表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

相変異

作者: ヤミマル

  初めてソレに気づいたのは、何時の事だったろうか。


  田舎から出て来た身にはまだ慣れない満員電車にギュウギュウに詰められながら、むせ変えるような加齢臭に気分を悪くしながら、『ギチッ…………ギチッ…………』という奇妙な音を聞いた。


  多分、あれが初めてだ。


「おはようございます。高野さん」

「あ、おはようございます。新田さん」


  毎朝、同じ電車に乗り合わせる高野さんと挨拶を交わす。私と同じ様な紺色のスーツを着た高野さんとは、私が東京に出て来た日。つまりは今、勤めている会社の面接に赴いた時からの付き合いだ。


  とは言っても同じ会社ではなく、隣あったビルの会社であり、面接の時に偶々一緒に道に迷い、住所が近いことから割り勘でタクシーを拾ったのがきっかけだった。


  それから隣あったビルの会社に勤めるようになり、同じ電車を利用し、同じ駅で降りる。


  雰囲気の良い飲み屋を見つければ偶然にそこで会い、スーツを買ってみれば似たスーツと、異性だったなら結婚してるなと笑い合う仲になった。


  しかし、今だにお互いの下の名前は知らない。そんな奇妙な友人である。


  田舎から一人上京し、慣れない環境にうんざりしている私は、この出会いに随分と助けられている気がしていた。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  運良く座れた日の満員電車で、またあの音を聞いた。…………なんだか、どこかで聞いた音な気もするが、思い出せない。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  これは、何の音だったろうか。


 ◇


  ある日を境に、高野さんと出くわす頻度が激減した。そうなると、街で飲み歩いていても何となしに探してしまうが、見当たらなかった。


  外で飲むのを止めたのかも知れない。まあ、そんな気分になる事もあるかと、私は考えた。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  ある日の満員電車で、またあの音を聞いた。


  今日の音は近い気がした。何となく回りを見渡したが、私をギュウギュウに押してくる人達に迷惑がられたので、止めた。


  しかし一瞬だったが、吊り革に掴まる手に、黒と黄色の線が入っている人がいた気がした。…………あれは何だったのだろう。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  またあの音だ。気のせいか、先ほど見た辺りから聞こえた気がする。


  電車から降りると、久しぶりに高野さんの姿を見た。


「おはようございます。高野さん! 」


  思わず自分でも驚く大声が出てしまった。周りの視線に恥ずかしくなるが、高野さんはビクリともせずに、こちらを振り返った。


「…………ああ、おはようございます。新田さん」


  なんだか元気のない高野さんだったが、それよりも、高野さんがサングラスをしている事が気になった。


「高野さん、そのサングラスは…………」

「…………ああ。最近になって日の光の強さが気になりましてね。…………こう言ってはおかしいのですが、目が良くなった気がするのですよ」

「良く? …………悪くなったのではなく? 」

「ええ。…………少々見えすぎまして。苦肉の策ですよ」


  いつもの様にビルの前で高野さんと別れた時。


『ギチッ…………』


  また、あの音を聞いた気がした。


 ◇


  満員電車というのはやはり辛い。こうもギュウギュウと押されると、ストレスが溜まる。


  そのせいだろうか。最近の私には、妙なモノが見える。


  満員電車の中で、ほんの数人なのだが、顔や手に黒と黄色の線が入った人が居るのだ。私はつい見てしまうが、他の人達は気にもとめない。


  病気、幻覚といった単語が頭の中にある。私は、病院に行くべきなのかも知れない。しかし、仕事は休めない。まだ入社したばかりと言ってもいいくらいだ。有給など、取れない。取って良い筈がない。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  ああ、またあの音だ…………。


 ◇


  私は、駅のホームにあるベンチに座って、遅延した電車を待っていた。


  ホームの中は人だらけだ。既に満員電車を二度見送っている。次も、無理だろう。


  ホームの中にも、顔や手に黒や黄色の線が入った人達がいる。だんだん増えているのだ。そして彼らは、決まって乗車口が来る位置で満員電車を待っている。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  ようやく解ったのだが、この音はあの黒や黄色の線が入った者達が出していた。


  そして私は、この音がどこで聞いた物なのかを思い出した。子供の頃、草むらで虫取りをしていた時に聞いたのだ。バッタが、こんな音を出していた気がする。


「…………こんな所にいて良いんですか、新田さん」

「………………高野さん」


  座っている後ろから声をかけられて振り向くと、そこにはサングラスとマスクを身につけた高野さんが立っていた。


「…………こんな所にいたら、電車に乗り遅れますよ」

「いいんですよ。何だか疲れまして」


  変わらず人を眺める私の隣に、高野さんが座った。そして、ポツリポツリと話し始めた。


「新田さん。『相変異』って知ってますか? 」

「…………いえ、初めて聞きます」

「バッタ。…………いるじゃないですか。実は彼らには二種類いるんですよ。『孤独相』と『群生相』って。そのバッタの置かれた環境によって二種類のどちらかに変わるのが『相変異』って言うんですよ」

「……………………」

「『孤独相』ってのは、そのまんまですね。大体一匹なんです。しかし『群生相』。これはね、群れるんですよ。そして、大きなうねりになって、全てを喰い尽くす」


  私は、ボンヤリと高野さんの話を聞いていた。電車は、まだ来ない。


「『蝗害』ってね、バッタの事なんです。群生相になって大きな群れをつくったバッタが、長い距離を飛んで移動しながら、全てを喰い尽くすんです。バッタが通りすぎた後は焼け野原だと言います。何も残らないと」

「……………………」

「…………群生相って、見た目も他のバッタとは違うんですよ。体にね、模様が入るんですよ。…………黒と黄色の線なんですがね? 」

「……………………」


  顔を上げて高野さんを見ると、その頬に、黒と黄色の線が見えた。そしてその眼は、サングラス越しにでも分かる程に赤く輝いていた。


「元が同じバッタが『孤独相』と『群生相』に別れるのはね、『混み合い』が原因なんですよ。…………ストレスですかねぇ」


  そう言い残して、高野さんはやっと来た電車に向かって走り、満員電車に無理矢理乗り込んで行った。


『ギチッ…………』


  その音は、今までのどれよりも、近くで聞こえた。


 ◇


「――――たのは会社員の高野進さんで、警察によりますと」


  隣のビルで飛び降り自殺があった日。私は初めて高野さんの下の名前を知った。


『ギチッ…………ギチッ…………』


 ◇


  今日も、満員電車に詰められる。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  周りから、常にあの音が聞こえる。…………ああ、うるさい。今日もストレスが溜まる。


『ギチッ…………』


 ◇


  満員電車とは何なのだろう。こんなにもギュウギュウに詰められながら、私は一人だ。


『ギチッ…………』


  群れだ。群れをつくらなくてはいけない。


 ◇


  満員電車。ギュウギュウに詰められた私の仲間だ。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  仲間が出来たんだ。なら、飛び立たねば…………。


『ギチッ…………』


 ◇◇◇


「…………あれ? 」

「何、どうしたの? 」


  東京に住んでいる姉に連れられて、新居の下見をしていた日。私は駅で先輩を見かけた気がした。


  一年前に東京に出て行った先輩。もしかしたら会えるかも。何て思ってはいたけど…………?


「ちょっと、どうしたのよ? 」

「ううん。何か、マネージャーしていた時の部活の先輩がいた気がしたんだけど、違ったみたい」

「ふーん。そう」


  多分人違いだ。だって、あの人の顔や手には、黒と黄色のタトゥーがあったもの。先輩は、そういうのは嫌いだったから。


『ギチッ…………ギチッ…………』


  ……………………? 何の音だろう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ホラー&電車という縛りの中ではなかなか出てこない発想で、新鮮に感じました。 内容も無駄なくまとまっていて面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ