でもって悪役令嬢はいい子が多い
リノ、第三段です。
がたごと揺れる質素な馬車の中、アイリスは頭を抱えていた。
(まずいまずいまずいまずい!やっぱりここは乙女ゲームの世界だったってこと?!)
アイリスがそう思った理由は三つある。一つは自分に前世の記憶があること。次に婚約者が王子であること。最後にヒロインっぽい義妹と義弟が出来たことだ。
だが逆に乙女ゲームではない、と思った理由も当然ある。むしろこっちの方が多い。
まず、アイリスは乙女ゲームをプレイしたことがない。あるのはRPGとパズルゲームくらいだ。知識としてはライトノベルで読んだくらい。それから自分は伯爵令嬢である。悪役令嬢というのはたいていもっと高位の、それこそ公爵とか侯爵とかのご令嬢ではないのか(←偏見)、と。王子と婚約したのもほんの三年前だし、何より!この王子は第五なのだ。王太子でも第二でも三でも四でもない、第五王子なのだよ!どんなゲームだよ!売れねーだろ!とアイリスは愚痴る。
第五王子との仲は良くも悪くもなかったし、義妹とも普通だったと思う。そう、表向きは。自分の知らぬうちに、乙女ゲームはちゃんと進行していたらしい。だってアイリスはついさっき断罪されたのだ。学園の卒業パーティで。これが俗に言う強制力なのか、なんて恐ろしい。
アイリスがまずい!と思っているのは、別に断罪されたからではない。その断罪会場から、そのまま刑が執行されたからである。国外追放、これはいいが、ドレス姿のままというのはどういうことなのか、雑過ぎる。
とうに自分の屋敷は通り過ぎ、まだ走り続ける馬車にこのまま追放かよ!と焦っていたのである。
やっと馬車が止まった。ジッとしていると外から扉が開く。
「ご令嬢、どうぞ。」
そう言って手を差し出す騎士。にこやかに言われそっと手を添えて馬車を降りると、周りに何もない森に沿った街道だった。
(今から私、殺されるのかしら)
騎士が一人で護送していたのも、追放なんて言っておいて処分するのが目的では?と思い至っていた。それならドレスでも問題ない。
「ここからは馬になります。」
「は?」
そういうと、騎士は素早く馬車から馬を外し、アイリスを抱き上げた。
「え、ちょっ!」
アイリスを前に横座りさせ、騎士は森の中に馬を進めた。足場のない鬱蒼とした森をなかなかの速度で進む騎士。何故森の中に向かっているのか聞きたいのに、振動で話しかけることも出来ない。
しばらく進むとちょっと開けたところに出た。開けたと言っても木の切り株が数本あるだけで休める場所ではないが。その切り株の一本一本が大きいので広く感じる。その切り株の一つにアイリスは降ろされた。
「ご令嬢、私はご令嬢の抹殺を命ぜられております。」
やっぱり、とアイリスは唇を噛む。この状況では逃れるすべはない。失礼、そう言って騎士は腰の剣を抜き、アイリスに剣を向けた。覚悟を決め、目を閉じる。一瞬、風を感じたが何の衝撃もこない。そっと目を開けるとアイリスの髪を一房持った騎士が剣を納めるところだった。
「ですが私には貴女が死罪となるような罪を犯したようには思えません。なので、この髪をもってその証とさせて頂きます。ここは魔の森ですが、貴女なら大丈夫でしょう、ご武運を!」
キラリ!いい笑顔で颯爽と騎士は馬に跨り、元の街道へと戻って行った。
「………助かった?のかな?はぁ~~~~~……ってか、うおぉーーーーーーーーい!今魔の森って言った?言ったよねぇ!は?何で?何でここまで連れてきたよ、おいっ!助ける気が最初っからあるなら街道でせいやっ!イケメンだからって許されると思うなよ、何がご武運を!だぁ?」
ガサガサガサガサガサ、「ガルルルルルルルル」
大声に反応して隠れていた魔獣が動き出した。
(あ、これダメなやつだ、死ぬ、絶対死ぬ)
魔獣の顔が目に入ると、アイリスは気を失った。
肌触りの良いリネンと暖かい日の温もりを感じ、ゆっくりと意識が浮上していく。そっと目を開けるとログハウスのような、でもカントリーハウスのようなかわいい部屋で寝かされていた。
「…ここは…?」
さっきまでの恐怖とか、焦りとか、まるで夢だったとかと思うほど、ゆったりした時間が流れている。体を起こし、ボーっとしていると不意に扉が開いた。
「あら、目が覚めたのね。気分はどう?お腹すいてない?」
すごい美人が出てきた。名前はリノというらしい。アイリスはありがたくご飯をご相伴しながら自分の事情を説明した。食後のお茶を頂きながら一息吐く。最後の騎士を思い出して憤慨していると、
「ふふ、怒らないであげて、あそこまで連れてくればきっと私が保護すると思ったんでしょう。」
それから今後どうするのか、リノに相談に乗ってもらった。アイリスは前世、海のある町に住んでいた。今世ではまだ海を見ていない。こうして自由になったのなら、俄然海のある町に住みたい。そう伝えると、ならちょうどいい町がある、とそこまで送ってもらえることになった。領主にも話を通してもらい、住むところも確保できた。
「何から何まですみません。」
「いいのよ、それよりホントにあのドレス頂いてもいいの?お母様のものだったのでしょう?」
一銭も持っていなかったアイリスは、お礼に自分が着ていたドレスを差し出した。母のもの、と言ってもリメイクしたもので原型を留めていないし、この先着る機会もあるとは思えない。お礼にも足りないと思うが、リノはこれだけで十分だと言ってくれたのだ。
「私もこの町にはたまに来るからまた会いましょう。頑張ってね。」
「はい、本当にありがとうございました。」
アイリスは明るい笑顔で歩き出した。
リノは自分の家に帰ると早速ドレスの前に立った。
「さぁ、それでは始めましょうか。」
目を閉じ、呪いをとなえるとドレスは妖しく、赤黒く輝きその場からフッと消えた。
義妹は有頂天だった。表向きは持ち上げていい関係を保ちつつ、裏ではこきおろしていた義姉をとうとう始末出来たのだ。これで堂々と義姉の物も自分の物に出来る。
ルンルンしながら義姉の部屋を物色する。それはクローゼットを漁っている時だった。
「あら、こんな色あったかしら?っ!ぎゃあぁーーーーーーーーーーー!」
取り出したドレスを手に、義妹は絶叫した。それはまるで獣に切り裂かれたように血塗られたドレスだった。
メイドも執事も慌てて駆け付けた時にはそこには何もなかったと言う。そのドレスは義妹にしか見えなかったらしい。それからは、フッとした瞬間、所構わず視界に入るようになった。義妹の視線は自然、下を向くようになっていった。
そして迎えた王家主催の夜会。無事第五王子のエスコートで義妹は出席した。久々の華やかな舞台に気分は上々だ。が、早速会場の壁にドレスを見つけた。気付かない振りをするも、今夜は何故かやたら目に付く。しかも、だんだん近づいて来てるような気がする。王子が異変に気付き声を掛けるが……王子を見上げると、その背後にドレスは居た。
「ぎゃぁーーーーーーーーーーーーーー!!ごめんなさい!お義姉様!もう許してぇ!」
夜会から連れ出された義妹は一度は口を閉ざしたが、命令されてその義姉を始末した、と例の騎士が証言し牢へと入れられた。
その後、第五王子は王籍を剥奪され平民となり市井に放逐された。義妹は精神を病み、秘密裏に処された。
「おかえりなさい。気は済んだ?」
帰ってきたドレスに向かってリノは声を掛ける。
「ええ!もうすっきり!」
アイリスの母はそのドレスを纏い、満面の笑みを浮かべていた。
「これで思い残すことはなくなったわ。ありがとうリノさん。」
後はよろしくね~、そう言いながらドレスと共に消えていった。
「何にもしてない子を断罪して更に殺そうとしたんだもの、自業自得よねぇ。さぁ~もう一仕事したらアイリスちゃんとこ行って海鮮丼食べよ~っと。」
そう言ってリノは薬の調合部屋へ向かった。
コロナワクチン二回目終了後の発熱で死んでました。
皆さまは大丈夫でしたか?
ご自愛下さい。