第15話 薬草採取③
「俺たちを助けろ!」
助けられるなら助けるが、俺に助ける力はない。
「無理だ。自分でなんとかしてくれ!」
俺は剣を腰に戻して街道に向かって走り出す。全力疾走に近い。俺は逃げることを選択したのだ。ゴブリンが3体いるのが見えたからだ。
勝てるかもしれないが、勝てないかもしれない。敗北とは、すなわち死である。
死んだら終わりというのは「現実」だ。誰もそれを否定できない。
「おいっ、逃げるなよ!ゴブリンだから3対3なら勝てるだろ!」
もう1回、威勢の良い方の子供が叫んでくる。そうなんだろうな、この世界の常識なら。命をかけて戦うのが普通なんだろう。
でも、俺は異世界人。この世界の常識にはとらわれない。
「新人Eランクに無理な期待をするな!」
走りながら本音を叫ぶ。俺なんかに期待しても無駄だよ。戦う力がないんだ。
でも、逃げ続けるのは無理みたいだ。森から離れたがゴブリンたちは構わず追ってきている。俺の足は早くない。
俺と2人の距離は縮まり、2人とゴブリンたちの距離も狭まっている。俺の体力も持ちそうにない。
「Eランクならできるだろ!素人でも1対1ならやれるんだぞ!」
俺は走るのをやめ、後ろに振り返る。そして、再び剣を抜いた。体力が尽きたときに相手をするのが最悪だ。逃げられない以上、相手をするしかない。
2人が俺に追いつき、ゴブリンたちの方を向いた。ゴブリンたちも走るのをやめて、俺たちと向き合っている。今度はおとなしそうな方の冒険者が言った。
「マルクス。君が真ん中のホブをやって。私が右のマジシャンをやる。新人さんは左のモブをお願い!」
やばい。全然気がついていなかったが、ただのゴブリンたちではなかったらしい。ただ、ここで逃げることはもうできない。
俺はマルクス?君に続いて了解の返事をした。
俺の目の前にいるのは普通のゴブリン。彼?の言葉を借りればモブゴブリン。実地訓練のときに相手をしたゴブリンと同じ種類だと思う。
2つの情報をあわせて考えると、このゴブリンは大して強くないということだ。油断は禁物だが。
だが、いざという時以外、雷魔法は禁止だ。これは油断ではない。まだレベル2の雷魔法はゴブリンにはあまり効かないだろうし、この魔法が使えると露見したときのリスクが非常に大きいのは間違いない。
相手を観察してみる。剣士。使っている剣はボロボロ。だが、すぐに折れそうではない。身長は140センチくらいで、相変わらずの醜悪な見た目をしている。
対する俺。一応剣士。自分の剣は普通。まだまだ使えるだろう。身長は170センチほどで、可もなく不可も無くという見た目である。あと、運がない。今日もこんな事態に巻き込まれている。
こちらが動かないのを見て、ゴブリンが俺に切り掛かってきた。俺も剣で対応する。こちらを殺す気の相手と鍔迫り合いをしたのは初めてだ。
金属同士がぶつかる音がした。うるさい。でもそれが気にならないほどの独特の緊張感がある。
俺は何度もゴブリンと剣を斬りかわした。お互いの自力が拮抗しているのでなかなか決着がつきそうにない。モブゴブリンと実力が同じな俺って、本当に弱いんだな。
その間に、2人の方では状況が変化していた。まずは右手にいるマジシャン。その名の通り、魔法を使っている。
しかし、もうMPを使い果たしたのか、剣と杖の戦いになっている。マジシャンは魔法職だから、杖での戦いは得意ではなさそうだ。もうすぐ戦闘は終わるだろう。
もう片方のホブ。マルクス(仮)が担当している。俺の目にはかなり激しい戦いに見える。子供でも相当なものだ。どちらが押しているのかはわからないが、なんとなくマルクス(仮)の方が優勢な気がする。
いや、油断禁物だ。同じような斬り合いが続いているからって、よそ見はよくない。
俺は目の前のゴブリンにもう1度集中する。何度見てもこのひどい顔は好きになれない。自分の命を奪おうとしているならなおさらだ。
「ギャ、ギャ、ギャーー」
右手からゴブリンの悲鳴が聞こえてきた。先程までの戦闘中に上げていた楽しげな声とは違う。明らかに悲鳴だった。
意識を少しだけ横に向けると、マルクスがホブの胴体に剣を突き刺している。これはやったな。
さらにその様子を見て動揺していたマジシャンにも冒険者(大人しい方)が斬りかかり、首を刎ねた。血が首から勢いよく出ている。こっちも終わったな。
剣を握り直すと、モブが俺に乱暴に斬りかかってきた。今や、人数比は3対1。相手も自分が窮地に陥っているとわかっているのだろう。ゴブリンの知性の程度はわからないが、それぐらいの頭はあるはずだ。
乱暴な剣技は雑かつ大振りでもある。体力の消耗も大きそう。俺は何回目かの攻撃を避けたとき、ゴブリンが大きく体勢を崩した。焦りすぎだ。
俺はすかさずゴブリンの身体に剣を突き刺した。ゴブリンが倒れたので首に攻撃して止めを刺す。
「はあ、はあ」
疲れた。命をかける戦闘は大変だな。ゴブリン1匹といえども侮れない。
「マルクス、もしかして足痛いの?」
「サラ、別にこれぐらい大したことねえよ」
2人が話をしている。でも、俺の耳には入ってこない。俺に衝撃情報がもたらされたからだ。
冒険者(大人しい方)=女。またの名を女性という。
俺は、完全に少年2人組だと思っていた。2人とも少年らしき格好をしている。
でも、改めてしっかりと見ると、確かに女性である。髪は少し長いし、肌は白い。丸みがある気がする。それに1人称も私だったっけ。1度女性として捉えると、もう少女だとしか思えないな。
ボーイッシュ少女(冒険者)。うん、素晴らしい。ただ、たった1人のパーティメンバー(男)あり。末長くイチャコラしとけ。
「あのー、新人さん。実はマルクスが足を捻ったみたいで。街まで運ぶのを手伝ってくれませんか?」
マルクスくんは誤魔化しているけど、左の足首をひねったようだ。最後の攻撃のときにやってしまったらしい。
サラちゃんの顔は真剣だ。マルクスのことを大切に思っているんだろう。これだけ見れば子供には見えない。仕方ないか。
俺はマルクスに近づき、戦闘で興奮した心を落ち着けて集中する。治癒魔法を使うためだ。大盤振る舞いでレベル3だ。
「キュア」
捻っている足首が白く光っている。治癒魔法が発動している証拠だ。2人ともポカンとしている。
ひょっとして、俺の治癒魔法は他の人のものと違うとか?異世界人仕様でパワーアップしていると嬉しい。王宮では結局、実際に治癒魔法を使っている姿は見られなかったからな。
「すごい。足が治ってる……」
「新人さんって、司祭様なのですか?私、治癒魔法をこんなに近くで見たのは初めてです。やっぱり、あの白い光をみると心がぽかぽかします」
俺の魔法は標準仕様のようだ。この世界が俺に優しかったことはない。とほほ。
「新人さんじゃなくて、ヨースケと呼んでくれ。別に司祭様ではないんだが、治癒魔法は使えるんだ」
そう言ってから、無料で治したのは特別だということ・俺が治癒魔法を使えると周りに言わないことの2つの願いを強調した。2人とも俺の話に頷いてくれた。危ないところを助けたのがよかったのだろう。
その後、俺たち3人は話しながら帰った。マルクスとサラの2人には恥を忍んで色んなことを聞いた。
普通の新人冒険者の生活やこの世界の常識、宗教や文化など。あまりに根掘り葉掘り聞いたので、呆れられてしまった。余程の田舎出身だと思われたようだ。
俺からはカバーストーリーの話をした。名前の由来になった先祖の勇者話もだ。こういう話を知らなかったのか、2人とも熱心に質問してきた。おかげで答えるのが大変だった。他の人に話すときに矛盾が生じないようにしないといけない。
話をしていると、あっという間に街に着いた。でも陽の沈み具合を見ると、きっちり1時間ほど経っているように思える。もう夕方だ。有意義な時間は過ぎるのが早いものだ。
東門にはカールさんもいた。ハンスさんは勤務時間外なのか、門の周りにはいなかった。
「カールさん、書類作業は終わったんですか?」
今朝のハンスさんとの会話を思い出し、聞いてみる。今日は書類仕事の日という話だったはずだ。
「なんだ、ヨースケか。ハンスのやつに聞いたのか?隊長である俺は書類作業もバッチリということだ」
カールさんが冗談を言った。声を上げて笑っている。昨日も思ったが、ずいぶん陽気な人だ。こういう人が上司だと面白いかもしれない。
その後も少し会話をして俺たちはギルドへと向かった。向かう途中、カールさんとの会話中は静かだったカールとサラが話しかけてきた。
「ヨースケさん、カールさんと知り合いなんですか?」
「カールさんはダンディな衛兵さんって、子供たちに人気なんです」
へー、カールさん人気者なのか。
「まあ、メジエールの件で知り合ってな」
実は、スタンピードのこと自体には緘口令が敷かれていない。カールさん曰く、あの森から魔物がいなくなったので、商人たちから噂が広まっているらしい。近々、領主の方からも正式に発表するそうだ。
ただ、街が壊滅するほどだったというのは黙っていてほしいと言われている。だから、2人にはそれは隠しておいた。昨日のギルドでも隠している。ただの新人冒険者の話に信憑性なんてないと思うが。
冒険者ギルドでは腰にかけた袋からヤン草を納めた。状態は普通だったようで、大銅貨3枚と小銅貨4枚を報酬に受け取った。
受付の人はヒルデさんではなかった。というか、男の人だった。男でも受付やるのか。まあ、当たり前だな。むしろ、ラノベテンプレがおかしいだけだ。
マルクスたちはゴブリンの討伐証明を出している。普通のゴブリンが狙いだったのだが、別に常設依頼にはホブやマジシャンの討伐もある。
俺も分前をもらった。モブの分ではなく全体の3分の1だ。俺がいなかったら倒せていなかったし、治癒魔法もかけてくれたお礼も兼ねているということでありがたく受け取った。大銅貨1枚と小銅貨3枚の臨時報酬だ。
俺はしばらく2人とギルドで話してから、宿「東」に戻った。受付でエレンちゃんが迎えてくれる。子供の笑顔に心が洗われる思いだ。
今日の依頼に武勇伝もないので食事をとる。ゴブリンを倒したっていうのは、この世界ではなんの自慢にもならないとマルクスたちの話からわかった。危うくゴブリン如きで自慢をする残念な人になるところだった。
昨日と今朝のスープはシチューみたいだったが、今日は肉と野菜炒めだ。肉は昼飯と同じボーンラビット。野菜は行きと帰りに見た、あの街のすぐ外に広がる畑で取れたものだそうだ。普通に美味しかった。
今日は陽が沈む前に帰ってきたので、周りが盛り上がっていたのも食事を美味しくさせたのかもしれない。
俺は部屋に戻って、服を脱いで寝間着になり、ベッドで横になった。今日は疲れたからな。早く寝たい。
眠りに入るまでの間に、俺は新たな日常を感じていた。今日みたいな1日がこれからの日常になる。それなら、毎日は大変でも思ったより楽しそうだ。
俺は根拠はなかったけれど、そう予感していたのだった。
上田洋介 Lv.2
HP:12/12 MP:37/54
ジョブ:雷属性魔法使い
スキル:雷魔法 Lv.2
治癒魔法 Lv.3
剣術 Lv.1
観察術 Lv.2




