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少年たちを迎え入れるべきピーターパンが逆にネバーランドを出て行ってしまうというのは、本来であれば由々しき事態であった。しかし、増加の一途をたどるピーターパンが、少しずつ外部へと放出されていくのは、一方では仕方のないことなのかもしれない。年をとらない、という彼らの特質が影響していると言わざるを得ないが、もともと血気盛んなピーターパンたちは、あまりにも自分たちの力が大きくなりすぎることに、逆に我慢がならなかった。その中でも特に力を誇示することに喜びを見出す固体が、今回ネバーランドを出た、この三匹のピーターパンであった。
三匹はそれぞれ、お互いにある程度近場に家を構えることにした。一匹目のピーターパンは、わらで家を作り、他の個体と識別するために、ピーターパン・グレートと名乗ることにした。また、二匹目のピーターパンは、木の枝で家を作り、スーパーピーターパンと名乗った。三匹目はレンガで家を建て、ピーターパン・オリジンという表札を掲げた。
もともとその土地には、一匹の狼が住んでいた。住んでいたといっても、特別に誰かに許可を得ていたわけでもなければ、何か建造物で生活を営んでいたわけではなく、ただその界隈をうろついていたというだけなのだが、その狼にしてみると、どこからともなく現れて突然自分勝手に住処を作っていったその三匹のピーターパンには憤りを覚えていた。自分の住処が荒らされたということに対してもそうなのだが、なによりも彼らが自分に対して微塵も恐怖を感じていないことに、自尊心を傷つけられていたのだった。
そんなわけで勝手に復讐心を燃え上がらせた狼は、ピーターパンたちを排除するべく行動を開始した。
まずは、一番簡単に家を破壊できそうな、ピーターパン・グレートのところへ赴いた。わらの家の前で仁王立ちしてがおおうとひと吼えした後、
「俺様をいったいだれだと思っている。出てこないと家ごと吹き飛ばしてしまうぞ」
もう一度がおおうと吼えるが、わらの家からは何の反応もない。
実際にはピーターパン・グレートはただ家の中で惰眠をむさぼっていただけなのだが、狼はそれを恐怖で震え上がっていると勘違いして、
「がははは。そうかそうか。そんなに吹き飛ばされたいのか」
そういうと、腹が大きく膨らむほど息を吸い込み、一気に鼻から放出してわらの家へ吹き付けた。
一瞬にして、すべての構造部材を吹き飛ばされたわらの家は、ただのむき出しの柱だけがぽつぽつと残るのみとなり、その騒ぎで、中で眠っていたさすがのピーターパン・グレートも、目を覚ました。わらで編んだ布団から上半身だけを起こして、きょろきょろとあたりを見まわし、のっしのっしと自分に近づいてくる一匹の狼の姿を目に留めた。
狼は余裕しゃくしゃくで半ばスキップしながら、目の前の少年へ向かっていくが、ピーターパン・グレートからすると、なぜその下等生物がこれほど無謀な挑発行為をしてくるのかがまったく理解できない。ただ、せっかく作った家が壊されたことは事実なので、理解できないなりにも何なりとその怒りを処理しておかなければならない。そう判断した。
「かわいそうだが、貴様はこの俺様に食われる運命にあったのだ」
と前口上をして、がばりと大口をあけて飛び掛ってくる狼の巨体を、空へ飛び上がって難なくかわしたピーターパン・グレートは、すぐに後ろ側に回り込み、空中で延髄蹴りを食らわせる。
前のめりに崩れた狼は、何が起こったのかわからない。狼からすると、突然目の前の獲物が消えたようにしか感じられなかったのである。それでも彼が体勢を整えて背後を振りかえったときには、目にも留まらぬスピードで飛びかかってくるピーターパン・グレートに両耳をつかまれ、そのままの勢いで投げ飛ばされた。まだ耳が頭にくっついているのが不思議なほどの激痛に襲われた狼は、生命の危機を感じて我知らず逃げ出していた。
あとに残されたピーターパン・グレートは、しばらくはその場にたたずんでいた。
もともと、強さというものは優しさの裏返しであるという主義を持っていた彼は、今怒りの感情を狼にぶつけてしまったことが正しい行為だったのかどうか、それがわからなかった。たしかに、あの狼の行動は意味もわからないうえ、明らかに反社会的な行為で罰せられてしかるべきだ。もしネバーランドで同じようなことをした少年がいたらどうするだろう。そう考えると、やはり罰を与えるはずだ。それはそうなのだが、今のはただの報復行為であり、いわゆる罪に対する懲罰ではない。
では、いったいどうするべきだったのか――。
ピーターパン・グレートは、行き詰った。そして、それから悶々と小一時間考えた末、彼は、ティンカーベルとともに旅に出ることにした。
木でできたスーパーピーターパンの家の前で、狼はたたずんでいた。そして、大きく息を吸い込み鼻から吐き出した。その勢いで、木っ端微塵に吹き飛んだ木の家の中では、今まさに眠りにつこうとしていたスーパーピーターパンが、目を点にしてその暴挙に及んだ狼のほうを凝視していた。
のっしのっしと近寄る狼が、がばりと大口を開けた瞬間、その場にすっと腰を落としたスーパーピーターパンがまわし蹴りを放つ。足払いをまともに受けた狼はその場に横様に倒れ、たまたまそこにあった木の椅子の角に頭をぶつけた。失神寸前で持ちこたえてなんとか体を起こそうとする狼へ、すばやく近づいたスーパーピーターパンは、その両足首を自らの両脇に抱えて持ち上げ、ぐるぐるとその場で二周ほど振り回してから放り投げた。放物線を描いてかなたへ飛んでいった狼は、運よく枯れ木が積まれた場所に落下したために衝撃が緩和され、すぐに立ち上がることができた。命の危険を感じた彼は、ほうほうの体でその場を後にする。
残されたスーパーピーターパンは、真実の強さを求めて、旅に出ることを決意した。
レンガでできたピーターパン・オリジンの家は、狼が何度鼻息を吹きかけてもびくともしなかった。窓を探しても見つからず、屋根を探しても侵入できそうな煙突も見つからなかったため、あきらめて帰りかけた、そのとき、背後から一人の少年が現れた。
狼はなぜか家の中に隠れているはずだと勝手に思い込んでいたのだが、そもそもその日、ピーターパン・オリジンはずっと外出中で、たった今帰ってきたのであった。
目の前の狼が何をしているのか、その瞬間は彼にも理解できなかったが、大口を開けて襲い掛かってくると、反射的に手に持っていた鉄の棒をその口の中に突き入れた。家具の部材にしようと思っていたものだが、適度に強度があり、そして適度に先が尖っていた。
それほど勢い良く突き刺したわけではなかったのだが、狼のほうが勝手に勢い良く突っ込んできたおかげで、その先端は狼の口の中から上あごを突き抜けて脳天へと届き、さらに頭蓋を貫通して、完全に串刺しの状態になった。
ぴくぴく、と何度か体を痙攣させたあと、狼は動きを止めた。口や頭頂からとめどなく流れ出てくる赤黒い血液が、その体毛をぬらしていく。
ピーターパン・オリジンは、死んだ狼の刺さった鉄の棒のもち手のほうを地面に突き刺してオブジェのようにその場に立てる。
彼はしばらくその場にたたずんでいた。いったいなんだったのか、彼には理解不能であった。どう考えてみても、彼の方に落ち度があるとは思えない。ただただその狼が血迷って襲い掛かって来たにすぎず、そこへ彼がちょうど右手に持っていた棒を差し出しただけのことだ。
十分ほど考えて、自分は何も悪くないという結論を得たピーターパン・オリジンは、とりあえずその狼を晩御飯のおかずにするため、焚き火を熾すことにした。