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廻る縁の妖剣士  作者: 井田 いづ
壱話 無名の剣士と無銘の妖刀
13/50

閑話 芥間イヅミ、ユキの旅立ちを喜ぶ

「なに? ユキノスケが出て行った?」


 珍しく芥間イヅミが険しい顔で問うていた。

 夜、彼が街から帰ってきてすぐのことである。普段から無機質な笑みを絶やさないこの男は、ユキからの手紙を渡されるとすぐに表情を変えた。

 冷えた声音に、立花は顔を上げられなかった。


「いつのことだ。何故おまえは止めなかった。おまえに人のことで権限は与えたが、あの帰る場所もない憐れな子を虐げる為に与えたつもりはない」

「昼過ぎに御座います。アレ自身が強く望んだことで──」

()()とは随分な物言いだな。まるでモノのようではないか、立花」


 立花は主人のことがよく理解ができなかった。咎人の子を必要以上に痛めつける必要はないと思っているが、芥間は必要以上に庇護するのである。

 そのくせ、勝手に逃げ出す隙は与えるほどには目を離す。

 咎める声に震えながらも慌てて訂正した。


「失礼いたしました、ユ、ユキノスケに御座います」


 死人のような血の気のない指先が手紙を開くのを、恐る恐る見上げる。手紙は立花も確認したが、そこにはこれまでの礼と、何も言わずに出ていくことへの詫び、そして街についたら改めて手紙を出す旨が認められていただけだ。


「それで、あの子はどうして出ていくと言ったんだ。思い立つ契機はあるのだろう? 勿論聞いたのだろうね」

「は、ユキノスケはこのままではイナタ様に不要な心労を掛けてしまうと。果ては旦那様への影響も考えまして……」

「たったそれしきのことでか?」


 芥間は怪訝そうに眉根を寄せた。理解に苦しむ、といった具合だ。

 しかし、すぐにそれは解かれた。

 手紙を何度もなぞってから、「そうか、もしやきみは、その為に」と納得したように呟く。何の為にだ、と問いたいが、おそらく主人は許さないだろう。

 芥間は立花を視界にも入れずに、「そういえばあの子は外に出たがっていたな」と頷いた。そう言われても立花にはピンと来ない。


「ユキノスケは安寧の鳥籠から出て、顔も知らない仇を探しに出ることにしたか……」

「か、仇でございますか」

「ふふ、しかし勢いに任せて挨拶もそこそこに私の元を突然に去るとは、無礼なところもアイツによく似ているな」


 立花の声は届いていない。

 芥間の口振とは真逆に慈愛に満ちた眼差しで、手紙を見つめていた。まるで目の前にあの少年がいるかのように虚空を見る。


「願わくば、最後まで彼を私の手で剣士に育て上げたかったが──いいとも。今は見送って、旅を経て父のような剣士となったらまた迎えてあげようじゃないか。その時には、今度こそ此処をあの子の家にしてあげよう」

「さ、さようで……」

「ああ、しかし、寂しいものだ。旅の支度くらい十分にしてあげたかった。立花、ちゃんと路銀などは持たせたね?」

「は、はい。身の回りのものは持たせました」

「……きみがそう言うのならば、今はそれでよろしい。あの子が道中で飢えたりなどすれば、私はきみを許さないだろう。覚えておきたまえ。あの子は既に要らぬ苦労をしてきたのだから、これからは幸せにならないといけない。……父の分もね、この私と共に」


 芥間は目を細めて笑うと、懐から貨幣を何枚か取り出した。使用人の給金から考えるととんでもない大金である。投げられたそれを、慌てて拾い上げた。


「それは此度の駄賃だ。よくあの子を送り出してくれた──受け取れ」

「は! 有り難く!」

「いきなりの旅は中々に心配だが、あの子は私の自慢の弟子だからね──命の危険はないだろう。……立花、この街にいる間で良い。彼の動向には気を配っておいておくれ。何かあったのなら私に報告を。良いね」

「は、承りました」

「出て行きたまえ」


立花は頭を下げたまま、主人の部屋を後にした。

 背後で話し声が聞こえる──芥間は稀に、亡き親友に語りかけることがある。咎人だと言うのに彼には無二の友だったと、その癖は長く続いていた。滅多にないのだが、ユキノスケが絡むとよく出てくるらしい。


「……ああ……あの子はどう育つのかな……次に私の前に立つ時は何と……うん、今から楽しみだよ……カゲヨシ」


 どこかうっとりとした声が恐ろしくて、立花は逃げるようにその場を後にした。

 残るは静寂ばかり────。



壱話目完。

弐話目〜は一日一話更新予定です。

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