第37話 黒いヤツ
「コックローチ討伐ですか?」
ギルドの受付嬢は期待を籠めた目をしている。手こずっているのは本当みたいだ。
「ええ、鉱山に居座っているというやつです」
魔物の詳細を聞いていないからアレクも答えようがない。
「それなら間違いありません。Bランクならすぐいけますよ」
太鼓判を押してくれた。逃げ足が速いだけで戦闘では雑魚なのか?
「なにせコックローチはDランクですから」
確かに余程相性が悪くない限り、2ランク下は瞬殺である。それぐらいの差がある。
「じゃあ、なんで手こずってる?」
パーティーの知識担当のニーナも知らないようだ。あまり有名な魔物ではないのだろう。
「逃げ足が早くて繁殖力が強いんです」
ああ、そっち系か。それなら納得。蟻みたいなものだ。
「まあ、俺たちならなんとかなるだろ」
ヘルマンの言う通り。いざとなれば、出会い頭にイザベルの火魔法で皆殺しすれば良い。レベル5なら一発さ。
「受注処理をお願いします」
数回の失敗を経て討伐報酬も意外と高くなっているので、そちらの面でも旨みが大きい。俺たちは意気揚々と問題の鉱山に向かった。
いま、俺たちは鉱山の中にいる。長い間現役の鉱山なので、道がかなり入り組んでいる。
正面戦闘を担当しない俺とイザベルがたいまつを持って移動中だ。一応、定期的に明かりは設置されている。
しかし、思ったより内部は暗いし、足元も安定しない。地図なんてものもなく、適当に探してくれと言われた。
正直、前提条件が酷すぎる。アレクたちも周囲に人がいなくなったら、ハズレだと言っていた。
あと、俺への対応も悪かった。荷物運び頑張れよと言われて、パーティーの空気が凍ったからね。
今までもギルドで失礼で酔っている冒険者が笑ってきたことがあったが、まさか依頼を受託した人に直接言うのかよ。
まあ、ボロい格好をしているヒョロイ俺が悪いという面も否めないが、それでも腹が立った。
「速さじゃなくて、この暗さで倒せないのかしら」
イザベルの意見に同意だ。もし、魔物が黒ければ気付くのがだいぶ遅れてしまう。奇襲できないと逃げられる確率も高くなる。
「暗くてもニーナの探索は大丈夫なのか?」
俺は念のため質問した。
「そういうのは関係ないから」
その回答に安心した。もしダメなら引き返すことを提案しただろう。
「来た」
ニーナが静かに、かつみんなにわかるぐらいの声で知らせてくれる。
それに応じてヘルマンとアレクが前に出た。横からの攻撃がない場合にできる陣形だ。
「キィキィ」
あまり聞き慣れない音だ。やはり珍しい魔物ということか。
そう思って観察していた注意深く見ていた俺の前に現れたのは、3匹のやつだった。
黒くて逃げ足が早くて繁殖力が異常にある、やつだった。
人間の子供並みの大きさの、やつだった。
気分の悪さに吐くのを我慢した。俺の記憶はそこで途切れている。
「ヨースケ、しっかりしろ!」
誰かの声と振動に俺は目が覚めた。
「ヘルマン、俺は……」
何かとてつもなく嫌な経験をした気がする。モヤがかかっていて思い出すことができない。
「お前、突然気を失ったんだ。びっくりしたぜ」
そりゃ大事だな。いったい俺の身に何が起きたのか。しかし、なぜか脳が思考を拒否している。うう、急に頭痛が。
「戦闘が終わった途端だったから攻撃かと思ったよ」
アレクの言う通りだ。戦闘直後なら謎の攻撃とか新手の魔物とかを警戒する必要がある。
「迷惑かけてごめん」
こんなにはっきりと自分のせいで迷惑をかけたことはなかった気がする。本当にいったい何が?
ニーナがその戦闘について話し始めた。
「コックローチは難敵だった」
そしてそのコックローチとやらの死骸を見た瞬間、俺は全てを悟った。
「ゴキブリじゃん」
巨大ゴキブリである。俺が和田よりも嫌いなゴキブリである。
いや正確には違う生物だろうが、双子の兄弟と言われても信じられるくらい似ているのだ。
「ご、き、ぶ、りって何だ?」
しまった、ヘルマンに聞こえてしまった。誤魔化さないと。
「母の童話に出てきた悪魔の眷属だ。どこか禍々しい雰囲気を感じてな」
もはや説明する気のない言い訳である。ちなみに、悪魔とは邪神の手下のことだ。おとぎ話によく出てくる、らしい。
「大袈裟だよ」
アレクの言う通りだ。所詮、Dランクの魔物である。
「でも、こう、生理的に受け付けない見た目」
「そう、私もそれ思ったわ。長くは見たくないのよ」
一方、女性陣はその姿を嫌っている。あれが好きなのはごく一部の昆虫好きだけだ。
「まだまだたくさんいるぞ」
ヘルマンが残酷な現実を突きつけた。お前、わかっていても言うなよ、悲しくなるから。
悪くないヘルマンを白い目で見つつ、俺たちは探索を再開した。
鉱山に入ってから3時ほど。ギルドに戻って報告することを考えればいい時間である。
俺たちの成果はコックローチ50体討伐だ。でも、最初に3匹見つけたから90匹くらいはいるのかもしれない。
うじゃうじゃ繁殖していたが、一刻の早く討伐を終わらせたいイザベルがやる気を発揮した結果だ。やつら、火には弱いらしい。
そろそろ帰ろうか、という頃だった。
「音がしないか?」
これでも観察術というスキルを持っている。遠くの方から声が聞こえた気がしたのだ。
「魔物はいないけど」
ニーナのセンサーには反応なし。人は入らないし、俺の気のせいか?
俺の質問に足を止めていたパーティーに、今度はもう少し大きな声が聞こえてきた。
「確かに、誰かいそうだね」
アレクが言えば方針決定だ。俺たちは声がした方の分かれ道に入っていく。分岐がわからなくなるから、できればやりたくないんだが。
その声の持ち主に出会う前に、事態は進行していた。
「助けて!」
子供特有の高い声。女の子だろうか。俺たちは暗闇の中で目を合わせ、走り出した。
30秒ほどで着いたとき、1匹のコックローチが小さい女の子を壁際に追い詰めていた。
「背中がお留守だぜ」
ヘルマンの剣で魔物はあっけなくその命を落とした。体勢が崩れて地面に落ちる音に驚いて、女の子は泣き始めてしまった。
「よしよし、怖かったね」
子供には優しいイザベルが対応した。咄嗟に優しい言葉が出てくるのはすごいと思う。俺だと焦っちゃうから。
女の子が泣き止むのを待って、イザベルが続ける。
「どうして来たの?」
責めていると思われないように、優しく聞いた。俺たちも魔物への警戒をしながら注意を傾けた。
「悪いやつ、やっつけたくて」
コックローチだ。他には俺たちしかいないし。
「悪いやつ?」
確認のために聞いてしまった。
驚くことはなく、手を涙を拭いながら女の子は答えてくれた。
「レナのね、お父さんがね、困ってるの」
女の子はレナちゃんというらしい。お父さんは鍛治師か鉱夫あたりだろう。
事態を理解した俺たちはレナを保護し、来た道を戻っていった。
「そろそろ出口だぞ」
遠くに久しぶりに自然な光が見えて、ヘルマンが声をかける。暗い道を長い間歩き、レナは今にも泣き出しそうだ。
「レナ、平気だもん」
これぐらいの歳の子は、平気じゃなくても平気と言い張るのだ。信用してはいけない。
「誰かいる」
この距離からわかるのかよ。ニーナの探知能力はすごいな。
「おーい」
大人の男性の声が響いた。俺たちを待っているのか?
「あ、お父さん」
それと同時に掴んでいたイザベルの手を離し、レナは出口に向けて走り出した。
「転ばないでね!」
この辺りも、雑多な石が多く転がりでこぼこしている悪路だ。あ、転びかけた。
「レナ」
「お父さん」
こりゃ、感動の再開だ。邪魔しちゃ悪いな。
そう思って俺たちが眺めていると、アレクが目を凝らし始めた。
「あれ、クルトじゃないか?」
「ほんとだ、クルトじゃん」
なんでここに。と思っていたら、レナとハグしている。どう見ても知り合いだ。関係ないけど、「じゃん」なんて久しぶりに使った。
なんでわざわざ話題を逸らしたかと言えば。
「うう、頑張ったね」
部外者なのに号泣しているイザベルが恥ずかしいからだ。
アレク、なんとかしれくれ!
上田洋介 Lv.32
HP:134/134 MP:319/319
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.4
治癒魔法 Lv.4
剣術 Lv.3
観察術 Lv.4




