遊び人が賢者になるって本当か? 試してみてもいいか? え? 賭け金は人生だって? そりゃ、そうか
毎週日曜日、俺はその週稼いだ日銭をすべて競馬につぎ込んでいた。
たまに勝ったとしても、すぐに使ってしまう。風呂なしアパートに住んで、もう15年にもなる。
うだつの上がらなさで言えば、世界でもトップクラスを自負している。甲斐性もなければ、言葉巧みなトークもいまいち。顔については聞かなくてもわかるだろう。モテる要素がひとつもない。
人生とはそういうものだと諦めていた。
夢? そうだな。
運の正体ってやつが掴めていれば、少しは気の利いたことも言えたかもしれない。
でも、俺はその日、「夢」を聞かれて、そっけないセリフしか出てこなかったんだ。
「夢? んなもんねぇよ。今日は家賃分稼がなくちゃならないんだ。用がないならとっとと帰る」
大して頭がよくなさそうなスーツ姿の男たちが座っている部屋から出ていこうとすると、白衣の姉ちゃんに呼び止められた。
「失礼しました。あまりにもぴったりだったものですから、戸惑ってしまっただけです。どうか仕事を請けていただけませんか?」
「ああ、金を貰えるならやるよ」
仕事というのは、ちょっとした治験だ。
ヘッドセットディスプレイをつけて、どれだけメタバースの中に居られるかを試すらしい。横文字が好きなアホが考えることはよくわからない。
期間は10日。途中、日曜日の天皇賞には一度帰らせてくれるらしい。
飯も酒もお菓子もなんでも揃えてくれるという。
「治験の間はアパート暮らしか?」
「ええ、すみません。小さな部屋ですけど……」
「いや願ったり叶ったりだ」
この条件で50万ももらえるんだから、文句は言うまい。
「じゃあ、今日から入居するよ」
「着替えとかいいのですか?」
白衣の博士に聞かれたが、特に持ってくるようなものはない。
「いいよ。必要になったら、ネットで頼む。それくらいはかまわないだろう」
「ええ、大丈夫です。では……」
こういうのは早い方がいい。
とっとと10日を済ませて帰りたい。
「フルダイブの際、少し首筋に電気が走るかもしれません」
「ああ、死ななきゃなんでもいいよ」
個室にはベッドとテーブルに椅子。風呂とトイレまである。十分だ。
ベッドに寝てヘッドセットを取り付け、博士に「今から、そのファンタジーのメタバースに入る」と報告。
「了解しました。気分が悪くなったら、部屋に入りますから。こちらでも監視しています」
「はいよ」
スイッチを入れると、目の前に草原が広がっていた。
バチンッ!
首筋に電気が走り、急に目の前が真っ暗になった。
というか、たぶん俺は死んだ。
なんとなく慌てて駆け寄ってくる博士の姿を見た気がする。
身体から、力も俺本体も抜け落ちたような気分だった。
「さて、どうする?」
目の前に爺さんが立っていた。古代ギリシャで着ていたような服に、サンダル姿。
神様と言っても信じてしまうかもしれない。
「物わかりがいいな」
「頭の中を読んだのか?」
「その通り。現世への未練はないか?」
「未練は来週の天皇賞に賭けられなかったことかな」
「他に、誰かに会えなくなったとかは?」
「両親は数年前に死んでるし、兄弟もいない。友達も何人かいるけど、麻雀をやるくらいだな。仕事は……、遊び人だ」
無精ひげは生えているし、中年太り。定職にはついていないし、裸足でジャージにTシャツしか持っていない。
まぎれもなく世捨て人ではあるだろう。世間的には遊び人に見られても、大いに受け入れる。外に住んでいないだけだ。
「お前さんにぴったりの世界があるんだが、転生してみないか?」
「みないかって言われても、何がどうぴったりなのかわからん」
「遊び人が賢者になれる世界があるんだが、もう1万年ほど遊び人から賢者が輩出できていない。よかったら、試しに転生するのはどうだ?」
「ああ、転生ってかぁ。今さら、赤ん坊からやり直すのはキツいぜ」
そう言うと、神様は笑って「大丈夫」と頷いていた。
「ただし、人生は賭けてもらうぞ」
「ん~、まぁ、そりゃそうか。地球で生きていてもこのまま大した人生じゃないだろうからな。よし、いいよ。それで」
「うむ。適性は遊び人のままにしておく。大いに頑張ってくれ」
「頑張るのが嫌いだから遊び人なんだぜ」
「そうだったな。では……」
目がくらむような光の中を通り、いつの間にか草原に辿り着いていた。
「これじゃ、メタバースと変わらないじゃないか。もしかしてあの神様も治験だったのか」
頬をつねって見ると、ちゃんと痛い。
「で、こっからどうするんだ? まぁ、なるようになるか」
そう言ったはいいが、この世界はそんなに甘くなかった。
突然目の前に現れた額に角が生えたウサギにボコボコにされた。
転生したばかりなのに死ぬのかと思ったが、ウサギは肉食ではなかったらしい。ジャージの裾を噛まれただけ。戦う必要はなかった。
草原で、言葉もわからない俺を見つけてくれたのは、冒険者という人たちだった。とりあえず、後をついていって町へとたどり着いた。
冒険者ギルドという場所に連れていかれ、登録するように言われて用紙に自分の名前を書いたが、全く通じていないようだった。
受付の犬の耳が生えたおねえちゃんに杖を向けられると、急に言葉が通じるようになった。
「言葉がわかりますか?」
「わかります。でも、どうして?」
「呪いをかけられていたようですので解きました。とりあえず適性を確認しましょう」
「適性は遊び人のはずだ」
「遊び人では食べていけませんよ」
「そりゃ、そうか」
この時点で俺を連れて来てくれた冒険者たちとは別れた。「今度飲もうぜ」だっていい奴らだ。
冒険者ギルドの裏にある訓練場で剣や魔法の適性をみる試験を受けたが、全く才能がないし努力のしようがないとのこと。
「ほらな。俺は遊び人をするしかないんだよ」
「皆、真面目に働いているのです。遊び人で稼げるわけないじゃないですか!?」
「はい……」
めちゃくちゃ受付のおねえちゃんに怒られた。
戦い方や、ダンジョンがいかに危険か、など詳しく教えてくれる。この世界には魔物がいるらしく、俺が遭遇したウサギは、その中でも最弱。それに負けた俺はもっと弱いということだ。
「そんな俺に務まる仕事ってあるのか?」
「できることを考えてください!」
「はい。ギルドの職員とかは?」
「舐めないでください。3年間は学校に行かないといけません。お金はありますか?」
「えーっと、戦いには向いていないから、ゴミ拾い、いわゆるスカベンジャーとかかなぁ……」
「盗賊ですか?」
「いや、そんなには悪党になれないと思う。そういう器じゃないことは自覚しているから」
賢者になるという目標はあるものの、過程はいろいろあるだろうが、悪事を働くと夜眠れなくなりそうだ。小心者で、どうしようもない。
「救護班とかは足りてるか?」
「何をする人ですか?」
「ダンジョンって危険なんだろう。だったらケガ人が出るはずだ。それを背負って戻ってくる職はないのか?」
「ああ、僧侶見習いの荷運びみたいなものでしょうか?」
「とりあえず、それで……」
ようやく時間はかかったが冒険者としての登録は済ませた。
「ダンジョンはどこにあるんだ?」
「町から坂を上った山の中腹です。装備は?」
「いや、邪魔になるだろう」
サンダルと鞄は支給された。いつまでも裸足ではいられないし、何か見つけたらとりあえず拾って来いとのこと。
「あんた依頼書も見ずにダンジョンに行くのか?」
隣で職員との話を聞いていた剣士が聞いてきた。
「別に目的があるわけじゃなくてケガ人がいれば仕事するだけだからな」
「変わってるなぁ」
とりあえず、山を登ってダンジョンがある遺跡に行ってみた。
冒険者たちが集まっているのでダンジョンの入り口へは迷うことがなかった。
亜空間に通じるらしいが、扉があるだけ。だが、ダンジョンの魔物は遺跡の外へは出られないのだとか。どういう原理で動いているのかは知らない。
もちろん、俺のような軽装で入る者はいなかった。笑われたり揶揄われたりしたが、遊び人なのだから当たり前だ。それでこそ遊び人の真骨頂。おどけながらダンジョンに入ってみる。
ダンジョンは薄汚れていて、血と汗の匂いが入り混じった臭いがした。
通路の先で、魔物が死んでいる。俺がボコボコにされた角の生えたウサギだった。腹を裂かれて、何かを取り出したような痕跡がある。何かはわからん。
死体を見ると一気に緊張感が増した。
ここはダンジョンで生き死にの場所。遊び人が来ていい場所ではない。
俺は転生先を間違えたようだ。それでも、賢者になれた者が1万年前にいたという。嘘かもしれない。でも、それくらいしかやることはないのだ。
「よし、なるようにしかならないな」
さらに通路を進んでいくと、広い部屋に辿り着いた。部屋の中にもかかわらず木が生い茂っていて、天井も明るい。
部屋の中では、小さい鬼と冒険者たちが戦っている姿が見えた。
さらに端の方で目が光る狼と戦っている魔法使いもいる。
ガキンッ!
剣とこん棒がぶつかり合う音や、火の玉が飛び交っている。
こんな場所にいたら死んじまうと思ったが、飯が食べられないと思ったら引き返すわけにもいかなかった。
ボカンッ!
じっと観察していると、次第にゴブリンたちは劣勢になり、剣士を含む冒険者たちは奥へと進んだ。魔法使いは相打ちのような形で倒れてしまった。
とりあえず魔法使いが息をしているか確認。命はとりとめているようだが、気絶している。
狼は、舌が千切れているし、足も吹き飛んでいる。息をするのも辛そうだ。かわいそうなので、落ちていた枝で突き刺して絶命させた。
とりあえず、魔法使いを抱えてダンジョンを出た。探索も何もできなかったが、魔法使いの命だけは拾えた。
運動などしていない俺からすれば、女性でも重く感じるはずだが、それほど疲れもなく町へと下りることができた。
冒険者ギルドの医務室という部屋まで運び、職員たちに預け、魔法使いが起きるのを待つ。回復薬や薬草はこの時に覚えた。
「どこ?」
日が傾き始めた頃に、魔法使いは目を覚ました。
「冒険者ギルドの医務室だよ。あんたはダンジョンの初めの部屋で倒れていたんだ」
「そんな低階層で……」
ダンジョンは階層に分かれているらしい。
「運んだのは俺だ。駄賃をくれないか?」
悔しそうにしている魔法使いを他所に報酬を貰いたい。
「死んだ狼の魔石があるでしょ?」
「魔石?」
「胸を開けて、取り出さなかったの?」
「ああ、取り出さなかった。そうか。魔物の胸には魔石があるのか……」
角のあるウサギが開きになっていた理由がようやくわかった。
「まぁ、いいわ。とどめさえ刺せれば、経験値は入るから。はい、銀貨一枚でいいかしら?」
「ありがとう」
とどめを刺したのは俺なので、もしかして経験値は俺に入っているのかもしれない。
「まだ、ケガは完全に治っていないらしい。ちゃんと休むようにって」
「ルーキー(初心者)のあなたに言われなくてもわかってるわ」
銀貨をポケットにしまい、一旦医務室を出る。
「銀貨一枚と経験値をかすめ取ってしまった……」
受付のおねえちゃんに事情を説明すると、「別にいいんじゃないですか」とのこと。
「ダンジョンは弱肉強食ですし、運び賃は貰った方がいいですよ」
「仕事をしたことになるか?」
「戦闘の才能もないんですから、十分な働きと言えるんじゃないですかね」
許可が下りたので、ひとまずこれを仕事にしよう。
全然、遊び人っぽくはないが、背に腹は代えられない。
その後、ダンジョンと冒険者ギルドを往復し、ひたすらケガ人を運んだ。
初日のうちに3人も助けることができて、銀貨も3枚。安宿に3日は泊まれる額だ。
異世界に来てから数日が過ぎていた。
ダンジョン生活もだんだん慣れていくとともに、はっきり天皇賞は諦めた。正直握りこぶしを作るくらいには悔しい。
俺は、その怒りを情報収集に当てた。
掲示板を見ると、依頼書が貼ってあるが、どこに何があるのかがわかる。最初の部屋にしか辿り着いていないが、薬草の採取場やフィンリルの発生地、コボルトの村、マンドラゴラの群生地など、見たこともない場所の情報が知ることができた。
その後、ケガをして冒険者を引退した老人を探し、酒を奢って簡単な地図を描いてもらう。意外に引退した人も町には多く、傷を見せて自慢してくる人も多かった。
「一階層だけでいいのか?」
「初めの階層以外に行く気はないからね」
特にダンジョンが入るたびに部屋の配置が換わるというようなことはないらしい。
深い階層に行くと、巨大な魔物が発生して、部屋が拡張し始めるとのこと。絶対に行かないと決めた。
あとは、朝方、冒険者ギルドの依頼書が貼られた掲示板の前で、その日ケガをしそうな冒険者のパーティーを予想するだけ。
ほとんどの冒険者がケガもなく無事に帰ってくるが、ケガをする者、死にかける者というのは実力以上の依頼を請けようとしたり、体調が万全ではないのにダンジョンに向かう。
毛並みの悪い馬をパドックで見つけるようなもの。勝ち馬じゃなく、誰が負けるのか、どこに行くのか、見ていれば、自然とケガ人が出る場所も予想できる。
午前中はだいたいケガ人の予想に当て、午後になってからダンジョンへと潜る。
ダンジョンは「潜る」ものらしい。
俺は浅瀬しか潜らないが、意外に討伐部位を取っていない魔物の死体や、魔石を取りだし忘れなどもある。本来は討伐者に解体の権利があるが、放置して蘇り疫病を流行らすこともあるので権利者がその場から離れ、時間が経っている場合は貰ってもいいとのこと。
一階層の部屋はほとんど森のようで、腐肉喰らいの虫や魔物も現れて、魔物の死体も冒険者の死体も、夜の間に処理されてしまうとギルド職員が教えてくれた。本当のところは見たことがないので知らない。
午前中のうちに中堅以上の冒険者は、一階層を突破し次の階層へと向かっている。
残っているのは俺と同じ新人たちばかりだ。皆、パーティーを組み、出現した魔物たちと戦っていた。俺のように単独でダンジョンに潜るのは、パーティーを追い出された鼻つまみ者だけ。
今日も今日とて、無茶な依頼を請けた冒険者たちが倒れていた。マンドラゴラをうかつに引き抜き、絶叫をくらったようだ。マンドラゴラの絶叫を聞くと、鼓膜が破れたりするらしい。
このまま放置しておくと、腐肉喰らいに食べられてしまうので、冒険者たちを運び出す。しおれたマンドラゴラを割り魔石と葉を採取し、冒険者ギルドへと持っていくと、そこそこいい金になる。
もちろん、こんなミスを犯す冒険者たちに金なんかないので、装備でも飯でもいいので貰うことにしている。無料でやると、便利屋だと思われてしまうからだ。
その日貰ったのはナイフだった。魔石を取りだすのに買おうと思っていたのでちょうどよかった。
何と言うことはないのだが、暇つぶしに貰ったナイフを、宿の壁に放り投げる。
コツン。
意外に刺さらないものだ。
元来の遊び人気質が出て、板を買ってきて的を描き、ナイフを投げる遊びを始めた。
ダーツのようなものだ。前世ではバーでやったことはある程度だったが、こちらの世界では遊びが少なく、たったこれだけのことでもとんでもなく面白い。
夜更かししてまでやっていたら、宿の主人にうるさいと怒られた。
的に刺さるようになると、もっと面白くなるのでやめられない。
翌日、音が出ないように緩衝材を挟み、いろんな投げ方を試していった。
遊び人としての資質があったのか、異世界のシステムでそうなっているのかわからないが、やったらやった分だけ上手くなっていく。
冒険者ギルドの職員に聞くと、投擲スキルと呼ばれるものらしい。
3日ほど遊んでいたら、二本同時に投げたり、ジャグリングができたりとすっかり遊び人らしくなっていた。
5日目、宿代がなくなり冒険者ギルドに行くと、初日に助けた魔法使いに声をかけられた。
「あんた、まだソロなの?」
「ああ、一人だよ。別に誰かと組むつもりもないけど……」
「最近、見なかったから、ダンジョンに潜ってるのかと思ってたけど、怪我でもしてた?」
「いや、宿の部屋で遊んでただけだ」
「あ、遊んでた?」
「適性が『遊び人』なんだ」
よくわからない言い訳をして、掲示板を見る冒険者たちを観察していた。
「仲間を探してるのか?」
魔法使いに聞いてみた。今日はしっかり準備をしているし、いい仲間さえいれば、依頼も達成できそうだ。
「まぁ、ね」
「あそこのパーティーはどうだ?」
「中堅は新人に厳しいから」
「顔見せだと思って、ついていくのもいいと思うぞ。腰を低くして声をかけてみれば?」
「ん~、わかった。試しに1日だけやってみる」
魔法使いは、本当に俺が言った冒険者たちについていった。この土地の人たちは他人を信用しやすいのか。
俺はというと、僧侶だらけのバランスの悪いパーティーが薬草を採取の依頼を請けているのを見ていた。
僧侶の中には武術をたしなむ者もいる。ケガをすれば、すぐに回復をしてくれる。
通常であれば、ケガ人はどうやっても出ないはずだ。
ダンジョンの落とし穴はそこにある。
実際に落とし穴があるわけではなく、場所に問題がある。依頼は本来、薬草の採取場ではない。簡単な採取依頼ではなく、おそらく誰かが危険を事前に察知した調査依頼だ。
つまり、何かしらイレギュラーな危機があるかもしれない。
だが、初めてダンジョンに入る僧侶たちが請けていい案件か。職員たちが渋い顔をしながら、注意を促していたがどれだけ理解しているか。
情報の格差がここにある。
とりあえず、俺はダンジョンがある遺跡の脇で昼まで寝ている。冒険者がたくさん出入りするので、獣もやってこないし日向ぼっこには最適だ。
昼過ぎ。寝過ぎた俺はダンジョンへと潜る。
新人の冒険者たちは帰っているところ。
「僧侶たちのパーティーを見なかったか?」
帰る冒険者に聞くと、見ていないとのこと。
無事に町に帰っていればいいと思いながら、俺はフィンリルの発生地へと向かった。
森が多いダンジョンの一階層の部屋だが、その中で最も小さい部屋がフィンリルの発生地だった。小さいと言っても、地球で言えば田舎の体育館やグラウンドほどの大きさは十分にある。
通路には新人の冒険者たちが固まって中に入れないでいた。ケガをしている者たちがいて、通路の脇に寝かされている。
「何があった?」
「草が蔓で襲ってくるんだ。何が何やらわからないうちに、魔物も凶暴化して襲ってくるし、頭が割れそうに痛くなる」
「きっと誰かが幻覚を見せているんだ。深層の魔物がやって来たんじゃないか」
新人冒険者たちは、事実と予想を交互に語り合っていた。
「中を覗いてもいいか?」
「ああ、中に入るなよ。僧侶のパーティーが入ったまま帰ってこない」
「ほら、紫色の粉が舞っているのが見えるか。眠り粉かもしれないぞ」
新人たちは仲間に回復薬に浸した包帯を巻きながら、よく観察している。まぁ、新人と言っているが、この中で最近、冒険者になったのは俺だろう。
「マスクしておくよ」
尻ポケットから手拭いを取り出して、口と鼻を覆うように後頭部で縛った。
部屋の中は、薄っすら紫色。後は、走り回るフィンリルやコボルト、それから大きな蝙蝠が飛び回っている。
混乱しているようで、木が倒れて、奥の方まで見通せた。
部屋の中心に自動販売機ほど大きな紫色の花が咲いている。蔓をくねくねと動かしながら、紫色の花粉をまき散らしていた。
めしべが天井に向けてそそり立っている。おそらくあれを倒せばいいのだろう。
「あの花を見たことがあるか?」
「いや。きっとあれが深層の化け物だな。もう中堅の冒険者たちが帰ってくるのを待つしかないだろう。俺たちは仲間を担いで報告しに行くよ」
そう言って新人冒険者たちは寝かされたケガ人を背負い、来た道を戻っていった。
俺はといえば十分に寝ているし、部屋に入りさえしなければこちらに攻撃が来ないようなのでいろいろと試してみることにした。
通路から、巨大な花に向けてナイフを投げてみた。
コツン。
あっさり蔓に払われて、届きそうにない。
部屋の天井を確認。ナイフを高く上げて、落下させてみることにした。
ナイフ投げをしている間に思いついた遊びだ。ただ投げて当てるよりも難易度は高い。
よく狙って、天井付近までナイフを放り投げる。地面から伸びる蔓はまるで届いていない。
「いける!」
放物線を描きながら、ナイフは巨大な花のめしべにサクッと刺さった。
巨大な花はみるみるしおれ、まき散らしていた花粉も落ち着き、部屋の空気が正常に戻っていく。
警戒しながら、一歩部屋の中に足を踏み入れたが、特に魔物が襲ってくることもないようだ。
「気絶しているな」
フィンリルもコボルトも、俺が近づいたことも気づいていない。とりあえず、息のある魔物はとどめを刺していった。
魔石と討伐部位を回収。鞄が膨れパンパンになった。
部屋中を探し回ると、僧侶のパーティーを見つけた。
とりあえず、一人ずつ冒険者ギルドへ運び、鞄を預けて状況を説明。ダンジョンと3回往復して、倒れた僧侶たちを運んだ。
全員、意識を失っていたが、死ぬような外傷はなし。何よりだった。
職員から討伐部位や魔石の報酬を貰い、さらに1階層のボスモンスターを倒したということで報奨金まで渡してきた。
「数年に一度、自然に発生するのですが、まさか今日発芽するとは思っても見ませんでした。申し訳ございません」
職員のおねえちゃんは、眼鏡を直しながら注意を促せなかったことを反省していた。
「真面目過ぎるんじゃないか」
「しかし、冒険者の皆さんは命がかかっていますから」
確かに、一歩間違えれば全員死んでいたかもしれない。
あのまま俺が動かなければ、夜を迎えて腐肉喰らいに食われていたかも。そう思うと恐ろしい。
ただ、生き死にの場所で、恐怖による思考停止は、もっと危険なのではないだろうか。
できるだけ発想しやすいように自分の心を穏やかにし、イレギュラーな事態を楽しめるように遊ばせておきたい。
パーティーを組んで、責任を押し付け合い集団で自滅することが最も悪手。
仲間を募るなら、自分にはないものを持っている者に限る。
「一階層のボスをソロで倒したって本当?」
酒場で飲んでいたら、ダンジョンから帰ってきた魔法使いが声をかけてきた。
「ああ、ボスらしいな。動く花を倒しただけだ」
「経験値もたくさん入ったのだろう?」
「そうなのか。強くなった気はしない。俺にはこっちの方が嬉しいよ」
指で丸を作る。金が入って懐は温かい。
「そうじゃなくて、経験値が入ったなら、教会でスキルの加護を受けたらどうだ?」
「スキルの加護って、なんだよ」
「知らずに冒険者をやっていたのか? 冒険の手引書にも書いてあっただろう?」
「なんだそれ?」
魔法使いは冒険者ギルドで貰った冊子を見せてきた。そう言えば中身は見ていない。
「なになに、教会で加護を貰い、スキルレベルを上げられるだって!?」
なにやら、いろんな技術を授けてくれる神がいるらしい。
異世界、すごいね。
翌日、魔法使いと一緒に町の教会に行ってみた。
ものすごく髭の長い老人がいた。顎髭が地面まで付いている。白い僧侶の服を着ているし、顔の皺が神様よりも神様然とした雰囲気を醸し出している。
司祭だとか。
怪しさしかないが、水がめにいれた聖水に手を浸すと、神の加護でスキルを授けてくれるという。
「どんなスキルが欲しいのじゃ?」
「選べるのか?」
「本人の才能にもよるが、ある程度はな。ん!? お前、もしや遊び人か?」
とりあえず聖水に手を浸すと、すぐに司祭に見破られた。
「そう。投擲のスキルがあれば、それを……」
「ちょっと待て! なぜ遊び人なのに、こんなにもレベルが上がっている?」
「ダンジョンの一階層でボスを倒したそうよ」
魔法使いが横から口を出してきた。
「遊び人だろう? なにか裏のルートから経験値を得たのではないか?」
「一応、冒険者ギルドでは認められているし、死人も出さず、むしろ救っていると思う」
「なんだ、そうか」
やはり、この町の人たちは、真面目で他人の話を信じ込みやすいのかもしれない。
「投擲スキルだったな」
そう言うなり、じんわり聖水が光り生暖かい水が体の中を駆け巡った。加護を受けたらしい。
「他に欲しいスキルはないのか? このままではポイントが余ってしまうぞ」
「ポイント制なのかよ。でも、別にないよ。あ、解体スキルとかがあれば欲しいかな」
「建築系か? それとも肉屋か?」
「肉屋の方」
再びじんわり聖水が光って、加護を貰った。
「他に? なんだっていいぞ。魔法だって選びたい放題だ。ただ、遊び人だからな。魔法なんて伸ばしても意味はないけど」
「ちなみにどんなスキルがある? 逃げ足とか?」
「荷運びと逃げ足は、すでにスキルが上昇している。遊びながら働いているのか?」
「え~、じゃあ、おすすめのものはない?」
「回復系の魔法はいいぞ」
司祭らしい。聞かなきゃよかった。
「薬草があるからいいや。予測とか予知とかはないの?」
「ない。固有スキルだ。あ、でも危機察知というのはある。これは遊び人特有のものだな。初めて見た」
この町に遊び人は俺一人だけと言うことか。
「じゃあ、それで」
じんわりとした水が体の中に入ってきたような感覚があり、とりあえず俺には投擲、解体(生物)、危機察知と3つの加護を受けた。
「まったく戦闘スキルがないな。冒険者として大丈夫か?」
「そんな危険なところにはいかないから大丈夫」
以降、冒険者ギルドの掲示板に貼ってある危ない依頼書は赤く染まって見えるようになった。とても便利だ。
ちなみに、懐はまだまだ温かいので、ダンジョンへは行かない。
のんびり賭場を探しに出かける。
田舎で真面目な人々が住んでいる町だが、賭場と娼館がないなんてことはないと思っている。日本の田舎でさえ、出会い系と称した人妻風俗が蔓延っているのだ。
賭け事や売買春で死刑にでもならない限り、どこかにあるだろうと思っていたら、普通に小さいコロシアムが街外れにあった。
強くなれば都会のコロシアムにも出られるらしい。いかにも田舎の拳闘場で、八百長上等のようだ。
でも、しっかり稼いだ剣闘士たちが必ずしもいい思いをしているとは限らない。食欲も性欲も行くところまで行くと、田舎町では限界がある。早々にどちらも手に入れた剣闘士たちの主人は美人の妻を侍らせているのにうつろな顔をしていた。
剣闘士たちには承認欲求がまだあるが、その主人となると、都会の同業者にでもいじめられているのかもしれない。
「賭けないの?」
コロシアムの観客席に座ってじっとコロシアムの様子を見ていたら、魔法使いが隣に座っていた。
「あれ? 帰ったんじゃないのか?」
教会でお礼を言ったので帰ったのかと思っていた。
「いや、ダンジョンにも行かずに何をするのか気になってついてきた」
「そうか」
「何を見ているの? 選手?」
「いや、全体かな」
「コロシアムの抜け道でも探しているってこと?」
入場には金はかからないので、抜け道があったところで意味はない。
「ある意味、そうかな。例えば、正攻法でコロシアムに出場するには選手として登録する必要があるよな? 裏道を考えれば、強盗事件でも起こして凶悪な犯罪者にでもなることで出られるかもしれない。俺が探しているのはそのどちらでもない。3つ目の入り口だ」
「なにそれ、意味がわからない。変なの」
「そう。俺が探しているのはそれだ」
魔法使いには理解ができなかったようだが、俺は元来の遊び人で小心者。正攻法も使わないし、破滅がわかっている裏のやり方も気が進まない。
観客席にいる町人たちは、皆、選手の勝敗を賭けているが、俺は新しい遊びを考えている。
エンターテイメントの種はどこにでも落ちている。賭けようと思えば、野良猫の決闘にだって、10ヶ月前の夜這いの相手だって、人類は賭けの対象にしてきた。
つまりは熱狂を作りだせればいい。
「やっぱり生死をかけた戦いは、熱狂を生み出すよな」
概ね、新しい遊びは思いついた。
いくつかの条件を揃えられれば、冒険者たちに金が舞い込んでくる。
冒険者ギルドには、旅の冒険者がよく来る。
もちろん居着いてしまう者たちもいるが、一定の期間いると、どこかへと旅立つようだ。
「流動性が高いってことだ。俺は初日で食えるようになったのに、どうして稼ぎにムラがある?」
昼の暇な時間帯にギルド職員に聞いてみた。
「それはそれぞれ能力が違いますし、クランもありますからね」
クランとは会社化したパーティーのことだ。
クランになれば、支援者も現れるが、新人をサポートするのはギルドだけ。
「それに、ロザンさんは通常の冒険者と違うことをしていますからね」
俺はなぜかロザンと呼ばれている。歴史的に有名な遊び人の名前だそうで、神様がいつの間にかつけてくれていたらしい。身分証明にも役立つので、そのままにしてある。
「人と違うことをした方が稼げるだろう? 商売の基本だ」
「適性が遊び人だからでしょう」
「そうかな。とにかくケガをしてしまえば仕事はできなくなるし、休養中のサポートもないんじゃ、冒険者たちは離れていくんじゃないか?」
「まぁ、そうですけど、何が言いたいんです?」
「収益化の方法を増やしてみてはどうかな」
「どういうことです?」
「新人や旅の冒険者でも、ダンジョンに行くだけで報酬を得られるようにする」
「なにも依頼もないのに?」
「そう。その冒険者がどこの階層まで潜れるのか賭けの対象にするんだ。もしくは何を持ち帰られるのかでも構わないし、どのパーティーが一番早く依頼を達成できるかでもいい。とにかく賭けが成立すれば、支援者が生まれるだろう」
「ギャンブルですか?」
「ああ、そうだ。冒険者には、魔物を倒すのが上手い奴、宝物を探すのが上手い奴、採取が上手い奴って、いろんな冒険者がいるだろ。毎日大会を開いて競わせれば、単純に冒険者たちが自分の成長を確かめられる」
「よくそんなことを思いつきますね?」
訝しげに職員のお姉ちゃんが聞いてきた。
「だって、わざわざ登録しているのに、そのデータが無駄になってるだろ?」
「無駄って……」
「管理するだけじゃつまらない。情報は使いようさ」
「話は面白いが、難しいと思うぞ」
話を聞いていた職員のおじさんが、帳簿を付けながら声をかけてきた。
「倍率や掛け金はどうやって決める?」
「それを冒険者ギルドで管理している情報で、依頼達成率の高さや冒険者としての経験年数で決めればいい」
「そうか。でも、初めは運営側の手間が増えるだけで、損をするだけじゃないか?」
「手間賃はコロシアムの運営にも協賛してもらえばいい。戦闘力の高い冒険者は、コロシアムでも人気が出るだろう? なんだったら俺がプレゼンしに行こうか?」
「ああ、向こうが乗り気なら、こちらも考えてやってもいい」
言質が取れた。
あとはコロシアムで新しい商売の話をしたいと運営側に申し込む。決まった試合ばかりで、暇そうにしている時を見計らった。
「新しい商売って?」
「ギャンブルだ。冒険者のな」
「なんだそれは?」
「冒険者ギルドで大会を開いて、誰が、どのパーティーが最も成績がいいのか賭けをする」
「時間がかかりすぎるんじゃないか? 朝方賭けて、夕方に結果が出るってことだろう?」
さすがだ。話が早い。
「そうだ。つまり、商人から農夫まで、誰でもその日一日熱狂できるってことさ」
「ああ、なるほど。面白いが目的はなんだ? 掛け金は小さくてもいいのか」
「新人や旅の冒険者の顔を売ることだ。協賛してもらえれば、コロシアムの宣伝にもなる。旅の冒険者が別の町に行って、おかしな賭けをやっている冒険者ギルドの噂話をすれば、すぐに広がるだろ?」
「お前の目的は?」
「俺は遊び人だ。ギャンブルが増えれば、それでいい。どうせこのコロシアムのオーナーは暇だろ?」
「滅多なことを言うもんじゃない。聞かれたらどうする?」
運営は後ろを振り返っていた。
「事実だ。金はあるし、美人も連れているが、どうも日々の生活に人生の張り合いがない。しけた面して歩いて、人生の目標を見失っていないか、聞いてみてくれ」
「聞こえてるよ」
恰幅のいいオーナーが奥の部屋から現れた。
「こんな片田舎のコロシアムでオーナーをやっていても、満たされない日々を送ることになる。ブックメーカーになってお前さんは何をするつもりだ?」
「面白ければ、それでいい。遊び人だからな。これが表の理由かな」
「裏の理由を聞かせてくれ」
「大金を手にしても、結局どうやって使うかで他人の評価が決まるだろ? たくさん女を抱いてもいつか性病になって面倒な薬を飲むことになる。結果が見えているものは、当事者からするとどうしても飽きてしまうものだ」
「確かにそうかもしれん」
八百長をやっていれば理解ができるだろう。
「俺の遠大な目標は遊び人から賢者になることだ。簡単な努力でどうにかなるようなことじゃない。歴史的な偉業を達成しないと無理だ。ブックメーカーは通過点に過ぎない。本来の目的は異能者を見つけることだ」
「異能者、ギフテッドのことか?」
「天才程度じゃダメだ。人とは違う価値観を持つ者。そいつの影響で国中の生活が変わるような何かを起こす者を見つける必要がある。俺はその歴史的な瞬間に立ち会いたい。賢者と呼ばれるのは死んだ後でもいいしな」
「通過点か……」
「出来上がったら、システムごと売ってもいいぞ」
「その頃には、お前が口出しできないくらいになっているかもな。出資しておけ」
オーナーは運営職員に言って、コロシアムの奥へと消えていった。
「あんた、本気か?」
「詐欺に見えるか?」
運営の男は大きく頷いていた。
「詐欺でもなんでも束の間、儲かればいいだろう。俺が詐欺師かどうかの賭けもしておこうか。俺が死んでからしか確かめられないけどな」
大口の出資者が見つかったので、後は動くだけだ。
まずは採取大会から始める。
最も薬草を採れた冒険者にすると、ダンジョン内の薬草が枯渇しかねないため、早さで勝負することにした。
ほとんどケガをしないはずだが、奪い合いが起きないとも限らない。無論、冒険者のルールは適用されるので、他の冒険者を襲えば一発で冒険者の登録は抹消される。これはプレ大会だし、冒険者たちの実力を見るための戦いでもある。
その後、幻覚剤の効果のある植物や蛙などの採集に移っていく。
徐々に、危険度を上げていき、2階層、3階層の魔物を討伐する大会へと広めていく。
掲示板に貼られている依頼書はなくならないので、大会は禁止されない限り続くだろう。
冒険者たちには、新人の頃からパトロンを作っておくことは大事だと説き伏せてあるし、依頼失敗しても大会に参加するだけで僅かな金を貰えるので、今までの冒険者ギルドの運営よりも格段に生活が成り立つ。
俺と魔法使いと組んで、失敗した冒険者の救出。中堅冒険者を雇い、犯罪者の捕縛と運営側で働くことにした。
「ロザンが取り仕切っているわけではないのか?」
「いや、冒険者の情報はギルドが持っているから、運営はギルドだよ。俺たちは臨時職員みたいなものだ。あとはスポンサー探しかな」
すでにコロシアムの他に、薬屋、鍛冶屋からも協賛の話を貰っている。大会で優勝すれば、宣伝になるし、競合他社を落とせると聞けば、誰でも乗ってくる。
やはり、この町の人たちは真面目で純粋だった。
突発的なアクシデントもなく、プレ大会は終わり、翌日から本格的な大会が始まる。
休日には広場でナイフ刺しの曲芸をして、客を集めたお陰なのか、金の匂いに釣られてなのか、当日にはたくさんのお客が冒険者ギルドにやってきた。
掲示板には、依頼書の代わりにオッズが張り出され、さながら冒険者の競馬のようになっている。
掛札はコロシアムの運営が手伝いに来たし、偽造をすれば手が切り落とされると注意もされた。コロシアムや薬屋の後ろ盾が貴族だったことも大きい。どこからも反対の声がなかった。
「一日に3回も大会をして大丈夫か?」
魔法使いが心配そうに聞いてきた。
「階層が違うから大丈夫だろう。新しい冒険者の形になるといいな」
優勝者には注目されて、金も人も集まるだろう。
町の人たちは仕事の前に賭けて、仕事終わりに結果が出る。それほど、賭けなくても日々の生活に張りが出る。生活を賭けたギャンブラーたちは冒険者たちの実力を見る目が養われる。オッズを割り出す方法も変わってくるだろう。
初日、二日目と俺は冒険者の救出に奔走。
三日目に、旅の冒険者から、西の町に図書館があり、100年解けなかった謎を解いた者が出たらしいと噂を聞いた。
「それじゃあ、俺は行くから、後よろしく」
魔法使いにダンジョン救護クランを作った方がいいと提案した後、俺は別れの挨拶をした。
「え? どこに?」
「西の町だ」
冒険者の大会運営が回り始めたら、とっととコロシアムのオーナーに持っている権利を売って俺は旅立つ。
「いいのか? 金になるのはこれからだぞ」
「言ったろ? 俺は遊び人だ。遊びはできたけど、町の人が遊んでもらう用で、俺は遊んでいられない。それじゃあ、作った意味はないだろ。それに冒険者は、いつまでも一ところには居られないさ」
「そうか。餞別だ。受け取ってくれ」
オーナーは無駄に派手なシャツを渡してきた。Tシャツよりは信用されるかもしれない。
遊び人が町を出るというだけなのに、魔法使いや僧侶たちが見送りに来てくれた。義理や人情を忘れたわけではないが、彼らにしてあげたことは少ない。俺は遊び人だから迷惑をかけただろう。そもそも名前も覚えていない。
ナイフと着替えくらいしか持っていないので、少ない金を小分けにして渡しておいた。餞別は使えない思い出の品よりも使えるものの方がいいだろう。
「それじゃ」
「うん。じゃあ、また今生で会えたらよろしくー」
金はたんまりあるので、駅馬車は使いたい放題だった。
樺の林を抜けて、真っすぐな道を馬車で西へと向かう。
魔物も盗賊も出るらしいが、馬車を止めてまで襲ってくる者はいないらしい。そもそも俺を襲うにしても、今日噂を聞いて、今日のうちに出てきたので準備もできないはずだ。
夜が更ける前に、図書館のある大きな町に辿り着いた。
田舎町とは違い、夜中でも魔石を使ったランプが街灯として通りを照らしている。
娼婦も多く、冒険者風の男が誘われていた。酒場でも、サイコロを振るような音が聞こえてくる。
街角の看板を見れば、コロシアムと競馬場もあるらしい。大きな町だ。
図書館は町の北側に位置し、周辺は学生街になっているとか。
学生街で安宿を探し、一泊することに。見つけるのに苦労した。
小さい個室だったが、荷物はそれほどないので十分だ。窓の外を眺めていると、酒を飲む学生らしき若者たちの声が聞こえてきた。
ダーツバーでも開けば、人気になるかもしれない。
ただ、この町にはエンターテイメントが多いから、新規参入は難しいだろう。
明日から異能者探しだ。
こっちは人生を賭けたギャンブル。賢者になれるかどうかの大勝負の真っ最中だ
サードドアの話です。
続きはあります。ブックマークが増えれば、出します。




