第2話 ステータス
「成功です!」
白い光から解放された俺が最初に聞いたのは、成功を報告する大声と、それに続く安堵の声だった。
少なくともこの3ヶ月では聞いたことがない声だ。つまり、北高の関係者ではない。なにより、明らかにクラスの人数よりも多い人間から声が出ていた。
不思議に思って目を開くと、そこは教室ではなかった。
「なんだよ、これ……」
目に入ってきたのは、石造りの柱。
歴史の資料集に載っていたような金属鎧を着た騎士らしき人たち。
天井には、見たことのない神の絵。
俺たちがいたのは、まるで謁見の間のような部屋だった。
ここはどこなんだ?
とりあえず誠に意見を聞こうと思ったそのとき、綺麗な透き通った声が響いた。
「勇者とその仲間の皆様、ようこそいらっしゃいました。わたくしたちは、皆様を歓迎します」
その声の持ち主は、高そうなドレスを着た金髪慧眼の女性で、物語に出てくるお姫様みたいだ。美少女と言えるだろう。
まあ、俺の趣味ではない。俺は、金髪よりも銀髪を愛する男。けっして浮気をしないのだ。
俺が通常運転で落ち着きを取り戻していると、小川がみんなの前に出た。
「ここはどこでしょうか。それと、なぜここに私たちを連れて来たのでしょうか」
さすが小川、シンプルで的確な質問だ。こういうおかしな状況でも上手く対応できるところ、すごい苦手。
でも、グッジョブなんだよな。なんであいつイケメンなんだろ。イケメンでさえなければ。(イケメン差別)
「それは、私が説明いたします」
姫さま(仮)の隣に立っているローブを着た男がそう言って説明してくれた。
男の魔法使い感に気を取られていた俺は少し聞き逃したところもあったが、魔法使い(仮)の説明と小川の質問に対する答えを要約するとこんな感じだ。
ここはフィロール王国の王宮。
魔法使い(仮)は宮廷魔術師長(本物)のミシェル・フォン・フランフォルカ。
姫様(仮)は、この国の第二王女(本物)のマリー・フォン・フィロール。
彼は魔王討伐のため古の儀式で異世界人である俺たちを召喚。
実際、500年前に召喚された異世界人の勇者は魔王を討伐した。
帰る方法はわからない。前の勇者たちの誰かが帰ったという話はない。
この世界はいわゆるジョブ・スキル制。
異世界人は有能なジョブ・スキルを持っていることが多く、成長も早い。
俺はこの話を聞きながら、どんどんとテンションを上げていた。これはつまり、異世界召喚テンプレだ。勇者、冒険、魔王討伐。友情、努力、勝利。
ライトノベル好きの多くが一度は妄想したことがある展開がこの俺にもやってきたというわけだ。ワクワクが止まらない。ついに俺にも運がまわってきた。
「それでミシェルさん。そのジョブとかスキル、レベルはどうやって調べるんですか?何か特別な道具を使うんでしょうか?」
いや、小川、わかるだろう。いや、サッカー青年の小川にはわからないか。ここまでテンプレなんだ。当然、アレだろう。
「異世界人の皆様も私たちと同じ方法で調べることができるでしょう。頭の中でステータス・オープンと唱えてみてください」
ほら、やっぱりそうだ。では、お待ちかねのステータスチェックといきますか。いやー、なんのジョブかな。勇者とか、勇者とか、勇者とか。
ステータス・オープン。
上田洋介 Lv.1
HP:10/10 MP:50/50
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.1
治癒魔法 Lv.1
剣術 Lv.1
観察術 Lv.1
……。
ええと、そうだよな。勇者じゃないよな。雷属性魔法使いか。まあ、勇者は一人だけだからな。クラスは30人だから、確率で言えば3%ぐらい。うん、外れても全く不思議じゃない。俺ってば、運がないからな。異世界に来ても運の無さは健在だったのか。
いやー、恥ずかしながら完全に勇者だと思ったわ。日本でいじめられていた主人公が異世界で無双するパターンだと半ば確信してたからね。なんなら、立場が逆転して和田がざまぁされてる光景すら脳裏に浮かんでた。
黒歴史として脳から消去しよう。
「達也、やっぱ勇者っしょ。てか、達也が勇者じゃなかったら、俺、まじ驚いちゃうわ」
和田のやつ、相変わらずうるさいな。お前の驚きは誰にも需要されてないから一刻も早く供給をやめてほしい。
「実は、ジョブのところに勇者と書いてある」
「パネエわ、達也。俺が剣聖だから、俺たち二人で天下取れちゃうんじゃね?」
なんだと!
小川が勇者なのは仕方がない。なにせ小川だ。天が何物も与えた男だからな。みんな納得する。
だが、和田。なぜお前のジョブが剣聖なんだ。
剣聖っていうのは、もっとこう、倫理観がある努力家がなるものだろう。お調子者で倫理観があまりないお前が剣聖というのは納得できない。
「小川殿。ジョブが勇者だというのは本当かね。確認のため、スキルやHP、MPも教えていただけると嬉しいのだが」
「ミシェルさん、勇者だというのは本当です。スキルの欄には全武器適正、魔道の真髄、HP超回復、MP超回復と書いてあります。HPは50で、MPは500ですね」
そう答えた瞬間、周りにいたフィロール王国の人たちからどよめきの声が上がった。俺も驚いている。明らかに強すぎるステータスだ。1つだけでも強力なスキルが4つもある。
俺とは雲泥の差だな。ここまで差があると、羨ましいと思う気持ちさえ出てこない。ただただ、すごいと思うだけだ。
「ええと、このステータスってそんなにすごいんですか?」
小川。ゲームやったことないんだな。あと、こんなところでも鈍感スキルを発揮しなくても良いんだぞ。いや、鈍感はスキル欄にはなかったらしいから、ただの性格か。はは。
「Lv.1なら、一般人はHPが10。MPは6ほどです。魔法職でもMPは50ほどです。つまり、一般人をはるかに上回っているんです。しかも、スキル構成が勇者マモル様と全く同じです。これは素晴らしい。我が国にとって、まさに神々の祝福と言えるでしょう。」
ミシェルさんの回答は小川の異常さを俺たち異世界人によく伝えてくれた。小川は本当に勇者様だってことだ。
その一方で、俺は別の意味で衝撃を受けていた。だって、そうだろ。俺のHPとMPは一般人並みということがわかったんだ。
しかも、全武器適正と魔道の真髄というスキルの名前からして雷魔法と治癒魔法、剣術も使えるだろう。
つまり、俺は小川の下位交換。いらないやつだということだ。
いや、まだわからないか。小川にとっても時間は有限だ。剣術は訓練するだろうが、治癒魔法や雷魔法は極める時間がないかもしれない。
それに、観察術が強力なスキルだという可能性もある。
「じゃあ、俺もすげーやつだってことだな。ジョブは剣聖。HPは40でMPは50。スキルは聖剣術、体術、武器修復、HP回復の4つだぜ」
あー、これは参ったな。完全に非魔法職の和田とMPが同じとは。もしかして、俺、すごい弱いのか?
それからミシェルさんが俺たち1人ずつにHP・MP・ジョブ・スキルの4つについて聞いていった。
みんなそれぞれに強力なスキルを持っていたり、珍しいジョブであったりした。
HPはみんな俺より高く、MPが俺より低かったのは非魔法職の数人だけだ。
さらに衝撃だったのは、木村と山下にも負けたことだ。ステータスボード風に示してみる。
木村洋子 Lv.1
HP:30/30 MP:300/300
ジョブ:賢者
スキル:全属性魔法 Lv.1
護身術 Lv.1
MP回復Lv.1
魔道具作製 Lv.1
山下由美 Lv.1
HP:40/40 MP:100/100
ジョブ:大盗賊
スキル:気配察知 Lv.1
回避 Lv.1
聖弓術 Lv.1
弓矢作製 Lv.1
これは小川、和田、木村、山下の4人でパーティを組むことになるだろう。魔王側の出方に応じて、特殊スキルを持ったクラスメイトが臨時でパーティに加わることもあるかもしれない。
しかし、俺の出番はない。俺ができることはこの4人の誰かができるうえ、俺の方がステータスが低い。俺の異世界無双の夢は潰えた。
はあ、俺の出番が来たみたいだな。
「では、次の方お願いします」
俺はミシェルさんに俺のステータスを伝えた。すると、とても微妙な顔になった。そうだよ。一般人みたいなステータスだよ。何か悪いか。
すると、気まずい雰囲気を和らげようとミシェルさんの脇にいた記録をしていた少年が
「け、賢者ヒカリ様も雷魔法をたくみに使われました。素晴らしいジョブとスキルですね」
と言った。それで雰囲気が少し良くなり、ミシェルさんもそうだなと頷いた。
賢者ヒカリとは、500年前の勇者マモルのパーティメンバーだそうだ。勇者の魔王討伐に大きな役割を果たした、非常に賢い女性らしい。
やっぱり、俺は微妙な子ということか。
「元気出せよ、洋介」
いつの間にか俺の隣にいた誠が俺を慰めてくれた。誠、お前だけが俺の本当の友達だ。
「あなたが最後ですね。ステータスをお願いします」
例によってミシェルさんに聞かれると、誠が答えた。それによるとステータスはこんな感じだった。
山口誠 Lv.1
HP:30 MP:100
ジョブ:騎士
スキル:状態異常無効 Lv.1
剣術 Lv.1
馬術 Lv.1
盾術 Lv.1
これを聞いて思った。
誠、お前もそっち側じゃないか!
状態異常無効?
なんだそれ。絶対に強いやつじゃないか。
あれだろ。ポイズン系統が多い場所とか毒殺の警戒とかですごい役に立つスキルなんだろ。
まあ、誠に悪気はなかったというのはわかるがな。
くそ、俺はせっかく異世界に来たってのに。結局、なんの役にも立たない男なのか。クラス全員に圧倒的に負けているなんて、運が悪いっていう次元じゃないぞ。
そう思いながら、この後、案内された部屋でベッドで横になってこの1日を過ごした。
上田洋介 Lv.1
HP:10/10 MP:50/50
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.1
治癒魔法 Lv.1
剣術 Lv.1
観察術 Lv.1