞いたことがある。そのようなものを想像していたのだが。


「それは加速させているだけだからまた別だな。僕が頼んだのは転移術。瞬きの内に任意の場所へと移動させる妖術のひとつだ」

「瞬間移動ですか。好きな場所に、好きな時に」


ユキは更に頭を捻る。

 それができるなら──少なくてもおえんにその妖術が使えるなら、通行証がなくても良かったのではないかとの考えがふわりと浮かんだのである。もっとも、簡単な妖術で目眩を覚えるユキの気力では、今はまだ使えないだろうが。


「瞬間移動ができるなら、門とか通行証があっても……」

「そうでもない。ひとつに、これは簡単に使えるものでもないからね。人間ひとりの力で時空を歪めることは到底出来ないだろう」

「そうなんですか」

「うん。まずは協力的な妖物がいて、ついでにすぐに消えるような弱い存在ではないこと。次に存分に力を貸してくれることが前提になる。きみの妖刀殿は友好的だが、必ずしも全ての妖物がそうとは限らないんだ」


ふふん、とふんぞりかえるおえんを横目に見ると、興長は指をぴんと立てた。


「そして、使うに細かい条件もある」


 ひとつ、転移を扱う妖物と人間が共に一度行ったことのある場所でなくてはいけない。

 ふたつ、現在地と目的地が離れぎてもいけない。

 みっつ、転移先に目印となるものがなくてはならない。

 よっつ、妖物が帰り道を辿るのが得意であること

 なるほど、とユキは納得した。おえんは縁を見る。縁を辿れる。ならば道を戻ることは得意だろう。


「ま、理論としては知られてるが誰も試さないってコト。捻じ曲げる因果がでかいから、勿論貰う気力もでっかくなる。まーさ、おまえも味わってみろよ? 二人で分担すンなら、初回はまけてやる(・・・・・)ぜ。一度悪い気は抜いた方がすっきりするぞ?」


 おえんがねだるようにユキを見た。気力が大きく削られる、そう聞いて黙っている性分でもない。

 そもそも、ユキの依頼でもあるのだ。


「興長さん、俺も一緒にやらせてください」

「うーん、気にしなくても良いんだけどな。僕はそこら辺の配分は下手ではないから、一人でも死にはしないし」

「……おえんから、結構な対価だと聞きました。死にはしなくても、分担できた方が良いとおもうんです」

「なるほどな、妖刀殿の提案か?」

「モチロン、今回は特別サービス、後払いでいいぜ。おまえらはどーせ逃げないもン。ついでに後払いの利息ってことであたしらに美味い飯を食わせてくれヨ!」


おえんの言葉をそのまま伝えると、興長は呆れたように頷いた。暫く吟味して、それからあっさりと頷く。


「まあいいか。どのみち、転移については妖刀殿の意向に従う他ない。それに妖刀殿であれば、わざわざ契約主(カゲユキ)に悪さをすることもないだろうからな────わかった、払う対価はきみと僕とで折半しよう。好意に甘えさせてもらうよ」

「よしキタ!」



 契約に関する部分についてもう少し聞いておかないと、とユキはため息を呑みこんだ。おえんは大事なところをぼやかす。

 ユキは興長に向き直った。


「それで、どうすればいいですか」

「まずはアンドレ殿の近くに戻るつもりだ。それを片付けたら、きみだけ町に戻って派手に姿を見せつけてくれ。そのあとは捕まらないように逃げ回るだけさ。必要なら奴らの縁も斬りながらね」

「囮として、ですね」

「そう──いくつか妖具を渡すよ」


興長は一枚の紙をユキに持たせた。仄かにアンドレと同じ香りがする。


「それを破いて、(こう)と一言。それで一瞬だけ相手に匂いの錯覚を起こさせる妖術になる。使うのに必要な気力は僅かなものだから、妖刀殿なら用意に調整できるだろう?」

「……大丈夫でしょうか。アンドレさんの香りをしていても、すぐにバレそうです」

「バレても構いやしないさ。まあ、面倒なことになるから治安警備隊にはつかまらないようにしてくれればいい。とにかく、きみが稼いでくれた時間で僕はシルバ殿を舟に乗せるつもりだ。あの小屋から北上したところに船着場がある。川を渡る舟が出ているはずだ」

「舟で襲われませんか?」

「それについては、こうすれば良いだけのことさ」


 興長はにこりと笑うと、おもむろにユキの額に触れそうな位置で指を鳴らした。何が起きたか分からないユキに見せつけるように、同じように自分にも同様に術を掛ける。


 頭頂部から、じわりと水が滲むように銀色が髪を包んでいた。アンドレとお揃いの髪色である。瞳の色も、空色に変わっていた。そこに長い首巻きを口元に巻きつければ、人相も隠れて誰だか分からないだろう。

 興長曰く、長持ちはしない術らしいが、ここまで変えられれば十分な気がした。


「な? 誰だかわかるまいよ。それにきちんと身の安全を守る術は掛けておくさ」

「それなら、よかったです。頑張って引きつけます」

「きみにも守護の術をかけておくが──そうだな、夜更けの鐘が聞こえたら、あるいは想定外の事態に陥ったら、なによりも先にこっちの紙を使って身を隠してくれ。髪色と瞳の色が戻るのもその頃だ」


そう言って別の紙を渡される。こちらは人型に切り取られていた。これで人の目を躱せるのだと、興長は説明した。


「どれも簡易的に作ったものだ。過信はするな」

「わかってます」

「使えるものはすべてを使うことだ。ただし、命はすり減らすなよ。今回優先すべきはそこじゃない」

「はい」

「うん、じゃあ妖刀殿のお望み通り、明日は美味いものを食おうか。何が食いたいか考えておくと良い」


髪を乱雑に撫でられた。

 昔の父を思い出して、どこか照れ臭くて悲しくて、ユキは頭を振って余計な感情を弾き出した。


「……そういえば、さっきからたくさん妖術を使ってますけど、興長さんの身体は大丈夫ですか。これから転移もして、アンドレさんにも使うんですよね」

「おいおい、伊達に妖術士を名乗ってるんじゃあないんだぜ。僕は何年もこれを商売道具にしているわけだ」

「大丈夫なら、いいですけど……」

「心配ありがとうな。まあ偉そうに言ったけど、流石に明日以降は大人しくするつもりだ。妖刀殿に対価を払わないと」


そう言っておえんがいるあたりに顔を向けた。荷物を背負い直して、ユキも慌ててそれに倣う。


「まずはシルバ殿のところへ帰ろうか。小屋の辺りに良い感じに集まってきているようだからな」

「アンドレさん!」

「彼は安全だ。まあ、きみの準備運動にはちょうど良いだろう。さあ、妖刀殿!」

「アイヨ」


おえんがユキと興長の肩に触れる。

 興長は一枚の紙を取り出した。確か、アンドレの小屋に貼ってあったものと、この部屋に貼ってあるものと同じ紋様である。興長がなにやら唱え出すのと、同時におえんも歌うように聞きなれない言葉を紡いだ。

 手を離せば、紙はひとりでに浮かび上がる。


「舌、噛むンじゃねーぞ!」


おえんが二人を力一杯、紙の方に押し出した。

 眩い光が辺りを包み、天地がぐるりと回転する。

 瞬きをふたつ──丁度そのくらいの時間の後に、鼻先を土と草の香りがくすぐった。耳心地よいせせらぎ──そして、見知らぬ追手たちの戸惑う声。


 ひと呼吸置く間もなく、ユキは刀を抜く。


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