第46話 嘘はよくない②
「司祭様?」
予想外の人物が登場したぞ。
「うん。子供が司祭様に感謝するときは、ぎゅーってするの」
あれ、俺の知識ではそんなことはないのだが。
「えっと、村の司祭様はどんな人?」
「おじいちゃん。私の死んだおじいちゃんより年上みたい」
あれかな。孫娘ぐらいの子供との交流かな。それなら大丈夫。許容範囲だ。
「子供が好きなんだね」
「うん、女の子とよくお話しする」
また雲行きが怪しくなったぞ。俺は質問せざるを得ない。
「女の子限定?」
頼む。違うと言ってくれ。
「確かに女の子が多いかな」
神は死んだ。
「昔から来てるのに、お母さんたちに嫌われてるの」
常習犯。おまけに長期的被害。庇う余地なし。
「よくないよね?私にもすごく優しいし」
どう言えばいいんだ?純真すぎるペトラに真実を告げるのは酷すぎる。
「わざとなんだ」
ペトラは首を傾げている。
「嫌う・嫌われるの修行もあるからね。大変な困難を突破するすごいやつだ」
我ながら意味不明だ。なんだよ、嫌う・嫌われるの修行って。俺の方が説明を聞きたい。
「そうだったんだ。教えてくれてありがとう」
うう、距離ゼロの穢れなきペトラが俺には尊すぎる。誰だよ、穢れているとか言ったやつ。天使の間違いだろ。
「とにかく、抱きつくのは必要ない」
「いらないの?」
えろジジイには勿体無い。
「もう大人だから、修行に参加しよう」
「わかった」
そうか偉いぞ。一応念押しをしておこおう。
「修行中って言っちゃダメだからな」
言ったらバレる。次の世代の頃にはえろジジイが死んでいるから、問題ない。真実は闇に葬られるのだ。
ペトラは素直にうなずいてくれた。俺のバトルは終わった。何を守ったんだろう。よくわからないや。
そのとき、俺は油断していたんだ。だから、仕方がなかったんだ。そう、悪いのは俺じゃない。社会だ。
ペトラの顔がいつの間にか本当のゼロ距離になって、お互いの唇が触れた。数秒のキス。
顔が離れて、息が再開して、まばたきが乾燥した目を潤す。
身体が固まり、ベッドに深くもたれかかった俺に、綺麗な顔がもう1度迫った。
声が出ない。俺の声帯はここぞという時に機能しない。
「ヨースケさま」
囁くような声が艶っぽい。純真なのに、どこから学んだ?
2度目のキスを俺はどこか受け入れていた。流れに身を任せると楽だろうな。
でも、俺は甘美な誘惑を振り切り、3度目の前にペトラの肩に手を置いた。
「ペトラ」
俺の真剣な声に元のペトラに戻った。恥ずかしさの中に、不安や恐れ、戸惑いが読み取れる表情。
「だって」
「だって?」
この展開、デジャブ。
「司祭様が言っていたもん」
「司祭様?」
またお前か。どれだけの罪を犯せば気が済むんだ。お前こそ今すぐ地獄に堕ちろ。
「うん。本当に感謝しているときはもっとしないとダメって」
破壊力抜群のぎゅー以上のもっととは。俺はうなずいて続きを促した。
「キスをして、裸になって、す、好きにしてもらうの」
地獄じゃダメだわ。俺に1発殴らせろ。村のみんなで袋叩きにしてくれるわ。いや、それでも足りないぐらいだ。
エロいを超えて重度の性犯罪者だ。お前だけは聖職者になってはいけない。
「まずくない?」
こんな店で働いている以上、知識はあるはずだ。村にいた時はなくても、教えてもらった今では、それが意味するところがわかるだろう。
「でも、司祭様は嘘つかないし」
ペトラも薄々おかしいと感じているのか、自信なさげだ。流石にやりすぎだからな。
「嘘をつくぞ」
「そうなの?」
混乱している様子が見て取れる。教会に所属している本物の司祭はこういうことは言わないと思う。
しかし、ここまでの事態になったからには真実を告げるしかない。
「そうだ。司祭でも嘘をつく」
俺の断言に時間をかけて徐々に飲み込んでいくペトラ。
「なんで嘘をつくの?」
なんでだろうな。俺も知りたい。人が嘘をつく理由を解き明かせば、歴史に名を残せる。
「みんなと同じだよ。私利私欲のためさ」
「しりしよく」
難しすぎたか。言い換えよう。
「得をしたい、損をしたくないってこと」
わかりやすさを意識して、俺は先程の嘘についても説明する。俺こそが、司祭も嘘をつくという証拠になった。
要するに、司祭も人間で、嘘もつけば欲望もある。仙人みたいな聖職者はレアキャラである。これを理解してもらった。
「そう、だったんだ」
「現実」を受け止めきれないのだ。それが、自分にとって不都合であるから。どうも心当たりのある話だ。
ペトラはそっと立ち上がり、ベッドで仰向けになった。
「はは、涙が出ないや」
村で自分に優しくしてくれていた数少ないうちの1人である司祭。その人物は、信頼関係を基礎に性的なことを強要する存在だった。
俺が被害者なら一生物のトラウマだ。不幸中の幸いは、ジジイにはぎゅーまでしかしていないことか。それも最悪だが。
俺はベッドに上がり、ペトラの横に並ぶ。足はぶらぶらしている。長く話しすぎて疲れたんだ。
何も言わず、10分か20分か、正確な時間はわからないけど、俺たちは一緒に呼吸していた。こういうのも悪くない。
「ヨースケ様は、変わってるね」
「ヨースケでいいよ」
あの話をした後で、司祭として偉ぶる気分にはなれなかった。
「ほら。今もそう。さっきもそう。どうして?」
特に理由なんてない。
「なんとなく」
必ずしも行動に理由はない。やりたいこと、言いたいことを、そのままやって、言うときもある。
旅の恥はかき捨て。最低限のルールを押さえればどうとでもなる。
「それでも、優しくしてくれて嬉しい」
お褒めに預かり光栄だ。
つんつんと指で肩を突かれた。俺は心地よいまどろみの中にいるから、放っておいてくれよ。眠たいなあ。
ペトラはぐるっと回転して、俺の左半身に身体を寄せた。腕を両手で掴んでいる。
「ペトラは、不安なんでしょ」
「すごい、なんでわかったの?」
考えればわかる。幼馴染からの伝言は1度きりで。村では水商売をしていた女性に対する風当たりも強いはず。
うまく行ったとしても、生活はギリギリだ。わずかな期待と巨大な不安がすぐそこにある。
「強くありなさい」
そして神を感じ、正直であれ。
「そうだ。誓いを守らないと」
これから、3つの誓いが生活に染み込むだろう。きっと、それがペトラの支えになる。そう思った。
ペトラはベッドから立って埃を払った。俺も間を置かず立ち上がる。
扉の前で振り返る。部屋に入ってきた時とは違い、その目は決意に満ちていた。
「今日はありがとう」
「どういたしまして」
数時間も経っていないなんて嘘みたいだ。それほど、俺は人生経験を積んだ。成長した、気がする、と言っても過言ではない、と思いたい。最後、ただの願望になったよ。
「ヨースケに会えてよかった」
面と向かって言われると照れる。
「迷える子羊を助けるのも神の僕の仕事だからね」
この言い方が存在するのかはわからないけど、俺の翻訳スキルではこう翻訳されるのだ。だから、言いたいことは通じるはず。
まあ、かっこつけたかったのだ。可愛い女の子の前だから。
「どうお礼をすればいいかわからないな」
ペトラにはお金も地位も何もない。俺からまさか身体で払えとは言えない。外道司祭とは違う。
「いいよ、気にしなくて」
「私が気にするんだよ」
でも、特に欲しいものはない。これから苦労するだろうペトラからもらうと考えれば、心苦しいとすら思う。
「じゃあ、こうする」
再び俺たちの身体は重なった。抱きしめられるのが癖になりそうだ。麻薬のような依存性がある。
不思議とお互いに緊張は無かった。ただ、穏やかな時間が過ぎる。
「この気持ちは一生忘れません」
以前なら、俺には重過ぎる話だと思ったはずなのに、自然と心の中に収まる重さだった。俺の中にペトラのスペースができていた。
「俺も、君を忘れない」
言葉を交わし、身体は離れた。どちらからと言わず、俺とペトラは笑い合った。
「またね」
「ああ、また」
この店を辞めるペトラ。あまり遠くない内にこの街を離れ、各地を転々とする俺。
2人が再開するかは、実際のところ誰にもわからない。だけど、俺たちはそのように挨拶して、別れた。
ペトラと別方向に歩いてお店の通常ゾーンに戻ると、入り口付近でヘルマンが待っていた。
「遅かったじゃないか」
そのニヤケ面が憎たらしい。
「どうもお楽しみになったようで」
こいつ、娼館だとキャラ変わるのか。ただのうざい親父である。
「まあな」
あのやりとりを他の誰かに説明できない。2人だけの秘密だし、そうあるべきだ。
「お客さん」
お店のゴツい店員さんが現れた。何の用だ?
「お会計をお願いします」
ああ、一応お店だしな。金を払わないといけない。横を見ると、ヘルマンはお金を払い終わっているようだ。
「いくらですか?」
まあ大丈夫だろう。
「大銀貨4枚と小銀貨6枚です」
うんうん、小銀貨4枚と大銅貨6枚ね。っておい。ちょっと待て。
「高くないか」
「そんなことないだろ」
ヘルマンがやれやれという雰囲気だ。これが相場なのか?
「席料、指名料、サービス料、ワイン代、おつまみ代、個室利用料、個室指名料、衣装代、清掃代。すべて入ってますから、お安いですよ」
いやいや、ペトラのあの接客、飲み食いしていないワインと食事、告白を受けただけの個室利用、汚れていない衣装と部屋。
それを踏まえればぼったくりとしか評価できない。
にやにやした軽薄そうな別の店員が出てきた。俺の耳元でささやく。
「初物は良かったでしょう?」
それも料金込みかよ。何も楽しんでいないんだが。
「お支払い、いただけますね?」
謎の威圧感。こいつ、やれるぞ。Cランクレベルはあるんじゃないか。身体がゴツいだけのことはある。
くそ、アイテムボックスのせいで常に全財産を持っているから、一応払えるんだよな、これが。
俺は大人しく全額を支払い、店の外に出た。
「「ありがとうござました」」
歩いて、走り出して、店から十分に離れた。
「どうしたんだよ」
「ヘルマン、何でもないさ」
嘘だ。今日も俺は仲間に嘘を重ね、綺麗な月に向かって心の中でつぶやいた。
やっぱり俺は、不運だ。
上田洋介 Lv.32
HP:134/134 MP:313/315
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.4
治癒魔法 Lv.4
剣術 Lv.3
観察術 Lv.4




