第7話 実地訓練②
俺たち4人が森の中に入って5分ほど経った。
俺たちは、モーリスさん・ジャンさん・俺・マルクさんという順番で道を進んでいる。獣道以上街道以下のこの道では横に並ぶことは難しい。
モーリスさんが少し前で偵察を行い、ジャンさんは俺を守り、マルクさんが後ろを警戒しつつ現れた敵を倒すという布陣だ。
これは、完全に俺を守る布陣だ。俺が死んでクラスメイトたちに動揺が走るとまずいと考えたのだろう。
実際に俺が死んで動揺するのは誠ぐらいだろうが、細かい交友関係は2週間では把握しきれないから、王国は気をつけているはずだ(と思う)。
魔王討伐は人類全体に関わる話だから、慎重すぎるということはない。
「いました!敵は一体。種類はっ!なんだよ、警戒して損した」
俺は全く気がつかなったが、魔物が現れたようだ。モーリスさんが大声を上げた。
俺は初めてのことでかなりびっくりした。日本では大声はそんなに聞くことはないし、この世界に来てからも図書室にいた時間が長かった俺は、大声を久しぶりに聞いたからだ。
それに加え、魔物だ。ついに来たのか。自然と体に力が入る。
「モーリス、どんな敵でも油断はするな」
「隊長、そうは言っても」
立ち止まっていた俺たちの前に現れたのは、スライムだった。いや、この世界でどういう名前なのかはわからないが。水色の物体がゆっくりと動いている。
やっぱりゲームでよく見たスライムだ。
「スライムか。久しぶりに見た」
この世界でもスライムという名前なのか。いや、神様が作ったこの異世界人向けの翻訳システムがスライムと訳しているだけかもしれない。
「ジャンさん、スライムって珍しいんですか」
「いや、むしろありふれた魔物だ。どこにでもいる。ただ、俺たちが任務で行くような場所ではスライムは生き残れないから、実物を見たのは久しぶりだ」
つまり、弱いということか。ラノベではスライムは弱い場合と強い場合の両方があるからな。この世界は弱い方ということなのだろう。
「洋介、スライムを剣で倒すのは苦労する。流石に負けることはないが。雷魔法の出番だぞ」
マルクさんがそう言った。確かに、弱い敵が一匹だけいるんだから絶好の機会だ。スライムが俺の初討伐か。
相手にとって不足なしとは言えないが、危ない魔物を相手にするよりはマシだと思おう。
俺は息を整え、魔法を発動すべく集中した。
「ボルト」
電流?が一瞬でスライムに到達し、直撃した。いまだに雷魔法の原理はよくわからないが俺はこれを便宜的に電流と表現している。
そして、スライムを成していた水分が崩れた。討伐したってことなのか?ゲームで細かい描写はなかったからよくわからない。
スライムの討伐話なんて自慢にもならないから誰もしてくれなかった。
「これが雷魔法か。スライムは死んでいるぞ。初討伐だな」
マルクさんが困った顔をしている俺の方を向いて言った。
そうか、これが初討伐か。もっと何か思うことがあるかと思ったが、特に何も思わないな。あんなに張り切っていたのに拍子抜けだ。
そんなことを思っていると、モーリスさんがものを投げた。慌てて俺が掴む。
「ほらよ、スライムの魔石だ。記念にとっとけよ」
手の中を見ると、紫色の石があった。話を聞くと、戦いを生業にするものには、初めて討伐した魔物の魔石を記念にとっておくことという慣習があるそうだ。
自分にも駆け出しのことがあったということを思い出し、危険な行動を慎むようにするためだという。強い魔物の魔石は大きいから、この小さい魔石を見れば自分がいかに弱かったかということがわかってしまうんだとか。
俺は強くなれず獲物の魔石があまり変わらないままという未来も見えるが、とりあえずアイテムボックスにしまっておいた。
ここまで話を聞いておいて、やっぱりいいですというわけにはいかないだろう。
「隊長。3匹きます。多分ゴブリンです」
モーリスさんがまた大声を上げた。
「どうやら長話をしすぎたようだ。行くぞ」
そうマルクさんがいうと、現れた3匹のゴブリンたちにマルクさんたち3人が切り掛かった。
ゴブリンAが持っていた剣を振るうと、マルクさんがそれを最小限の動きでこれをかわす。そして、自分の業物の剣を綺麗に振り、ゴブリンAの首をはねた。すごい、一瞬だ。
ゴブリンBがマルクさんに斬りかかろうとすると、ジャンさんがこの一撃を盾で受けた。ジャンさんはびくともしていない。
その隙にマルクさんがジャンさんの影から攻撃し、またもゴブリンBの首を刎ねた。こっちも一瞬だった。
この戦闘の間にモーリスさんがゴブリンCの逃げ道を塞いでいた。もう戦闘は終わったなと思ったが、モーリスさんもマルクさんも攻撃しない。ゴブリンCは今もあたふたしている。
なんで攻撃しないんだ?
「洋介、お前が攻撃しろ。これはお前の実地訓練なんだぞ」
えっ、俺が?と思ったが、マルクさんの言う通りだ。これは俺の訓練だ。もし俺が戦わなければ訓練にならないし、小川たちとの差は開くばかりだ。誠にもビビったなんて言えない。
見た感じ、この世界のゴブリンは人間寄りというより魔物よりだ。人型の生物を殺すなんてというような感情は湧きそうにない。その点は、ビビリな俺が殺すのに有利だ。
よし、やろう。やるしかないんだ。俺は腰から剣を抜いた。
剣を構えたことで、ゴブリンCは俺の方を向いた。
来るか。
来るか。
来た。
俺はゴブリンCの剣を避ける。くそ、避け過ぎた。ここから剣を振っても奴には当たらない。マルクさんとは雲泥の差だな。
改めて剣を構えてゴブリンCに向き合う。また来た。ゴブリンはやはり剣を大振りしようとしている。同じ手か。知能が低いのだろうか。今度こそ倒す。
そのとき、ゴブリンは足元の草に引っかかって盛大にこけた。どすんとこけた。そして持っていた剣が自分の足を貫いてしまった。ゴブリンの悲鳴が森に響く。どう見ても戦闘不能だ。
俺は呆気に取られそうになるが、攻撃の好機だと思って剣を力一杯ゴブリンの胸に刺した。
ゴブリンは一際大きな声を出した後、動かなくなった。終わったか?緊張からか俺は異常に息が上がっている。
さっきのスライムはなんちゃって初討伐で、このゴブリン戦こそが実質的な俺の初討伐だ。すごいアドレナリンが出た。
こんな経験初めてだな。運がいいというべきか、悪いというべきか。
「最後はあっけなかったが、とにかく討伐は討伐だ。ゴブリンを討伐できるとは思っていなかったからいつでも助けに入れるように構えていたんだが、その必要はなかったな。相手が転んでからすぐに倒しにいったのは評価できる。よくやった」
「マルクさん、ありがとうございます」
やった、マルクさんに褒めてもらった。この人が褒めてくれるときはいつも俺に気を遣っている感じがしていたんだが、今回は本当に感心しているみたいだ。
俺、本当にやったんだな。こんなに疲れたけどやってよかった。
その後、モーリスさんがさっきのように俺に魔石をくれた。ゴブリンの魔石はスライムの魔石よりも少しだけ大きい。見た目には全くわからないが、強さもゴブリンの方が上だからそのはずだ。
俺の息が整うまで少し休憩をとり、俺たち4人は同じ隊列で道を進み始めた。野営地に戻るにはまだ早すぎる。俺はもっと魔物を倒す訓練をしなければならない。
しばらくして、ジャンさんがさっきまでとは全く異なる様子で声を上げた。
「これはやばい。ヤバすぎるぞ。隊長。間違いありません。スタンピードです。それも特級の。強そうなのがうじゃうじゃいます」
「なんだと。それは本当か!?」
3人の雰囲気がガラッと変わった。今までの護衛モードから明らかに本気モードだ。俺は3人の雰囲気に飲まれそうになっていた。
俺の人生でこんな雰囲気の人たちにはあったことがない。
マルクさんが決意をしたような表情になった。もしかして撤退か?
テンプレによれば、スタンピードは魔物の大発生や異常行動を指す。この世界でもその通りなら、撤退を検討しなければならない事態だろう。
俺はマルクさんをじっと見つめる。
「計画変更だ!野営地まで撤退する」
マルクさんは撤退を決断したようだ。まあ、スタンピードなら仕方ない。
そう思って俺が来た道を戻るべく後ろの2人と立ち位置を変わろうと振り返ったとき、急に強い痛みを感じた。腹のあたりだ。
俺は下を見た。
剣が刺さっていた。
「悪いな、洋介。もともと殺す気だったんだが、この状況だ。ここでさっさと殺すことにした。とどめは刺さないから、魔物の大群に立ち向かうか、それとも逃げるか。とにかく自分で選択してくれ。残り短い人生、悔いのないようにな」
俺は何を言われたかわからず、その場に立ちすくんでいた。
本当に状況が理解できなかった。
マルクさんたち3人は、俺の方を見ることなく、本当に素早く俺たちが来た道を戻っていった。
俺はその様子をただ、呆然と眺めていた。
眺めることしか、できなかった。
上田洋介 Lv.1
HP:10/10 MP:49/50
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.2
治癒魔法 Lv.2
剣術 Lv.1
観察術 Lv.2