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第32話 ベーメン商会



 カリンと名乗った女性に連れてこられたのは、見覚えのある建物だった。確か、ベーメン商会とかいう名前だったはずだ。


「ここって」


 俺が言い切る前にカリンは中に入っていく。


「お兄様、お客様ですよ」


 スタスタと歩いていくので、俺も建物の内部をのぞいてみる。作りはしっかりとしているが、少しほこりっぽい気がした。まあ、この世界では掃除に頓着しない人も多い。


「カリン、そちらの方は?」


 なんだかやつれていそうな男性だ。彼がお兄様だろうか。


「この方は、私を助けてくださったのです」


 その話を聞いて、やや目に入る力が強くなったように感じた。警戒されてる?


「それはありがとうございます。兄のフリッツです」


 差し出された手と握手をして、にこやかに挨拶をした。初対面のイメージは大切だ。


 その後、カリンがフリッツに経緯を説明していた。俺の活躍が若干脚色されているが、概ね合っている。


 どうやら、資金繰りを断られて焦っていたところに、上手い話で誘い出されてしまったらしい。なんとも迂闊である。


「だから、お前は家にいてくれと」


「でも、それではもう路頭に迷うだけではないですか」


 俺の前で悲劇の一場面が繰り広げられている。どこかで見たことのある展開である。


「カリンさんは商会の運営に詳しいのですか?」


 純粋に気になったので、俺は質問する。


「いや、カリンは商会の娘として必要な教養を受けただけだ」


「最低限の会計や運営の仕方も教わりました」


 2人の言い分を組み合わせると、裁縫や音楽、社交などのお嬢様教育に加えて、商家独自の教えもある程度は受けたようだ。


 なるほど。この世界の中流層の教育事情は興味深い。テンプレのラノベでは、解説してくれないからな。


 俺は適宜ツッコミを加えながら、話し合いを眺めた。俺と同い年くらいの黒髪の美男美女が悲壮な顔をしていると、日本のことを思い出してしまう。


 やれやれ。


「2人ともいいか?」


 俺の声かけに、カリンとフリッツはバツが悪い顔をしている。お客様と言いながら、放置していたしな。まあ、それだけ余裕がないのだろう。


「乗りかかった船だ。少しでも救済の可能性があることを挙げてくれ。お互いに非難するなよ」


 顔を見合わせてから、まずはフリッツが発言する。


「夜逃げなら助けてくれる人もいる。もしくは、技術や販路の切り売り。足りないけど」


 次にカリン。


「私が結婚して助けてもらう手も。乗っ取られますけど」


 思ったよりも手段が少ないな。もう少しありそうなんだが。


「実際、借金はいくらだ?」


 屋台の親父さんの話でははっきりしなかった。


「大金貨10枚」


 俺は顔をしかめる。日本だと、何億というレベルだ。でも、それなりの中小企業なら借りられそうだけど。


「アイケン組合からだ。親父がそんなに借りるはずがないけど、返すしかない」


 やばいところから借りているのが信用問題になり、父親の急死による交代だったことも重なって取引先が離れてしまった、とのこと。


「つまり、足元の現金が足りないということか」


 俺の分析に2人がうなずいている。現金不足倒産ならやりようはあるかも知れない。


「明日の朝、もう1回来てもいい?」


「私が対応しますよ」


 フリッツは明日も資金繰りに駆け回る。デッドラインは10日後だ。間に合うだろうか。


 俺は案を練りつつ、宿屋に帰った。




 翌日。事情をメンバーに話した俺は、今日も単独行動である。4人は今日も楽しいデート。リア充死ね(死語)。


「ヨースケ様、おはようございます」


 カリンの笑顔は幸薄の美少女のものである。日本にいたらアイドルになれそうな、人を惹き付ける魅力がある。


 俺はドキドキする胸を鎮めて、店の中に入る。


「それで、今日は何を?」


 俺はカバンに手を入れ、アイテムボックスから荷物を取り出した。ちょっと重いのでこちらに入れておいたのだ。


「小麦粉、ですか」


 意図がわからないという顔だ。わかったらむしろ怖いので、美少女の珍しい顔を脳内保存。


 俺は、満を持して発表する。


「たこ焼き・お好み焼きを作る!」


「あの、たこ焼き・お好み焼きですか!?」


 そう、その反応を待っていた。予想通りの反応ににんまりである。


 昨日、日本のことを思い出した俺は、日本食のレシピを分配することを思いついた。ベーメン商会が食品卸をやっているという事情もある。


 だが、俺の作れる料理は多くない。その数少ないレパートリーの中で今すぐに作れるものを検討した。


 早速、知識担当のニーナに聞いたところ、たこ焼きとお好み焼きが勇者マモル好物だったと判明。


 なぜ作り方を知っているのかしつこく聞かれたが、家の秘伝で押し切った。少々怪しまれたが、設定上、先祖が勇者と関わったことになっているから大丈夫だろう。


「カリンの言う通り。我が家の秘伝を授けよう」


 別にたこパともんじゃ焼き店で学習しただけなのだが、自信を持って言い切るのが大切である。


「由緒ある秘伝を教えてくださるのですか?」


 カリンのキラキラした瞳が俺のハートを射抜いている。すごい破壊力だ。


 ギリギリ理性を発揮した俺は、サムズアップ。


「ええと、それは」


 そうだ。黒髪とたこ焼きについ日本気分だったが、もうこの合図が通じる人と会うことはない。


「なんでもない。早速、作っていこう」


 料理すること1時間。説明しながら作ったので、いつもより時間がかかった。俺自身が料理に慣れていないことも大きい。


「これが、お好み焼き」


 カリンがお好み焼きをじっと見つめている。鰹節はないので、ゆらゆら揺れているわけではないぞ。


 ウスターソースに近い謎のソースをカリンが作ってくれたので、俺にも味の予想がつかない。不味かったら俺の威信が地に堕ちてしまうかも。


「試しに食べてみよう」


 ナイフで切って皿に盛り付けた。見た目は、お好み焼きそのものである。


 俺とカリンは同時にそれを食べた。口の中に匂いが広まる。


「「美味しい」」


 思わず声が揃ったが、本当に美味しい。帝国では、あまり食べたことのない味だ。


 正直、日本のお好み焼きとは少し違うが、これはこれで美味しい。日本以外の国なら、こういうお好み焼きもあるかな、というぐらいの味だ。


 この世界の素材は美味しいが、調理技術はあまり発展していない。その中ではかなり手間をかけた料理になる。その分の価値はあると思う。


「これなら、レシピを高く買ってもらえると思います!」


 カリンも大満足だ。少しは借金返済の役に立つだろう。


「たこ焼きも作るぞ」


「はい!」


 元気の良い返事に俺も笑顔になる。じゃあ、ちょっと頑張ってみるか。




「どうですか」


 俺たちは、昼に帰ってきたフリッツに2つの料理を差し出す。評価を言われるまで、じっと息を呑んで待つ。


 フリッツも興味と不安が混ざった雰囲気だ。見たことのない料理だから、当然だろう。


 右手を動かし、お好み焼きを口に運ぶ。


 咀嚼すると、すかさずたこ焼きも食べた!


「うまい。うますぎるぞ、これは」


 どうやら高評価のご様子。俺とカリンは、安堵感からホッと息を吐いた。


「お役に立てるでしょうか」


 俺がブラコンだと確信しているカリンが、愛しのお兄様に問いかける。こんな妹を持てる兄は、それだけで幸せである。俺にも欲しかった。


「絶対に。でも、本当にいいのか?」


 その質問は俺に向けられたものだ。俺は、その杞憂を消してあげなければならない。


「王国では役に立てようがありませんから」


 俺の言葉に、やるせない表情を浮かべる2人。カバーストーリーにそれほど同情されてしまうと、こっちの方が申し訳なくなるな。


「この恩は必ずお返しします」


 フリッツの覚悟のこもった誓いには、俺への感謝が。


「私も、生涯忘れません」


 カリンの強い気持ちには、思慕の念が読み取れる。


 俺はそれに衝撃を受けた。というか、「現実」を直視せざるを得なかった。


 出会ってまだ2日。信用するにはまだ早すぎるだろう。


 俺が騙していたら?ライバル商会の刺客だったら?アイケン組合と繋がっていたら?


 そういうことは考えないのだろう。自分が向き合ったその人物を、自分が見た通りに信じる。それができる。できてしまう。


 彼は、彼女は、陽性の人である。善性の人である。


 それが、俺には眩しすぎるのだ。


 謙遜を繰り返してから、2人が不思議に思うほどに、俺は足早にその場を去った。


 宿の場所がバレないように、ルートを複雑にして宿に帰る。


 今はまだ昼間。宿に人は少なく、アレクたちもいない。


 部屋に入った。窓から差し込む太陽が眩しい。


 それでも。いや、やはり。


 俺は、独りだった。




上田洋介 Lv.15

HP:45/45 MP:125/125

ジョブ:雷属性魔法使い

スキル:雷魔法 Lv.3

    治癒魔法 Lv.4

    剣術 Lv.3

    観察術 Lv.4


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