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廻る縁の妖剣士  作者: 井田 いづ
弐話 良縁と悪縁
16/50

(参)興長の提案・壱

 興長モンドが指定したのは古めかしい宿屋だった。

 二階の個室に案内されて待つこと少し、想定よりも早くに戻ってきた興長と向き合うようにして、ユキとおえんが座っていた。それぞれの前には見慣れない料理が並べられている。


 ユキは開いた口が塞がらない。

 湯気を立てる具沢山の透き通った汁、赤い魚を焼いたもの、肉を香ばしく炙ったものに、よくわからないぷるりと揺れるゼリーのようなもの、揚げた野菜や魚に、新鮮で色とりどりの野菜たち。米は湯気を放って、添えられた漬物も見たことのないものばかりだった。なんときんと冷えた茶まで添えられているではないか。


(何かのお祝いの席……?)


 興長が軽い調子で飯を振る舞うと言うものだから、てっきり握り飯とあたたかい湯、漬物なんてあればいいなと思っていたのに。


「興長さん、これは」


 ユキは慌てて興長を見た。興長の目の前にも同じものが──正確にいえば、彼のものには酒と小肴が添えられているからやや違うが──置いてあって、既に食べ始めていた。おえんは指を咥えて無言でそれを眺めている。ユキが食べ始めるまでは待機するつもりらしいが、早く食べろと目線で訴えてくる。

 興長はゆったりとした動作でユキの手付かずの膳を見た。


「なにか嫌いなものでもあったかな」

「そうではなくて……助けていただいたうえ、こんなご馳走までいただくなんてできません。自分の分は払わせてください。……手持ちで足りなければ、少し待っていただくことになりますけど」

「きみが思うほど高くないさ。安くて、量もあって、なにより美味い。ここは僕のおすすめの宿なんだ、遠慮なく食べてくれ」

「流石に遠慮なくというわけには」

「まあ、僕がしたくてしてることだからさ。こういう時は甘えていいものだよ」

「……えっと」


どうしようと、ちらりとおえんを見る。おえんは毒入りじゃないぞと明後日の答えを寄越した。必要な視点かもしれないが、そういうことを気にしたのではない。

 鼻先をくすぐる香りは、なんとも芳しい。魚は父が昔焼いてくれたものを思い出させたが、よくよく思い出せば父は焦がしてしまっていたから、パサついていない魚はご無沙汰だった。湯が立つご飯なんていつぶりだろうかと考えたところで、腹が鳴った。

 続けてもう一度鳴って思わず赤面する。


「ほら、腹が減っているんだろう」

「…………ありがとう、ございます。いただきます」


 ユキは悩んで手に取った汁椀の中身をそっと掻き回してから、一口口に含んで目を見開いた。透明な汁からかすかな磯の香りがふうわりと立ち上がって、塩味と野菜の甘味が広がる。


「……おいしい」


気がつけば一息にかき込んでいた。

 次の皿、焼いたはずの魚はふわりと柔らかくほろほろと崩れて、肉の方はやや硬かったけれども濃いめの味付けが白いご飯に絡んで、揚げ物は初めて食べる食感でどれも美味しかった。漬物は桃色や黄色と鮮やかな色に怯んだものの、口にしてみれば甘辛くよい歯応えがあって好きな味だ。

 久しぶりのちゃんとしたご飯に鳩尾(みぞおち)あたりが痛むが、構わずにあれもこれもと食べ続けた。

 流石に芥間とご飯を共にする時は、きちんとしたものが用意されていたのだが、どれも冷えているものばかりだった。父カゲユキの好物だというものが出されるが、それも冷菜ばかりで温かな食事には飢えていた。

 なによりも、自分を嗤う声がない、じっと観察されることもない、穏やかな食事の席が久しぶりだった。


 ふと、昔を思い出して鼻先がツンと痛む。

 おえんも久しぶりの娯楽だとはしゃいだようにユキの皿から食べ物をつまんでは幸せそうに顔を綻ばせていた。


(……本当に人間のご飯、食べられるんだ)


ユキよりはかなり奔放だが、ほとんど同じようにして食べている。他の人の目に映っていない以上、どういう光景になっているかは分からないが。

 すっかり膳を空っぽにして、追加で届けられた果物も腹に収めるころにはすっかり日も落ちていた。おえんも満足そうに床に転がっている。


「ハーッ! 久々に美味かったぜ。ユキ、モンモンにありがとうって伝えてくれ!」

「……モンモンに、ありがとう?」


 それが興長のことだと思い至って、ユキは吹き出してから、しまったと口を噤んだ。おえんと会話できていることは彼にはわかるのだろうが、その内容までは聞こえたいないのだ。当然に変なあだ名を()()()つけたみたいになっているのではと冷や汗がたらりと背筋を伝う。案の定、興長はきょとんとユキを見ている。


「もしや、モンモンとは僕のことか」

「あ、いえ、ちが、それはおえんが言って」

「ははは、うん、モンモンか。その呼ばれ方は初めてだな! 中々に愉快だよ、気に入ったよ」

「あの、言い出したのはおえんです!」

「おお、妖刀殿がつけてくれたのか? それはそれは、妖刀から名を授かるとはこのモンモンも光栄だよ」

「おっ、だろだろー? なぁんだ、分かる奴じゃねェかヨ」


おえんはばしばしと興長を叩いた。あれ、感覚あるのかな──不動だからないんだろうな──ユキは居た堪れなくなって顔を伏せた。


「……色々とすみません、興長さん。ご飯もありがとうございました。とても美味しかったです」

「どういたしまして。それで、きみはモンモンとは呼んでくれないのかい? 呼んでくれてもいいのに」


揶揄うように言われて、ユキは頭を抱えたくなった。こういう時、どうすればいいかを彼は知らない。迷った末、


「……やっぱり興長さん、でお願いします」


それに落ち着くことにした。ほとんど初対面の大人相手にあだ名で呼ぶことにはやや抵抗があったのだ。そうでなくても、まともに対話すること自体が久しぶりなのだ。勘弁してほしい。


 ひとしきり歓談した後で、興長はユキに向き直った。


「さてと、腹も膨れたことだし本題に移ろうか。いくつか聞くけど、答えたくなかったら答えなくてもいいよ。まずはカゲユキ、きみはこの辺りが出身なのかな」

「いえ、生まれは北の方です。……出稼ぎと言いますか、仕えていたのはこの辺りなんですけど、ちょうど暇を貰ったので取り敢えずはミヤトの街をめざしているところです」

「ミヤト? 親戚や友人でもいるのかな」

「あそこなら、人も情報も多いから……まとまったお金もないので、俺は剣の腕を売って生きていこうかなと思って。何かを始めるには大きな街の方が色々と好都合かなと」


 それに、父の事件についても調べられるかもしれないと淡い期待を抱いていた。仇の輪郭だけでも掴めないと、この先何処を目指せばいいかが分からなくなる。


「なるほど、確かにそれはいい考えだ。しかしきみは街の方向を間違えて覚えているみたいだな。あの道だとミヤトの街にはつかないよ。それこそきみの里帰りになってしまう」


そう言って、興長は折り畳まれた紙をユキに差し出した。広げてみると、この辺りの地図だった。あちこちに目印が刻まれている。どうやら人の目を避けるうちに道を大きく逸れていたらしい。


「この辺りの地図だ。あの道は北のコウロウという街に続く。ミヤトに行くならこっちの道になる。……きみ、地図は持っていないんだろう。これを写すといいよ」

「なかったんで助かります。興長さんも旅、ですか」

「実は僕も最近勤め先から暇を貰ってね。ここの領主に挨拶がてら適当に旅でもしようかと思っていたんだけど、目的地は決めていないんだ」

「領主の、芥間様に会うんですか?」

「うん。まあ、相手も忙しいお方だ、約束を取り付けたはいいが、会えるまで時間が空いてしまってね。早く着きすぎたから、少し前からこの宿で世話になっているというわけだ」

「……そう、ですか」



 芥間屋敷に勤めていたことを言おうか、どうせなら黙って出奔してしまったことの詫びとして芥間への言伝を頼もうか、とも一瞬考えたのだが、すぐに考えを振り払った。今日まであの家から一度も外に出たことはないにせよ、咎人の子があの屋敷にいたことを知る人は少なくない。引き取られた当時は「芥間様は変わり者だ」とたいそうな噂になったものだ。

 何の情報がどう絡み合って、咎人の子ユキノスケと旅の剣士カゲユキを結びつけるかも分からない。

 ユキはいつもの無表情を顔に貼り付けた。


「そういえば、興長さんは妖術士なんですよね。領主様も妖術士だと聞いたことがあります」

「そう、その伝手(ツテ)で来た。きみは使えないと言っていたが、妖術については知っているのかな? その妖刀が教えてくれたりはした?」

「軽く。一種の契約みたいなものだと」

「うん、十分だ。それならそこら辺は省こう。さっきの男が持っていた妖具を覚えているかな」


妖具とは、読んで字の如く妖術を施した道具を指す。効果としては簡易的なものがほとんどだが、誰でも妖術を使えるようにとの願いで作られたそれは目にしないことの方が珍しいのだ。ふんわりとした知識は、ある。


「湯沸かし器とかなら、見たことはあります」

「芥間様はそれこそ妖術が一般に知れ渡る以前からああいうモノを作るのが上手いんだよ。極めて少ない対価で欲しい効果を長く引き出すように、実に巧妙に仕組んで設計している」


興味があれば分解してみるのも楽しいぞと笑った。


「妖術士としては紛れもなく天才だな」

「えっと……妖具って分解しても平気なんですか」

「核を壊さなきゃ平気さ。妖具ってのはすべて核になる──妖術を発動させる為の餌っていうのかな。そういうモノを仕込むんだけど、実際ガワが壊れたとしても核はそう簡単には壊れないからさ、別の妖具を作るのに使いまわすこともあるくらいなんだ。…………そう、妖具の強度は使用者の安全に繋がるからね。そもそも特殊なことをしなければ壊れないはずなんだよ。強力な妖術を使うとかね」


 興長は真っ直ぐにユキを見ていた。すぐにユキは物盗りの持っていた瓶を思い出す。おえんで斬って、砕けた瓶。アレのどこに核なんてあったのだろう。


「きみは警戒心があるんだか、ないんだかなあ」

「…………」

「僕はきみのような剣士は初めて会った。妖刀を当たり前に持って、扱うのに気が触れたり操られているようでもない。剣を払うことには慣れて、立ち回りも上々、しかし実戦経験はほとんどなさそうで、不自然なほどに何も知らないんだから」


 油断しすぎたか、とユキは身を硬くする。おえんはにこやかに、しかしちゃんと刀の側に座っていた。奥の手があるようなことを言っていたのでその準備をしているのかもしれない。

 次にその口から何が飛び出てくるかを警戒していた一人と一振りだったのだが、興長は予想外の言葉を吐いた。


「そこできみに提案なんだが、どうかな、ミヤトまでの旅の道中、この僕を雇わないかい」

「え?」

「何言ってンだ、モンモン」


ユキとおえんは顔を見合わせた。


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