第42話 ヘルマンと人間関係
これまで、ヘルマン&ニーナのカップルはどんな感じなのか想像ができなかった。淡々とした生活の中に愛情が宿っているのかと勝手に想像していた。
実際はやばかった。甘々バカップルである。
もともと、俺は限界状態だった。
寝顔は綺麗。肌は白くてキメが細かい。服がはだけている。視界でも感触でも存在感のある2つの丸。川に入ったのに漂う甘い匂い。
全身で受け止める体温。サラサラの長い髪。背中に回された両手。
目の前にある無防備な全てが敵だった。俺の理性は化け物級だ。俺以外なら間違いを起こしたことは必然だろう。
あそこでキスしようが身体を触ろうがバレないしそういう状態になったニーナの責任もあるけど、手を出したら終わりだと思ったのだ。
ヘルマンの彼女。そう念じ続けて川の流れに思いを寄せた。絶えずに流れていく川、まじリスペクト。鴨長明ありがとう。
訪れた目覚め。これで天国兼地獄の営業は終了。俺はそう勘違いしていた。それだけを支えにしてそこまで耐えてきたからだ。
現実は予想を上回る。いい意味でも悪い意味でも。
「ふはぁ、ヘルマン、おはよう」
ヘルマンじゃない。寝る前を思い出して。そうすぐに言えば万事解決だった。
でも、その顔が俺を硬直させたんだ。俺が見たことがない、幸せいっぱいのとろけた笑顔が。
いつも無表情のニーナが恋人にだけ許す、他の人が見てはいけない表情。それにひどく惹きつけられた。
いつの間にか俺の右手はニーナの顔を撫でていて、ニーナも気持ち良さそうな雰囲気を醸し出す。
「ねえ、キス、して?」
寝る前の「ぎゅー」より強力な言葉。
俺のレベルじゃお近づきになれない人が、貴族の令嬢が、友人の恋人が、同じパーティーの仲間が、ゼロ距離にいた。
抱き合って、俺のことを恋人と勘違いして、キスを待って目を閉じている。
俺はそのまま手を下ろして、顔に触れた。
ダメだ、絶対に後悔する。そう思い直して口に出そうとした瞬間、彼女が動いた。
「もう、焦らさないで」
顔を俺の胸にぐりぐりと押し付ける。ああ、また甘い匂いが広がる。彼女の匂い。頭がおかしくなりそうだ。俺はもう1度腕を背中に当てた。
ニーナは息を吸っている。俺とヘルマンはだいぶ違う。流石に人違いだとわかると思った。
俺の背中にあった腕が解かれて、でも、俺の頬に移っただけだ。
「私からは、久しぶり」
知ることがなかったはずの情報を手に入れた後、ニーナはまぶたを閉じて俺に顔を近づけてくる。
やけっぱちになった俺は、寝る前と同じように、後先が考えられなくなった。意図的に目を閉じる。
「好きだよ」
ここにきての追加。反則だよ。反則してくる相手が悪いんだよ。俺は悪くない。
お互いの唇が触れる寸前に、ニーナの動きが止まった。俺は目を開いた。目があった。
そのままニーナは固まって背中から地面にぶつかった。まったく動かなかった。
「大丈夫か?」
顔を覗き込みながら聞いた俺に、数秒遅れで返事をした。
「大丈夫。いま、全てを理解した」
それはそれで大丈夫じゃないと思う。事故とはいえ、浮気みたいなものだし。
バッチリ覚醒したニーナは1人で縮こまって赤面していた。ぺたんと地面に座り込み、両手で顔を隠す姿に俺は罪悪感を覚えた。
「その、ごめん」
あわよくばっていう思いがなかったというのは嘘になる。実際にやっていたら後悔していたと思うけど。
「私こそ、ごめん。2人は全然違うのに」
顔も表情も髪の色も体つきも声も話し方も、何もかも違う。よほど寝起きが悪いのだろう。
「2人だけの秘密」
そう約束して、俺たちは宿に帰った。アレクたちにはちょっと変に思われただろうが、ギリギリ気づかれていない、はずだ。
翌日、俺は1日中剣の練習をしたが、気づかれていない、はずだ。たぶん。誰にも見られてないから大丈夫だ。
ニーナとヘルマンもいつも通り仲良くしていたから、そういう意味でも良かった。俺のせいでギクシャクしたら最悪である。
さらに次の日である今日、俺はヘルマンと運動がてら魔物狩りをしている。
2人で行こうと誘われた時には全てを正直に告白しそうになったが、なんとか踏みとどまった。やはり、気づいていないようだ。
仮病なのに親にとても心配された小学生の気分である。
「こんなもんでいいか」
「そうだな」
ゴブリンやコボルトなどの小物を10匹程度狩った。駆け出しの頃は1匹相手するのも大変だったのに、俺も成長したなあ。
「ヨースケもこのパーティーに馴染んできたよな」
馴染む。変な意味ではないだろう。馴染む(意味深)の場合、土下座するしかない。
「そうだな、2か月以上経ったし」
メルツィヒの街を出発したのが遠い昔みたいに感じる。
「最初はさ、仲良くなれるか心配だった」
「そうなのか」
ヘルマンは誰とでも仲良くなれるタイプだから、意外だ。お互い心配していたということか。
「そうだよ。知らない奴だし。教会出身のソロって訳ありだろ?」
俺は曖昧に微笑む。設定はガバガバだから、答えられないのだ。
「その顔、マジで司祭っぽいぞ」
胡散臭い笑顔と思われてたのか。初耳だぞ。空気を読んでくれたんじゃなくて、教会の権威で聞かないでいてくれたらしい。
「癖はなかなか抜けないねぇ」
日本人になんてもう会うことはない。俺の日本人としての癖はいつまで残るのだろう。
「俺たちさ、閉じた人間なんだよ」
閉じている、か。上手い表現だと思う。
「貴族にも冒険者にも友人はいなくて、4人だけの空間で生きてたというか」
ヘルマンは自分でも何を言えばいいのかわかっていない様子だ。
「まあそこに違う存在が入って、いい感じにかき混ぜてくれたというか」
まあ、俺は4人とはかけ離れた存在だ。それ以上に、この世界のほぼ全員にとって異物ですらある。
世界の異物。俺の厨二心が疼く。左手じゃないぞ。
「とにかく、ありがとな」
そう言ってヘルマンは話を終わらせた。
そして、街への帰り道は、どうでもいい話をした。少し早いが、あまり魔物がいなかったから、俺も帰りたい気分だった。
魔物がたくさん出現するなら、周囲に街道も農村も街もできない。メルツィヒみたいな辺境が例外だったのだ。
討伐報酬をギルドで受け取ってから宿でローブを脱いで着替えた俺は、ヘルマンと連れ立って街に繰り出した。
ちなみに、討伐報酬は今の俺たちからすればお小遣いレベル。ゴブリンたちはE・Fランク相当だ。
Bランクパーティーと駆け出し冒険者の差は大きい。改めて、俺がこのパーティーに入れたのは幸運だったと感じる。
「どこに行くんだ?」
俺は目的地を聞かされていない。いい所と言われただけだ。この街はそこまで広くないけど思い当たる場所はない。
「いいから、いいから」
信頼して任せることにしよう。
「ところでさ、ヨースケには剣の流派とかあるのか?」
本当に突然だな。
「ないけど」
強いていえば、剣道とアレク、ヘルマンが師匠である。見てただけだが。
「ほっといてもスキルで強くなるんだけどさ」
スキルとはそういうものだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「それでも冒険者の適当剣術より帝都の偉い流派の方が強かったりするわけだ」
確かに、それはそうだろう。スキル補正で威力と型がそれらしくなっている面が大きいが、自分でできればなお良いと思う。
「アレクは一応正統な流派に習ってたから、参考にしろよ」
ああ、だから剣が綺麗なのか。身のこなしも軽やかでかっこいい。
「ありがとう。早速教えてもらう」
すると、ヘルマンは変な顔になった。
「普通、見て盗むものだろ、貴族じゃないんだから」
えっと、昔ながらというものか?見習いコックが下働きをして、見て覚えたことを夜に1人で練習する感じの。
戦前のすごい料理人がフランスで修行した話を思い出した。
「そうか、師匠を雇ったわけじゃないからな」
忘れがちだが、俺は観察術というスキルを持っている。スキル依存を脱却するのにスキルを使うのは悪い気もする。
でもパッシブスキルを止めることはできないので、どうしようもない。このスキルのおかげで、ちょっとしたことや理解したくないことでもすぐに理解することもある。
スキルはいいことをもたらす場合もその逆もあり得る。その持ち主の思想や行動次第なのだ。
今日もこの世界の知識を学んだ。毎日が学習の連続である。周りに合わせるのは疲れる。
ちょうどいいタイミングで、ヘルマンの足が止まった。
「ここだ」
うん、見た目だけでわかることがある。
あれだ。良い子は入っちゃダメな店だ。
でも俺、この世界では成人してるから、問題ないね。大人だからね、何事も経験さ、はは。
上田洋介 Lv.32
HP:134/134 MP:319/319
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.4
治癒魔法 Lv.4
剣術 Lv.3
観察術 Lv.4




