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 海岸線のずっと先で、一匹の亀が子供たちにいじめられている。

 斥候として先に走らせていたティンカーベルが戻ってきて、ピーターパン・グレートに報告したのが、この一件だった。

 自分のわらの家を破壊した狼を盛大に叩きのめしたのがつい先日だったが、まだ彼の中ではそのときの罪悪感が抜けず、悶々としたままの日々をすごしていた。そして亀をいじめる子供に懲罰を与えることが、今抱えている負の感情を吹っ切るのにうってつけのように感じたピーターパン・グレートはすぐさま現場に向かった。

 報告のとおりの光景が、目の前にあった。亀は比較的大きく、何百年かは生きているような固体に見えた。一方、亀の首を木の枝でつついたり、甲羅に石をぶつけたりしているのは、『子供たち』とは聞いていたが、実際には十代前半の少年たちのように見えた。人数は三人だ。

 音もなく近づいた彼が、まず棒切れを持っている少年の肩に手をかけてその腕をとる。と、少年は一瞬動きを止め、ピーターパン・グレートのほうを振り返った。

「ななな。何だ、君は!」

「おおう、兄ちゃんに何する!」

 少年たちは口々に叫びながら、その矛先はすぐに亀からピーターパン・グレートに移る。

 そのすきに、亀はのろのろとした足取りで、ピーターパン・グレートの後ろに回った。

「じゃじゃじゃ、じゃまするない!」

「そいつは悪い亀だ。僕らが退治するんだ!」

 そうなのか、とピーターパン・グレートが亀のほうを振り返り問うような視線を送ると、亀は必死でその短い首を振り回して否定している。

 やっぱり違うのか、と今度は幾分きつい表情を形作ってぎろりと少年たちのほうへ向き直る。すると、一番後ろにいた太った少年が「ひ、ひええ」と情けない悲鳴を上げながら突然逃げ出した。

 逃げ出すということは後ろ暗いことがあるからだ。つまり、非は完全に少年たちにあるのだ。ピーターパン・グレートはそう判断して、少年たちに懲罰を与えることにした。まず、ひらりと宙を舞った彼は、逃げ出した太った少年に瞬く間に追いつき、宙返りして両足のひざで少年の頭――両耳の部分を挟み込んで固定し、ぐりん、とひねりを加える。錆びついた鎖が無理やり引きちぎられたような鈍い音とともに、少年がその場にくずおれ、動かなくなった。

 その光景を目にした残り二人の少年も、一瞬だけあっけに取られてその場に立ち尽くしていたが、すぐにはじかれたように背を向けて走り出した。ただ、砂浜に足を取られて思うように前に進めない様子であり、宙を舞うピーターパン・グレートは難なく距離を詰めることができた。その姿に度肝を抜かれた一人が、体勢を崩してその場に転んだ。

 転んだ少年はとりあえず放っておくことにしてその上を飛び去ったピーターパン・グレートは、まだ背中を向けて逃げ続けている少年の背中に体当たりを食らわせた。風船がはじけたような妙な悲鳴とともに前のめりに崩れ落ちた少年の両腕をとり、その勢いのままぐりん、と一周させる。と、その両腕は妙な角度で静止し、空を指差す形で動かなくなった。泡を吹いた少年はそのまま動かなくなる。

 すでに失禁してズボンを黒くぬらし、腰を抜かしてその場に座り込んだまま動かなくなった最後の一人に、ゆっくりと歩み寄っていったピーターパン・グレートは、部屋に飾る調度品でも吟味するようにその少年の左足と右足をゆっくりと値踏みして、結局右足のほうを両手で持ちあげる。そのまま手近な岩場まで少年を引きずっていった。そして、右足の足首を左手で持ち、ひざの辺りを右手で持ち、あたりを見まわして手ごろな岩を見つけ、その上に何度か振りかぶったあと、躊躇なく叩きつけた。

 少年の方は、何をされるのかがわかった瞬間に気を失っていたため、ただ何か硬いものが折れる音が海岸に響いて、そして消えただけであった。

 すべてを終えた瞬間、彼は自分の胸から、すっとつかえがとれていったのがわかった。

「竜宮城へ案内します」

 亀の言葉に従って、その甲羅に乗ったピーターパン・グレートは、海の世界へと旅立っていく。


 今までに空を飛びたいと思ったことなどない。したがって、そんなものはいらないし、そもそも鬼を退治してどうするのだ。

 犬はそういって、スーパーピーターパンの誘いを断った。旅の途中で聞いた話によれば、その犬は団子程度のものでもほいほいと言うことを聞いてくれるとのことだった。それなら、空を飛べるティンカーベルの粉を提供したら二つ返事だろう。スーパーピーターパンはそう考えていたのだが、どうやらそう簡単な問題でもないようだ。そのあたりも理解はできないが、それはそういうものとして受け入れていくしかないのであろう。旅を続けるうちに、スーパーピーターパンはそう思えるような柔軟性を獲得していた。そして、犬に対しても憤りを感じることなく、そのまま別れた。そもそも、鬼を退治するのに犬を連れて行く必要があるのかどうか、そのあたりが半信半疑だったこともある。

 スーパーピーターパンは次に、地元住民の話に挙がっていた猿と雉に会いに行き同様の提案をしたが、犬とほとんど同じような反応で断られた。雉に至っては、なぜすでに飛べる自分が改めてそのような得体のしれない粉をかけて飛ばなければならないのだあなた頭は大丈夫か、とキイキイ声でまくし立てて羽ばたいて行ってしまった。その態度には少しムッとしたが、言っていることは至極もっともだったので追いかけて仕返しをするようなことはせずに、綺麗に忘れることにした。そもそも、住民の推薦があったからもののついでに声をかけただけで、本気で力を貸してほしいと思っていたわけではない。

 悶々と思考をめぐらせながら歩いていると、木の家を吹き飛ばされ、旅に出てからのことが思い出されてくる。

 狼を退けたあと、本当の強さを求めたスーパーピーターパンは、旅を続け情報を集めた。すると、どうも鬼が島にいる『鬼』という存在が、もっとも強く、そして邪悪だというのが、この世界の住人の一致した意見であることがわかったのだ。

 それはネバーランドのフック船長よりも強いのかどうかという質問には、みな首をかしげて、それでも

「良くわからんが、そんなどっかの船長さんよりも、鬼のほうが、そりゃあ強かろう」

 というのが大方の意見であり、それならば相手にとって不足はない、と彼は判断したのであった。

 旅を続けること十日間――。

 彼はようやく鬼が島に辿りついた。

 しかし、そこで目にしたのは、倒された鬼たちの死骸の山であった。スーパーピーターパンがそのうちの一個体の肌に触れてみると、まだ温かく、死後何日もたっていないと思われた。

 彼は唇をかみしめる。こんなことなら、船で渡ることになどこだわらず、島まで空をひとっ飛びすればよかったのだ――。

 そもそも、近隣住民が鬼が島だと指さす小さな島が見える海岸までは、二日ほどでたどり着いたのだ。そこで少し感慨にふけってしまったのが良くなかった。目の前に現れた犬猿雉を従えて船出する青年の姿を目にして、「なるほど。舟か――これ、いとおかし」と思ってしまったのだ。

 それから小舟を作るのに一週間ほどの時間をとられてしまったのであった。

 死屍累々の鬼が島を練り歩き、さて、次はどうするか、と思案していると、ほんの一瞬ではあったが何か動くものが視界に入ってきた。スーパーピーターパンはそちらへ歩いていく。すると、そこには一匹の鬼がまだ生きて動いていた。声をかけてみると、どうやらまだ子供の鬼のようだった。びくびくと肩を震わせながら、ときおりスーパーピーターパンの方に視線をやるだけで、口を開かない。諦めてその場を去っていこうとする彼の懐から、するりと抜けだしたティンカーベルが、その子鬼の耳元に近寄り、何かを囁く。と、子鬼は初めてはっとしたような表情になりティンカーベルに目を向ける。ティンカーベルはくるりとその場で一回転。呆然と見つめる子鬼の耳元へ飛び、そこで一言。さらに一回転、そして一言――

 そうして、ようやく彼女が聞き出した内容を断片的につなぎ合わせると、どうやら鬼達がやられたのは予想通りつい先日のことらしい。やったのは、桃太郎と呼称される、一人の青年。そしてその傍らには犬、猿、雉を引き連れていたという。

 スーパーピーターパンは、胸をかきむしられるような焦燥にかられる。彼はこの鬼が島の向かいの海岸で、まさにその桃太郎なる青年が船出するのを阿呆のように見送っていたのだ。あろうことかその姿を見て、呑気にも舟を作ろうなどという着想を得ていたのだ。

 子鬼には絶対に仇をとるという約束をしたスーパーピーターパンは、そのまま空へと舞いあがった。もう、小舟を使って優雅に移動することなど考えられない。急いては事を仕損じる、と昔誰かにいわれたことがあるが、時と場合によるのだ。今は一刻も早く、桃太郎を追わねばならない。すでに数日の遅れをとっており、早くしなければ行方を見失ってしまうかもしれない。

 スーパーピーターパンは、高速飛行を試みる。そして、途中途中で地表に降り立ち、住民に聞き取り調査をして桃太郎がどちらへ向かったかを確認した。そして空に舞い上がり、また高速飛行。

 一度体を休めるために手ごろな宿場に泊まり、さらに翌日、彼は桃太郎のあとを追っていると、見たことのある景色が眼下に広がっていることに気づく。少し低空飛行を試みて調べてみると、なんのことはない。そこは、彼ら、三匹のピーターパンが、最初に居を構えていた高台であった。いつのまにか彼はそこまで舞い戻ってきていたのだ。

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