第39話 イザベルとローブ①
アレクと鎧を見立てに行った次の日の午後。
俺たちは午前中に鉱山にもう1度行って確認を行い、依頼完了の報告をギルドにしていた。
「では、報告は以上ですか?」
「いえ、まだ1つだけあります」
俺たちの討伐後にコックローチがいなくなったことは鉱夫の人たちがすぐに理解してくれた。いきなり全く出会わなくなったからだ。
やつ自体は頭が良いわけではないし、1匹1匹はDランクで十分に倒せる。あとはこの街の人たちに任せたい。
「依頼は完了したんですよね?」
そう依頼自体は終了した。問題は、そのプロセスだ。
「あの鉱山の管理人、ひどかったですよ」
コックローチの繁殖を許したこと以外にも、俺たちへの対応が杜撰だった。おそらく、俺たち以前の冒険者にも大した扱いをしていないだろう。
そのうえ、まだ幼いレナが簡単に中に入れてしまうのも良くない。
偉い人は人道的な観点を気にしないが、彼女がコックローチの養分になれば被害は拡大するのだ。管理不行き届けである。
「ああ、あの人ですね」
受付のおじさんも苦笑している。これまでの冒険者から報告を受けたのか、街の有名人なのか知らない。
だけど、その適当な対応は腹立たしい。人の命がかかってるんだぞ。依頼に失敗したパーティーは評価を落とし、今後の稼ぎにも関わる。
「どうにかならないんですか」
アレクが詰め寄るが、おじさんはびくともしない。
「まあ、うまく行ったわけですし」
Bランク冒険者が行っても反応なしということは、有力者の関係者など首にできない理由があるのかもしれない。
アレクは俺たちと目を合わせる。事前の打ち合わせ通りにやるという合図だ。
「では、本件につきまして、Bランクパーティーであるティラノサウルスのリーダー、アレクサンダー・フォン・アワーバック・ホルトおよび他のメンバーから冒険者ギルドに対し、正式に抗議があったと記録してください」
おじさんはまばたきを繰り返している。事態が理解できないようだ。
「正式に、記録してください」
アレクが繰り返すと、おじさんは慌てて記録した。あとでギルド長まで報告が上がるだろう。それぐらいしないと気が済まない。
俺たちは報酬を受け取り、ギルドを後にした。
「もう、この街では依頼を受けないわ」
イザベルは子供に優しい。
「なめられたら、貴族も冒険者もおしまいだ」
ヘルマンの言う通り。この国は自力救済の世界だ。泣き寝入りをしても誰も助けてくれない。
ニーナは何も言わないが、オーラで同意を示している。それって、ちょっとすごくないか。漫画みたいで憧れる。
「辛気臭い話はやめよう」
思い出すだけでも苛立つので、さっさと忘れよう。みんな、午後の予定を話し始めた。
「ヨースケ、ローブを見に行かない?」
イザベルからの誘い。魔法使いの必須装備であるローブを買いたかったところなので、同伴させてもらおう。
「じゃあ、一緒に行こう」
それぞれ街を探索や装備の調整をするらしく、俺たちはそこで別れた。
イザベルは狙いの店があるようで、迷いなく歩いていく。遅れないようにしよう。
「前から気になってたけど」
「なんだ?」
イザベルから真面目な話をされることは少ない。年上のお姉さんとして、俺をからかってくることが多い。
俺としては、そういうところが年上っぽくないと考えている。本当の年上は、行動で年上らしさを示すものだろう。
「なんでローブじゃなくて革鎧なの?」
なんでって、あんまり考えたことなかったな。低ランク冒険者といったら、革鎧だ。
「そりゃあ、お金がなかったから?」
まとめると、そういうことだ。金さえあれば、もっとマシな装備を揃えていた。
「じゃあ、これからはローブってことね」
俺の論理に従うと、確かにそうなる。今はそれなりに稼いでるわけで。
「まあ、そうだな」
イザベルも動きやすそうだ。剣を振るのに支障がなければ問題ないと思う。
「あと、杖は?」
杖か。いや、売ってるところがないんだよな。実地訓練の時にもらった杖はどっかに行っちゃったし。
「イザベルも持ってないだろ」
そういうイザベルも、杖なしだ。彼女は剣を振うことはほとんどない。その意味では杖を使いやすい。
「あれ、持ち運ぶのが面倒なのよ。効果も低いし」
まあ、そうだよな。俺も持ったときはちょっと重かった。俺の知る杖は、集団戦闘で遠くから使うことが前提だ。
「ここね」
剣や鎧を買うためにやってくる冒険者が多いからか、この街には魔法使い向けの店もあるとのこと。
「人がいないな」
中に客はおらず、店員の姿も見えない。
「魔法使いなんて、滅多にいないから」
まあ、俺も魔法使いの冒険者はほとんど見たことがない。ブレダで何人か見かけたぐらいだ。
普通は、国や貴族の兵士、研究者、商会のお抱えなど就職先が豊富にあるから、ピンキリの冒険者にはならない。
1つのパーティーに2人もいるこのパーティーが異常なのだ。
「入ります」
俺は一応声をかけて中に入った。泥棒じゃないぞ、という宣言だ。
「いらっしゃい」
老婆がいつの間にか隣に立っている。メルツィヒのゲル婆をさらに老獪にした雰囲気である。
「ローブを見に来たの」
イザベルは臆することなく、話しかけた。うーん、俺にはできない。これが陽と陰の絶対的な壁。
「ひっひ、こっちじゃ」
わざと、わざとだよな。リアルにこんな話し方をする人なんて痛いだけだ。いや、似合ってるけど。
「ちょっと待っておれ」
老婆は2階に上がっていった。在庫は上にあるようだ。俺は店の商品を眺める。
「あまり変なことをしない方がいいと思う」
「変なことって」
何か罠でもあるのか。店だぞ。
「わからないけど、魔道具次第かしら」
魔道具、久しぶりに聞くワードである。テンプレ異世界御用達だが、この世界で普通に生きていると存在感はない。
ニーナの弓とヘルマンの盾は魔道具だが、仕組みはよくわからない。
弓矢が魔法で作れるのと盾の防御中に攻撃できる機能だが、すごいというかすごくないというか。
2人とも魔力の関係で無駄遣いできないそうだ。リアルはそんなものである。
「なるほど」
俺が知ったかぶりでそれらしくうなずく。ここで聞くと恥ずかしいからだ。
「今あるのはこいつらさね」
バサリと置かれたローブの数は5着。1階は魔道具が多く置かれているから、メインはこっちだ。
「効果は?」
イザベルの今のローブは防御性能が高い。つまり、とても丈夫だがそれ以上でもそれ以下でもない。
老婆は1つずつ説明していく。
最初の3つは、水・土・風属性のものだった。俺たちには関係ない。
4つ目のローブは火属性向け。イザベルは前のめりだ。
「これは、威力を向上させるローブ。珍しいぞぉ」
「本物?」
えっ、偽物のパターンもあるのか。でも一期一会と考えれば、騙すという作戦もアリだ。
「本物じゃ。返品も許してやろう」
自信がありそうだ。効果が高いのかはわからない。
「この指輪との相性はどう?」
衝撃のニュース。イザベルの指輪=魔道具だった。ヘルマンからの贈り物だと思ってた。勘違いがバレなくて良かった。
「見せてみな」
老婆は受け取った指輪を観察している。俺は知識がゼロだから、店内をぐるりと見渡す。この中にも俺に合う魔道具があるのだろうか。
「大丈夫そうね」
一緒に見ていたイザベルが小声を漏らした。さすがは貴族。その手の技能もあるらしい。
「あと、そっちの坊主にはこれがいい」
俺のことを聞いたのか、5着目のローブを俺に差し出した。
「防御力の高い普通のローブ。1番安いわ」
イザベルもおすすめらしい。俺は2人からさらに情報を聞き出していった。
どうやら、レベル3〜4の魔法使いが身につける装備で、どこでも売っている。まさに基本中の基本。
今、イザベルが着ているローブよりも少し防御力が劣る程度だった。それなら革鎧よりマシだろう。
「いくらですか」
俺は心許ない財布を思い浮かべて、すがるような目で質問した。
「小金貨3枚と大銀貨8枚。安いじゃろ」
俺はバッグに手を入れ、アイテムボックスからお金を取り出す。足りちゃうんだよな、これが。
「ひひ、毎度あり」
老婆の得意げな声がいつまでも俺の脳内に残った。
上田洋介 Lv.32
HP:134/134 MP:319/319
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.4
治癒魔法 Lv.4
剣術 Lv.3
観察術 Lv.4




