表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

一章7話『突入』


獣道に入ってから何分経ったのだろうか、辺り一面獣臭さが目立ち始める。

草むらの揺れる音、木々のせせらぎ、何もかもが悠真達を不安に追い込んでくる種になる。

なにせまだ夜明け前のため、暗くて辺りが見えない。灯りをともす魔術は、魔獣や魔物に位置を特定されるため使うな、とハイベルに言われているので足元もおぼつかない。


そんな中、急にハイベルが立ち止まった。


「丁度いいや。君たち2人であの魔物を片付けて欲しい」


そう言うと、ハイベルが何かを指差す。

その方向を向くと、猪型の魔物が少数の群れを形成していて、水場で休憩しているように見える。


「君達の実力も見ておきたかったってのもあるしね。あ、範囲攻撃できる魔術とか強い魔術は使っちゃダメね」

「どうしてですか?」

「他の魔物……まぁ、標的であるゴブリンに僕たちの位置を悟られないようにするためさ。奴らは用心深いから、バレたらめちゃくちゃ警戒されちゃうんだ」

「なるほど」


ゴブリンはコミュニティを築く魔物である。

故に、斥候役に派手にバレたりでもしたら、ゴブリン達が総出で警戒体勢を取るのは当然のことであり、それでは洞窟の中でウィルの捜索が難航してしまう。


それに最悪の場合、洞窟の外の悠真達の場所にまで大量のゴブリン達を送り込んでくる可能性もある。

その場合は数の差でこちらが不利になるだけだ。

シェアラとハイベルならともかく、間違いなく悠真は足手まといになる。


「それと悠真くん、一応剣も使ってね。飛ばさないでくれよ?」

「善処します……」


これについては何も言えない。

だって、まさか練習がてら素振りをしていたら、握力が無さすぎて握っていた剣が吹っ飛んでくとは思わなかったのだ。握っていた当人ですら想定外だった。


「ユウマ、行くよ!」

「う、うん!」


そう言うと、シェアラは真っ直ぐ駆け出した。

猪型の魔物、ワイルドボアは坂道を下った先にある水溜まりで水を飲んでいる。叩くなら今が絶好の機会だ。


「はぁぁああっ!!」

「てりゃぁあ!!」


坂道を駆け下りてシェアラは渾身の刺突を左の猪の脳天に繰り出す。空を割くような音を立てながら、細腕で握る細剣(レイピア)が頭蓋を貫通して一瞬で絶命させる。

一歩遅れて悠真は、右の猪の頭部目掛けて精一杯の振り下ろしをお見舞しようとした。が、声が大きかったのか、はたまた動きが鈍いからなのか、見事に避けられて前足に傷がつく程度のダメージしか与えられなかった。


「逃がさないっ!【風刃(エアスラッシュ)】!!」


逃げの体制に入った猪を目で捉えながら悠真は風属性魔術【風刃】を放ったが、数歩手前の土が抉れるだけで逃げられてしまった。


【風刃】は文字通り風の刃を放つ魔術だ。

無色透明な風の刃はかなりの切れ味もあり、不可視という特性上最もチートに近い魔術だと考えられる。


しかし、不可視なので連携に向かない・相手との距離があると威力が弱まる・そもそもに風属性魔術が扱いづらい、などの様々な欠点もあるため、好んで使う人は少ないのだとか。


今回、悠真の頭の中のイメージではブーメランのような要領で放っているため、【風刃】の初動が遅れてしまいワイルドボアに逃げられてしまった。


「あ、こら、待て!!」

「…いや、もう追わなくて大丈夫だよ。こんな暗闇で深追いはかえって危険だ。……それに、大体分かった」

「……もう戦闘は終わりなの?」


シェアラが聞くと、ハイベルは「いや違うよ」と小さく笑いながら言った。


「今のはただの実力の把握。こっちに来て」


手招きされてハイベルについて行くと、相変わらず不思議な生態系の樹海と言うべきか、木々が拓けて草原が目前に広がっている。まるで木の檻に囲まれた平原という感覚だ。毎回思うが、これを樹海と言っていいのか。


しかし生い茂る生命力に惹きつかれてか、そこら中には魔物、魔物、魔物、魔物。

沼地とはまた生態系が異なる草食系の魔物が展開されていて、その違いが面白い。


「ここから少しだけ、ここで君達に戦い方を教えようと思う」

「……つまりそれほど弱かったってこと?」

「うーん、弱いんじゃなくて、心許ないというか、2人とも気を付けて欲しいところがあるって感じだね」


ハイベルの発言を要約すると、今のままだと今回の捜索は勿論、今後の冒険者活動にも支障が出かねない、という事になる。


「悠真くんの剣についてだけど、芯があってとてもいい振りだと思う」

「そ、そうですか……?」


芯がある、の意味がイマイチよく分からなかったが、物を殴る時に「腰が入る」と良いパンチが決まる、という感覚と同じようなものなのだろうか。

なんにせよ、こんな拙い剣で褒められるとは思わなかった。


「短所と言えば雑念が混ざってる……そうだね?」

「……そこまで見抜けたんですか」

「剣を振る時に目を瞑るのは禁忌だ。君は恐らく戦場慣れしてないんだろう、命を奪うことに強く抵抗がある。けど、戦えない訳じゃないから正直後は慣れだけだね」


図星だった。

心の内を見透かされたような気がした。ただ目を瞑りながら素人のような剣を振り、ただ振りかぶり方が初心者らしいと言うだけで、心の雑念にまで気付かれるとは思わなかった。それも、出会って半日程度の男に。


確かに今まで悠真には『直接生命の命を奪う』ということに抵抗があった。

ナイフを使って人間を殺すのと銃を使って人間を殺すのが感覚的に違うように、剣を使って魔物を殺すのと魔術を使って魔物を殺すのは違う。


黒狼の時は命の危険から半ば本能的に身を守ることに徹していたとはいえ、五体の亡骸を眺めながら、「もしかしたら自分がこうなっていたのかもしれない」という恐ろしさと、「自分の手で殺した」という生々しい感触でいい気分ではなかった。


しかし、ホワイトトータスの乱獲の時は魔術で間接的に殺したために、あまり罪悪感は感じなかった。素材を剥ぎ取っていた時はやはり心が傷んだが、魔術を発動した瞬間や直撃した瞬間は喜びさえ覚えていた。


今回は剣で直接殺そうとした。掠っただけとはいえ、鉄越しに骨肉の感触が残っている。血の生臭さも、肉のひしゃげる音も、冷めゆく体温も、たかだか転生して1週間で慣れるのは無理だ。せめて前世が猟師の家系とかならもう少し慣れていたのかもしれないが、平和な日本の家庭では殺生に慣れる方が難しいだろう。

今後の心配事が増えるにつれて肩が下がっていくのを実感する。


「まぁ、そう落ち込まないでくれ。今すぐ治せるものでは無いと思うし、何かきっかけがあれば吹っ切れるかもしれないからね」

「はい……」

「まあ今はとにかく経験を積むのが大事だ。せめて、目を瞑って剣を振るのは辞める意識をした方がいい」


いずれ慣れていかないと、冒険も何も出来ない。

ましてやゴブリンは人型の魔物だ。ゴブリンに対して情けをかけてしまえばそれが命取りになるだろう事は、戦い慣れしていない悠真ですら分かる。

戦力外になるくらいなら心を鬼にしてでもやるしかない。


「ちょっとそこで斬ってきます」

「お、やる気になった顔だね。それと、剣のメンテナンスもちゃんとしないとすぐ錆びるから定期的にね」


ハイベルは悠真のサビだらけの剣を指さして言った。

そういえば、黒狼と戦った時から手入れは何もしてない。素振りを禁止されて暫く刀身を見ぬうちに、返り血やら何やらで剣先が強く錆び付いてしまった。初期装備だから素材が安価で脆いとは思っていたが、それでもお金や物資は有限なのだ。物は大切に扱わなければ。


「帰ったら鍛冶屋に行ってサビを落として貰うか、新しいのを買うといい。その剣が初期装備なら買い替えの方がいいと思うけど」

「………はい」


小さい返事しか出てこない。

あの一振りとあの一瞬だけで、悠真の欠点の本質を見抜けるとは悠真自身思わなかったからだ。鼻につくからと言って気に食わない態度を取っていたが、的確なアドバイスまで貰って、何も知らない筈なのに核心を突いた指摘を行われて初めて、ハイベルという人間の底知れない実力が伺える。

態度は相変わらず胡散臭いが、好感度と尊敬度は上がった。


「そして……シェアラくんの細剣に関しては、完成されてると言っても過言ではない。君に関しては正直黒ランクにいてもおかしくはないと思う」

「…それは過大評価じゃない?」

「妥当な評価だよ。欠点は、自分の身を顧みないで突っ込んで行きがちな所が良くない。今みたいなワイルドボア程度ならそれでもいいが、ゴブリンは多少知性を持つ魔物だから、もう少し駆け引きを意識した方がいい」


細剣は使用者の俊敏性と刺突力、そしてその刀身のしなりが物を言う武器だ。

ただし、リーチが片手剣程度な上に刺突以外ではトドメを刺しづらい。刃で切断を狙うことも出来るが、腕力や手首のしなりが想像以上に必要になるため、致命的なダメージには期待できない。つまりその武器の見た目通り、的確に弱点に刺し穿つという尖った技術が主に求められる。


「細剣は尖った性能をしているから、扱えるってだけでも凄い。が、罠や相手の特性、場所を見極めて立ち回らないと自分がやられてしまう」

「確かに……」

「死んで勝つのは美談じゃないからね。【罠探知(トラップサーチ)】とか【敵探知(エネミーサーチ)】を使って周りにも気を配ったり駆け引きをするといいかもね」

「…なんか思ったよりもちゃんとアドバイスされて不服……」

「だから君たち僕の事をなんだと思ってるんだい?」


よほど自身の剣術に自信があったのか、ハイベルに指摘されるのが気に食わないのか、シェアラはやや不貞腐れていた。

恐らく後者だろう。


「【罠探知】も【敵探知】もどっちも体外魔力型の魔術だから使ってみるといい。ただ、最初は──」

「ちょっとやってみる」

「あっ、ちょっと!?」


「負荷が凄い……んだけどな」というハイベルの忠告を遮りながら、シェアラは魔術を発動する。

【敵探知】は精度にもよるが今のシェアラでは自分の立つ接地面に存在する自分以外の生命体の熱源を、【罠探知】は同様に罠の位置を特定する程度の魔術だ。


その効果範囲はどちらも最大自分を中心とする半径100メートル程度で、範囲を狭めることでより精度が上がる。

敵を特定すると言っても、頭の中に大量の生命体やトラップの位置情報が流れてくるわけなので、特定したとしても判断やそれに伴う行動をするには慣れが必要となってくるのだが。


「──なるほど、こんな感じなんだ」

「……1発で成功させるとは……」


従来であれば発動時に脳にものすごく負荷がかかり普通は動けなくなる。頭の中に空間が想像され、敵や罠の具体的な位置と空間の大きさが脳に勝手に認識される仕組みなのだが、特に何もないシェアラは走って魔物の元へ向かった。

そういえば、シェアラは魔術に関しては天才的なんだった。


ちなみにハイベルが初めて使った時は、【敵探知】だけだったというのにもかかわらず、草原で倒れて魔物に囲われるという苦い経験をしたそうだ。


「……2人とも癖が強いなぁ……」


へっぴり腰になりながらも一心不乱に剣を振り続ける悠真。

華奢な腕で豪快な刺突を決めるシェアラ。

ハイベルはそんな2人に呆れ笑いを滲ませつつも、成長性を微かに、されど確かに感じ取っていた。


───────────────────────

「流石にそろそろ休憩にしようか。そろそろ出発したいし」

「…え、もうそんな……って明るい!?」

「ほんとだ。結構明るい」


気付けば空は青く広がっていて、先程までの薄暗さはもう見られなくなった。時間にして日本の春の朝7時のような雑念の無い澄んだ朝晴れだ。

集中のあまり出現する魔物も種類が変わってきている事に今更ながら気付く。先程まではワイルドボアばかりだったのが、黒狼と思わしき魔物や見たことの無い粘体生物などが増えてきた。

夜行性と昼行性の違いなのだろうか。


「さて、これからゴブリンの本拠地へ向かうが、先に一つだけ警告しておくことがある」

「警告……ですか?」

「うん。何があっても僕の言うことは絶対遵守で頼む。君達の安全がまず第一だからね」


悠真とシェアラが頷くと、ハイベルは優しく微笑んだ。

今のハイベルの心の内は悠真でも何となく想像出来る。恐らくは緊張と、不安と、そして焦りだ。


ウィルの痕跡を探し、真実を受け入れなければならないという意味での緊張、そしてシェアラと悠真の子守りを並行進行しなければならないという緊張、それもウィルという実力のあった冒険者が行方不明になるような魔物の巣窟の中で、という不安が間違いなくハイベルにはあるのだろう。


現に、時折拳を固く握り締める瞬間や、顔が強ばる瞬間はちらほらあった。ここで時間を取ったのも、真実を受け入れるための心の準備だったのかもしれない。

けれども、それを常人には悟らせないように振る舞っているのだ。扱いはどうであれ、その一挙手一投足は尊敬に値する。


「2人とも休憩は済んだかい?」

「いつでも行けます!」

「勿論!」

「…よし、それじゃ行こうか!」


ハイベルの掛け声に合わせて3人は立ち上がると、ゴブリンの住処へ向かって歩き始めた。

───────────────────────


「……到着だ」


木々の陰に隠れてハイベルが立ち止まる。

それに続いて同じように隠れながら悠真とシェアラが追いつく。

3人の視線の先には如何にもと言わんばかりの洞穴があり、深緑色の肌の人型の魔物──ゴブリンが2体、門番をして立っていた。


よく見れば、目、鼻、口、耳、腕、足、胴体。人型とはよく言ったものだ。かなり小柄だが、どれも人間と変わらない見た目をしていた。あまりにも人を超えた姿の醜さと、理解が延々と及ばない奇妙な鳴き声だけが魔物である事を強く訴えていた。


「……さて、行こう」

「門番はどうするんですか?」

「僕がここから狙撃する」


そう言うとハイベルは石を2つ拾って、それを投げつけた。

ハイベルによって投げ出された石は門番のゴブリンの鎧を大きく凹ませて貫通し、もう一方の門番の首を投石で貫通させ、その威力で首が有り得ない方向へ曲がっていた。

それとはまた違う衝撃で悠真とシェアラもノックアウトした。


「……投げただけで…??」

「っていうか今の狙撃って言うの?」

「今のは【筋力増強(ストレンジアップ)】を使って一時的に腕力を倍にしただけさ。さ、気付かれる前に早く行こうか」


そう言うとハイベルは洞穴の中に向かって走っていった。

あまりにも規格外すぎたハイベルの実力に悠真とシェアラは口を開けたまま顔を見合せたあと、その背中に続いて走っていく。



ジメジメとした淀んだ空気が漂う洞穴。

気味の悪さがただただ目立つ暗い世界。

流石に何も見えないと感じるほど暗いので、悠真は朝方シェアラに教えてもらった魔術【光明(フラッシュ)】で足元を確認しながら進む。

因みに【光明】はただの明かりをともすだけの魔術で、いわゆる「覚えて損のない汎用魔術」だ。


真っ直ぐ道を進んでいくと、突如横の壁に空洞を見つけた。


「ハイベルさん、あそこに空洞が」

「……これは気付かなかった。シェアラくん、【敵探知】を頼む」

「うーんと、ここには特に何も居ないみたい」

「……そうか。探索してみよう。【敵探知】に反応があったら教えてくれ」

「わかったわ」


暗闇と狭い空間が緊張感を掻き立て、道行くもの全てが罠なのではないかと錯覚してしまう。

先程見つけた壁の穴の先は歪な階段状になっていて、降りていくと様々な武器が粗雑に投げ捨てられていた。十中八九ゴブリンの武器庫のような場所なのだろう。

略奪を繰り返しているのか、ゴブリン向けの小さな弓や剣とは異なり、明らかに人間の使う武器までもが保管されている。


するとハイベルは、何も言わず1本の片手剣を引き抜いて腰の鞘に挿した。


「──っ。さて、ここにはもう何も無さそうだ。進もうか」


ハイベルの行動が何を意味していたのかは、鈍感な悠真でも分かる。2人は何も言えず、ただその神妙な横顔を見て頷くしか出来なかった。


「探知の変化は?」

「変わらず洞窟の1番奥にうじゃうじゃいる。あとはポツポツいる所が何個か。ここら辺に罠はなさそう」


シェアラも探知に慣れてきたのか、具体的な位置や数まで確認出来るようになっていた。

ハイベルもここまで使いこなすのは想定外だったようで、度々「これが才能か……」と零していた。


「そしたら、そのポツポツいる所を虱潰しに探っていこう」

「それなら、この先の分かれ道を左に行けば1箇所あるみたい」


シェアラの言う通り、少し道なりに歩いていくと左右の分かれ道が現れた。

いかにも「生きるか死ぬか」を突き付けられているかのような分かれ道というような雰囲気がある。


「いくら数が少ないと言えど、警戒は怠らないでくれ。後ろは任せたよ」

「了解!任せてください!」


左の道は下り坂になっていて、降りて行くにつれて空気が暗く重く伸し掛ってくる。

淀んだ空気と不安感が、ただでさえ緊張してろくに稼働しない肺をより圧迫していく。

曲がり角を覗き込むと地下空間が広がっていて、部屋には沢山の「何か」が山積みにされている。

あまりの暗さに、それがなんなのかが分からない。


「あれは……?」

「恐らくここは食料の貯蔵庫なんだと思う。あれとかは見るからに商人の荷物だ」


ハイベルが指さした方向には木製の大きな箱があり、何と書いてあるか分からない謎の言語によって箱に大きく何かしらが記されているのが見える。


「シェアラ、あれにはなんて書いてあるの?」

「『バルモンド王国宛特産品』までは読めた」

「なるほど確かに食料庫っぽいね」

「でもここに【敵探知】の反応があったってことは……」


悠真がもっと奥を覗くと、3匹程度のゴブリンが何やら固形物を食べているようだ。具体的に何を食べているのか、という所までは見えないが、どうやらご飯休憩中らしい。

食料は長いこと放置されていたからか、生臭さと腐卵臭を足して割らなかったような悪臭が立ち込めている。


「どうしますか、ハイベルさん」

「……うーん、ただ物を食べてるだけなら穏便に過ごして別の場所を見たい所だけど、ここの調査をどうするか……」

「倒しちゃダメなの?」


シェアラが聞くと、ハイベルは静かに頷いた。


「ゴブリンは高度なコミュニティを持つ魔物だからね。門番ならともかく、巣穴の中で下手に動いて仲間を呼ばれたら大変だ。数の暴力で押し切られたら、君たちが殺されてしまう」

「それなら、さっきの反対側の道の方を調査して、最後にまたここへ来るのはどうですか?」

「それが1番無難か。そうしよう」


という訳で、この食料庫の調査は後回しにすることになった。来た道を引き返し、分かれ道の右側の方を進んでいくと、再び見覚えのある分かれ道に出くわした。


「ん、ここを右に行けば小部屋がある。5つの熱源を探知したよ」

「分かった、そこへ向かおう。っていうか、【敵探知】には空間把握出来る効果は無いんだけどね」

「【空間探知(エリアサーチ)】は元々使ってるから」

「……いつの間にそんなに魔術覚えてたのかいシェアラさんや」

「うん、才能って凄いね……」


シェアラのポテンシャルにハイベルはツッコミをするのを放棄した。

【空間探知】はそのまま、自身の立つ接地面からある一定範囲内の空間についての情報を脳内に刷り込む魔術である。

イルカやシャチが超音波で自分の位置や獲物の位置を捉えたり、岩がどこにあって行き止まりになるのかを把握しているのと同じようなものだ。


少し誇らしげに胸を張るシェアラを横目に、悠真達は小部屋の前まで辿り着いた。

ハイベルが先にその部屋を覗くと、そこには──


「──ここは多分ゴブリンの子供部屋だね」


そこはゴブリンの赤ちゃんが寝ている部屋だった。

木製の玩具が辺りには散らばっているだけで、特に罠も何も無いようだ。


「寝ているのは好都合だ。さっさと仕留めて調査しよう」

「え、……殺すんですか?」

「うん。赤ん坊を殺すのは気が引けるが、今ここで仕留めないとここから先、エルルシャの人間に多くの被害が出てしまう。腐ってもこいつらは魔物だからね。それに、子供がいるってことは……」


何か匂わせ気味にハイベルが言うと、5本の氷の牙が5匹のゴブリンの子供の心臓を穿った。


断末魔すら聞こえない、一瞬の出来事だった。恐らく即死だったのだろう、表情が変化することも無く、ただ静かに目前のゴブリンから命が消えた。


「──どうか安らかに。さて、早く調査しようか」


鬼のようなハイベルに半分畏怖しつつ悠真達は子供部屋を探し回るが、特段大切な物も気になるものも何も無かった。

ただ、ゴブリンの子供を殺したという事実しか得られなかった。


「さっきのはショックだったかい?」

「……いくら姿が醜くても、赤ん坊を殺すのはやっぱりって思いました」

「……まぁ、気持ちも分からなくはない。赤ちゃんは生命の神秘だ。産まれる子供に罪はない。──でもそれは人間の話。なぜなら通常、ゴブリンに赤ちゃんは存在しないからね」

「…………え?」


生物として矛盾しているじゃないか!と突っ込みたくなるが、ハイベルの話はまだ終わっていなかった。


「薄々気付いてると思うけど、魔物は交配をしなくてもどこかから勝手に湧いてくる不思議な生態をしている。それは勿論ゴブリンも例外ではないんだが、ゴブリンは交配もするんだ」


確かにハイベルが言うように、魔物はいつも気付いたらそこにいた。


恐らくこの世界にも生態系という概念は存在する。理由としては草食系の魔物から肉食系の魔物まで多種多様に存在し、そのヒエラルキー毎に遭遇する回数が異なるからだ。

例えばホワイトトータスは沼地のそこら辺に居たのに対し、黒狼はたまに会うか会わないかというように遭遇率が異なる事から、生態系の概念はしっかり適応されていることが分かる。


しかしどういう原理なのかは分からないが、ホワイトタートルを乱獲した時は朝から夕までずっと沼地に居続けて魔術を撃ち続けていたのに、消える気配を感じない程無限に湧いてきたのだ。

魔物は無性生殖が出来たのだろうか。


「でも、どうして交配はするのに『赤ちゃんは存在しない』って言うんですか?」

「それはゴブリンに雌の個体が存在しないからだよ。それじゃあ『どうやって繁殖するのか』なんて、ゴブリンによる人への被害を見れば分かる事だ」


ハイベルの言葉に2人は絶句した。

それだけで何となく伝わってしまったからだ。


ゴブリンに雌個体がいないなら、ゴブリンじゃない生命体の雌個体に産ませればいい。

それなら、最もゴブリンに似ている個体とは?そんなものは聞くまでもない。人間だ。先程も言ったように、ゴブリンはその姿形は醜かれど、身体の構造は人間に限りなく近い『人型』の魔物であるが故に人を襲う、ということだ。


ハイベルによると、ゴブリンによる被害は基本的に「畑の荒らし」、「強盗」、そして「若い女性の誘拐」なのだそうだ。

ここまで話を聞いていると、容姿以外の醜悪な生態も顕著になってくる。


「じゃ、じゃあ、子供がいたってことは……」

「この巣にはまだ生きている人間がいるかもしれないって事だよ。だからあの子供は当事者のためにも仕留めなければいけないんだ」

「……まだ生きてるなら助けないと」


シェアラの言葉にハイベルと悠真は頷くと、子供部屋の奥にある通路に向かって歩き出した。

進めば進むほどに腐敗臭が強くなる。それだけではなく血腥い匂いも立ちこめる。恐らくは何者かと争った形跡、もしくは近場で死体を放置していたか。

ここが洞窟なのも相まって、澱んだ空気と混じって気持ち悪くなり、吐き気もしてくる。


一、二分慎重に歩いていくと、洞窟の左側の壁に分岐する小道があった。その通路の前を通ると腐敗臭が格段と強くなったのを感じる。


「ここ。7つの熱源がある。罠は無いと思う」

「7つ……ゴブリンのグループがいると思われる。より警戒態勢で行こう」

「「了解」」


先程の子供部屋や、最初の武器庫等とは打って変わって、この部屋の入口は広く大きい。ある程度なら暴れられそうな大きさだが、同様に相手から補足されやすく隠れ場所が少ないのが欠点だ。


また、部屋へ続く道も大きめに作られている。

この道も下り坂のようになっていて、降りて行くにつれて腐敗臭がいっそう濃くなる。恐らく下層が近いのか、淀んだ空気が下り坂の通路の先の部屋に溜まっているのが容易に想像出来る。

そしてここは人の死体がある場所なのだ、と悠真は直感的に感じとっていた。


この部屋の入口は珍しく明かりが灯されていて、ゴブリンの呻き声とも唸り声とも取れる奇怪な鳴き声が聞こえてくる。


「──!この部屋は酷い。見るなら覚悟した方がいい」


ハイベルが悠真たちに警告する。

ただでさえ頭がおかしくなりそうな腐敗臭と、いつでも戦闘態勢に移れるように警戒をしているのに、ハイベルまでもが脅すような警告をすると気が引けてしまう。


悠真は2度深呼吸した。途中で匂いがキツくてむせ返ったが、覚悟を決めて部屋を覗き込んだ。

その大部屋の先にあったのは死体の山──だけではなかった。


「恐らくここは、奴らの繁殖場だ」

誤字脱字報告や感想待ってます。

おかしな点あったら報告していただけると幸いです。

次回の投稿日は未定です。


今のシェアラの精度では【空間探知】、【敵探知】、【罠探知】はどれも、自分が立っている面にしか発動しません。

【空間探知】は超音波、【敵探知】はサーモグラフィー、【罠探知】は地雷発見機のような感覚です。

極めればもっと範囲が拡がったり色々できるのですが、常人であれば習得に2ヶ月、習得できても脳に直接流れ込んでくる情報を整理しないといけないので実は負担がかなり大きいです。シェアラは純粋に魔力とのシナジーが高いので、大体の魔術はすぐ習得できます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ